第126話 魔王は倒せない





 ――――魔王を倒す事が出来る武器は、過去に13あった。



 神が拵えし伝説の四光。


 聖剣エクスカリバー。

 竜殺グラム。

 反魂フラガラッハ。

 金枝ミスティルテイン。


 人が創りし希望の九星。


 海切オセアノアエス。

 紅剣ベルムクルメン。

 土脈プルスステラ。

 虹粒リトゥス。

 悠炎フレーマ。

 氷線グラシェドゥール。

 鏡鳴スペキュラ。

 流命ファートゥムレラ。

 壊心メンテシュクリオス。



 これらが同じ時代に共存した記録はない。魔王を倒せる武器が存在するのは、各時代に一つのみ。一つの武器が失われた時、新たな魔王殺しが誕生する。


 人類にとって、魔王を打倒する唯一の手段とされるこれらの武器は、大いなる希望の光だった。


 だが、実際に魔王を討ち取った事は一度もない。


 魔王殺しの武器を、その時代における最強と名高い者達が手にし、そして心強い仲間と共に結成した世界最高の『グランドパーティ』は、常に意気揚々と魔王に挑んだ。


 そして敗れ去った。


 たった一度の例外もなく惨敗を喫し、全員漏れなく死亡。魔王殺しの武器は全て穢され、魔王を倒す力を失い、名を変え人々の元に戻された。


 

 そして現在――――新たな魔王殺しの武器は出現していない。


 グランドパーティという名称は残ったものの、例え世界最強のパーティですら、魔王を仕留める攻撃手段を見つけられず、やがて解散に至った。


 大半の人間が何も知らない内に、希望は潰えてしまった。



 人類が魔王に勝つ手段はもうない。


 魔王は倒せない。



 この事実を知る者は極めて少ない。一般人に知れ渡れば、たちまち絶望が世を支配し、誰もが余命幾ばくかの人生を笑顔なく送る事となるだろう。


 魔王がその気になれば、いつでも世界は破滅する。


 これが、この世界の現状だ。


 

「なのに、お前は動かない。どうしてだ?」



 問いかける声に力は漲っていない。ただし、ダメージによる摩耗はなく、疲労による息切れが原因でもない。


 最早、叫んで問い詰めるような関係性ではなくなっていた。


「お前が動けば、わざわざモンスターなんて使役しなくても世界は支配出来る。誰もお前を倒せないんだから。自分より遥かに弱い奴等を仕向けてチマチマ攻め入る理由がない」


 周囲に展開している自動型結界は、現在も魔王の猛攻を防ぎ続けている。あらゆる属性の攻撃を、魔法を、一撃でオリハルコンさえ粉砕できる拳を、全て完全ガードしている。


「そもそも、モンスターの配置も不可解だ。人の多い国、冒険者の多い街を戦闘力上位のモンスターに襲わせれば一網打尽に出来るだろう。なのに、積極的に襲わせようとしないばかりか、低レベルの冒険者の多い場所には低レベルのモンスター、高レベルの冒険者が多い場所には高レベルのモンスターをわざわざ配置している。まるで、人が成長するのを助けるように」


 結界内の声は、衝撃と振動に影響される事なく、淡々と紡がれていた。


「戦闘の最中にペラペラと……! いつからそんなお喋りになった!」


 魔王の攻撃は更に苛烈を極める。指から生み出された津波を凝縮した球体が破裂し、寸分の狂いなく同じ箇所に落とされる稲妻が1000を越える。


 だが結界は揺るがない。その中の身体には傷一つ負わせない。


「別に、元々無口だった訳じゃない」


「……」


 憎々しげに、魔王は攻撃の手を止める。次に出る言葉を待ち詫びている自分に戸惑いすら覚えながら。


「親しい相手にはこんなもんだ」


「貴様……我を愚弄するか……」


 魔王は息を荒げない。どれだけ攻撃し続けても、体力が目減りする事はない。


 だが、その声は途切れ途切れだった。


「我を同格と抜かすか! お友達とでも思っているのか!?」


「同格……とは思ってない。友達とも違う。ただ、いい加減付き合いは長くなったかな」


 一体、どれほどの時が流れたのか。


 結界内における身体の時間的変化は皆無。故に、空腹も睡魔も疲労も決して訪れない。


 これは、魔王と戦うと決めた段階で、絶対に必要な条件だった。


「これだけやり合えば、もう他人とは思えない。そっちだって同じだろ?」


「……フン」


 魔王はふて腐れたかのように息を吹き、その場に腰掛けた。


 何もない空間。地面だけは一応あるが、これも床とも大地とも呼べない、人智を超えた何かだ。


「虚無結界か……ここまで我を手こずらせた術は初めてだ。そこは素直に認めてやる。でも、もう大分わかってきたぞ。てっきり無限に復元しているとばかり思っていたが……増殖だな?」


 笑みながらそう問いかける。心理戦もまた、もう数え切れないほどやり合ってきた。


「攻撃を受けた瞬間に復元する類の結界なら、復元する速度が必ず存在する。その速度を上回れば攻撃は通る。だが現実、どれだけ速度に拘っても結界は崩れない。無論、単純な硬度でこの魔王の攻撃を全て防ぐなど不可能。ならば……」


 魔王の語りは、この時にはいつも早口になる。これは、長い長い途方もない年月を生きて来た魔王にとって極めて稀であり、実に数千年振りの感覚だった。


「一度に限り、あらゆる干渉を遮断する絶対防御術式……【クアドレイト】だったか。それがあった筈だ。どういう原理か知らんが、クアドレイトを無限増殖させている。攻撃を受ける寸前に増えるようにしてあるんだ! どうだ! 違うか!」


「違う」


「ぐあああああああああああ! また違うのか! やってられっかクソが!」


 不正解だった事に魔王は憤慨した――――が、苛立ちはまるでなかった。


 寧ろ、何処か楽しそうにすらしていた。


「はぁ……はぁ……なんなんだ一体。何故この魔王の攻撃が通じない? そんな事あるか?」


「あって貰わなくちゃ困る。この結界が破られた瞬間、俺はもう打つ手なし。その時点で終わりだからな」


 魔王を倒す手段はない。


 なら、魔王に倒されない手段を探すしかない。


 その決断から今日に至るまでの全てが、周囲で包み込んでいる。


「……ったく。バカなヤツだ。バカ過ぎて理解できない。我を自分との戦いだけに縛り付ける為、そんなイカれた結界を作り出すなんて」


「バカも何も、これが人間の限界だから仕方ないだろ」


「なら尚更だ。何故貴様が一人で犠牲にならねばならない? 我に人間を滅ぼされたくないからと言って、我と一生……理想では永遠に戦い続ける為にここに来たとか……意味わからん」


 倒されなければ、魔王は必然的に倒すまで相手をする。人間を相手に倒すのを諦めるなど、魔王の沽券に関わるのだから。


 戦い続けている限り、魔王が他の事を――――人類の滅亡を企てる事はない。仮にあっても、実行するのは部下のモンスター。それなら、対抗する手段はある。


 絶対に破られない結界。


 眠くも疲れもせず、食料の補給を必要としない状態。


 永遠に魔王と戦い続ける覚悟と、それを永続する精神。


 そして、綻びが生じた時に対応できる柔軟性。


 この条件が揃って、初めて実現ができる。


 余りにも馬鹿げたその戦略は、悠久の時を過ごしてきた魔王――――既に何度も人類を滅ぼしてきた魔王にとっても、初めての経験だった。


「それより、さっきの質問に答えろよ。俺はちゃんと答えたんだけど?」


「貴様というヤツは……魔王をなんだと思ってる。魔王だぞ」


 ブツブツと不平不満を呟きながらも、魔王は切々と語り始めた。


「……人類滅亡など、我自身がわざわざ動くまでもない些事に過ぎんだけだ。別に効率とかも気にしてないし。いちいち細かく指示するのが面倒だから、部下には好き勝手やらせてるだけ」


「嘘つけ。部下任せだったら必ずモンスター同士が争うだろ。手柄を独り占めしたいとか、自分より出世されたくないとか、そんな理由で。でも実際には、一定の統率がとれている。魔王が直接命令しているからだろ」


「鬱陶しいなーもう! お前のそういうトコ、ホント嫌! ホント嫌い! もういなくなれよバーカ!」

 

 魔王は駄々をこねた。


「本当にいなくなってもいいのか?」


「……なんだよ」


「本当は、退屈だったんだろ? ずっと」


 答えはもう、既に出ていた。戦いの最中に。


「人間を滅ぼしたら、対抗勢力がなくなる。何もない日々が待っている。何度も経験してそれがわかってる。だから今、人類を生かし続けている。魔王を倒す古くからの手段は失われたけど、新しい方法を見つけ出すかもしれない。そうしたら、今度は自分の命を狙いにやって来る。命を奪われる可能性がある相手が来る。お前はそれを待っている」


「……」


「刺激が欲しいんだろ? 退屈だから。ずっと退屈だったから。だから人間を成長させようとして、極力死なせないようモンスターを配置した。世界の至る所に宝を置いた。そして――――」


 瞼を下ろし、半眼で告げる。


「人間にマギを授けた」


 射貫くようなその視線に、魔王は一瞬、口元を震わせた。


「実は自分が倒されるのを望んでいた……って魔王が最後に明かす御伽噺は幾つか知ってるけど、本物の魔王はもっと露骨にやってたんだな。笑える冗談だ」


「決め付けんな。別にそんなんじゃないし」


「そっか。なら良いんだけど」


 持論が絶対に正しいとも、正しくあって欲しいとも思わない。ただ、思うのは――――


「俺じゃ退屈凌ぎにしかならないだろうけど、もう少し付き合って貰おうかな。人類が新しい武器を手にする日まで」


「ケッ、もう休憩は終わり終わり。その結界、我が絶対に破ってやる。それまでオイル切れ起こすなよ」


「別にオイルで動かしちゃいないけど」


「例えだバカ。わかってる癖に憎まれ口叩くな」


 まるで――――悪友との会話。


 魔王は最早、楽しい自分を隠していなかった。


「お前は……」


「ん?」


「……いや、なんでもない」


 魔王は力を漲らせる。全てを破壊できる力を解放する。それも既に何度となく試した事だが。


 全力を出すのはいつだって清々しい。けれど、それをすれば世界はたちまち壊れてしまう。壊れないよう、不干渉の空間を生み出して開放したところで、破壊のカタルシスのない全力など無意味だった。


 壊したくても壊せないもの。


 魔王が欲していた、願っていたものの一つが、今ここにある。



 だから、生きて欲しかった。



 例え死んだとしても、またここに来て欲しい。そう願っていた。



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