第127話 今あなたの目の前にいるの。。。





 ――――目が開くと、途端に暗闇が押し寄せてくるような感覚に襲われた。


 でもそれには慣れている。いつも目覚めは棺桶の中だからな……妙な耐性が付いてしまった。


 それはさておき。



 ……生きている。



 光がないって事は、あの眩しすぎて見えない神サマのいる部屋じゃない。死後の世界でもなさそうだ。


 ただ、地面の感触もない。夜空も見えない。あの倒れた現場じゃなく、野外でもないのは明らかだ。


 背中の感触からして、恐らくはベッド。生前の世界のベッドには及ばないけど、棺桶よりはずっと柔らかくて心地良い。


 でも身体は酷く重い。痛みもある。あるけど――――あの刺された(と思われる)直後の神経を直接嬲られるような激痛でもない。ズキズキはするけど、せいぜいテニス部が素振りしてる最中に近くを通ろうとして思いっきりラケットの一撃を食らった時と同程度だ。


 ……不可解だ。状態が中途半端過ぎる。


 もしあのまま、誰からも助けて貰えなければ、死亡は確実だっただろう。ヒーラーから回復されてしまった場合は、無傷の状態になっている筈だ。ヒーラー以外の通行人に見つけて貰って応急処置を受けたのなら、もう少し痛みは強いだろう。この世界に生前ほど質の高い鎮痛薬はない。


 今の俺の状態は、そのどれでもない。そこそこ回復しているけど、完全回復には至っていない中程度の怪我。どういう経緯を辿ったら、こんなどっちつかずの痛みになるんだ……?


 なんて考えていても仕方ない。倦怠感が凄いし力もあまり入らないけど、無理して上体を起こそう。


 ……よっと。


 暗闇に包まれた空間が、僅かに輪郭を帯びる。どうやら窓があるらしい。月明かりが僅かに入っている。


 ここは……多分、民家じゃない。四畳半くらいの狭い部屋だし、かなり暗いから断定は出来ないけど、ベッドの柔らかさといい、虫の鳴き声が一切聞こえない完全な静寂といい、ちょっと浮き世離れしている感じさえ受ける。


 どれくらい時間が経ったのかは、全くわからない。まだ日を跨いでいないのか、深い時間なのか、夜明け前なのか……まあ、それは別にどうでも良い。


 問題は、俺がここにいる理由。俺がここに運ばれた理由だ。 


 推測その1。俺は帰宅途中、強欲な野良ヒーラーに襲われて絶命し、その後この家に運ばれ、蘇生された。蘇生後に逃げられないよう、鍵を掛けられる部屋で。蘇生魔法は高難易度だから、負傷箇所は完全には治せずHP半分くらいで生き返った。これから蘇生料金について話し合う予定である。


 推測その2。俺は帰宅途中、通り魔に襲われ死にかけたが、偶然居合わせた未熟だけど善良なヒーラーに救われ、一命を取り留めた。傷が治り切っていないのは、ヒーリングの効果が弱い為である。


 推測その3。俺は帰宅途中、サディスティックなヒーラーに襲われ、死亡しないギリギリのラインで重傷を負わされ、痛みが十分に残る形で回復させられ、家に連れて行かれた。今後は更に色んな痛みを味わい、その都度中途半端な回復魔法を使って、あらゆるレベルの痛みを痛感させられる予定である。


 ……怖っ! 自分で想像しておいてなんだけど推測3怖過ぎだろ! 今後の人生絶望しかない!


 希望的観測だけど、3はないとして……2もないな。同じくらいない。善良なヒーラーとの遭遇なんて、限界までキャリーオーバーした宝くじで1等独り占めするくらいの確率。つまり想像上の存在だ。


 となると、妥当なのは1か。


 ……いやいやいやいや! 3が怖すぎて感覚麻痺してたけど、1も十分怖いよ! ヒーラーに拉致監禁されてるじゃん! 絶望しかない!


 ダメだ。この現状じゃどう足掻いたって悲観的な予想しか出来ない。あと痛みが結構強い所為で集中出来ない。それと、この身体ってどうやら以前に魔王と戦った人物みたいだな。



 前から、ちょっとずつ夢に出てはいた。でも所詮夢だから、起きた時には大半を忘れてしまっていた。なのに今回はハッキリと覚えている。見た夢の内容を。


 夢の中で俺は、魔王と戦っていた。


 尤も、戦闘と言うには一方的過ぎた。魔王のとてつもない猛攻を、自分の周囲に展開した結界で全て防いでいた。まあ、俺の願望というか、強さに憧れた人間特有の『カッコ良い俺』シチュエーションを夢で見ただけかもしれないけど、そんなの死にかけの状態で見る夢じゃない。記憶の中にある映像だから、走馬燈のように頭を過ぎったんだろう。


 あれは、この身体が有している断片的な記憶としか思えない。それくらいリアリティがあった。


 前後は推測するしかないけど……この身体の持ち主は恐らく誰ともパーティを組まず、この街に寄りつきもせず、単身で魔王城に乗り込み、魔王の所まで辿り着いたんだろう。そして、予め準備しておいた『虚無結界』ってやつで魔王の攻撃にひたすら耐え続けた。


 何故なら――――魔王を倒す手段はもうないから。


 だから、魔王と一生戦い続ける覚悟で乗り込んだんだ。倒せないまでも、倒されない状態を永遠に保持し続ければ、それはもう封印と同意だと。


 ……なんか、親近感湧くな。もしそれしかないってところまで追い詰められたら、俺もその選択をしそうだ。自己犠牲に酔い痴れる悪癖あるからな俺……存外、この肉体の元持ち主とは趣味が合いそうだ。


 こんな手段を用いるって事は、倒せないどころか封印も無理なんだろう。完全にお手上げって訳か。嫌な事知っちゃったな。


 冒険者を一日で辞めた俺は、魔王討伐とはもう一線を画した生活をしている訳で、魔王を倒せないと知ったからって絶望したりはしない。でも、この肉体がここにあるって事は、元持ち主は魔王を自分との戦いだけに縛り付けるのに失敗したんだろう。つまり、魔王は今フリーに動ける状態にある。いつ滅ぼされても不思議じゃない。


 まあ、あの感じだと積極的に世界征服してくるタイプの魔王じゃないっぽいし、過度に恐れなくても良いか。よくよく考えたら、生前の世界だって核ミサイル落とされたら一発で終わってたし。巨大な力の気まぐれで破壊される世界って意味では同じだ。


 でも、この話は誰にも出来そうにないな。まず妄言で片付けられるだろうし、それどころか敗北主義者って蔑まれそうだ。そもそも100%この身体の記憶と決まった訳でもないし、心の中にのみ留めておこう。


 気持ちに区切りが付いたところで、取り敢えず立ってみるか。全身の状態を確認しないと。


 ……痛い。やっぱり痛い。背中全体がピリピリする。どうも神経をかなり傷付けられたっぽい。これ肋間神経痛か?


 刺された箇所は多分、右脇腹の上の背筋。肺よりは下っぽい。内臓は傷付いてない……訳ないよな、あの時の感じだと。でも内臓を損傷しているような痛みじゃないんだよな。全身が震えるような感覚もないし。


 これやっぱり、結構治して貰ってるっぽいよな。回復魔法なのか、それとも他の――――



「。。。。。。起きた」



 不意に、声が聞こえた。


 そしていつの間にか、部屋に灯りが点っていた。


 ……え、何これ。いつ灯り点いたんだ? マジで全く気付かなかったんだけど……


「。。。ちゃんと見えてるっぽい。。。よっしゃ」

 

 照明の方に向いていた意識を無理矢理引きつけるような物言い……とは裏腹に、声には緊張感がない。


 そして、なんとなくその幼い声から想像はしていたけど……部屋の扉を開けて隙間から覗いている姿は、紛れもなく幼女だ。しかもかなり小さい。幼稚園児くらいに見える。それほど長くない黒髪を二つ結びにしているから、更に幼く感じるのかもしれない。


「えっと、ここの家の子かな。お父さんかお母さんいる?」


「。。。おうおう。。。ミロがそんな子供に見えるのか。。。あんまミロを嘗めるなよ。。。?」


 なんか憤慨された。声に緊張はないけど。


 そして表情も同様。園児くらい小さい子供だから当然だけど、こんな時間だけあって眠そうだ。まさか、俺が目覚めるのを見張ってた訳じゃないよな……?


「。。。現況がわかってないみたいだけど。。。お前ちゃんがここにいるのは。。。ミロの力だからな。。。」


 ……へ? 俺をここに運んだの、この子なのか?


「あ、第一発見者って事か。大人の人に知らせて運ばせたって意味?」


「。。。違うよ。。。? 。。。せっかく驚いてくれるって思ったのに。。。しょぼーん」


 今度はションボリされてしまった。幼児に落ち込まれると妙な罪悪感が……


 いやでもおかしくない? こんな子供が夜更けに街を出歩いていて、しかも街灯のない場所にいて俺を偶然見つけた? いやないない。それは無理があり過ぎる。


「。。。ミロの言うこと。。。信じてなさそう」


「いや、全部を疑ってる訳じゃないけど……」


「。。。じゃあ。。。こっち来て。。。教えるから。。。」


 ミロと名乗る幼女は、扉をそのままにトコトコと部屋から離れて行った。


 これは追うべきだろうな。こっちはまだ背中痛いんだけど……暫く寝させてと言える空気でもない。我慢して行くか。


 幸い、全く歩けないって感じでもない。突っ張ったような感覚が鬱陶しいし、歩を進める度に痺れと痛みが同時に走るけど、それほど厳しいものじゃない。全力疾走した時の脇腹の痛さよりちょい上くらいだ。



「。。。こっち。。。こっち」


 廊下に出ると、再び暗くなった。完全に真っ暗じゃないけど、歩くのは容易じゃない。壁に手を当てて、ミロの声のする方にゆっくり向かう。


 不思議な感覚だ。まるで、違う世界に迷い込んだような……あの世じゃないよな?


「。。。こっち。。。こっち」


 声の方向が変わった。右折しないと……よし、ここが曲がり角か。まるで探検しているような感覚だけど、楽しさは微塵もない。痛いし、暗いし、現状が把握出来てないしで、ただただ不安。


「。。。もうすぐ。。。だよ」


 あと、なんか冥界に案内されているような怖さもある。これ本当大丈夫だよな? あの幼女の正体が実は死神とかやめてよ? 幾ら異世界でも、そんなベタなファンタジー展開は勘弁して下さい。


「。。。着いた。。。ここな」  


 その声からもう暫く歩き、ようやくミロに追いついたところで――――再び勝手に灯りが点いた。


 いやもうこれゲームでよくある幽霊屋敷のイベントだよね! 大体こんな感じだもんね! 主人公が移動すると勝手に灯りが点くやつ!


「。。。ここにあったネシスクェヴィリーテが盗まれたの。。。お前ちゃん知ってる。。。?」


 ……何?


 全く予想していなかったその単語に触発されるように周囲を見渡すと、薄気味悪い雰囲気の部屋にいる事に気付いた。


 壁一面に、何かの文字が刻まれている。これ、ソーサラーギルドの応接室とちょっと似てるな。


「。。。お前ちゃんなら。。。どこにあるか知ってるかもしれないって思って。。。だから呼び寄せた。。。あれの在処を知るために。。。」


 部屋の中央に佇み、こっちを見ながらそう告げるミロの顔は、明らかに幼女とは思えないほど大人びていた。外見から受ける印象とのギャップに思わず目を疑うほど。


 って、そんな感想を抱いている場合じゃない!


「……君、何者? 明らかにただの幼女じゃなさそうだけど……」


「。。。えっとね。。。ちょっと待ってて。。。そう聞かれた時の自己紹介文がちゃんとある。。。」


 口頭の自己紹介文ってテンプレ化するようなものでもないと思うけど……まあいい。聞こう。 


「。。。私はミロ。。。今このお城にいるの。。。」


 お城? え? お城?


 そういえば、ネシスクェヴィリーテが保管されているのって王城だったっけ。ティシエラがそう言っていた気がする。


 って事は、ここって本当にお城!? 民家じゃないとは思っていたけど城は想定してなかった!


 でも、王城にしては静か過ぎるような……幾ら夜とはいえ、こんな幽霊城みたいな雰囲気……


「。。。私はミロ。。。今この世とあの世の狭間にいるの。。。」


 え、急に何!? 狭間って……桶狭間みたいな地名とは違うよな?


 なら……この幼女の……正体は――――


「。。。私はミロ。。。今あなたの目の前にいるの。。。」


 ひ…ひと思いにさっさと…言ってくれ。


「。。。私はミロ。。。あなたの魂だけを連れてきたの。。。」


 た…魂?


「。。。私はミロ。。。今は身体を持っていないの。。。」


 ゆ…幽霊ですかあああ~


「。。。私はミロ。。。今はこのお城から出られないの。。。」


 もしかして地縛霊ですかーッ!?


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