第133話 ごくモヒカンなヒーラー

 打ち合わせ……と言っても、依頼内容は掲示板に詳しく記してあるし、重要事項のおさらいと大まかな説明、各班が見回る範囲の確認程度で十分だろう。朝の全校集会で校長先生が長々と話したところで、誰もロクに聞いちゃいなかったからな。こういうのは手短に済ます方が絶対良い。


「――――各自、危険と判断したら無理はしない事。撤退の判断はパーティ内のリーダーが責任をもって判断するように。それじゃ、見回りを始めましょう」


 第一班リーダーのギグさんと、第二班リーダーのマキシムさんと最終確認を早々に終え、一旦解散。ここからは班別での行動となる。


 俺達第三班は北西部~南西部を見回りする事になった。娼館やベリアルザ武器商会、冒険者ギルドが範囲内に入っているこのエリアは、俺にとって比較的馴染み深いから動きやすくもある。


 第三班のリーダーは俺。戦闘要員にはヒーラーとの戦いに集中して貰わないと困るからな。


 さて、これから四人でどうやって――――


「私は屋根の上から索敵するから。何かあったら指笛で呼んで」


 ……もう三人になっちゃったんですけど。シキさんってマジで団体行動できない人なんだな。斥候としての色彩が強い仕事だから特に問題はないけどさ……


「多分、人と話して傷付くのが怖いんじゃないかなー。ぼっちってそういうトコあるよね。だってヤメちゃんがそんなだし。ソーサラーギルドでも『この身体は屍だけど暗黒粒子で構成されてるから腐らないんだよー』って言ったら、なんかみんな近付かなくなっちゃった。アハハ」


 後方支援担当の為、最後尾を歩いているヤメが急に悲しい事を言い出した。中二病が普通に受け入れられる優しい世界じゃなかったのか、ここ。シビアな人達ですね。


「でも多分、このパーティのメンバーってみんなぼっち体質だよね。トモもコレットもおんなじ匂いするもん」


 ……こやつ鋭いな。


 ぼっち同士ってのは……どういう理由か……正体を知らなくても…知らず知らずのうちに引き合うんだ……


 結婚する相手のことを『運命の赤い糸で結ばれている』とか言うだろ? そんな風にいつか…どこかで出会うんだよ…


 敵か友人か…広大なフィールドで敵に追いかけられている最中に遭遇するか…仕事で偶然同じ班になるか…それはわからないけどね。


「私はそんな事ないよマルガリータって親友がいるし今なんて冒険者ギルドに何人か話する人いるし誰とも会話しなかった日の夜に自分の声聞いとかなくちゃ消えそうな気がして大きめの独り言で喋ってたら宿の隣の部屋から壁ドンってされてそれを10日くらい引きずってた頃の私とは全然違うから」


 え、コレット今なんて? 早口過ぎて全然聞き取れませんよ?


「トモはそうかもしれないけど」


 ……は?


「はあ!? 俺だってもう普通に友達いますけど!?」


「えー? 絶対嘘だよ。友達って誰? 言ってみてよ。ほら早く言ってみて」


 こ、こいつ……ちょっと他の冒険者と話せるようになったからって調子乗ってんな。明らかに俺の方が会話できる知人は多いだろうが!


 いいだろう。この機会に格の違いを見せてやる。


「そうだな。ディノーとはもうかなり親しくなったし、完全に友達で間違いないな」


「チッチッ。仕事仲間は友達に含まれません」

「あー、いるよね。仕事だから話し込んでるのに、それを距離が縮まったって勘違いする男。ぼっちにいがち」


 ぐぬぬ……! そう言われるとそんな気が……他愛もない事を話すような間柄じゃないし……


「なら武器屋の御主人とかどうよ。年は離れてるけど、仕事上の付き合いはもうないし、これはもう友人と言って差し支えない関係だよな」


「いやいや二人目に元雇用主が出て来る時点で……」

「屍のヤメちゃんもこれにはビックリ」


 ギャアアやめろ! そんな目で俺を見るな! 少なくともお前らから憐れみを受ける筋合いはないから!


 ちっくしょう。この流れでコレットの名前だけは絶対に出せないぞ。出したら負けだ。ここでの負けは死に等しい。尊厳が死ぬ。俺の生きて来た足跡がグラウンド均しでシャッシャシャッシャされる。


 だがどうする……? イリスも仕事仲間だし、ティシエラは先輩って感じだし、ザクザクとは事実上の絶交状態だし、怪盗メアロは宿敵だし……


 あれ? 俺って友達と言える相手、コレットしかいない?


 いやそんな訳ない。冷静に思い出すんだ。他に仕事での付き合いがなくて、かつ親しい人物と言えそうなのは……


「ルウェリアさん! そうだルウェリアさんがいるじゃん!」


「……」

「……」


 な、なんだよ二人してそのジト目は……


「男女の友情とか、普通成立しないよね」

「ヤメちゃんもそう思うなー。いるよね、ちょっと優しくされただけで好きになって、でも自分がそんな安い男って認めたくないからムリヤリ友達って思い込む奴。かわいそー」


 えぇぇ……そういう認識?


 いや、そりゃ生前の世界でもそんな風潮あったけどさ……


「待て。確かに若い男女で友達っていうと、寧ろ卑猥に聞こえるかもしれない。でも例えばの話、80歳越えて伴侶にも先に旅立たれた老人同士が諸行無常を噛みしめながら公園のベンチで並んで座ったとしよう。そこで交わす会話に下心はあるのかい?」


「そりゃあるでしょ」

「あるよね絶対あるよね。まあ性的なアレはないかもだけど、この女の残りの人生俺が全部食っちまうぜ、くらいの征服欲は普通に持ってるよね男って」


 ……さっきから黙って聞いてたら、コレットよりヤメの方が数段酷いな。男嫌いなの? なんかあったのか過去に。


「ヤメ!」

「コレット!」


 往来でハグすな。なんで俺をダシに女の友情芽生えてんだよ。


「これでますます私とトモの差は開く一方だね。可哀想に。鼻の下伸ばして女の子とばっかりペチャクチャ喋ってるからこうなるんだよ。私が友達作る方法教えようか?」


「がーっ!! そんな友達100人逃げ出すようなマスクしてる奴になんでそこまで煽られなきゃならねーんだよ!」


 こっちがキレてみせても、有頂天コレットはヘラヘラ笑っている――――ように見える。マスクしてるけど絶対そんな顔をしてるのが丸わかりだ。


 ……こいつもうマスク外さなくていいんじゃないか? 外部から感情全部わかるし。


 それを言おうとした矢先――――


「隊長、居た」


 音もなく、スッとシキさんが戻って来た。


「え? 居たって、まさか……野良ヒーラー?」


「愚問過ぎない? 他に何か報告対象あった?」


 そりゃそうだ。ヒーラー監視の見回りなんだから。


「あっち。当たり前みたく回復押し付け詐欺やってる」


 シキさんが指したのは――――ベリアルザ武器商会のある方角だ。


 まさか、そんな偶然ある訳ないよな……


「トモが友達なんて言うから……」

「ぼっちから不当に友達扱いされると不幸になるって伝説、本当だったんだ。かわいそー」


 そんな伝説ねーよ! こいつ中二病って思ってたらただの虚言癖かよ! 余計厄介じゃねーか!


「よくわかんないけど、行かなくていいの?」


「当然行く。グダグダ喋ってないで現場抑えないと」


 真っ先に駆け出した――――ものの、スピード重視のステータスにしているコレットと、暗殺者ってより忍者っぽいシキさんにアッサリ抜かされた。


 この身体、生前の俺より遥かに鍛えてあるし、体感で100m10秒切るくらいの身体能力はあるんだけど……所詮はレベル18。ガチの猛者ばかりのこの街じゃやっぱり平凡だ。



 だったら、どうしてこの身体は魔王と戦えるところまで行けたんだ?



 確か、魔王の攻撃すら受け付けない強力な結界を張っていた。そんな記憶はある。


 でもこの程度の凡庸な冒険者が、そんな大層な結界を身に付けられるものなんだろうか。それともやっぱり、あれは俺の願望が見せた夢に過ぎないのか。


 ……って、余計なこと考えている場合じゃない。

 

 もう500mくらい走っただろうか。視界の先で、コレットとシキさんが立ち止まっていた。どうやらあそこが現場らしい。


 近付くと――――


「ヒャアハハハハハハハハハハ!! その怪我今すぐ治さないと雑菌入ってヤバいぜ? 治させろよォ……オレに早くゥゥゥ治させろよォォォォォォ!!」


 ヒーラーらしきモヒカンの男が、ベリアルザ武器商会の前でイキっていた。


 御主人を踏みつけて。


「お、お父さん!」


「黙ってろルウェリア! こんな奴に回復魔法使われたら、ウチの武器屋は即破産だ! それだけはあっちゃならねぇんだよ!」


「ハッハーーーーーーーー!! イイじゃねェか破産! オレはなァ、せっかく一命取り留めた奴が更なる絶望に打ちひしがれて嗚咽漏らす姿がサイコーに好きでさァ! そういう奴には愛し過ぎてついツキ合っちまうんだよ! オレも借金背負ってやっから一緒にイこうや!!」


 ……ちょっと何言ってるのかわからない。また頭のおかしなヒーラーが出て来た。


 けど、そんなのはどうでもいい。重要なのは、御主人とルウェリアさんが被害に遭いそうになっている事だ。


「あ、トモ」


 先行していた二人は、俺が来るまで様子を窺っていたらしい。確認の為に。


「隊長、アレ殺していいよね。生かしておく意味なくない? ああいう奴殺す為に私生きてるんだけど」


「待て待て待って! 同意はするけど、ウチのギルドは殺し厳禁だから!」


 幾ら相手がヒーラーでも、問答無用で殺すのはマズい。まずは声かけだ。


「そこのヒーラー! 高額回復詐欺は止めろ!」


「トモさん!?」


 真っ先に気付いたのは、いたぶられている御主人を前に涙目で震えていたルウェリアさん。御主人もすぐ気が付き、なんとも言えない顔をしていた。


 そして最後に、野良ヒーラーがこっちを向く。髪型の時点でほぼ確定してたけど、やはり見た事ないツラだ。


「あァん? なんだテメェら……邪魔するならテメェらからボコボコに痛めつけて回復してやろうか?」


 どういう脅迫だよ。


 生前の日本なら、この段階ではまだ正当防衛の要項を満たすには至らないけど――――


「こちらの警告を無視。敵意も確認。生命および財産に著しい危機が生じた為、例外的処置として殺すつもりで対抗する。行くぞオラア!」


 武器のこん棒を構え、戦闘態勢完了。最初の獲物はこいつで決まりだ。


「……なんか面倒臭くない? ウチの隊長」


「ま、まあギルドマスターって立場上、建前は必要だから」


 シキさんとコレットもそれぞれ武器を構える。シキさんは黒いナイフだ。黒いのは見えにくくする為と、繰り返し毒を塗る事で生じる変色が目立たない為、らしい。


 一方、コレットはレイピア。対モンスターとは違い、なるべく殺さないような武器を選んでいるそうだ。


「支援はヤメちゃんにお任せ! どんどんバフっちゃうよー!」


 ヤメは攻撃魔法も種類豊富に備えているそうだけど、それ以上に能力上昇系が得意らしい。元のステータスがカスな俺にはありがたい。


「お、やんのか? 何人いても全然構わねェよ。オレは自分がボコった分だけボコられるのも好きだからなァ。戦いが終わって、お互いがボロボロになって友情が芽生えたその瞬間、オレだけ回復すんだよ。自己回復は確率低いけどよォ、そこがいいんだよ。オレも冷や冷や、敵も冷や冷や。同じ感情を共有するってサイコーだよなァァァァ!!」


「死ねええええええええええええええええ!!」


 語りが気持ち悪かったんで全力でこん棒を投げた。


「うおっ!?」


 チッ、避けやがったか。


「テメェバカかァ!? どう考えても投擲用の武器じゃねーだろ!」


「あんな気持ち悪い話これ以上黙って聞いてられっか! 御主人から離れろクソヒーラー! 大体お前ら、ギルドが燃えたからって好き勝手暴れすぎなんだよ!」


「ハッ! たりめーだろボケ! ギルドから仕事貰えねーなら自分で回復相手探すしかねーんだからよォ! 大体ウチのギルドマスターは慎み深過ぎんだよ! ヒーラーはなァ、もっと遠慮なくバンバン回復するべきだろォ!? 沢山治して沢山稼いで尊敬される、それが正しいヒーラーなんだよォォォ――――ォフウ」


 ……急にテンション下がったな。どうした?


「あー……テメェのブチ切れマジ良かったなァ……ちょーど今のオレと同じテンションでさ……最高にメンタルがシンクロしたァ……」


「果てたの!? 賢者タイムなの!?」


 特に強者オーラのない、ごくモヒカンなヒーラーですらこの変態性。やっぱヒーラーってバッタの大量発生くらい異常だわ。


「なんかもう満足したけど、やっぱ回復はしとかねェとな。まずは最高にイイ感じだったテメェから――――がッ」


 そしてアホだ。


 俺に意識が集中していたらしく、ヤメの支援魔法【ローキー】で気配を消したコレットとシキさんの接近に気付かないまま、二人の柄による打撃を両こめかみに食らい卒倒した。


「どうせなら頸動脈切りたかったんだけど……ま、一般人の見てるとこで血の噴水は流石にね」


「あ、あはは」


 見事な同時攻撃を披露した二人が、対照的な表情で得物をしまう。コレットは言うまでもないけど、シキさんもかなりの手練だな。知ってたけど。


 それでも、こんなにアッサリ倒せるとは思わなかった。まあ幾らヒーラーが脅威とはいえ実際にはピンキリなんだろう。こいつは間違いなくキリの方だ。


 戦闘力に乏しい俺が注意を引きつけ、火力と機動力に長けた二人が後方支援を受けつつ不意打ち。オーソドックス極まりない手だけど、回復バカ一体が相手なら十分通用するらしい。それがわかったのは大きな収穫だ。


「御主人、大丈夫ですか?」


「あ、ああ。傷自体はどうって事ねぇが、正直ヤバかった。助けられたな」


「これで行き倒れを拾って貰った恩は返せましたかね。まあ、俺はただこん棒投げて避けられただけですけど」


「違ぇねえ」


 笑いながら、俺の伸ばした手を掴み、御主人は立ち上がった。幸い、怪我自体は確かに軽傷っぽい。脇腹を負傷しているけど、流血の量はそれほどでもない。


 でも大分踏まれてたからな。衛生面ではどうしたって日本には劣るから、放置しておくと化膿しかねない。


「大丈夫です。お父さんの秘蔵のお酒持ってきました。これで消毒しましょう」


「へ? おいルウェリア、なんでそれの隠し場所を知って……あだだだだだだだだだだ!! ちょっ、おまっ、そんな乱暴な……いだだだだ! 焼ける焼ける焼ける!!」


「トモさん、みなさん、本当にありがとうございました。皆さんが駆けつけてくれなかったら、私達どうなっていたか」


 丁寧にお礼しながら、ルウェリアさんは高そうな酒を躊躇なくドボドボ傷口に流していった。酒、呑んで欲しくないんですね。

 

「いえいえとんでもない。ところで御主人」


「いでぇよぉ……染みるよぉ……何ぃ」


「俺達、友達ですよね」


「……いや、そいつはちょっと違うんじゃねぇか……あだだだだだだ!! おまっ! それっ! ぎゃああああああああ!!」


「友達ですよね」


 ルウェリアさんから受け取った酒瓶が軽くなるまで質問を続けた結果、友達が一人増えた。めでたしめでたし。


「トモ、やってる事ヒーラーとあんまり変わらなくない?」


 んなこたぁない。


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