第124話 モメサの経験

 マズいマズいマズいマズい! これ死ぬ! いや死なないかもだけどガイツハルスの方に治されたら借金増える!


 人生詰んだーーーーー!


「……」


 あれ。攻撃が……来ない?


 なんだ? どうした? まさかこの絶妙なタイミングで俺を狙ったスナイパーの魔法がエアホルグに誤爆したとか?


 ……いや、違う。なんか驚いた様子でギルドの方をボーッと見てやがる。


「おいガイツハルス。この気配……どうなってやがる」


「ワイに聞かれても知らんわ。わかっとるんは、そのボーヤのギルドが普通やないって事だけやな」


 何この意味深な会話。ウチのギルドがどうしたって?


 そういう思わせぶりなのやめてくれませんかね。誰でもわかるように言って!


「はぁ……しゃーない。今日はお開きや。"あの化物"がいる所で暴れても良い事あらへん。せやろ?」


「畜生、せっかく良い所だったのに! おいお前!」


 な、なんだよ……?


「ナイスタックル! あとそっちの冒険者! ナイス防御! そっちはナイス奇襲! お前ら全員顔を覚えたからな! 全員必ず俺様が治してやる! ぐははははははは!」


「あーもーうるさくて敵わんわ。ほな、また」


 意味不明なモチベーションの激減、そして独りよがりな別れの挨拶を残して、ヒーラー共は去って行った。


 ……いやもう何なん?


 全く理解できていないけど、とにかく九死に一生を得たらしい。


 ホント、自然災害みたいな連中だな。災害の気まぐれに理由付けしても仕方ないし、素直に助かった事を喜ぼう。


「トモ! もう無理ばっかりして! 死んじゃったらどうすんの!」


 ヒーラー達の背中が小さくなったところで、コレットが怒りながら駆けつけて来た。


「彼女の言う通りだ。どうして俺の忠告を無視したんだ?」


 ディノーはもっと怒ってる。そりゃそうだろうけど。


「そうは言っても、あの場面で言われた通りギルドに逃げ込もうとしたら、それはそれでスナイパーの餌食になりそうだったし」


「……確かに否定は出来ない。という事は、さっきの俺の忠告は、トモにシャルフの注意を引きつけさせる策略とも取られかねなかった訳か」


「そんなの一切思ってないけどな」


 お互い力なく笑い合う。実際、忠告を無視した理由はそれじゃなかった。調整スキルで無力化出来る自信があったから残ったんだ。ディノーとコレットでも分が悪そうだったから。


 でもその結果、全く効果がなかった。直前にこんぼうに使用した時は効果が現れてたから、あのエアホルグにだけ効かなかった事になる。


 どういう事だ? ヒーラーにはこのスキルは無効なのか? それとも、他に何か条件があるのか?


 何にしても、これで俺は対ヒーラーの切り札を早々に失った訳だ。あれだけティシエラに大見得切っておいて。うわー……良い感じだと自画自賛しまくった昨日の夜の発言と態度、もう全部黒歴史になっちゃったんですけど。これマジ凹むな……


「シャルフの気配も消えた。奇襲の心配はもうないだろう」


「だったら、取り敢えず戻ろっか」


 コレットの疲労感しかない声に頷き、ギルドに帰ると――――


「イリスはどこ!? 妹はどうしていないの!? まさか出勤中にヒーラーに襲われたんじゃ……! いやああああああああああ!?」


 イリス姉(自称)が発狂していた。普通のコンディションでも堪えるのに、疲れた時にこのテンションで来られるのキッツいなあ。イリスさんは基本、午前中はいないって何度も言ってるのに聞きやしない。


「イリスお姉さん、僕じゃない人に養われちゃったのかなあ。誰かの家で一日中じっとしてるのかなあ。そんなの嫌だよ……」


 そしてタキタ君も静かに悲しんでいた。これはこれでキツい。このギルド、仕事帰りに寄る所じゃないよな。


 もしやヒーラーの連中、この二人のどっちかを恐れて逃げ出したんじゃ……って、ンな訳ないか。頭のおかしさでは互角でも有害性は向こうが遥かに上だしな。


「お帰りなさい! 御無事で良かったです!」


 そんな中、ギルド員じゃないルウェリアさんだけはすっごく温かい出迎えをしてくれた。もう武器屋辞めてこっちに就職してくれないかな。借金返し終わったら御主人に『娘さんを僕に下さい!』って言ってみようか。さっきのヒーラー共の十倍の殺気で攻撃されそうだけど。


「既に何度も実感してはいたが……今日は一層痛感させられたな。ヒーラーの恐ろしさを」


 最後まで外を警戒したのち、ディノーがゲッソリした顔でギルドに戻って来た。真面目な彼とヒーラーの相性は最悪なんだろう。地味に精彩を欠いてたし。


「私、何も出来なかった……ぐすん」


「え。俺思いっきり命救われたんだけど。あの時は本当助かったよ。ありがとう」


「そ、そっか。トモを助けるのって当たり前だから、実感なかった。えへへ」


 うわ……あざとい山羊コレット本当あざとい。でも悪魔一可愛いよ。


 にしても、ディノーの言う通りあの連中は本当に厄介だ。何が厄介って、即座に回復出来るから全力で攻撃出来るんだよな。俺達はそうはいかない。幾らヒーラーとはいえ相手は人間。モンスター相手ならともかく、人間相手に殺意マックスで戦うのは無理だ。普段からリミッター解除してるヒーラーとは前提条件が違う。


 そんな化物相手に、切り札を失った俺に何が出来るんだろう。


 エアホルグは回復させる事に快楽を覚えている。ガイツハルスは金を稼ぐ事が全てって感じだった。もう一人のスナイパーは良くわからん。


 あと、今回はいなかったけどメデオは勧誘と蘇生魔法の布教を目的としている。つまり、全員バラバラなんだよな。これじゃ対策も立てようがない。


 奴等は間違いなく、ルウェリア親衛隊より厄介――――


「……」


「どしたのトモ。考え事?」


「いや、ふと思ったんだけど……ラヴィヴィオの野良ヒーラーとルウェリア親衛隊を対立させて、共倒れに出来ないかなーって」


「うわ外道! トモってたまにダークネス化するよね!」


 悪魔と化したコレットに言われたくない。


 でも、街の風紀を乱す連中を一網打尽にするには、この方法が一番効率が良いよな。何か良い案はないかな……モメサの経験ないから中々思いつかない。


「あ、あの……」


 ルウェリアさんがおずおずと手を挙げる。


「私がヒーラーのみなさんの人質になる、というのは」


 一瞬――――場の空気が固まった。


「ダメだよルウェリア! もっと自分を大切にして!」

「とても許容出来ない! 主人が聞いたら泣くぞ!」

「ごめんなさい俺が余計な事思い付いたばっかりに!」


 それに、今のファッキウは以前ほどルウェリアさんに執着してないからな。いや仮に以前のままでも即却下だけども!


「はうう……でも、このままだと治安が悪化してお店にお客様来なくなっちゃいます」


 そっか、ルウェリアさんにとっても他人事じゃないもんな、今の状況。早急にどうにかしないと。


 警備員時代は仕事で悩む事なんて殆どなかったのに、転生してからはこんなんばっかだな。生きてる実感は湧くけど綱渡り過ぎてエブリデイサーカス状態だ。


 ただでさえ、ギルドの運営やコレットの選挙で忙しいのに……


 ……ん? 選挙?


「な、何? また何か変な事思い付いた?」


 コレットの怪訝そうな顔に、思わず頷いてしまう。


 実際、これは妙案と言うよりは妙な案だ。けど上手くいけば、複数の問題を一気に解決出来るかもしれない。


「コレット。ディノー。悪いけど一仕事頼みたい」


「「?」」


 その為の話し合いの席を設ける為、二人を呼んで計画の主旨を説明した。





 そして、夕方――――


「……って訳で、俺の調整スキルはヒーラーには効かないかもしれない事が判明した」


 コレット、ディノーと共に再びソーサラーギルドを訪れ、ティシエラに今日会った事を包み隠さず報告。信頼を得る為には正直さが肝要だ。


「そう。だとしたら、これ以上貴方を巻き込む訳にはいかないわね」


「いや、俺達のギルドとしてもこの問題は無視出来ないんだよ。護衛の仕事入ってるのに、野良ヒーラーに毎日彷徨かれたらたまったもんじゃない」


 俺が断りを入れに来たと思ったんだろう。ティシエラも、隣で聞いていたイリスも、真意を測りかねているって顔になった。


「で、ちょっと問題が多発して入り組んで来てるから、一本化しようと思って」


「一本化?」


「ああ。だから――――」


 説明を始めようとしたその時、応接室の扉からノック音が聞こえた。


「ギルドマスター。冒険者ギルドからマルガリータ様がお越しです」


「今は彼と面会中よ。少しだけ待って貰って」


「いや。マルガリータさんは俺が呼んだんだ。他にも招待客はいる」


「……?」


 ティシエラとイリスは顔を見合わせて、ますます怪訝そうにしていた。


 その十分後――――


「今日は五大ギルド会議じゃないよな? 何の集まりだよ」


「まさか貴様が僕達を招くとはな。一体何の用だ? 僕達だって選挙活動中で暇じゃないんだ。手短にして欲しいね」


 マルガリータさんに加え、バングッフさんとファッキウ&メカクレも加えた面々の視線が集中する。不思議と緊張はない。経験を重ねた事で、多少は慣れてきたらしい。


 全員の顔色を窺ったところで、プレゼン開始。経験は少ないけど、一応大学の卒論発表では優秀賞を受賞した事もある。祝ってくれる友達はいなかったから、教授に褒められるだけで終わったけどね。フフ。


「冒険者ギルドのギルドマスター選挙の立候補者で、問題行動を起こしたヒーラーを制圧しませんか?」


 若干ネガティブ思考が混じっていたからじゃないだろうけど――――第一声で場の空気が異様なものになった。


「……どういう事ですか?」


 特に、冒険者ギルドのマルガリータさんは露骨に眉を顰めていた。彼女にしてみれば、突然厄介事を冒険者に押しつけられたような格好。実際それでティシエラとバチバチやり合ったと言うし、キレても不思議じゃない。


 悲劇を繰り返さない為も、ここからは慎重に発言しないとな……


「まず前提として、ラヴィヴィオのヒーラーが街を彷徨いている状態では、選挙活動に支障が出ます。市民投票じゃないとはいえ、市民の中には元冒険者も多い。当然、彼らへの挨拶も活動の一つですし、市民を味方に付けて冒険者票を得る為に演説もしたいんですけど、今のままじゃ出来ません」


 選挙活動が出来ないのなら、そもそも選挙まで時間を置く必要はないし、投票日を大々的に公表する意味もない。ギルマス選挙は、市民に関心を持って貰う意味合いが強い筈。でもヒーラーに話題を独占されたら、その目的は潰されてしまう。そういう裏の事情も踏まえた上での提案だ。


「……仰った事は理解出来ます。でも、冒険者の本分は魔王討伐で、街の治安を守る為ではありません」


 マルガリータさんの主張もわかる。一度引き受けたら、今後もこの手の騒動は冒険者の仕事だと見なされ、どんどん押しつけられるのは目に見えている。そうなると『冒険者ギルドは街の警護を行っている』というイメージが確立し、王家の方針と相反する存在になってしまう。そこまで危惧しているんだろう。


「だからこそ、選挙の立候補者だけで行うミッションにするんです。『より冒険者の代表に相応しい人物をわかりやすく内外に知らしめる為の仮想敵に、暴走するヒーラーを設定した』と定義すれば、例外的処置だと訴えやすくなるでしょう」


「そんな単純な話ではないんです。ノウハウを得た時点で、その分野のスペシャリストと認定されます。そうなると、条件面で同等の場合は必ず『なら彼らに任せるのが合理的だ』との判断に傾くんです。実績を作った時点で」


 口調は淡々としているけど、マルガリータさんの声にはかなり切実な気持ちが現れている。冒険者ギルドにこれ以上負担をかけない為、厄介事を持ち込ませないようにする為、必死に戦っているのが伝わってくる。


「私も反対よ」


 そう異を唱えてきたのは、マルガリータさんと対立していた筈のティシエラだった。


「立候補者とその味方陣営で対処に当たるとしても、圧倒的に数が足りない。ラヴィヴィオに所属しているヒーラーの九割が問題を起こすと想定されているのに、そんな中途半端な対応では市民の理解も得られないでしょう」


 流石ティシエラ、嫌な角度から切り込んできやがる。しかもド正論。実際、最少の人数や労力で対処しておいて『やりましたけど何か?』って顔されるのが一番ムカつくよな、どんな分野においても。


「フン、浅ましい提案だ。大方、このままでは選挙で僕達に敵わないと察して、違う評価点を加えようとしたのだろうが……聞いての通り、君の案は穴だらけだ。どうやら馬脚を現わしたようだな」


 ここぞとばかりにファッキウが仕掛けてきた。ルウェリアさんへの執着がなくなった今でも、俺への塩対応は全然変わらないんだなコイツ……


「トモの提案をそのまま採用するかどうかはともかく、ヒーラー問題については可及的速やかに対処する必要があると俺も実感したばかりだ。この機会に案を出し合うのはどうだろう」


「賛成賛成! 今のままだと街歩くの怖いもんねー」


 フルボッコにされた俺を見かねたディノーとイリスが、話の流れを変えようとしてくれた。こういう時に助けようとしてくれる奴って心から信頼出来るよな。素敵な奴等め。


 とはいえ、このまま言われっぱなしだと折角用意した案が本当に流れてしまう。


 そろそろ反論の頃合い良し――――だ。


「確かに、俺の案は穴だらけです。だから、その穴をここにいるみんなで埋めて貰えたらと思って、今日は集まって頂きました」


 重要なのは、冒険者ギルドに留まらず複数の勢力を巻き込む事。そうしないと、ティシエラの指摘したように数が足りない。マルガリータさんの懸念も現実になってしまう。


 そしてこれは、それらの課題をクリアする為のプレゼンだ。


「まず、ここにいる五大ギルドのギルドマスター及びその代理の三名に聞きたいんですが、このままヒーラーを野放しにしても良いって思っていますか?」


 発言しながら、マルガリータさんの方を見る。最初に答えて欲しいのは貴女だと。


「それは……ディノーさんも仰ったように、良い訳がありません。ラヴィヴィオの混乱が収まり次第、ギルドマスターのハウク氏にリーダーシップを発揮して貰って、事態の……収拾を……」


 途中で言ってて虚しくなったんだろう。マルガリータさんの声が露骨に小さくなっていった。


「あの超放任主義にそんなの任せても無駄なのは明らかだろうな。で、誰がケツを拭くかでオレ達が揉めてる間に、被害はどんどん増える。そうならない為にオレらを集めたって事は……協力する為なんだな?」


 おおっ、バングッフさんありがとう。最高のパスだ。


「その通りです。冒険者ギルドのギルドマスター候補者が中心となって、各ギルド混合のヒーラー対策チームを結成する。これなら、数の問題も解決しますし、冒険者ギルドだけに皺寄せは来ない。立候補者にとっても『他のギルドとの連携が取れる』ってアピールにもなる」


 ここまでが事前に用意した案。


「ここは協力態勢を築きましょう。あの化物達と戦う為に」


 後は通るのを祈るのみ――――

 

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