第二部05:選挙と占拠の章
第130話 崩壊のドキュメンタリー
少しだけ時が流れ――――
アインシュレイル城下町ギルドは、一つの転換期を迎えていた。
まず、正式に新たな二つの依頼をギルド内の掲示板に張り出し、仕事の受注受付を開始。すると案の定、野郎共が鼻の穴をいつもの倍の大きさにして、娼婦護衛依頼へと殺到した。
「はいみなさん落ち着いて! 良いですか。雑談の過程で多少、下ネタを言うくらいはギリ許容範囲です。向こうも大人の女性ですから、そういう話の流れになる事だってあるでしょう。でも自分からは絶対に言い出さない事! 口説くなんて以ての外! 命が惜しくば紳士たれ! はい復唱!」
「命が惜しくば紳士たれ! 命が惜しくば紳士たれ! 命が惜しくば紳士たれ!」
「どーーーーーーしても口説きたいなら、依頼を無事終えた後にお願いします。アフターは自己責任!」
「アフターは自己責任! アフターは自己責任! アフターは自己責任!」
「セクハラ、パワハラ、モラハラは当然厳禁。あと護衛中に『危ない!』っつって庇うついでに揉んだり擦ったりしてもアウト。ガードハラスメント厳禁!」
「ガーハラ厳禁! ガーハラ厳禁! ガーハラ厳禁!」
「よーし! それじゃ男の中の男たち、行ってこいや!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
凄まじい気合いで雄叫びをあげ、総勢15名の面々は娼婦の護衛に出て行った。ポラギとベンザブとパブロの三人組をはじめ、半数以上が中年オヤジだ。
本当は行かせたくなかったんだけど、泣いて縋り付いて来やがったからな……まあ、皆いい歳なんだし、死を賭してまでセクハラしようとはしないだろう。そう信じたい。
契約に関しては、四名が専属契約、二名が請負契約、九名が委任契約を結ぶ事になった。通常時なら護衛任務なんて大抵問題なくクリア出来るから、成功報酬制の専属契約か請負契約を結ぶのが当たり前なんだろうけど、野良ヒーラーが闊歩している現状では慎重にならざるを得ないのか、失敗しても報酬が出る代わりに額が低めな委任契約が多かった。
「ククク……計画通り。これで人件費をある程度抑えられる」
「わー、マスターの笑い声が悪になってるーかっこいー」
若干イリスの好感度が下がった気がした。
怪盗メアロの調査に関しては、自称イリス姉とタキタ君が継続する運びとなった。この二人は基本、人前には出せないからな。こういう仕事を地道にこなしていく過程で更生してくれるとありがたい。
また、選挙護衛関連の協議については、大ベテランのダゴンダンドさんに一任する事になった。下手に人数を割くより、地理に詳しい彼に全部任せるのが適切という判断だ。
並行して、受付の募集も開始。何しろギルドの顔になる人材だから、今回ばかりはガバガバ面接って訳にはいかない。
シフト制で四人くらいで回すのがベストだけど、所詮弱小ギルドだから給与は大して出せないし、二人来てくれればラッキー。それくらいの気持ちで募集をかけてみたところ――――
「……全然来ないね」
コレットの言葉が胸に刺さる。マジで募集来ない。いや、まだまだ知名度不足なのは自覚してるけど、それにしても一人も来ないとは……
まあ、女性であっても猛者ばかりのこの街じゃ、少ない給料でギルドの受付をやってくれる人なんてそうはいない――――
「トモ君、こんにちは。遊びにきたよ」
「採用!」
「……え?」
そんな訳で、学校帰りのユマに手伝って貰う事にした。
幸い、この街の学校は元いた世界みたく朝から夕方までタイトなスケジュールで授業を受けさせる訳じゃなく、午前だけの日も多いとのこと。小遣い稼ぎにと、昼過ぎの時間帯の受付を頼んだところ、二つ返事で了承を得た。
すると――――その事をユマから聞いたユマ母がギルドに乗り込んできた。
「トモさん! ユマから話は聞きました! この子はまだ働くには早い年齢で……」
「採用!」
「……はい?」
そんな訳で、親子でシフト組んで入って貰う事になった。幸いユマ母も美人さんだし、声も良いから受付にはピッタリ。その事を素直に伝えると、二つ返事で了承を得た。ユマ父の食事時間がズレる事になったけど、そこはまあ、家庭内で解決して貰おう。
そして、最も厄介なヒーラー案件に関しては――――
「これ以上ヒーラーを野放しには出来ないからね。請負契約で受けさせて貰うよ」
ウチのギルドに加入したばかりのディノー。
「えっと……怖いけど頑張ります。マスク取る為にも。あ、専属契約で!」
冒険者ギルドとの掛け持ちだけど、今はこっちに専念中のコレット。
「監視なんてガラじゃないが、ギルドの命運が懸かってると言われたら仕方ないな。専属契約でいい」
土木のお仕事一筋だったマキシムさん。
「娼婦は年増ばっかで眼中にないよねぇ……その点ヒーラーにはロリがいるかもだしぃ……ふひひぃ……勿論、専属契約」
男気なんてなかった、犯罪者予備軍筆頭のグラコロ。
「悪・即・斬首! 首だッ! ヒーラーの首を我が輩に寄越せッ! 契約なんぞ何でもよいわッ!」
ちょんぱマンのシデッス。
「……なんかこのメンツに加わるの嫌なんだけど。契約とかどーでもいい」
元アサシンのシキさん。
「ヒーラーはこの街の悪! 必ずその頭蓋を粉々に砕いてみせます! そして出来れば報酬弾んで欲しいです! 是非専属契約で! 世の中お金です!」
人妻屠り師、オネットさん。
この7名に俺を加えた計8名がヒーラー監視の仕事に就く。
だがこれで全員じゃない。他のギルドの面々と組んで、合同チームを結成する約束だったからな。
昨日ソーサラーギルドで話し合いを行った結果、こっちにはソーサラーギルドから三名、商業ギルドから一名が派遣されると決定。彼らを交え、決起集会という名目の食事会を開く事になった。
「それじゃ、紹介するねー。こっちがサクア。無口だけど良い子だから誤解しないであげてねー。こっちはヤメ。ちょーっと口数多いけど悪い子じゃないから我慢してあげてねー」
ソーサラーはイリス、初顔のサクアとヤメの3名が派遣された。流石にギルマスのティシエラが加わる事はなかったか。ちょっと期待してたんだけど。
「サクアです。足を引っ張らないよう尽力します」
イリスの紹介通り、メッシュ入り黒髪ミディアムのサクアは口数が少ない。ソーサラーギルドには美人が多いって評判の通り、彼女もクールビューティーだ。かなり細身で、全体的に締まった雰囲気を醸し出している。
「10年前にモンスターに食われて死んだヤメちゃんだよ。今のヤメちゃんは生きた屍なんだ。でもね、まだ天国には行けないんだって。だから、天国に行けるよう頑張ってるんだぁー!」
こちらもイリスの解説通り、無駄に口数が多い。淡い青髪の小さめツインテールで、かなり幼い顔立ち。どれくらい幼いかというと、グラコロが餌を前にした犬くらい息を荒げるほどだ。なお彼女、虚言癖があるらしい。今のも全部嘘……というか設定なんだろう。こっちでは変わり者扱いされているみたいだけど、この手の人物はゲームで見た。戸惑いは特にない。
「商業ギルドの若衆、ギグってモンだ。天才過ぎてドン引きされるレベルだけど、まあヨロシク。シクヨロ」
バングッフさんが寄越したのは、髪を金色に染めた半グレみたいな若い男。若いといっても20代中盤くらいだろう。タンクトップなんてこの世界にあったんだな……露出した二の腕の筋肉がヤバい。
なお、彼から受け取ったバングッフさんの手紙によると『そいつの筋肉は見せ筋だから戦闘要員としてはアテにすんな。戦略家なんで悪知恵は働く』との事。若干不安だけど、あの人の選出ならそう間違いはないだろう。
この四名を含めた総勢十二名が、ヒーラー監視および制圧を目的とした合同チーム『コレット隊』だ。メカクレ達も同様に今頃、親衛隊+派遣ギルド員による『フレンデル隊』を結成しているだろう。
一応、表向きにはコレット隊とフレンデル隊の勝負って事になっている。問題を起こしているヒーラーを発見し、速やかに対処。抵抗された場合は武力行使。解決した件数で勝敗を競う。
流石に、勝負に勝った方が選挙にも勝利……とはならない。あくまで票を持っている冒険者達へのアピールという間接的な効果を狙う対決だ。
冒険者ギルドにとって、ヒーラーの暴走は頭の痛い問題。これを解決に導けば、当然信頼も得られる。ギルマスとしての素質が問われる、選挙戦の天王山だ。
「それじゃコレット、挨拶」
「う、うん」
コレットのバフォメットマスクに関しては、事前に説明してある。幸い、新顔の3人もその事を特に気にする様子はなかった。幸いと言って良いのかわからんけど。
「え、えっと……今回の合同チームのリーダーを務めさせて頂きます、コレットです。この度は、集まって頂き、あっ、ありが、ありがとうございます!」
相変わらず緊張しいだな。俺も人の事言えないけど。
「ヒーラーの過激な高額回復押し付け行為には、たくさんの人が苦労していると思います。ボッコボコにしてやりたい、って思ってる人もいるかもしれません。でも、ヒーラーも人の子です。話してわかるヒーラーも、もしかしたらいるかもしれません。私は、そういう貴重なヒーラーが一人でも多くなればいいな、って思ってます。だから、えっと……上手く言えませんけど、ダメっぽいヒーラーはケチョンケチョンにして、そうじゃないヒーラーと区別を付けるようにしたい、です。ご協力よろしくお願いします」
決して得意じゃない挨拶を、コレットは全部自分で考えてきた。自分の言葉で、思っている事を伝えたいという本人の意向だ。
正直、賛否ある方針だと思う。ウチのギルド員ならともかく、派遣されてきた人達は――――
「え、ヒーラーって全員カスじゃん。殺そうよ」
「うむ。斬首以外の選択肢はないッ!」
「不肖私、相手がヒーラーでは塵にする以外の選択肢はないと思います」
おいコラ身内! これだからアサシンと首狩り族と屠り師は……
「私も……甘いと思う。奴等は傲慢で強欲だ。もう説得が通じる段階じゃない」
ぐ……ウチの連中はともかく、サクアの言葉は重い。無口な人の主張ってどうしても圧が強くなりがちだ。
それに、個人的な意見を言えばコレットより彼女達の言い分が正しい気はしている。被害者とはいえ、まだ俺はヒーラーの真の恐ろしさを味わっていない。そう思わせるだけの風評がこの街に蔓延っている。
恐らく、容赦なく倒す方が冒険者受けも良いだろう。
「そうかもしれない。ううん、多分そうだと思う」
丁寧語をやめ、コレットは切々と語る。彼女なりの意見を。
「でも、にべもなく倒してたら多分、向こうもムキになって、被害も増えちゃうんじゃないかって思うんだ。きっとそんな時代を繰り返して、ヒーラーは歪みきったんじゃないかな」
元々は、ヒーラーの回復魔法や蘇生魔法に対する感謝の心が足りなかったから、彼らが暴走を始めた……と言われている。もうその歴史をどうこう言う段階じゃないとサクアは言っていた。確かにそうだ。俺もそう思う。
「私達が魔王を討伐するには、ヒーラーの力はどうしても必要だと思う。だから、その為に武力行使のラインを少し引き上げて欲しいな、って思ってるんだけど……甘いかな」
間違いなく甘い。ギルマスになる為の選挙であり、選挙で勝つ為のミッションであり、ミッションで勝つ為の方針でなくちゃいけないのに、遥か先を見過ぎている。
でも間違ってもいない。自分がどういうギルマスになるのかを示すのも、立派な選挙活動の一環だ。コレット自身が助っ人に気を遣って持論を曲げるようじゃ本末転倒も甚だしい。
「ヤメちゃんはそれで良いと思うなー」
意外なところから援護射撃が来た。
「やっぱり、自分がどういうキャラなのかをバーンって押し出すのが大正義だし? 自分出して行かないとね!」
ああ、そういう事か。ある意味、アイデンティティで共鳴している訳だ。
「僕も賛成するよ。フレンデル陣営がどう出るかはわからないけど、完全な武力行使にしろ、完全な搦め手にしろ、トップが独断で決定する可能性が高い。コレットの現場判断の方針は、彼らとの差別化にもなる」
冷静かつ別視点の意見で、ディノーが賛成派に回った。
ギルマスな上にコレットに近過ぎる俺は、コレットに味方できない。それをすれば、反対派を締め出す事になる。ここは傍観するしかない。
「敢えて厳しい道を選ぶってノリ、嫌いじゃねー。オレも賛成に一票。シクヨロ」
「自分は反対だ。ヒーラーに情けをかければ、即座に地獄へ堕とされる。そういう現場を何度も見て来た」
「ロリヒーラーまでやっつけるのは反対だなぁ。天使には優しくしないとねぇ」
ギグさんは賛成、マキシムさんは反対、グラコロは賛成。これで賛成が四、反対が五か。
俺とコレットは無効票として……残りは一人。イリスだけだ。
これは……ちょっと良くない流れだ。最近、イリスとコレットの仲が微妙なのは実際に目撃してきた。決してイヤミを言い合うとか無視するとかそういう二人じゃないし、険悪な訳でもないんだけど、なんかお互い関心が薄い。
もし、イリスがそういう空気にちょっとでもウンザリしていたら……
うっわ、なんか怖っ! リアルタイムでサークル崩壊のドキュメンタリーを見る感じだ! いやこの場合コレット隊の崩壊だけど!
決起集会、というか懇談会のつもりだったんだけどな。思いの他大事になってきた。何このヒリつくような緊張感。興奮してきた。
「私は……」
イリスの言葉に、俺を含む全員の意識が集中した――――
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