第131話 もうヒエヒエですよ



「私は反対かなー」



 ――――その声はどこまでも冷酷に、室内の空気を凍てつかせた。



 ……って訳じゃないけど、俺の体温はガッツリ奪われた。もうヒエヒエですよ。


 うーわ。マジですかイリスさん。なんだかんだで賛成に回って五分五分にするんだろな、ってタカを括ってたのに。なんだろう、何て言えばいいのかわかんないけど超怖い。


「……」


 あ、コレットが魂抜けてる。マスク被っててもわかるくらいだから、目も死んでるんだろな。


「勿論、ここにいるメンバーはたくさんの修羅場をくぐってきた人達だから、各々の判断で戦うか対話するか決めるのは悪くないと思うけど……合同チームでそれをやると、判断が分かれた時にギクシャクしちゃうかもしれないし」


 おおう、トドメを刺さんばかりの勢いで突き刺さってくるド正論。やめてあげて! これ以上言うとコレット死んじゃう! 死ぬことにしちゃうから!


「反対派が上回ったか。だが、それで方針が覆る訳ではないんだろう?」


「ええ、まあ。別に多数決取ってた訳でもないんで」


 マキシムさんに問いに、思わず代理で答えてしまった。だってコレット動かないんだもの。余程ショックだったんだろう。


 無理もない。コレットなりに色々考えた上で用意した熱弁だっただろうし、それを過半数に否定されれば凹みもするさね。斯く言う俺も反対派だし。


 でも、大勢に反対される意見を出したからといって、代表者になる器じゃないかと言えば、決してそうじゃない。


「何落ち込んでんだか。これをひっくり返すのがアンタの仕事でしょ」


 意外にも、口火を切ったのはシキさんだった。


「ですね。コレットさんの選挙戦が目的の一つと窺ってるし、方針には従うつもり」


「私は成功報酬の条件さえ明確にして頂ければ異論はありません!」


 サクアとオネットさんも、そこまでの拘りはないみたいだ。


 シデッスは――――


「嫌だねッ! 撥ね飛ばしたい首がそこにあるのに、我慢するなんて我慢ならんわッ!」


「いや殺しは厳禁つってるだろ殺すぞ」


「それは矛盾ではないのかねッ!? ま、まあ、そこまで言うのならやぶさかではないが……」


 彼は強気でいけば問題ない。根っこは常人だからな。なお本気で殺しにかかれば返り討ちに遭う模様。


「良かったねコレットちゃん。みんなで一緒に頑張ろ!」


「心配すんな! ガチのマジで天才の俺様がいるんだからよ、やりたいようにやりゃーいいんだよ」


 ウチのギルド所属じゃないヤメとギグさんからも慰められている。良い光景だな。なんかちょっと感動してきた。30越えるとさ、こういうの極端に弱くなるよね。


 一人で色んな事が出来るのが才能なら、色んな人から手を差し伸べられるのは人徳。あんなフザけたマスク被っていても、違う価値観を持っていようとも、こうして何人もの人達が元気づけてくれるんだから、コレットの人徳は大したものだと思う。才能と人徳、その両方を持っている人間が果たして何人いるのか。


 ……まあ、この街には結構いそうだけど。


「みんな……ありがとう。私、頑張るよ」


 コレットも無事立ち直ったみたいだ。良かった良かった。イリスが何のフォローもしてないのが若干気になるけど……取り敢えず話を進めよう。


「えっと、オネットさんも言っていた成功報酬の条件ですが、問題行為のあったヒーラーを沈静化させた件数に応じて支払う形にしようかなと。加えて、フレンデル隊に勝利したら上乗せ。それで良いですか?」


「了解しました! 全力で! 打ち砕きます!」


「対話する気全くなさそうですね」


 目を爛々と光らせ滾っているオネットさん以外の面々も、特に異論反論はなく納得してくれた。ヒーラーの問題行為がゼロだと無報酬になるけど、そんな事はあり得ないしな。実際、昨日もかなり多くの被害が出たって報告があったし。


「トモ。見回りの際には幾つかの班に分けて行う方が効率的だと思うんだが、どうする?」


「ああ。それは最初から予定に入ってる。折角だしここで決めるか」


「え、団体行動苦手……」


 ディノーの提案にシキさんのみが難色を示したものの、俺を含め他の全員が賛同した為、シキさんも渋々了解。四人一組で三つのパーティを作る運びとなった。なお、四人一組の根拠は特にない。強いて言えば、四人パーティが最もバランスが良いからだ。


 まず、ディノーとコレットは必ず違うパーティにしなくちゃならない。同じギルドに所属している関係でコレット隊として一纏めにしてるけど、ディノーも選挙立候補者なんだから個別に動く必要がある。


 当然、戦力が偏らないようにもしないといけない。俺やマキシムさんのような戦闘経験に乏しい奴は分散しないといけないし、遠距離攻撃による支援が得意なソーサラー組も分ける。


 そんな試行錯誤の結果、三つのパーティが決まった。


「この天才に全部任せろ! しっかり指示出ししてやっからな!」


 商業ギルドから派遣されたギグを司令塔に、オネットとディノーが前線、イリスが後方支援を担当する第一班。安定感は間違いなく一番だ。


「勝手な行動だけは慎んで貰おう。いいな?」


 マキシムさんが目を光らせ、剣士のシデッスと元ソーサラーのグラコロが暴走するのを抑えつつ、サクアが攻守の要となる第二班。なんでも彼女、ソーサラーギルドの中でもトップクラスの戦闘力を誇っているらしい。そんな人材を貸してくれるなんて、ティシエラは随分太っ腹だ。


 そして――――


「指示には従うけど、馴れ合う気はないから」


「えー、仲良くしようよー。ヤメちゃんが生き返るには七つの宝玉が必要なんだけど、その一つがシキちゃんの眼球なんだよ?」


「私の目は義眼じゃないし……何コイツ……」


 俺、コレット、シキさん、ヤメの四人が第三班。俺のスキルを活かすにはコレットの存在が不可欠だし、群れるのが苦手なシキさんにはヤメみたいな空気無視して積極的に話しかけるタイプを宛がった方が良い。


 なんか修学旅行の班分けを思い出すな。そこまで仲良くはないけど、そこそこ話はする連中の中に入って、まあ無難に過ごしたんだっけ。良くも悪くもない、薄い思い出だ。


 当時はクラス内カーストとか気にした事もなかったし、自分の中の小さな世界だけで生きていた。それで何の不都合もなかったし。社会人になってからもその点は特に変わらなかったな。


 でも今は違う。ギルマスって立場になった以上、不慣れだ苦手だと言っていられない。俺もコレット同様、頑張らないと。


「戦力としての期待値を下回らない分には、どういうスタンスでも構わないよ。あらためてよろしく」


「あんま期待されてもね」


 鬱陶しそうに視線を逸らして離れて行くシキさんを、ヤメが楽しそうに追いかけていった。あの二人は大丈夫そうだな。


「冒険者ギルドからの派遣はなくても大丈夫だったのか?」


 一段落ついたんで、食卓に並ぶトリニティパン(三色パン。生前の三色パンといえば苺ジャム・クリーム・餡がスタンダードで、チョコ・クリーム・ジャム、チョコ・クリーム・餡のパターンもあったが、この世界の三食パンはジュエルシロップ、キーフコ、ガランジェジャムが鉄板。ちなみにジュエルシロップはメープルよりも上品で透き通るような甘さのシロップ。キーフコはバターと砂糖を混ぜたような感じの固めたクリーム。ガランジェジャムはレモンっぽい果実の甘さ控えめなジャムでマーマレードに近い)を食べようと口を開いたところでディノーが近付いて来た。


「ああ。コレットが現役の冒険者だし、お前もまだ辞めてないだろ? 二人いれば十分」


「そうか。悪いな、気を遣わせて」


「いや、別にそんなんじゃないって」


 ……まあ、これから辞めようとしてるディノーが他の冒険者と絡むのは、少しバツが悪いかなと思ってはいたけど。


「例の専属契約の件も、俺が浮かないよう配慮してくれたんじゃないのか? 新入りが他と掛け持ちで同じ報酬だと、納得しないギルド員もいただろうしな」


「だから考え過ぎだっての! 変な事に気を回してないで、自分のパーティとコミュニケーション取れよ!」


「わかったわかった」


 そんな後方彼氏面みたいな顔して去って行くな! ったく……


「……」


 なんで無言でニヤニヤしてるんだイリスは。


 ……折角の機会だから、思い切って聞いてみるか。


「なあ、前々から思ってたんだけど……コレットの事嫌いなの?」


 コレットは近くにはいないけど、一応ヒソヒソ声で。


「や、そんな事ないよ? さっきのは、みんな本音で話してるのに自分だけ嘘言っても良くないなって思っただけだし」


「いやでも、その後のフォローがなかったからさ」


「あー……実はそういうの、ちょっと苦手で」


 え、そんなイメージ全くない。寧ろ得意としか思えないんだけど。俺やティシエラの事、何度もさり気なくフォローしてくれてたよね?


「他に誰もしてない時にフォローするのは、一応できるかなーって感じなんだけど、あんなふうに何人もフォローしてる中に入るのは、なんかイーッてなるんだよね」


「ああ、そういう事か」


 ちょっとわかる。ドサクサ紛れというか、もう空気が決している中でわざわざダメ押しするのは、よく思われたいだけなんじゃないの、みたいに自分で思っちゃうもんな。迎合じゃないけど、それに近いニュアンスを感じるというか……完全に考え過ぎなんだろうけど。


 イリスも案外そういう所あるんだな。気遣いの人ならではの悩みか。


「これを共感してくれるあたり、マスターって感じだよねー」


「……どういう意味だよ」


「べっつにー」


 最後に軽く茶化して、イリスは自分の席に戻った。


 なんとなく、はぐらかされた感がなくもないけど、今はこれで良しとしよう。


 コレットは……おーおー囲まれてる。ヒーラーに対する扱いを巡って熱い討論になってるっぽい。


 あんな感じで方々から意見をぶつけられるのも、ある意味人徳だよな。俺には絶対にない。羨ましいかと言われると微妙だけど。


 さて……


「明日から早速見回りを始めるから、お酒飲むなら程々に。それじゃ、ここからは自由行動で。今日はお疲れ様でした」


 ギルマスとしての挨拶を終えて、『うーい』などの適当な返事を背中で浴びつつ、やり残した今日の仕事に着手する事にした。


 それは――――





「あら、今日は一人で来たの?」


 シレクス家への訪問。そして報告だ。


 フレンデリア嬢をはじめとした彼らは、コレットの選挙の支援者……要するにパトロンな訳で、選挙活動については逐一報告の義務がある。いつもはコレットが自分でやってる事だけど、今日は代わりに俺がやる事にした。


 転生者とバレないよう、今までずっと単独で会うのを避けてきた相手なのに、今回敢えて自ら赴いたのには当然、相応の理由がある。今回のヒーラー監視ミッションを提案したのは俺だ。俺に説明責任がある。


 ただこの件、シレクス家に全くお伺いを立てていない独断専行。事後承諾をコレットと一緒に行うと、二人で企てたような印象を持たれかねない。あくまで俺の仕業だって事をわかって貰わないといけない。


「――――という事になりました。事前に許可を得ず、大変申し訳ありません」


 元々はコレットが決心し、俺が助力する形でスタートした選挙だ。半ば強引に途中参戦してきたシレクス家に義理立てする必要はない……とは言えないのが社会人の辛いところ。深々と頭下げてるんで、これで御勘弁願えないでしょうか……


「そんな事になってたのね。知らなかった」


 ……なんか、いつもの明るいフレンちゃん様じゃありませんね。あれ? 地雷踏んじゃった?


「セバチャスン、コルリ、悪いけど席を外して。彼と二人にして欲しいの」


 ちょーっ! これはヤバい! 良くない流れだ!


 おかしいな、なんか転生者って怪しまれるような事したか? 少なくとも今回の件は全く掠りもしてないよな? だからこうして単身乗り込んだ訳で…… 


「む……それは」


「お願い」


「……わかりました。では失礼致します」


 いやわからないで! この人と二人にしないで!


 無情にも、扉が閉まる音が室内に響く。


 えぇぇ……何これ。墓穴掘った? どうなってんの?


 マズい。いや、仮に彼女も転生者で、俺も同じだと悟ったとして、それで俺の調整スキルが消失するって決まった訳じゃない。あくまで神サマが『口止め代わりに転生特典をくれてやるけど、他言すんなよ!』って言ったのを拡大解釈しただけだからな。でも十分あり得るし、決して無視できないリスクだ。

 

「トモ。貴方に聞きたい事があるの」


「な、なんでしょう」


 心臓の音がヤバい。重低音でドッドッドッドッ鳴ってる。今にも冷や汗が滝のように流れ出しそうだ。


 いや、落ち着け。まだバレたと決まった訳じゃない。寧ろバレる要素はないんだ。堂々としていればいい筈。大丈夫。大丈夫。なんか目がグルグルして来たけど絶対大丈夫――――


「コレットは、選挙に勝てると思う?」


 ……セーフ!


 ほらね! 言ったじゃん大丈夫だって! 危っぶねー! 危うく取り乱すところだった。


「あー……正直、このままだと厳しいと思ってます。あのマスクがここまで外れないのは想定外でした。その所為で選挙活動を全然できてないんで、今のコレットは絶対優位の状況に胡座をかいている怠慢な人物に映っていると思います」


「そうよね。だから、こんな危険な賭けに出たって訳ね」


「はい」


 フレンデリア嬢も、冷静に現状を見極めているらしい。案外シビアな決断を下そうとしているのかも。


 とはいえ、仮にここで『やっぱ支援やめる』と言われても、正直そこまで困りはしない。あのマスクの影響で、本来予定していた彼女達の支援活動の殆どが潰れてるしな。


 さて、どう出るか……


「でも私、どうしてもピンと来ないの」


「何がですか?」



「ヒーラーって、こんなに怖がられる職業なのかな、って」



 それは――――再び心臓の鼓動が早まり、頭の中で緊急時サイレンが鳴り響くには十分な発言だった。


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