第225話 宝石よりも眩しく

 コレット……本当にコレットなのか?


 イリスと同じで、あまりにもタイミングが良過ぎる。機を窺ってたのかとツッコみたくなるくらい。


 でも、コレットだ。


 格好も、その後姿も、声も、何もかも失踪前のコレットと変わらない。それにコレットはイリスと違い、事前に城の地下牢に閉じ込められていた事はわかっている。だからこの城にいる事自体は不自然じゃない。


 喜んで……良いんだろうか? 素直に。


「コレット! 一体どこほっつき歩いてたんだよ! 探したんだぞ!」


「あー……ごめん。なんか色々あって。でも今はそれどころじゃないでしょ?」


 おお、シャルフを前にこの余裕。これがレベル78の貫禄か。普段はポンコツでも、戦闘ではこいつほど頼りになる奴はいない。強いコレットが帰ってきた。


 本当に無事だったんだな……良かった。本当に良かった。



《なんだよ。なんでいるんだよ。お前はもうトバした筈だろ? エルリアフの人形になったんじゃないのかよ》



 トバした……? やっぱりアンノウンの正体はコイツだったのか。この野郎がコレットを……


 待てよ。確かモーショボーの証言だと、戦闘中にコレットは力が全然出なくなっていた。それって……エルリアフが喚び出した精霊コロポックルのアブソーブが原因なんじゃないか? 実際、今シャルフはエルリアフの名前を出していた。姿こそ見えていなかったけど、その場にエルリアフもいたんじゃないか?


 コレットが行方不明になった際、他の冒険者は見向きもせずにコレットを襲ったって話だった。ティシエラは冒険者ギルドが怪しいと睨んでいたけど、どうやらコレットを標的にしていたのはギルドじゃなく――――


「エルリアフに狙われたのか?」


「……うん」


 あの同一化の怪物、何でまたコレットを標的にしたんだ。冒険者ギルドの新ギルドマスターだから? それともレベル78だから?


 他に何か理由があるのか……?


「そこの死霊モンスターに強制的に転移させられてね、しばらくこのお城の地下牢に閉じ込められてて……なんかわかんないけど、そのエルリアフって子が人形にするって息巻いててすっごい怖かった」


 コロポックルにやられたマッチョ地蔵みたくなるところだった訳か。見た目と違って相当厄介な精霊だな、アイツ。俺の契約してるどの精霊よりもヤバいけど、なんとなく使役したいって気持ちにはならない。


「大丈夫だったのか?」 


「うん。暗くて見えなかったんだけど、誰かが牢屋から出してくれたんだよね。体調も回復してたし、その隙に上手く逃げ出せて暫く城内に隠れてたんだ」


 まさかアイザックが?


 いや……あの自己顕示欲の塊みたいなアイツだったら絶対名乗るよな。俺を地下牢に連れて行った時にも必ず自慢げに話していただろう。恐らくアイザックじゃない。


 だとしたら、きっと――――



《クソ……よりにもよってお前が……》



 俺とコレットが話している間、シャルフは全く攻めて来ようとしなかった。正直意外だ。別に隙を見せているつもりはなかったけど、オネットさん達にしていたように休まず攻撃ってのが本性を現わした奴の基本戦術の筈だ。


 それに、今までにない動揺を感じる。さっきは演技だったみたいだが、今は明らかに違う。こっちの攻撃が通用しないのなら、奴が策を錬る必要なんかないんだ。


「みんな怪我してるみたいだし、手は出さないで。このモンスターには因縁あるから、私がやる」


 一方、コレットはこれまで見た事ないような表情で集中力を高めている。あっという間に自分の戦闘領域を構築した。そんな感じだ。


 でもダメだ。シャルフには物理攻撃は通じない。コレットが幾ら最強でも、剣で奴は倒せない。



 ――――なのに何故、シャルフはあんなにコレットの登場を嫌がっていたんだ?



「任せて」


 しまった! 余計な事を考える暇があったら忠告するんだった!


 でもコレットだって、幽鬼種のモンスターが相手なら剣じゃダメだって知ってる筈。なのに何故――――


「大丈夫だトモ。コレットなら」


「ディノー?」


「正確な理由は誰もわからないし、本人すらも知らないらしい。恐らく解明されていない固有スキルだと思うんだが……」


 コレットは迷いなくシャルフ目掛けて突っ走る。


 迅い。既に何度も見ている、万能型に調整したコレットの攻撃。その鋭さはレベル60台のディノーですら遠く及ばない。素人の俺でもそれがわかるほど桁違いだ。


「コレットは、アンデッド全般に剣でダメージを与えられる」


「え……?」


 剣が閃く。斜めに振り下ろされたその一撃を、シャルフは――――縮地を使い大きく避けた。


 間違いない。ディノーの言う通りだ。じゃなきゃ、あんな怯えたような躱し方はしない。


「剣が特殊なんじゃないのか? 幽鬼種に効く特別製とか」


「聖剣ならそういう事もあり得るけど、彼女の剣は市販の武器だ。流石に聖剣は流通していない」


 まあ、そうだよな。だとしたらやっぱりスキルなのか。


 コレットにしてみれば、相手が幽鬼種でも全く問題はなかった。だからこそ、アンノウンとして奴とフィールドで対峙した時は、あまり危機感を抱かなかった。その隙をエルリアフとコロポックルに突かれたのかもしれない。


「あの時の恨みっ!」


《チッ! このクソアマ……!》


 形勢的にはコレットが有利だけど、あの縮地がどうしても厄介で、コレットと言えど捉える事が出来ない。長期戦の様相を呈してきた。


 今度は長引こうともこっちに分がある。魔法が使えるようになれば、一気に数的優位の状況を作れるからな。


 でも……妙だな。


「なんであいつは逃げないんだ?」


「言われてみれば……娼館では躊躇なく逃げたんだったな」


 さっきディノーが言ったように、俺を捕えるのはあくまで奴の希望であって、命令を受けた訳でも必須の行動でもない。不利な立場になった今、奴なら迷わず逃げの一手を打つ筈だ。縮地を使えば容易にそれが可能だろうに……


 城外にはソーサラー達が待機しているから、リスクはあるだろう。でも、仮にその事を把握していたとしても、ここは逃げが最適解じゃないのか?


 ……この部屋に何かがあるのか。


「シキさん。こっち」


「……何?」


 流石は元アサシン。縮地と見間違えるほど移動が俊敏だ。


「この部屋にある箱、幾つか中身を確認してみてくれ。細心の注意を払って」 


「了解」


 何の反論もせず、シキさんは指示に従ってくれた。


 最初は宝物庫かと思っていたけど、幾らなんでも玉座の間の真下を宝物庫にはしないだろうし、箱も木製の質素なやつで宝箱とは全然違う。寧ろここは――――


「隊長。中身わかった」


「当ててみようか。隠し階段だろ?」


「正解」


 やっぱりか。厨房にもあったから、多分そうじゃないかって思ったんだよ。


 箱の底をくり抜いて、緊急の脱出経路の入り口に被せているのか。これなら万が一城を攻められた時、いち早く玉座の間から脱出できるし、時間もある程度は稼げる。恐らく玉座の間からここに降りる動線も何処かに確保してあるんだろう。


 そこから脱出すれば、多分外を囲んでいるソーサラーにも見つからない場所に出られる。じゃなきゃ城攻めに対する緊急脱出の意味がない。シャルフの野郎、隙を見てそこから逃げるつもりだったんだ。


 幸い、コレットの攻撃を避けるのに精一杯で奴は俺達の行動に気付いていない。ここは仕掛け時だ。


「みんな! この部屋にある箱を全部壊せ!」


《……!?》


 お。動揺したか? 明らかにこっち見たな今。


「相手は物質スケスケの幽体だ。そこかしこに箱があったらコレットにだけ邪魔になる。ぶっ壊して部屋を広く使えるようにするんだ!」


「それは我に任せて頂こう! 破壊は得意分野じゃ!」


 その声は――――名前の発音が難し過ぎてあんまり普段絡んだ事がないギルド員、ンォンォヌ君! そう言えば彼、確か剣で斬るのが苦手で、平らな部分でブッ叩くのが主な攻撃手段だったっけ。なら破壊は得意だろう。


 つーか素直に槌とかハンマー扱えば良いのに……


「のじゃっ! のじゃっ! のじゃっ!」


 おおっ、凄まじい勢いで箱を破壊してくれている! まるでこの時の為に生まれて来たかのように!


「僕等も協力しよう! 全ての箱を破壊するんだ!」


 他のギルド員も直近の箱を強引に破壊し始めた。


「あはははは! 壊れろ壊れろー! この世にある全ての物はブッ壊れちまえ! ギャハハハハハ!」


 魔法が使えないヤメに至っては、やたらハイになってストンピングかましている……ああいうタイプに限って実はストレス溜め込んでるのかな。怖ぁ。


《クソが……余計な事ばかりしがって……》


 とうとう余裕が完全になくなったのか、シャルフはコレットが近づく事さえ出来ないくらい縮地を連続で使い、壁際まで逃げた。それでも部屋から出ないって事は、隙を見て隠し階段に素早く潜り込むつもりなんだろう。


 スキルだって無限に使える訳じゃない。あれだけ頻繁に使えば、何処かでガス欠になっても不思議じゃないが……それを待つのは得策じゃないよな。


 これ以上お前に付き合うつもりはない。ここで決着を付ける。


「コレット!」


「え?」


 シャルフが離れたおかげで、コレットとの合流が容易になった。後は――――


「筋力全振り。そしてこっちは射程全振り」


 コレット、そしてディノーから借りた剣に調整スキルを使用。ディノーには悪いが、この剣はここで使い捨てにしてしまおう。


「これを奴に向かって投げつけろ。投擲でもアンデッドに効くんだろ?」


「それは大丈夫だと思うけど……この距離だと避けられるかも」


「それで良い。寧ろその方が良いくらいだ」


「……?」


 小首を傾げるコレットに、良いからここは任せろと無言のメッセージを送るように一つ頷く。


 コレットは――――


「わかった。トモに任せる」


 勝ち気な笑顔で快諾の返答をくれて、シャルフの方を睨んだ。


「……」


 ふと一瞬、遠巻きにこっちを見ていたイリスと目が合う。


 凄く不思議な目をしていた。憐憫のような、憧憬のような、軽蔑のような……慈愛のような。

 

 イリスがコレットをどう思っているのか、ますますわからなくなってしまった。


「せーの……やっ!」


 コレットが大きく振りかぶって剣を投げた。パワーに全振りしたその投擲たるや圧倒的で、空気を切り裂く音が明らかに異質だった。まるで飛行機のエンジン音だ。


《……!》


 幾ら縮地という回避系最強スキルを持つシャルフでも、これを余裕で避けられる訳がない。仮に躱せるとしても――――


「敏捷8割、残り均等」


 本当にギリギリ。絶対に余裕はない。


 しかも射程に全振りして耐久性を失った剣は、壁に激突した瞬間、粉々に砕け散る。その破片は大きく飛び散り、縮地で逃げた直後のシャルフは高確率でそれを浴びる。


《クアアアアッ! 何だこれは!? 目が……!》


 何処でも良い。奴の気が逸れれば。そこまでが俺の仕事だ。


「今だコレット!」


「はああああああああああああ!!!」


 シャルフが剣を回避する最中、再度調整スキルを使用。その際に一瞬だけ目で会話したものの、言葉では何も示し合わせてはいない。策を細かく伝える時間なんてないんだから当然だ。


 それでもコレットならわかってくれる。敏捷重視のステータスに変えた時点で、俺の意図するところは全て伝わったと信じている。


 粉々になった剣の破片に気を取られているシャルフを。



《ッ……!》



 縮地で逃れる前に――――



《ガハッ! グ……グア……ガ…………ァ》



 斬るのではなく、突き刺す。


 速度に8割も偏らせた以上、斬っても威力不足。でもスピードを殺さず全体重を乗っけて突き刺せば、十分な威力を発揮できる。


 俺が思い描いていた動きを、攻撃を、コレットは全て完璧に実現してみせた。


《こ…………の……》


「!」


 シャルフの野郎、まだ動けるのか!?


 マズい。剣を刺したままのあの体勢だと背中に爪をまともに――――


「コレット! 後ろに跳んでっ!」


 俺が叫ぶよりも早く発せられたその声は、イリスのものだった。


 同時に、彼女の右手から火球が放たれる。詠唱は一切なく最速で飛来したその魔法は、コレットが慌てて後方へ跳躍した直後、シャルフの振り上げていた腕を直撃した。ようやく魔法が使えるようになったのか。


《クアアアアアアアアアアアアアアア!!》


「とどめだオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」


 シャルフの悲鳴がかき消される勢いで、豹変したイリスが魔法を連発……かと思いきや、ブッ放していたのはヤメだった。ビックリしたなあ。大声で叫ばれると誰の声か一瞬わからなくなるんだよ。ヤメならまあ、どれだけ猟奇的な顔で蹂躙しようと通常営業の範囲だ。


 でも、まさかイリスが誰より早くコレットを助けるとは思わなかった。そういう意味ではやっぱりビックリだった。


《ガ……アア…………バ……カな…………この……オレ……が…………》


 ヤメの猛攻によって、シャルフの身体が砂山を崩すように朽ちていく。


《…………魔王……様……の………い…………》


 やがて完全に形を失い、塵となって床に霧散した。


 とうとう倒す事が出来た……か。


 欲を言えば、生かしたまま捕らえて全ての情報を吐き出させたかった。でも恐らくそれは無理だったろうし、下手したらまた逃げられる。ここで仕留められたのは大きい。


 街の中にモンスターがいるって一般市民に知られたら、街を守る役目を担ったばっかりのウチのギルドが槍玉に挙げられる事になっていただろう。だからこれが最善だ。


「終わったな」


「……うん」


 剣を鞘に戻したコレットは、とても難敵を倒したとは思えないような表情で振り向いた。なんだその気まずそうな顔は。


「えっと……心配かけてゴメンね」


 ……ああ。そういう事か。さっき保留にしてたっけ。


「詫びなんていいからお礼の言葉ちょうだい」


「何それ」


 謝られても嬉しくないからね。今回は割と俺、頑張ったと思うんだよ。弱いなりに頭フル回転させて。おかげで耳から黒煙が出そうだ。だからご褒美の一つくらい請求してもバチは当たらんだろ。


「えーっと……うん。わかった」


 コレットは軽く咳払いしたのち、胸の前で右手を左手で覆い、そして――――


「私を探してくれてありがとう。嬉しかったよ。トモ」


 少しだけ申し訳なさそうに、でも煌めく宝石よりも眩しく、笑った。





 こうして俺達は、無事王城を取り戻した。



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