第132話 表層をなぞるような上辺だけの会話

 厄介な事になった。フレンデリア嬢は多分、俺に猜疑の目を向けている。


 少なくとも、この街にずっと住んでいる人間なら、ヒーラーに対して『こんなに怖がられる職業なのかな』なんて疑念を抱く訳がない。そして彼女は本来なら、この街で生まれ育っている筈。シレクス家っていう由緒正しき家のお嬢様なんだから。


 これが何を意味するのか。答えは二つに一つだ。


 化けているか、転生しているか。


 前者は、あの五大ギルド会議でバングッフさんに成りすましていた怪盗メアロと同レベルの変装を、この街の事情に詳しくない何者かがしているという可能性。これなら人が変わったように性格が激変したという評判にも、一応辻褄は合う。


 転生であっても同じだ。別世界からの転生なら、この世界自体の常識を知らない訳だから、より整合性がある。けど決め手はない。


 かといって、直接確かめるのはマズい。俺しかいないこの状況下で『貴女、別人の成りすましですね?』と聞いて、もしその化けてる奴の正体が凶暴だったら、口封じの為に殺されかねない。


『転生者じゃないですか?』と聞くのも当然、命取りだ。この発想に行き着く事自体、俺が転生者である証と言える。向こうからもそう看過されるだろう。


 そもそも……俺に向かって『ヒーラーってこんなに怖がられるものかな?』って聞いてくる時点で、俺が転生者だって怪しんでいるよな。この街に住んでいて、ヒーラーが恐怖の対象と認識していない奴はまずいないのに、それを敢えて聞いてきた時点で『本当は貴方もそうなんでしょう? ヒーラーがこんな歪んだ存在じゃない世界の住民だったんでしょ?』と同意を求めているように思えてならない。


 以前、彼女を転生者と疑った根拠の『ハンマー投げの投げ方を知っていた』に関しても、やっぱり偶然じゃなかったのかもしれない。俺と同じ世界――――地球の住民だったとしたら、ヒーラーへの印象は俺と同じになる筈だ。まあそこでは実在はせず、ゲームなどの創作世界にしかいないんだけど。


「貴方はどう? やっぱりヒーラーって怖い存在? この街のヒーラーじゃなくて、ヒーラー全般の印象について聞かせて」


 ぐ……いよいよ仕掛けて来やがった。


 やはり間違いない。彼女は俺を怪しんでいる。じゃなきゃ、こんな事聞く意味がない。


 どう答える? 本当の事を言ったら、調整スキルが使えなくなる恐れが…… 


 待てよ。あの四天王のエアホルグ相手に調整スキルが効かなかったのって、ヒーラー相手だからじゃなく、俺自身が既にスキルを使えなくなってるからじゃないのか?


 仮に、このフレンデリア嬢が俺=転生者と既に確信していて、『他者に転生者とバレる』が転生特典スキルの使用不可条件だったとしたら?


 もしそうなら、何もかも手遅れなんじゃ……


 いや落ち着け。まだ使えないって決まった訳じゃない。マズったな……こんな事になるんだったら、一度コレットや武器で調整スキルがちゃんと使えるか確認しておくんだった。


「どうしたの? そんなに答えにくい事?」


 普段は快活でカラっとしているフレンデリア嬢が、今日はやけに追い込んでくる。これ完全に試されてますね。圧が凄い。


 だとしたら、沈黙は最悪の選択だ。彼女は俺をどうにでも出来るだけの財力と権力を持っている。俺のギルドなんて一瞬で消し飛ばされる。


 腹を括ろう。もうそうするしかない。


「ヒーラーは回復係ですよ。本来、怖い筈がないんですけどね」


 核心には決して触れない。逃げ切る。そして、後で調整スキルを使えるか確認する。未確定要素が多い今、これが最良の行動だ。意地でもボロを出さないようにしてやる。


「そうよね。ヒーラーって職業自体は怖い訳じゃないし。この街のヒーラーがおかしいだけ。ううん……それだけじゃない。ヒーラーに関する惨状を放置してしまっている、この街そのものが異常なのよね。貴方はそう思わない?」


「警備兵とか自警団がいませんからね。だから俺は、そういう役割も担えるギルドを作ったんです。あくまで副次的な目的ですけど」


「それよ!」


 うげっ!? なんか俺ドボンした!? やっちゃった!?


「どうしてこの街を統治している王家の方々は沈黙を守り続けているの? 街がモンスターに襲撃されたのよ? それなのに声明一つ出さないなんて、おかしくない?」


 うおお……そっちかー! セーフ! 危ねー!


 でもいいぞ、会話が違う方向に逸れていった。このまま王族や街の防衛についての議論に移行できれば、転生関連の話題には結びつかなくなる。ボロさえ出さなきゃ逃げ切れるぞ。あと一息だ。


「それは俺もずっと思っていますよ。明らかに不自然じゃないですか。まるで王城に誰もいないみたいに――――」


 ……ふと思い出す。


 街中で何者かに刺されて、城に魂だけ呼び寄せられた時の事を。


 あの時俺を呼び寄せたミロって幼女始祖は、城には13人しかいないと言っていた。彼女を入れても14人だ。


 それが真実なら、あの城に王族はいない。たかだか10名前後で王を守る国が何処にある?


 五大ギルドが支配する城下町を放置し続けているのは、王族が魔王を恐れて引きこもっているか、支配欲がなさ過ぎて面倒臭がっているだけだと思っていたけど……そもそも王族がもうここにいないってパターンも十分にあり得る。


 既に王城は、統治機構としての体を成していない。そう考えるのが自然だ。


「誰もいない、って事はないんじゃない? 商業ギルドが定期的に出入りしているみたいだし。でも王族はいないでしょうね。いたらモンスターに襲撃された時点で大騒ぎしてるでしょ」


「ですよね……」


 不可解なのは、その状況を街の住民が自然に受け入れている事。受け入れているというより、問題視していないって言った方が正確かもしれない。偶に話題に挙がるけど、深刻に話す人は一人もいない。一体何故――――


 ふと顔を上げると、フレンデリア嬢の不敵な笑みが見えた。


「どうやら貴方は、この件を私と同じ感覚で捉えているみたいね!」


 ……げ!


 うっわ、やられた! 最初からそれが目的だったのか!


 フレンデリア嬢が敢えて話の流れを変えたのは、俺にボロを出させる為じゃなく、俺の思考パターンや固定観念をより多く引き出す為。そして、それが自分と同じかどうかを見定める為だったんだ!


 自分と同じ、"外"から来た転生者だと――――


「一つだけ聞かせて。貴方はコレットの味方よね?」


「……当然です」


「どうして? 仲間だから? それともあの子の事が好きだから?」


 な、何なんだこの質問は。一体どう持っていきたいんだ?


 それとも、これが彼女――――シレクス家のお嬢様に転生した彼女にとっての核心なのか?


 いずれにしても……


「一度、似たような質問に答えた記憶がありますけど」


「そうね。でもまた答えて。あの時とは違うかもしれないじゃない」


 フレンデリア嬢の表情は、無理して軽妙さを出しているようにも見えるけど、目は真剣そのものだ。俺の全てを見逃すまいとしている。


 嘘を言っても仕方ない。偽らざる本心……今の俺のコレットへの認識を、そのまま話すしかなさそうだ。


「……あいつが俺にとって大切な友達なのは変わってませんよ。出会いは唐突で、なし崩しで交流を持つ事になったけど、妙に気が合うっていうか、会話が弾むっていうか……こういうの、波長が合うって言うんでしょうね。だったら、味方するしかないじゃないですか」


 恥ずい。あー恥ずい。顔が熱い。もしこれを本人に聞かれてたら数日は立ち直れない。


「うん。大体予想してた通りの答え。信用しちゃう」


「良いんですか?」


「ええ。貴方については、ずっと調べてたから。だってそうでしょ? 貴方って怪し過ぎるんだもん。冒険者ギルドに問い合わせたけど、レベル18なんですってね。しかもこの街で初めて冒険者になって、一日で辞めてるし。怪しむなって方が無理じゃない?」


 ……仰る通りです。


 ずっと、この街の人々からの信頼について悩んできたけど、まさか同じ立場の相手にツッコまれる事になるなんてな……


「だから、最初は貴方がコレットを傀儡にして冒険者ギルドを乗っ取る画策を立てていると思ってた訳。尻尾を掴んだら、思いっきりぶん殴ってやろうって思ってカイザーナックル三つ買っておいたんだから」


「なんで予備まで……いやないですよ、尻尾なんて」


「みたいね。冒険者ギルドを支配したいなら、他のギルドなんてわざわざ立ち上げないし。あー、こいつマジでコレットの事ちゃんと大切にしてるよ、ってわかったから、なんか肩の力が抜けちゃった」


 一瞬、普段の彼女とは全く違う、何処かダウナーな声色になった気がした。もしかしたら、それが素なのかも知れない。"今"のフレンデリア嬢の。

 

「要するに、私と同じなんだね。前にも言った事だけど」


 そう。これも前に聞いた言葉だ。


 つまり彼女は――――



『今後、何があっても俺の素性に一切触れない事。それを約束してくれれば、コレットは必ず俺が正常に戻してみせます』



 あの時の約束を守ってくれている。まだ正常に戻せていないのに、痺れを切らさず。


 だから、俺の素性や正体そのものには一度も言及してこない。あくまで俺の行動が怪しいって切り口で詰め寄っているに過ぎない。


「コレットのマスク、外せそう?」


「方法は既に見つけてるんで、後はその使い手を探すだけです。任せて下さい」


「そ。なら任せた!」


 ビシッと指を差したかと思うと、フレンデリア嬢は急に俺から背を向けた。 


「……あの子にはね、私が心細くしてたのを見抜かれちゃった。貴女は一人じゃない、って……こんなありきたりな言葉が、こんなに心に刺さるなんてね」


 断片的ではあるけど、フレンデリア嬢がコレットに執着している理由がなんとなく見えた気がした。俺が関わっていない所で、精神的に救われていたんだな。


「だから私も、あの子を絶対に一人にはしない」


 きっと俺も、似たような心境だったんだろう。最初も、今も。


 フレンデリアは転生者だ。たった一人で別世界へとやって来て、右も左もわからない中でどうにかこうにか順応した、俺と同じ経験をした人物だ。


 だけど、これまでもこれからも、お互いに深入りはしないだろう。そうする事で、どう作用するかわからないから。何より、お互いがお互いを必要としていない。あくまで友達の友達だ。今の所は。


「なら、もし貴女が一人になりそうになったら、その時は俺に御一報下さい。力になれる保証はないですけどね」


「相談に乗ってくれるの?」


「貴重なコレットの友達ですからね。大事にしないと」


 きっと、俺達だけにしかわからない悩みがある。俺達にしか共感し合えない感覚がある。

 

 その事だけは、忘れずにいよう。


 アインシュレイル城下町で暮らす、異分子同士として。


「だったら、早速だけど協力して貰おっかな。ちょっと困ってる事があるの」


「良いですけど。何ですか?」


「実は私ね……女好きで横柄で傲慢で鼻持ちならない婚約者がいるみたいなんだけど! どうすれば婚約破棄って出来るか知らない!?」


「無実の罪で地下牢にでも投獄されれば良いんじゃないですか」


 そんな表層をなぞるような上辺だけの会話で、今日の仕事を締め括った。





 次の日の朝――――


「生命力1500、攻撃力1500、敏捷2000、器用さ2500、知覚力500、抵抗力800、運349。取り敢えずこれで行ってみよう。身体の制御はどんな感じ?」


「良い感じ。これなら十分、ステータス通りに動けると思う」


 コレットに恐る恐る調整スキルを使ってみたところ、以前と同じように使用出来た。昨夜、武器に対して使ってみたけど、それも問題なし。やっぱりヒーラーが相手だと通用しないのかもしれない。若しくは、あのエアホルグって男がスキル無効の防御策を講じていたのか。


 何にせよ一安心。これで今日からの仕事に集中できる。


「お、ギルドマスター今日は早起き! コレットもちーっす!」


「あ、えっと……おはよ。ヤメ」


 ソーサラーギルドからの派遣組にもかかわらず、ヤメが早い時間にやって来た。奇妙な方向に中二病拗らせてる割には真面目なんだな。


「いやねー、今日神様のお告げがあってさー。普段はヤメちゃん、生きた屍だから痛みとか感じない系の人なんだけど、今日に限って『空亡の日』っていう色んな御加護がない日でねー。今日だけは普通の人と同じなんだよねー」


「そうなんだ。大変だね」


 感情が死んでる気もするけど、コレットは必死にヤメと交流を試みている。良い傾向だ。


「……イイコダナー」


「な、何?」


「ううん、何でも。あ、シキちゃん来た! こっちこっちー」


 明るい笑顔でヤメが手を振ると、シキさんは露骨に嫌そうな顔でそっぽを向きつつ、打ち合わせもあるため渋々合流した。


 その後も次々とギルド員や派遣組が到着。ヒーラー監視ミッションの最終打ち合わせが始まった。


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