第123話 回復魔法の送りつけ詐欺

 最悪のタイミングだ。今、ギルド内には俺の他にルウェリアさんとディノー、コレット、イリス姉(自称)、そしてタキタ君しかいない。いつも朝早くから屯しているオヤジ三人組が今日に限っていないし……


 しかも、まだ正式にティシエラからは依頼を受けていない段階。ギルドとして動ける状況ですらない。そもそもコレット以外は戦力になりそうにないけど。


「どうする……?」


 救いを求めるように、ディノーに問う。この場で最も危機に対する経験が豊富なのは間違いなく彼だ。


「奴……エアホルグはラヴィヴィオの中でも特に凶暴なヒーラーと言われている。回復魔法を使いたい我欲に取り憑かれたヒーリング依存者だ。ヒーリングが使えない日が続くと、周りにいる者を自ら斬りつけ回復の機会を得ようとする」


 ……それもうヒーラーって言っちゃダメだろ。ほぼ人斬り以蔵じゃねーか。

 

「厄介な事に、剣の腕も超一流だ。俺でも一対一で勝てるかどうか……」


「しかも、自分の傷は自分で治せる訳か。厄介過ぎるな」


「いや。ヒーラーは自分を癒やせるとは限らない。確率は四割程度だ」


 ……え? どゆ事?


「原理は俺も知らないが、回復魔法は自分に使うと効力が弱く、全く効果がない事もある。不思議な事に、同じ奴が同じ敵から受けた傷でも、成功する時としない時がある。コンディションや状況は関係なく、統計として六割が失敗と出ているそうだ」


「でも、それなら連続で使えば良くないか?」


「ああ。だが回復魔法は一瞬で効果が出る訳じゃない。成功失敗の判定には少し時間がかかる。それに、連続で魔法を使うとマギの消費が極端に跳ね上がる」


 成程。自分を回復する事は出来ても、成否はランダムな上にリスクも大きい訳か。隙も出来るだろうし。それならまだ勝機はありそうだ。


「危険な相手だが……放置していたら市民を襲うのは目に見えている。見過ごす訳にはいかない」


「というか、今まで襲った事なかったの?」


「定期的に騒動を起こしてはいるが、例え負傷させても結局治してしまうから、大事には発展しないんだ。奴の場合、金に頓着がないのか金銭を一切請求しないみたいだからな」


 そんなヒーラーもいるのか。全員漏れなく金にがめついと思ってた。


「とはいえ、斬られて出血した分の血液は完全に元には戻らないし、何より斬られた際の精神的ショックが大きくて塞ぎ込む者もいる。それに、ギルドが暫く機能しないとなると、今度こそ金を請求するかもしれない。ここは僕が行こう」


 ありがたい申し出ではあるけど……


「まだ何もやらかしてない段階で鎮圧して大丈夫?」


「余り良くはないが、やむを得ないな」


 覚悟を決めた顔で、ディノーはギルドの外へ出た。さっきのなまはげみたいな声の大きさからして、恐らく入り口に面した通りを移動しているだろう。


「私も行く!」


 コレットも直ぐそれに続いた。戦闘経験が少なくてもレベルは78。この二人なら大丈夫……と言えないのがヒーラーの厄介なところだ。


「ルウェリアさんは中にいて下さい。絶対出ちゃダメですよ」


「は、はい」


 怯えるルウェリアさんに念を押し、俺もコレットに続いて外に出た。一応、護身用のこんぼうを持って。


 ……なんかもう、こんぼうじゃないとしっくりこない身体になってしまったな。


 それは良いとして、エアホルグの姿は外に出るとすぐにわかった。


 顎が長い……


 いや他にもスキンヘッドとか眉が繋がってるとか鼻の穴が目より大きいとか出っ歯とか色々特徴あるけど、とにかく顎が長い。長過ぎる。しかも割れてる。長い上に割れてる。


「ぐはははははははは! いないなら仕方ねえなあ! 街中の市民達に回復魔法の気持ちよさをね! 与えてあげる前提で――――まず斬り付けるだけ斬り付けてあげちゃうよーーーーん!! 一生残る恐怖と衝撃で、一生残る癒やしと快楽をね!!」


 そしてこの言動である。よく今まで誰かに殺されなかったな。その辺に幾らでも伝説級の戦士がいる街なのに。


「……妙だ。元々イカれてる奴だったけど、ここまでじゃなかった」


 ディノーが眉間に皺を寄せながら、そんな事を呟いていた。ギルドが崩壊して気が立っているのかもしれないな。


「待て! ラヴィヴィオ四天王の一人、エアホルグだな! 市民に危害を加えるつもりなら俺が容赦しない!」


「……ん? なんだよ。いるんじゃねーか回復し甲斐のありそうな獲物がよーーーーーーー!!!」


 マジかよ! 街中なのに全く躊躇なくディノーに襲いかかっていきやがった! イカれてるにも程がある!


「ぐっ……!」


 エアホルグの武器は剣。かなり立派そうに見える。名前の前に聖剣とか宝剣とか付いてそうなくらい豪華な装飾で、顔と全く合っていない。


 その剣で繰り出した上段からの斬撃を、ディノーは剣でかろうじて受けた。いや、かろうじてって……あいつレベル60以上だよ?


「ちゃんと回復してやっから、遠慮なく死の淵を彷徨いやがれ!」


「こ……の……!」


 戦闘に関してはド素人の俺でも、ディノーが劣勢なのはわかる。というか、攻撃させて貰えない。終始エアホルグが攻めている。斬られてはいないものの防戦一方だ。


 エアホルグの攻めはそれほどテクニカルじゃなく、上段や中段の位置から嵐のように振り回しているだけ。型とか構えとか全くない。まるで子供のチャンバラだ。


 でもそれが猛烈なスピードと剣圧で休みなく襲ってくるもんだから、ディノーは反撃の糸口すら掴めない。とてつもない体力だ。レベル60台の冒険者をここまで圧倒するヒーラーってなんなんだよ。人生間違え過ぎだろ。


「やあああああああああああああっ!!」


 業を煮やしたコレットが背後から助太刀を試みた――――が、その斬撃も難なく躱された。そりゃそうだ、掛け声出してる時点で気付かれるに決まってる。


 でもコレットの気持ちもわかる。幾ら化物じみていても、人間を剣で斬り付けるなんて普通の精神状態じゃ出来ない。我を忘れるくらい叫んで、ようやく実行に移せたんだろう。それでも峰打ちだったっぽい。いや峰打ちでも頭に叩き付けたら普通に死ぬけどね。


「はぁ……はぁ……すまない」


 避けられたとはいえ、コレットの奇襲でようやくエアホルグの猛攻は一度止まった。二人から距離を取り、無気味な笑みを浮かべている。


「なんだお前は。イカれた頭してやがるな。まあ良い、纏めて相手してやる。かかって来い。回復魔法の魅力、味わうが良い! その前にちょっと痛い思いするけど構わないよな! 痛みが良~い前菜になるんだからよ!」


 この街を代表する冒険者二人を前にして、怯むどころか漲ってやがる。こいつ、もしかしてバーサーカーか? ヒーラーバーサーカーとか……何回伸ばしてんだよ。


「相変わらず野蛮なやり方を押しつける奴やなー」


 なんだ……?


 急に、この場にいる誰でもない声が聞こえて来た。何処だ? 何処にいる?


「トモ! 後ろ! 後ろだ!」


 ……へ?


「あんさんもそう思うやろ? あの空気脳、いっつもあんなんでなー。正直同じギルドの人間として恥ずかしいんよ」


 いつの間に、背後に男が……!?


 ってか背後どころじゃない。背中にピッタリ身体が張り付いている。ここまで近付かれていたのに、俺は気付けなかったのか……?


「ワイはガイツハルス言うんやけど、別に覚えんでもええよ。ただの暇を持て余した隠密やからね。ところであんさん、左足の親指に爪下血腫があるやろ? ワイが格安で治したるけど、どないする? 料金は特別に42731Gでええよ」


「な……」


 確かに俺の足には、女帝と一戦交えた時に出来た内出血の跡がある。既に色は黒ずんでいて、痛みも全くないし放っておけば自然治癒する軽傷だ。


 それをどうしてこの男はわかるんだ? こっちは靴履いてるのに……


「その怪我、放置してたら指が腐り落ちるかもしれんよ。そういう事例、ワイは何度も見て来たからわかんねん。悪い事は言わん、ここでワイに治して貰っとき」


「離れて!」


 今度は俺の方にコレットが飛び込んで来た。俺のスキルでバランス良く調整しただけあって流石に速い。速いなんてもんじゃない。肉眼で追えないレベル。その勢いで俺が巻き添え食うような攻撃はやめてよ!? 


 ……って、あれ? 俺今、コレットに抱きかかえられ――――



「っ……!」



 そんな感触があった瞬間、爆発音が鼓膜を蹂躙してきた。


 思わず身が竦む。そして悟る。コレットは、あの背後の男に『離れろ』と言ったんじゃない。俺にあの場から離れるよう叫んだのか。


「トモ、大丈夫?」


「あ、ああ。それより今の音は何?」


「誰かが魔法でトモを狙ったみたい。多分、どこかの屋根の上から」


 ……スナイパー? 魔法使いのスナイパーがいるの? っていうか、何で俺そんなアサシンファンタジスタに狙われなきゃならないの?


「チッ。シャルフまでもう嗅ぎつけやがったか。どいつもこいつも回復し甲斐のある奴には鼻が利きやがる」


「呆れた奴や。あわよくばワイまで巻き込んで瀕死に追い込もうとしよった。ホンマ、クソしかおらんな、ウチのギルド」


 コレットから下ろして貰う間、ヒーラー達の物騒な会話が聞こえて来た。どうやら今俺を狙撃してきたシャルフってのもラヴィヴィオ所属らしい。


 俺がさっきまでいた道路が砕けている。コレットに助けられなかったら瀕死どころか死んでいたかもしれない。


「……マズいな」


 一旦エアホルグから距離を取っていたディノーが、俺達に近付きながら危機感を募らせている。


 もう嫌な予感とかいう段階じゃない。覚悟はしている。


「まさか四天王の内の三人が揃うとは……想定外だ」


 予想はしていたけど、やっぱりか! さっき俺に接近してきたガイツハルスって奴も、スナイパーのシャルフって奴も、ラヴィヴィオ四天王……要するにとびきりイカれたヒーラーって訳だ。


 シャルフは今も姿が見えないけど、ガイツハルスはようやくその外見を視認出来た。ウェーブがかった髪を背中あたりまで伸ばしたギョロ目の男。身長は俺よりも大分低い。さっきの爆発を回避している時点で、身体能力は相当高いだろう。


 人数的には三対三のイーブン。ただ、見えない敵がいるのと俺が戦力的にヘボい事を考慮すれば、こっちが不利だ。


 尤も――――


「なんで俺達を襲う! 回復魔法が使いたいなら、自分達で殴り合いでもすればいいだろ!」


 問答無用で襲って来たエアホルグはともかく、ガイツハルスの方は話がわからない相手じゃなさそうだ。俺に出来る事といえば、そういう奴と対話して平和的解決を模索する事。


 いやまあ、どうせ出来ないだろうけね。でもやる前から諦めても仕方ない。


「そんなん、首領ドンが許す訳あらへん。金にならん回復魔法で喜んどんのはそこの空洞脳くらいや」


「ぐはははははははは! 俺様は感性が高尚だからな!」


「そんな訳あらへんがな。誰より低俗やっちゅーねん。このモンスター脳が急に襲いかかってしもてえろうすんまへんな」


 ガイツハルスの言葉は紳士的だった。言葉は。


「せやけどな……仕方ないんよ。ヒーラーはずーーーっと虐げられてきたクソみたいな過去がありよる。遺伝子に刻まれとるんよ。冒険者やソーサラーから毟り取れってなあ」


 表情には、爆発する寸前の狂気を押さえ込んでいるような危うさが滲み出ている。ギョロ目なのが余計にそう感じさせるのかもしれない。


「……ヒーラーへの感謝が足りなかったのは、俺達も反省している。冒険者ギルドも、相応の謝意と誠意は見せてきた筈だ」


 ディノーの絞り出すような言葉に、以前コレットが言っていた事を思い出した。



『ヒーラー軽視の歴史というか。蘇生魔法で命を救ったのに、仲間からそれが当たり前みたいな顔をされ続けた事に内心怒り心頭だったヒーラー達が結束したって言うか』

 


 不遇だった過去があるから、それを口実にやりたい放題やってる訳か。


「せやから、ギルド単位では仲良うしとるやろ。けど今は、ギルドで仕事が受けられへん。ワイらは今、自分の価値観で動いとる。ワイ的にはまだ足りんのよ。もっともっともっともっと、もっともっともーーーーーっと絞り尽くさんと、なあ?」


 軽やかにそう言い放ちながら、ガイツハルスは指先でナイフをクルクル回していた。言動といい得物といい、もう完全に盗賊じゃん。こいつはシーフヒーラーか。


「トモ、君はギルドに戻れ。シャルフは遠距離から攻撃魔法だけじゃなく回復魔法も撃ってくる。食らえば追加送料と称して法外な値段をふっかけられる」


 えぇぇ……何それ、回復魔法の送りつけ詐欺? この詐欺集団、手口のバリエーションが豊富過ぎない? 


 確かに、俺がここにいても足手まといにしかならなさそうではある。恐らくヒーラー達も俺がこの中で際立って弱いのは気付いているだろう。


 でも――――


「俺は冒険者じゃないし、ヒーラーでもない。アインシュレイル城下町ギルドのギルマスだ。俺にはヒーラー軽視の歴史なんて関係ない」


 このまま、おめおめと尻尾巻いて逃げる訳にはいかない。その前に、やれる事をやらないと。


「なんやそのギルド。エアホルグ、知っとるか?」


「知ってる訳ないだろ! そんな事よりお前はもう帰れよ! こいつらは俺様が回復するんだからよ!」


「話にならへんな……で、その聞いた事ないギルドの代表のあんさん、自分は関係あらへんって話がしたいんか?」


「最近作ったばっかりのギルドだから、挨拶くらいしておこうと思ったんだよ。俺達のギルドは、街の為になる事をするギルド。治安維持もその範疇に含まれる。街の平穏を乱すような真似は見過ごせない」


 警告はする、ってティシエラにも宣言しちゃったからな。向こうから襲って来た時点で意味ないけど。


「治安維持? そんなんあの王家が許す筈ないやん。あんさんのギルド、さてはモグリやな?」


「ちゃんと承認は下りてるよ。それを踏まえた上で、あらためて警告する。市民を襲うな。法外な値段で回復魔法を押しつけようとするな。この街には、ヒーラーとは無関係な人間もいるんだ」


 期待感なんて一切ない。どうせ警告を無視して襲ってくるに決まってる――――


「ぐはははははははは! そんなの知るか! 俺に治させろ! その為の大怪我をくれてやる!」


 早っ! こっちも相当早めに見切りつけてたのに、それすら上回るスピードの警告無視、そして突進してきやがった! 確かにモンスター脳だ、このエアホルグって野郎は。


 幸い、奴の攻撃はさっき見た。ディノーですら防ぐのがやっとの猛攻を、こんぼう装備のレベル18が防ぎ切るのは不可能だけど――――


「硬度全振り」 


 これで一撃くらいは防げる。


 胸より上に構えて――――ぐっ! 想像以上に攻撃が重い!


「けっ! 随分硬いこんぼうだな。ぐははははははは! だが砕いてやる! お前の頭ごとな! そして回復だ!」


 下段から斬り付けられたら終わりだ。頼むから脳筋のままでいてくれよ。


 二撃目と同時に、こんぼうを離して身を屈め……タックル!


 そして――――


「抵抗力全振り!」


「お?」


 これでどうだ……! 


「ぐははははははは! 何かわからんがくらえッ!」


「なっ!」


 攻撃のスピードが……落ちてない!? 調整スキルが効いてないのか!?


「トモ! 避けて!」


 いや無理ーーーーー!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る