第125話 ごめんな

 協力を呼びかけた俺に対し、即座に立場を明確にする者はいなかった。


 実際、これはかなり難しい問題だ。下手に足突っ込んで共倒れになったら、素人に乗せられて何やってんだって総スカン食らうだろうし、俺達が無事ヒーラーを退けた場合、協力しなかった連中は街を見捨てたと糾弾されかねない。どれだけ戦力を集められるかも未知数だ。


 内心、厄介な案を出すんじゃねーよって恨まれているかもしれない。俺自身にも今回の提案には結構なリスクがある。ファッキウメカクレ連合を除いて、このメンツに嫌われたら正直かなりキツい。


 果たして――――


「……やるしかないんじゃないかい? 足並み揃えてさあ」


 口火を切ったのはバングッフさんだった。


「今回の件、五大ギルドの何処かが牽引するのはもう無理だろ。ウチや職人ギルドは戦力がないし、冒険者とソーサラーは先日の会議の通りだ。かといって、元警備員のあんちゃんトコのギルドじゃ信用がなさ過ぎる。合同チームってのは、折衷案としちゃ妥当な落とし所だと思うがね。街の平和を守る為……だと王家の方針に背いたと見なされかねないが、選挙に勝つ為ってんならその限りじゃねえ。結構良く出来た案じゃないか?」


 冒険者ギルド側からしたら、今後も自分達に押しつけられる流れだけは作りたくない。その点、選挙戦の一環として立ち上げたチームなら、今回だけの例外的な処置である事を強調出来る。それに、他のギルドの人材も加えるから、仮にヒーラーを無事鎮圧出来た場合も『冒険者は対ヒーラー戦に向いている』とはならない。


 それを踏まえた上でのバングッフさんの賛成意見に対し――――


「勝手に話を進めないで貰えるか? 当事者の声が第一だろう? こちらとしては、幾ら選挙の邪魔とはいえヒーラー相手に事を荒立てるリスクを背負う気はない」


 唯一、ファッキウが反論を唱えた。


 当然ここは俺が対応しなくちゃならないだろう。


「当事者というのなら、貴方じゃなくフレンデルが答えるべきでは?」


「その必要はない。彼から既に、選挙に関わる方針についてはこの僕に一任するとの言葉を貰っている。だからこそ今日も僕がこの場について来たんだよ」


 ……ここまで露骨に黒幕感を出す奴っているんだな。思わず目が点になっちまった。


 にしても、幾ら性転換して人格が変化したとはいえ、メカクレが全然自分の意思を見せないのは無気味過ぎる。以前の奴の面影がなさ過ぎてなあ……


 何にしても、この反対は想定内だ。


「わかりました。ではフレンデル陣営は不参加という事で。ディノー、あとこの場にいないベルドラックにも意見を窺いましょうか」


「……何?」


 案の定、この二人の事は眼中になかったらしく、ファッキウの声から余裕が消えた。


「対象は選挙の立候補者全員だから、当然の事ですが何か?」


「馬鹿言うな。その二人は既に選挙を辞退しているも同然じゃないか。頭数に加える意味があるとは思えない」


「辞退しているも同然って、誰が言ったんですか? 本人がそのような事を言ったとでも?」


 当然、ディノーがそんな事を奴に言う筈もないし、ベルドラックに至ってはレアキャラで出会い自体がないだろう。


「……」


 案の定、分が悪いと悟ったらしく、ファッキウはその端正な顔を歪ませつつも沈黙を選択した。


 そう。今回ヒーラーに対処する立候補者として俺が挙げている人物は、コレットとメカクレだけじゃない。ディノーとベルドラックもだ。この内、ベルドラックは行方知れずだから頭数には入らないけど、ディノーは問題なく入れられる。


 彼さえ賛成すれば、賛成2に対し反対は1のみ。当事者の意見は賛成が多数派になる。


 そして――――


「俺はトモの案を支持するよ。選挙に対し積極的でないのは事実だけど、ヒーラーを野放しにはしたくない」


 ディノーの意思は事前に確認済み。ファッキウが当事者の意向確認を求めた時点で、流れは確定していた。奴の性格上、黙ってはいないと思ってはいたけど、無事乗ってくれて安堵した。


「行方不明の奴の意見まで聞いてる時間はないな。コレットとディノーがそれぞれに合同チームを作って、ヒーラー対策に当たる。これに反対する奴はいるか?」


 すっかりバングッフさんが会議の主導権を握っている。この辺りの抜け目のなさは流石だ。


「反対意見じゃないけど、ソーサラーギルドを代表して一つ言わせて貰うわ」


 普段通りの何食わぬ顔で挙手しながら、ティシエラがこっちを見た。一つ頷き、話を促す。


「ヒーラーは魔王討伐に欠かせない人材よ。だから、多少の問題行動には私達も目を瞑ってきた。でも度が過ぎた行為には毅然とした対応をしないと増長する一方。彼らを牽制して、時に戒めるのも、同じ五大ギルドの私達の役目なのよね。だから、今回の件でソーサラーギルドは決して他のギルドに責任の押し付けをしないと誓うわ」


 それは、先日の会議において冒険者ギルドにヒーラー対処を押しつけようとした事への懺悔だった。


 間違った事は言っていないから謝罪はしない。でも、問題がなかった訳でもないから、反省した上で態度を改めた――――そういう大人の意思表示なんだろう。


「商業ギルドも同意見だ。これで、万が一ヒーラーや職人ギルドに難癖付けられても、数で退けられるだろ?」


「……そうですね」


 そして最後に、マルガリータさんが折れた。


「完全に納得は出来ませんが、冒険者ギルドの立場を他のギルド同様『ヒーラー禍における一時的な協力』と位置付けるなら、トモさんの案に賛同します」


 よっしゃ通った!


 後はメカクレ陣営がどう出るか。連中が参加しないと、当初の目的だった親衛隊 vs ヒーラーの構図が成り立たないからな。


 でも、恐らく――――


「……仕方ないな。個人的には反対の立場なんだが、冒険者ギルドが協力するのなら、その代表を担おうとしている僕等が我を通す訳にはいかないだろう。不本意だが足並みを揃えるとしよう」


 予想通り、ファッキウは掌を返してきた。


 選挙に勝ちたいのなら当然だ。ヒーラー禍は既に冒険者や市民の間でも大きな関心事になっている。メカクレだけ協力しなかったとなれば評判はガタ落ち。賛成派が多数になった時点で折れるのは目に見えていた。


「ご協力に感謝します。では各自で合同チームを組んで、共同で声明を出しましょう。それだけでも抑止力に……」


「ならないでしょうね。その程度で大人しくなるような連中なら、私達が手を焼く訳がないもの」


 まあ、ティシエラの言う通りだろう。それでも、共同声明を出す事で市民が誰を頼れば良いかが周知されるし、窓口もわかりやすくなるから、出す意義は十分にある。


「人材集めは、出来れば二日以内でお願いします。二日後には詳細を詰めて、ヒーラーに宣戦布告しましょう。これ以上、城下町を混乱させるのは許さないと」


 ……実は、マルガリータさんが一番ヒーラーに苛立っていたのかもしれない。そう思わせる強い口調でこの場を締めた。



 斯くして、会合は無事終わった。





「お疲れ様! トモ、重圧に耐えてよく頑張ったよ! 私、感動した!」


「念入りに準備しておいて正解だったな。それにしても、予想以上に口達者だった」


 ソーサラーギルドを出たところで、コレットとディノーから労いの言葉を貰う。褒められる事なんて滅多にない人生だったから、素直に嬉しい。


 大学時代の経験が活きたのもあったけど、それより何より、普段ギルドでやってるスピーチが糧になっていたんだろう。こういうのが向いているとは思えないけど、余り苦にはならなくなった。


 でも、今回上手くいったのは――――


「おう。あんな感じで良かったかい?」


 最大の功労者が、顔に似合わず爽やかに声を掛けてくる。バングッフさんだ。


 事前に声をかけた時点で、彼には俺のフォローをお願いしていた。それにしても、あそこまでやってくれるとは思わなかったけど。


「勿論。お陰で随分助かりました」


「あんちゃんには、オレが何者かと入れ替わった時に迷惑かけちまったからな。これで借りは返したって事にしといてくれや」


 お釣りを差し出さなきゃいけないくらいの働きぶりに感謝しつつ、頭を下げて別れる。本当あの人、インテリヤクザの見た目なのに中身は人格者だよな。


 それほど長く会議していた感覚はないけど、辺りはすっかり暗くなっている。夕飯時はもう過ぎているかもしれない。


「夕食はどうしようか。一緒にその辺で食べる?」


「いや。これから幾つか酒場を回ろうと思う。協力者を募るのなら早いに越した事はない」


「私も、フレンちゃん様に話を通しておこっかな。選挙絡みの事だし」


「了解。じゃ、今日はここで」


 早速動き出すという二人と別れ、一人寂しく外食する気にもなれなかったんで、パンを買ってギルドに帰る事にした。 


 パン屋は基本、夜にはもう店を閉めてるんだけど、ソーサラーギルドの近くにあるパン屋【メルトランテ】は元ソーサラーが営んでいるお店で、ギルド帰りの客が多い事から、かなり深い時間まで空けている。既に調査済みだ。


 そこで無事、肉パンとガランジェパンとモーモクプパンの確保に成功。今日は色々あったけど、一日の最後は良い締め括りになりそうだ。


 この国には四季はないけど、春期と朔期と冬期では気温が違い、現在の朔期は春期よりもやや肌寒い。夜間はそれが一層顕著で、夜の風は身体を適度に冷やしてくる。


 夜に街を歩くのが珍しい訳じゃないけど……一人なのは珍しいかも。大抵は誰かといる事が多かったからな。


 100本も街灯を設置したけど、まだ完備には程遠く、場所によってはかなり暗い夜道もある。その中を一人で歩くのは、結構勇気が要るな。


 生前なら、少し歩けば自販機やコンビニがあって、その灯りが心を落ち着かせてくれた。当然、この世界にそんなのはない。道路の舗装は割としっかりしてるから田舎の雰囲気はないけど、夜間に人通りが極端に減るのは同じ。ふと、母方の実家で過ごした小学四年生の夏休みを思い出した。


 30過ぎてより顕著になったけど……子供の頃の思い出の多くは夏休みで、春休みは冬休みは全くと言っていいほどない。春はともかく、冬なんてクリスマスに正月にとイベント目白押しなのにな。


 尚、大人になってからも一切ない模様。現実は非情である。


 その点、この世界にはクリスマスもバレンタインデーもない。なんて良い世界だ。あんな金にまみれた下品なイベント、ない方がいいよ。多分、世界中の子供が金のなる木ってクリスマスツリーの事だと思ってたんじゃないかな。


 勿論、生前の世界にも優れた点は沢山あった。でも、便利な物が溢れていた当時の感覚を、もう余り思い出せなくなって来ている。飛行機や電車の音も、スマホを弄る癖も、時計の数字に追われる感覚も、ほぼ忘れてしまった。


 当初は多少なりともあった、旅行に来ているような感覚も既になくなっている。大分この世界に馴染んできた実感がある。寧ろ、ここが最初から故郷だったかのような感覚さえある。


 俺は今、人生を満喫している――――





 ごめんね





 ……?


 誰かが何かを言ったような、そんな気がした。


 空耳かと思った次の瞬間。



 地面が目の前にあった。



 何だこれは。急に身体が熱くなった。いや冷たいのか? 内側は酷く熱くて、その更に内側が猛烈に冷たい、そんな感覚が不意に襲ってきた。



 そして――――痛み?


「あ……が……!」

 

 間違いない。激痛だ。


 最初はジワジワと、でも天井知らずで一気に痛みが襲ってくる。


「ぐ……あぎ……ぃあああ……!」


 何だよ。何なんだよこれ。息が詰まる。まともに声が出ない……


 それに、さっきから脚に全然力が入らない。いや、脚だけじゃない。全身から力が抜けていく。


 暗いから良くわからなかったけど、どうも意識が揺れている。視界がぼんやり暗くなったり、普通になったり、その繰り返し。痛覚はこれ以上なく鋭敏なのに、意識はどんどん遠くなっていく。


 この感覚は……そうだ。以前味わった事がある。


 生前、警備中に突然襲われて……


 ああ。


 死んだあの時だ。





 君は何も悪くない。無知である事は決して悪ではないから。だからね、私が教えてあげる





 俺は……刺されたのか?


 それとも斬られたのか? 撃たれたのか?


 いつ、誰に、何をされたんだろうか? ヒーラーの仕業か? それともファッキウか?


 わからない。何もわからない。


 身体が動かないから確認しようがない。


 体温はみるみる逃げていくし、意識の揺らぎも大きくなってきた。


 逃れようもない闇が、虚無が迫っている。


 あの時と明確に違うのは、死への意識。


 客観的に見て、これは明らかにヤバい状態だ。何者かに、殺すつもりで攻撃された。そう考えて間違いない。つまり、今の俺は死ぬ寸前だ。


 なのに、恐怖がない。死への恐れが一切ない。痛いとか寒いとか、そんな短絡的な事ばかりが頭に浮かぶ。


 ああ、やっぱり俺は……一度死んだ事で壊れていたんだな。

 




 本来、君はこんな事で死にかけるような人じゃないんだ。でも今の君は、ナイフ一つで簡単に殺せそうになる。忘れたのか、失ったのか、それとも……置いてきたのか。難しいなあ





 ……さっきから、誰かの声が薄っすらと聞こえている。


 恐らく、俺を刺した張本人。ナイフっつってたしな。でも言っている意味は全くわからない。それが酷く不快だ。だから、わかるように言ってくれよ。意味深な言葉に酔って相手に伝えるつもりのない独り言なら、俺の前で言うな。





 あれを使うのに必要な最低限のスキルだけは持っているの、意味深で嫌いだよ。そういうの、ホント嫌い





 ……は? 意味深なのはそっちだろ。妙な言いがかりはやめろ。


 あー……ダメだ、痛みが麻痺してきた。これ死ぬヤツだ。経験者は語る。


 既に一度は失くした命だから、仕方ないっちゃ仕方ないけどさ……何もこんな上り調子の時に奪う事ないんじゃないですかね。だったら最初から転生なんてさせるなよって話だ。もしまたあの神サマの所に行くのなら、抗議してやる。


 でも多分、それはないだろう。二度目はない。期待するのなら野良ヒーラーの蘇生魔法の方が現実的だ。でも、それもきっと無理だろな。魂が残る気がしない。すぐどっか行っちゃいそうだ。





 はぁ……虚し。もう少し――――





 犯人の声も、もう聞こえなくなった。


 犯人っていうか、客観的に見てもう立派な殺人犯だな。ふてぇ野郎だ。


 糾弾してやりたいが、どうしようもない。ダイイングメッセージを書く力もない。


 せめて誰かが、この不届き者を捕まえてくれるのを願うのみだ。


 この街に殺人犯はいちゃいけない。



 ごめんなコレット。マスク取ってやれなくて。



 ティシエラとイリスにも申し訳ない。恩を返す前にお別れとはな。



 ギルドのみんなも……




 みんなと……




 せっかく、打ち解けられたのに。




 同じ目的に向かって突き進む楽しさと喜びを味わえたのに。





 嫌だ……





 怖くはない。でも、死にたくない。死にたく……ないんだ……





 返せ……よ……俺の……





 もっと……みんなと……





 生きるん……だ…………――――






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る