第三部05:岐路と帰路の章

第226話 冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0020(終)





 これは記録子が緻密な取材によって詳らかにした、冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0020(終)である。





 ヒーラーによる王城占拠事件は、国王を名乗っていたアイザックおよび彼を祭り上げていたヒーラー達の敗北によって、取り敢えず幕を下ろした。


 ただし、残念ながら取り逃がしてしまった敵もいる。


 エルリアフだ。


 シャルフを倒し、意気揚々と玉座の間に戻ったヒーラー討伐隊を待っていたのは、縛られたままの状態で床に安置されていたロープだった。拘束していた筈のエルリアフは跡形もなく姿を消し、ロープには切断された形跡もない。軟体化もしくは幽体化して逃げたものと思われる。残念ながら、討伐隊は階下でのシャルフとの死闘に目を奪われ、マッチョ達は活力を奪われ全員俯いていた為、どうやってエルリアフが抜け出したのか目撃した者はいなかった。


 元々、奴はフラガラッハという剣の『夢』という曖昧な存在。どんな方法をもってしても捕らえておく事は不可能なのかもしれない。


 ただし朗報が一つ。


 エルリアフがいなくなった事で、コロポックルによるアブソーブの効果も失われたらしく、マッチョ達に活気が戻った。自我を取り戻した筋肉どもは歓喜の雄叫びをあげ、声の続く限り吠えた。筋骨隆々の面々が感情を爆発させると、この上なく暑苦しい。鬱陶しい。暑苦しい。暑苦しい。


 筋肉集めるべからず。筋肉犇めくなかれ。今回の騒動で人類が得た最大の教訓はこれだった。


 コロポックルによって無力化されていた階下のヒーラー達も、同時に鬱状態から回復したようだが、マッチョトレインに轢かれ負傷した箇所を回復した際に長らくエクスタシーに浸っていた為、復活したガチムチ達が肩を組み狙いを定め突貫。肉々しいスクラムによって再度蹂躙し、全員引っ捕らえる事に成功した。国家を危機に晒した罰として、現在はまとめて刑務所にブチ込まれている。


 そして、そのヒーラーども以上に罪深い人物のアイザックはというと。



 結論から言えば国外追放処分となった。



 戴冠の証拠として奴が掲げていた国璽付き任命状は結局見つからず、証言者となるべき元国王も行方不明のままとあって、その処遇に関しては五大ギルド内でも大きく意見が割れた。


 かつてアイザックが所属していた冒険者ギルドは『ヒーラーを相手に真っ当な正義感を振りかざしたところで聞く耳持たれる筈がなく、またヒーラーの傍にいた事で精神に重大な支障を及ぼした結果の乱心だった』として、情状酌量の余地があると主張。しかし他のギルドはアイザックの心の弱さを指摘し、ヒーラーにつけ込まれたのは彼自身の至らなさであり、所信演説で発した数々の暴言もあって、彼の中の破壊衝動や承認欲求が招いた結果だと断罪。厳罰を望んだ。


 そんな中、鍵となったのは――――メイメイの存在だ。


 彼女こそが、冒険者ギルドの新ギルドマスターであるコレットを地下牢から逃がした人物だった。


 そのメイメイが、アイザックの指示でコレットを解放したと証言。また王城の占拠やヒーラーと交流関係を持った事を後悔し、猛省していると証言した事で、風向きは大きく変わった。


 勿論、本来なら王城への侵略行為などクーデター以外の何物でもなく、極刑以外の選択肢はない。だが彼には、元国王から王座を譲られた可能性が僅かに残されている。もし偽物の任命状でも見つかっていればその可能性も消えていたが、見つからなかった以上、アイザックの虚言と決めつける事は出来ない。


 更に、レベル60に至る彼のモンスター討伐実績が平和貢献という形で認められ、総合的に判断した結果、収監をも免れる運びとなった。



 ――――というのは、表向きの理由。



 アイザックには様々な疑惑がある。例えば魔王軍との癒着。魔王が行方不明になっている事を知っていた等、ヒーラーに化けていたモンスターと何らかの交流があったのは確実だ。それはつまり、モンスター来襲事件の際に奴等の手引きをした可能性がある事も意味する。


 また、今回の王城占拠事件に関わっていないラヴィヴィオのヒーラー達と現在も繋がっているかもしれないし、元王族を匿っている事も考えられる。ミッチャが行った選挙妨害行為、或いはファッキウ達とヒーラー及びモンスターとの橋渡し役など、とにかく数多の容疑がかかった状態だ。


 理由は言うまでもなく、国王を名乗り王城を占拠した暴挙による信用の絶望的失墜。最早、過去に街で行われた全ての悪事について、アイザックとの関連を疑うまでになっている。


 ならば彼を捕らえてしまうより、泳がせて芋づる式に関係者を引っ張り出す方が有益。そういう結論に達した結果、国外追放処分で手打ちとなり、通達を受けたその日にアイザックはメイメイを連れ街を出て行った。


 このレインカルナティオ内に魔王城がある以上、国外追放はすなわち魔王討伐からの永久離脱を意味する。アイザックは事実上、冒険者として復帰する道を完全に失った。


 レベル60まで自身を育てた彼の長い旅は、ここで終わったのだ。


 それでも街を去る時に見せたアイザックの顔は、憑き物が落ちたように晴れ晴れしたものだった。やる事なす事恥のかき捨て、他人に多大な迷惑をかけ続けて尚、彼は笑顔を捨てなかった。


 脆くて図太い心。一見すると矛盾するこの二つの性質を兼ね備えた不安定さこそが、アイザックという人物を象徴していると言えるだろう。



 最後に私信をしたためたい。


 ここまでアイザックという人間を追い続けた手前、その責任を果たすべく今後も追いかけるのが筋というもの。しかし我氏にはまだこの国で、この街でやり残した事がある。よって彼の行動の一部始終を纏め好評を博した『冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録』は、これにて第一部完としたい。


 しかし敬愛する読者諸君、どうか安心して欲しい。我氏と志を共にする従妹の阻止子が、今後もアイザックの動向を見守ってくれると名乗り出てくれた。彼女はカップルになりそうな二人のお邪魔虫となる事に至上の喜びを覚える少々変わった子だが、尾行の腕は確か。前述した通り、アイザックは五大ギルドの内偵捜査の対象である為、既に監視役が追跡中だが、それとは別口で追い続けてくれるだろう。


 阻止子が彼の全行動を目撃し、その記録を我氏の元へ送ってくれる手筈となっている。我氏はその記録を元に、第二部『前科者アイザックとその仲間たちの余罪の記録』を書き上げる所存だ。期待して欲しい。


 我氏の名は記録子。この世の全てを記録する者。





「……」


 一つの物語の終わりを見届け、その本を両手で閉じる。微かに生じた風は、前髪を揺らす事さえなく、周囲の空気に溶けていった。


 この世界に来て、ゲームやらテレビやらネットやら数多くの娯楽を失った俺の生活習慣は、随分と健全なものだった。ただし、元いた世界で殆ど飲まなかった酒は、ここに来て飲む機会が増えた。特にギルマスになってからは、ギルド員と一緒に酒場へ繰り出す事が多い。


 飲みニケーションなんて死語もいいところで、上司と酒を飲むなんて時間の無駄でしかない。俺もそう思っていたけど、スマホで時間を潰せないこの世界では、相手が誰だろうと酒の席自体が娯楽の主流。郷に入っては郷に従えの精神で、あっという間に慣れてしまった。


 それでも、酔うほど飲む事はない。前後不覚になるほど酔うのは、人間として余りに下策。それで他人への迷惑行為に及び、『すみません、何も覚えていません』と謝罪する薄っぺらさが堪らなく嫌だ。


 昔はそれを他人にも感じていた。バカじゃねーのと。飲酒運転なんて全部死刑にしてしまえと。その考えは今も大きく変わってはいない。この世界に自動車はないが、酔って剣を振り回したり魔法をブッ放したりすれば迷惑程度じゃ済まない。


 なのに、みんな笑っている。酔いが回ったマッチョが机を壊しても、酒場のマスターも店員も笑顔で楽しんでいる。


 不思議だ。


 でもそれはきっと、この世界では当たり前なんだろう。


 だから俺は、そういう状況になると支払いを済ませ、ひっそりと離れる事にしている。


 咎める事はしない。空気を壊しもしない。でも、そこにまで馴染むつもりはなかった。



「隣、良い?」



 この日は珍しく、それでも飲み直そうって気になって、別の酒場で一人静かに飲んでいた。そこがソーサラーギルドの近くなのは知っていたけど、まさかティシエラがやって来るとは思わなかった。


「どうぞ」


 了承するのと同時のタイミングで、ティシエラは左隣のカウンター席に腰掛けた。断られるなんて微塵も思っていなかったらしい。


「今日はギルドの打ち上げって言ってなかった?」


「途中で抜けてきた」


「相変わらず、騒がしいのは苦手なのね」


 そんな事をティシエラに話した記憶はないけど、恐らくイリスあたりが暴露したんだろう。


 イリスと言えば――――


「結局、イリスは除名にするのか?」


「ええ。任務の途中で勝手にいなくなって、その理由も話さないとなれば、厳しい処分にせざるを得ないでしょう? 他のギルド員に示しが付かないもの」


 ヒーラーとの戦闘中、突然戻って来たイリスは、自分の行動について一切語ろうとしなかった。これでは幾らティシエラでも庇えない。あのタイミングで戻って来た事から、一部では『実はアイザックの仲間で、彼を助けに来たのでは』という耳を疑うような話すら出て来たからな……


 ティシエラはアイザックの厳罰を望んだ。その手前、自分の身内にだけ甘い処分を下す事は出来ない。苦渋の決断だっただろう。


「それでもイリスを信じてるんだろ? 変な事はしてないって」


「ええ。外部はともかく、ギルド内で彼女を怪しむ声は少ないわ」


「……そうなの?」


「本命は、派遣先のギルドマスターに失恋して、失意のあまり出奔って見解よ」

 

「勘弁してくれ……」


 恐らくティシエラなりの冗談だとは思うけど、女性の多いソーサラーギルドらしいっちゃらしい。後で確認しよう。


「イリスは、先の戦いで俺やコレットを助けてくれた。ソーサラーの前で証言しても構わないけど」


「振った相手をフォローするなんてあざといって言われるだけだと思うけど」


「嫌なギルドだな……」


 既に何度も身に染みているけど再確認。結局、ヒーラーギルドが極端だったってだけで、何処のギルドもそれなりにクセがあるんだよな。ウチだって余所の事言えないし。


「派遣元のそっちが除名にしている期間は、ウチで働いて貰う訳にもいかないけど、大丈夫なのかな」


「手に職もあるし、知っての通り人に好かれる子だから、心配はしてないわ。貯金もある筈だし。一応、一年を目処に復帰させる予定よ」


 除名処分と言ってもギルドマスターの権限で復帰は可能らしく、ギルド員の反対も少ない為、復職は既定路線との事。


 とはいえ、秘密主義が過ぎるのも事実で、少数ながら復帰に反対するソーサラーもそこが引っかかっているみたいだ。


「もしかしたら、貴方にはいつか打ち明けるかもしれないわね」


「いや、何で俺だよ」


「それほど心を開いていないからよ」


 ……成程。中々意味深な事を仰る。


 でも、いつかは聞かなきゃいけないだろう。聞く権利はある筈だ。黙っていなくなって迷惑を被ったのはウチのギルドなんだからな。確か酒に弱かったから、酔わせるのもアリかもしれない。人として最低の手口だけど。


「……実を言うと、冒険者ギルドからイリスに対する問い合わせが来ててね。今まで何処にいたのか、どうしてコレットと同じタイミングで帰還したのか、って」


「あー……やっぱそうなったか」


 要するに、冒険者ギルドはイリスがコレットの失踪に関わったんじゃないか、って疑ってる訳だ。具体的には、シャルフとエルリアフにコレットの情報を流したんじゃないかって疑惑だろう。


 エルリアフがコレットを狙った理由が今一つハッキリしない。だとすると、事前に失踪していたイリスが絡んでいる可能性は否定できない。イリスとコレットの仲が微妙なのは明らかだし、短いとはいえウチのギルドに二人して所属していた時期もあった。


 レベル78のコレットは、この街と敵対しているヒーラー達にとっても邪魔な存在。イリスとヒーラー(シャルフ&エルリアフ)の利害が一致した結果の犯行――――そう見なされても不思議じゃない構図ではある。


 勿論、イリスがそんな真似をする筈ない。コレットを本気で嫌ってる訳じゃないのも、シャルフとの戦いの中で確認できた。証言はソーサラーじゃなく冒険者ギルドでした方が良さそうだな。

 

「この状態でイリスをすぐに復帰させれば、ただでさえ最近微妙な冒険者ギルドとの関係が更に悪化する恐れがある。だから一年、か」


「それも理由の一つよ。あの子に余計な気苦労をさせるつもりもないわ」


 ティシエラは全力でイリスの潔白を訴えただろう。でもその上で、職務中の失踪を理由に除名処分という厳しめの罰を下し、冒険者ギルドの溜飲を下げさせる。悪くない落とし所だ。


「……何?」


「ギルドを運営する立場として、参考にさせて貰おうかなと思って。そういう気遣い」


 真顔でそう述懐すると、ティシエラはふて腐れたような表情でそっぽを向き、手持ち無沙汰と言わんばかりにグラスを静かに回していた。



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