第134話 未だかつてない危機

 幸先良いスタートを切ったヒーラー監視のお仕事だったが、楽勝が続くほど甘い相手でもなく――――



「ウフフフフフフフフフフフフフフフ。回復回復ゥ♪」


「ま、待て! シキさん奴を追って!」


 先のモンスター襲撃事件で負傷していた中年男性の住民を誑かし、治りかけの傷を回復させ20,000Gを請求していた妙齢の女性ヒーラーに遭遇したものの、圧倒的な逃げ足で逃走を図られ、結局捕まえる事が出来ず。


「ンー!! ンーーー!! 回復はパワァァァーーー! 生命と筋肉の躍動こそ回復魔法の真髄! この我が輩の肉体をブチ抜けるものならブチ抜いてみるがよい! 出来るものならなァァァァァ!」


 何度も己の大胸筋を叩き、こちらの攻撃を促す肉ダルマヒーラー(メデオの亜種)は、コレットとシキさんが何度斬ったり突いたりしようとまるで動じず、連続で自分に回復魔法をかけ続け、やがて全快するというチート仕様によって戦闘が長引き。


「――――確かに君の言うように回復を押し付けるだけであれば、決して良い行いではありません。それはヒーラーの評判を貶めるだけの愚行だと思います。だが君達は誤解しています。我々は単に、暴利を貪る為に回復魔法を使っている訳ではないのです。回復魔法の効能、そして重要性について再考して貰いたいのです。例えば重傷を負った患者が病院に入院し長期治療必須と診断されたとしましょう。治療代はかなりかかりますね。しかも長きにわたってリハビリしなければならない。傷口の管理を行うには、常に清潔を保つ必要があり、それだけ時間も手間も人手もかかる。痛みを和らげる薬とてノーリスクではない。しかし回復魔法であれば、一瞬でその全てを無に出来る。ならば当然、それに見合った代価が支払われるべきでしょう。全快まで100日かかる怪我を一瞬で治した場合、我々はその負傷者に治療費だけでなく、100日分の時間を恩恵として与える訳です。辛い思いをして負傷箇所を元通り動かせるよう訓練する時間全てを、好きな事が出来る時間に変換するのです。これには、如何ほどの価値があるとお考えですか? 我々の要求する金額はそこまで的外れですか?」


「いや、そういう問題じゃなくて……でも確かに回復魔法の価値についてはこっちも一定の見解を示す必要があるか」


「トモ! 呑まれてる呑まれてる! 口車に乗っちゃダメ!」


 やたら話の長い、しかし興味を引く話題で煙に巻こうとしてくる詭弁ヒーラーには更に時間を割かれ――――



「……もう夜か」


 俺達第三班は、日中までに四件のヒーラートラブルを解決するだけに留まった。


 特にノルマはないし、これが多いのか少ないのかは判断し辛いけど、最初の一人以外は明らかに非効率的な対応になってしまった為、夕食も兼ねて最寄りの飲食店で反省会を開く事になった。


 当然、パンをメニューに入れてある店で。


「お待たせ致しました。『肉パン祭りセット』『ガランジェティー』、『ハルスパスタのサラダ添え』『ジュエルミルク』、『牛骨の厚切り炭火焼き』『スライムティー』、『ずっと真夜中しかできない遊び』『スライムティー』、以上でよろしいでしょうか」


「はい。えー、それじゃみんな、今日はお疲れ様でした」


 それぞれ頼んだメニューが運ばれて来たところで、リーダーの俺が労いの言葉で乾杯の音頭をとった。スライムティーって凄いな。グラスぶつけても全然水面が揺れない。どういう飲み物? スムージーどころかシェイク系より更に粘着力高いっぽいな。


「はー……」


 それぞれ反省点はある筈だけど、その中でも明らかに落ち込んでいるのがシキさん。逃亡する女性ヒーラーを追いかけたものの捕まえきれなかった事をずっと引きずってる。


「シキさん、仕方ないよ。あのヒーラー、単に身が軽いだけじゃなく裏道まで熟知してたし。向こうが一枚上手だったって認めるしかない」


「そんな簡単に割り切れると思う?」


 意外とメンタル弱いんだなシキさん。目がグルグルしてる。


「まーそう気を落としなさんなってば。ヤメちゃん的には、シキちゃんは良くやってたと思うし?」


「……上から目線だけど、アンタだって【アクセレーション】かけるの遅れたでしょ」


「てへぺろ」 


 アクセレーション……速度アップの魔法か。元々スピードが売りの人に速度系のバフかけるのって、結構難しいよな。無駄行動になりかねないし。


「私もダメダメだった……全然思ったように動けなかったな……」


 コレットに対しては、ヒーラーとの戦闘が終わる度に微調整を頼まれてパラメータを弄ったんだけど、それがどうも良くなかったみたいで、後半になるにつれて感覚がバラバラになったらしい。これは俺の責任でもある。


「でも、ギルマスって凄いスキル持ってたんだね。バフ系の魔法は幾らでもあるけど、恒久的にステータスを変えられるスキルなんて初めて聞いたなー。ヤメちゃんビックリ」


「ま、ね。計画は暫く保留かな」


「……元暗殺者がなんでウチなんかに来たのか不思議だったけど、乗っ取るつもりだったのか」


「今のでよくわかったね」


 少しは悪びれろや! 暗殺者ってやっぱ闇の者だな!


「にしてもコレット、よくあんなヤバいスキル使わせる気になるねー。ギルマスがしれっとムチャクチャなパラメータにして、『元に戻して欲しかったら性奴隷になれ』とか脅してきたら人生詰むよ?」


「あはは、トモはそんな事しないよー」


 コレットとヤメはすっかり打ち解けたな。初日の酒場でも割と話せてたみたいだし、ウマが合ったって奴なんだろう。


 シキさんは積極的に喋るタイプじゃないけど、初日と比べると若干据わりの良さを感じている……ように見えなくもない。ヒーラーとの戦闘でもコレットとのコンビネーションは結構良さげに見えたし、この三人を組ませたのは正解だったな。


 斯く言う俺も、スキルの事を二人に打ち明けるのに抵抗はなかった。でもそれは当然だろう。ギルマスやってるのに、自分とこのギルド員を信用しないってのは幾らなんでもあり得ない。


「今日は申し訳なかった。リーダーなのに指揮が遅かったし、軌道修正も出来てなかった。明日はもうちょい上手くやれるようにする」


 とはいえ反省会だし、取り敢えず反省の弁を述べてみよう。


 一応本心は本心だけど、正直フォローにも期待している。さあ早く『そんな事ないよ』って言って。早く言って!


「ま、そうだよね。トモも後半グダグダだったし」

「ハッキリ言って指揮官としては最低の部類だった」

「アハハ、ヤメちゃんもさんせーい」


 ……君達? 報酬減額しますよ?


「でもヤメが上手くフォローしてたよね。後方から指示出しもして」

「ヤメちゃん的にはシキちゃんがMVPかなー。戦い長引いてもパパッて次のヒーラー見つけてくれて」

「私はコレットに助けられた。レベル78はやっぱ半端ないね」


 えぇぇ……女性陣だけで褒め合う流れ? こんな事になるんだったら男も入れておけば良かった……


 いや別にハーレム気分に浸りたかった訳じゃないんだよ。純粋に相性とか考えた結果、こういう組み合わせになっただけで。だからバチとか当てられても困る。


「あれー? なんかギルマス負のオーラ出してる? 恐ろしく汚ったないオーラ。ヤメちゃんでなきゃ見逃しちゃうね」


「あー、トモってば寂しがり屋だから。話入れなくて拗ねてるんだよきっと」


 ……ほう。


「コレット」


 向かいに座るコレットの手首をギュッと握る。


「え、な、何? みんな見てる前でちょっと……」

「抵抗値全振り」


 調整スキル発動につき、コレットは魔法防御以外能なしになった。


「あ、人生詰んだ」

「コレット、やっちゃったねー。男なんて信用するから」


「え……? いやいや、そんな……トモ、冗談だよね?」


「俺はな、新しい友達と打ち解ける為に昔からの知人を下げてウケ狙うような奴が大っ嫌いなんだ。お疲れ様」


「えーーーーーーーーーーーーー!? 冗談! 全部冗談だから! トモいつから冗談通じない人になったの!?」


「通じてるから心配すんな」


「余計悪いんだけど! 信頼してたのに! せめて運に振ってよーーーーーーっ!」


 なんだかんだで反省会もグダグダなまま終わりそうな予感がした、その時――――



「いやあああああああああああ!!」



 店の外から、耳を劈くような女性の悲鳴が聞こえた。


 その徒事じゃない悲痛な叫声にある種の確信を抱いたのは俺だけじゃなかったらしく、示し合わせるまでもなく全員で外に出る。


 街灯があるとはいえ、夜間だから見辛い。悲鳴の主は何処に――――


「あっち」


 夜目が利くらしく、シキさんは容易に場所を特定した。こういう時には闇の者って心強い。


 暫くその方向に向かって走ると、街路に腰を落として放心状態のまま震えている女性の姿が確認できた。


 そして――――


「ば…化物だ…そ…そこにいたエリーゼさんの唇と…こ…心を奪ってに…にげた…」


 ブツブツ何やら呟く同伴の男が一人……って、ポラギじゃん! 娼婦護衛の仕事をしてる筈のこの人がいるって事は、この女性は娼婦の方か!


「大丈夫か? ヒーラーにやられたんだな?」


「お…俺は必死に阻止しようとしたんだが…な…なにしろ恐ろしい奴で……」


「そいつは何処に行った?」


 震える指で、俺達が来たのとは逆の方向を示す。郊外の方に向かったのか。


 にしても、ポラギだって中年とはいえまだ十分な戦闘力を持った元冒険者。そんな彼がここまで怯えるなんて……


「だ、大丈夫ですか? 回復されちゃいました?」


 被害に遭った娼婦の方も、コレットが身を案じて話しかけているものの、放心状態のままで会話が成立していない。その手元には、ヒーラーから渡されたと思しき請求書が握られている。


 茫然自失になるのも無理はない。せっかく稼いできた金を一瞬で失ってしまったんだから――――


「はぁ……」


 あれ? なんか今の溜息、絶望感っていうより恍惚の表情だったような……


「信じられねえ……百戦錬磨のエリーゼさんをキスだけでメロメロにしちまうなんて……」


「え? どういう事?」


「あ? あ、ああ……大将か」


 今気付いたのかよ。どんだけ唖然としてたんだ。


「へへ……下手こいちまったよ。護衛してたエリーゼさんをヒーラーにヤられちまった……」


「みたいだな。でも被害状況がよくわからん。攻撃されてムリヤリ回復されたんじゃないのか?」


「いや。ムリヤリだったのは最初のキスだけだ」


 ……は?


「エリーゼさんも当然、嫌がってたんだが……そのうち抵抗をやめて……事が済んだヒーラーが『口ン中を荒らしちまって悪かったな。傷が付いてないか心配だから回復しといてやるよ。いいだろ?』と尋ねたんだ。俺は何度も制止した。やめてくれと。だがその時点で俺は、奴の技量と雄度に圧倒されちまって……そんな負け犬の言う事なんてエリーゼさんが聞く訳ないよな……ああ、そりゃもうアッサリ頷いちまうってもんだ」



「……コレット。エリーゼさんの請求書確認して」


「え? あ、うん。すいません、それを見せて貰って良いですか? えっと……回復料124,000G。あとキス0G、って……え!? 何これ!」


 スマイル感覚かよ。


 にしても……今度はキス魔ヒーラーか。もう何でもありだな。


「どうする隊長。被害者が嫌がってなかったら狩りの対象じゃなくない?」


「狩り言うな。でも確かに……」


 エリーゼさんがレイプ目にでもなってたら、問答無用で討伐対象なんだけど……明らかにウットリしてるからなあ。


「くっ……悔しいよ大将……男として圧倒的な差を見せつけられちまった。目の前で寝取られた気分だ」


「いやそれは違うだろ」


 ともあれ、このままキス魔ヒーラーを逃がしたんじゃ娼婦護衛の任務は失敗だ。女帝の立場からしたら、大切な従業員を襲われた上に多額の借金を背負わされ、しかも骨抜きにされたんだから。やっぱり放置はできないな。


「行こう。まだ近くにいるかもしれない」


「了解。ヤメ、ローキーとアクセレーション重ねがけして」


「わー、やっと名前で呼んでくれた」


「そういうのいいから」


 支援魔法で一時的に速度アップと気配消失の状態になったシキさんが、先行して様子を窺いに向かうつもりらしい。夜目が利く彼女なら、見つけるのは苦労しないだろうけど……


「見つけたらすぐこっちに知らせに戻って。間違っても接近しないように」


「大丈夫。最悪の場合、舌噛んで殺すから」


「いやだからそういう迂闊な発言がフラグになるんだって! 頼むから言う事聞いて!」


「はいはい」


 相変わらず淡白な物言いで、シキさんは闇に消えていった。


「でもヤメちゃん、シキちゃんがメロメロにされてる姿もちょっと見てみたいかも。ああいうタイプって自分のペース乱されると総崩れしそうじゃない?」


「あ、それはちょっとわかる」


「……トモ? 今フザけて良い時じゃなくない?」


 マスク越しにコレットが睨んできた。超怖い。その姿でヤンデレっぽくなるのやめてね。


「ホラ、私達も早く行かないと。えっと、パブロさん。エリーゼさんの事頼めますか?」


「あ、ああ。もう彼女の目に俺は映ってないだろうけどな」


 随分卑屈になってるな。敗北を知った男の顔だ。


 まあ俺の場合、性的な経験は全部プロの方に身も心も委ねてされるがままだったから、そもそも土俵にすら上がっていない。ここまで圧倒される心配はないだろう。


 そんな事を考えながら、シキさんの指差した方向に向かって移動を始めた刹那――――音もなくシキさんが戻って来た。


「この先の商業地を抜けた所をゆっくり歩いてる。十分追いつける距離」


「わかった。追うぞ!」


 シキさんの言うように、それから10分もかからずキス魔ヒーラーに追いつく事ができた。


 奴がいたのは、つい最近俺達が街灯を設置した閑静な場所。周囲に目立った建物はなく、やや狭い道路の右側は空き地になっていて、左側は未開拓の森林が広がっている。


「……来たか」


 言葉の通り、そのヒーラーは足を止めて、俺達が到着するまで待機していた。


 真上にある街灯が映し出すのは、想像していた通りのダンディで妖艶な男だった。かなり強めの癖毛で、垂れた前髪はワカメみたいにユラユラになっている。


 その髪質に加え、タレ目ながら鋭い眼光と尖ったように高い鼻、上品に整えられた顎髭、そして何より厚みがありながら少し小ぶりな唇。絵に描いたような伊達男だ。


「まさかそっちから追ってくるなんてなぁ。今日は良い日だ」


「……俺達を知ってるのか?」


「他の四天王に聞いてっからよ。無気味なマスクを被った剣士が俺達ヒーラーを狙ってる、ってな」


 ああ、やっぱりコレット目立ってるもんな。


 それより『他の』って事は、まさかこいつも――――


「ラヴィヴィオ四天王の一人、マイザーだ。キスして欲しい奴から前に出な。今日はもう仕上がってっから、最高なのをお見舞いしてやれるぜ。勿論、回復もセットでな」


 そう告げながら、キス魔ヒーラーは長い舌で上唇を嘗め、前髪を掻き上げた。雄力高ぇ。色気ムンムンじゃん。


 マズいな。女性陣にこんな野獣と戦わせる訳には……


「言っておくが俺はバイだ。野郎でも遠慮は要らねぇ」


 未だかつてない危機感が俺を襲った。


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