第453話 精霊王

 精霊王の存在は以前からチラホラ聞いていたから驚きはない。けどまさかそんな大物が人間界に来る事があるんだな……まずそこにビックリだ。


 もし始祖の推察通り、この世界が実際の城下町の過去をモチーフに作られた亜空間だった場合、偶然にもそんなビッグネームがいた日を選んで生成したとは考え難い。この日が特別だったからこそ俺とシキさんがここへ迷い込んだ筈だ。


 もしかしたらその理由が、元の時空へ戻る為のキーになるかもしれない。


 だったらまず、この城にいる精霊王を――――


「。。。このままだと。。。城は崩壊する」


「え……なんで?」


「。。。精霊王は人間側の不誠実な対応に。。。はらわた煮えくり返ってる。。。そこから導き出される答えは一つしかなくない。。。?」


 いやこっちに振られても精霊王の性格とか知らんし。もしかして王様なのに脳筋で癇癪持ちなの? だとしたら最悪じゃねーか。一番苦手なタイプだ。


「さっきから城が揺れてるのって、精霊王の仕業って事?」


「。。。うむ。。。奴の怒りと連動してるし間違いない。。。」


 それじゃ、始祖の言う『城の崩壊』も決して誇張表現じゃない訳か。精霊王だもんな。城一つ吹っ飛ばしても違和感ない肩書きだ。


 物理的に城が滅ぼされかねない相手かあ……視界に入れたくねぇなあ。


「けど、11年後の世界じゃこの城はノーダメージで健在だったぞ?」


「。。。だったら朗報。。。精霊王が城を大規模破壊した時点で。。。術式の定義破壊が成立する」


 成程、確かにそうだ。11年後に健在の筈の城が11年で再建できないほど破壊されてしまえば、それは完全なる矛盾。術式の定義は破壊されこの亜空間は消滅、俺とシキさんはサクッと元の世界に戻れる。


 とはいえ、亜空間って前提が間違っていて本当の過去っだったら……過去改変なんてレベルの話じゃねーぞ。この城に住む王家の人々も無事じゃ済まないだろうし未来がムチャクチャになっちまう。


 つまり、俺がこれから取るべき行動は――――



 ①この世界が作り物の過去(亜空間)だった場合 → 精霊王の暴走をスルーし城を破壊して貰うべき

 ②この世界が本当の過去だった場合       → 精霊王の暴走を止めるべき



 他の可能性まで考えていたら埒が明かないし、この二つに搾ろう。


 俺と始祖の共通認識として①の可能性が極めて高い。②に至っては始祖だけじゃなく精霊のクー・シーもあり得ないと断じている。普通に考えれば①の方針で行くべきだ。


 けど……万が一②だった場合、失うものが余りにも多過ぎる。この城が崩壊してしまえば城下町の存在意義がなくなってしまうからな。出て行く人間も多いだろう。


 当然、俺がギルドを立ち上げられる保証はない。ベリアルザ武器商会、コレット、冒険者ギルド、ティシエラ、バングッフさん、アイザック、そしてユマの一家。この中のどれか一人、一組でも欠けてしまったら城下町ギルドの発足は叶わない。 


 恐らく全てを失う。


 ギルドも、夢も。


 そのリスクがある以上、簡単に決断は出来ない。かと言って精霊王がお怒りなら迷ってる時間もない。


 せめてシキさんがいれば相談できるんだけど……


「。。。精霊王を。。。止めとけ」


 そんな俺の逡巡を見透かすように、始祖は強めのアドバイスを送ってくれた。


「。。。お前ちゃんの未来と違う出来事なら。。。今後も何度か生じる。。。焦る必要ない」


 始祖の言葉は正論だ。今回が唯一のチャンスって訳じゃない。今回は取り敢えず大きなリスクを回避し精霊王の暴走を止め、その後①と②のどちらが正しいのかをあらためて検証してから今後の指針を決めても遅くはない筈だ。


 けど問題は……


「そうは言っても、城をシェイクするような化物相手に出来る事なんて俺にはないんだよな」


「。。。この。。。クソ雑魚め」


 仕方ないだろ戦闘要員じゃないんだから! そもそも、そんな恐ろしい力を持った精霊を無碍に扱う人間サイドに問題があると思うんですよねえ! 最終的に精霊の王からカチコミ食らうとか、完全に方針を誤ってるだろ!


「。。。ミロちゃん的には。。。このお城が潰されるのは大迷惑。。。ここ居心地良いから失うのやーやーなの」


「こんな沢山の御遺体に囲まれてよくそんなん言えるな……」


「。。。ミロちゃんを人間の一般的感性で推し量るな。。。人の亡骸なんてお前ちゃん達人間にとっての魚の骨と同じ。。。」


 いや……まあ確かにそうなのかもしれないけど。それってつまり大量の生ゴミの中で生活する、ゴミ屋敷の住民の中でも特に高レベル帯の人々と同じメンタルなのでは……


「。。。いいから早よ精霊王を止めてこい。。。このままだとお前ちゃんも瓦礫に潰されてクチャってなるぞ。。。」


 生憎、俺には虚無結界がある。保身を第一に考える必要はない。


 結局は何を最優先するかだ。確率は低いけど過去改変が起こるリスクを潰すか、確率の高い方に賭けて最短での帰還を狙うか。


 ここはクレバーに行こう。


「わかった。その代わり、この騒動が収まったら俺に協力して貰えるな?」


 過去改変のリスクを潰しつつ、始祖の協力を確約させて帰還の可能性を上げる。相当な年数この世界にいるっぽい始祖の知識があれば、きっと元の世界に戻る方法は見つかる筈だ。


 そして精霊王。どんな奴なのかは知らないけど、王の座に就いているくらいだからこっちもかなりの知識を持っている事が期待できる。始祖に任されたって大義名分で精霊王との接触を試み、暴走を抑えた上で情報ゲット。これが理想だ。


「。。。いーよ。。。暇だし。。。」


 よっしゃ! この世界の始祖もメッチャ助けてくれるじゃん。元の世界に戻れたらお土産奮発しよう。


「それで、精霊王の名前は? 止めるとなると最低限の情報は欲しい」


「。。。奴の名は。。。」



《我が名はアインシュレイル。久しいなミロよ》



「……今のって」


「。。。噂の精霊王。。。ミロちゃん達の会話を盗み聞きしてたっぽい」


 マジかよ。なんて地獄耳だ。もう既に別格な雰囲気が漂っている。


 何より驚いたのがその名前。城、そして城下町の名前『アインシュレイル』は精霊王から取ったのかよ。これも友好の証だったんだろうか……?



《相変わらず悪趣味な事だ。余生は楽しいか?》



「。。。ご想像に。。。お任せさせてやっよ」


 精霊王の方から積極的に始祖へ語りかけている。やっぱ始祖も始祖でとんでもない存在なんだな。姿が幼女だし普通にタメ口利いてるから実感湧かないけど。


「。。。それより貴様ちゃん。。。この城を潰すつもりかコラ」


《人の王との交渉は完全に決裂した。ここは元々精霊と人間の友好の証。友好関係でなくなった以上、残しておく意味はない》


 おいおい……予想より遥かにヤベー事なってんじゃん。ヒーラー温泉で見かけたあの王様、温泉に頭やられてた所為で威厳とか微塵もなかったけど、まともな頃から愚王だったのか……?


「。。。少し待て。。。これから代理の者を寄越すから。。。」


《誰が来ようとこの精霊王の決定は絶対。変わる事などない》


「。。。今何処にいる。。。?」


《話を聞いていなかったのか? 既に我は決断を下した。重い決断だった。人間との交友は長きに亘って――――》


「。。。そういうの良いから。。。早よ居場所言え」


《……外だ。城の真上にいる》


 あれ? 意外と推しに弱いぞ精霊王。もっと怖くて唯我独尊的な性格だと思ってたけど……これなら付け入る隙はあるか?


 城の真上って事は空に浮いているんだろうか。精霊だし全然不思議じゃないけど。


「。。。だそうだ。。。お前ちゃん。。。行ってこい」


「了解」


 この安置所から外に出るルートは前に数度、実際に自分の足で通っている。移動自体は問題ない。


 ただ、王城内には普通に兵士がいるだろう。見つかったら面倒な事になりそうだ。隠密系スキルなんて一つも持ってないし……


「。。。ローキーをかけといた。。。お前ちゃんの気配は消えてる。。。既にな。。。」


 おお、それは助かる。気配を消す魔法だったか。なんでカッコ付けた物言いなのかは謎だけど、これなら多分兵士に見つからず脱出できるだろう。


「じゃ、ちょっくら行って来る」


「。。。あいつは扱いムズい。。。がんばれ」


 始祖から激励を受けるとは思わなかった。なんか一気にプレッシャーが重くのし掛かってきたな。


 けど今更後には引けない。まずはさっきの階段から一階に上がって、そこから一旦外へ出て城の上を見てみよう。今回は始祖からローキーをかけて貰っているから、兵士がいようと正面玄関から堂々と出られる。


 にしても、アインシュレイル城下町が精霊王の名前から取っていたとはな。つまりウチのギルドも精霊王の名前がモロに入っている事になる。別に著作権侵害とかはないにせよ、こういうのは本人から許可を得ておくに越した事はない。精霊王と遭遇したらマストで確認しておかないと。


 精霊王か……魔王とかと同じでメチャクチャ強いんだろうな。外見はドラゴン的な如何にもって感じなのかな。城の真上にいるっつってたし、明らかに飛行系だもんな。飛竜タイプの精霊が大本命だろう。勿論、人型ってのも十分にあり得る。


 さっき城を二度も揺らしていたけど、あれは外側から城を攻撃したって事なんだろうか? それとも局地的に地震を起こす魔法かスキルを使えるとか……精霊王ともなれば自分の意志で天変地異を起こすくらい出来ても不思議じゃないし。


 虚無結界は基本万能だけど、例えば地割れが起きてそこに落ちてしまった場合は流石にどうにもならないだろう。決して油断は出来ない。単純な破壊力だけじゃなく搦め手の引き出しも多いと想定しておくべきだ。


 俺には手に負えない相手――――なんて遜るつもりはない。精霊の王様ともなれば、例えレベル60台の冒険者やティシエラ級のソーサラーでも抑えるのは無理だろう。コレーやサタナキアよりも格上なんだし。だったら防御面だけは誰にも負けない俺は適任だ。


 まさか始祖、それを全て知っていて俺を精霊王の元に派遣したんじゃないだろな。例えば11年後の始祖と記憶を共有しているとか、俺の全ての能力をスキャン出来る術を使えるとか。始祖ならそれくらい出来かねない。



 ……なんて事を考えている内に、いつの間にか階段を上り一階に出ていた。



「急げ! このままじゃ取り返しの付かない事になるぞ!」


「城が襲撃されたなんて国民に知られれば厄介な事になる! 一刻も早く精霊王を見つけて交渉の再開を訴えるんだ!」


 おーおー。予想はしていたけど、城の中は大騒動だ。そりゃ城が揺れるほどの襲撃なんて経験ないだろうからな。さっきの始祖の話だと、建国時にはもう聖噴水があったみたいだし。


 俺の存在は全く気付かれていない様子。通路を走り回る兵士達と何度もすれ違うけど、一度として目を向けてくる奴はいない。無視されているようで少し疎外感を抱かなくもないけど、今はそんな事はどうでも良い。


「おい! 見かけたか!?」


「わからん! そもそも精霊王ってどんな姿なんだ!?」


「知らねーよ! 陛下ですらわからないっつってるらしーぞ!」


 ……ん?


 妙だな。兵士達は兎も角、直接交渉していた筈の国王が姿を知らない訳ないよな。メリンヌのように身体を透明化してるのか?


 もしそうなら、外に出るよりも城の最上階に行って近距離で声をかけた方が良さそうだな。ローキーの効果が持続している間は精霊王にも俺の存在を感知できない可能性があるし。


 となると目指すは上か。アイザック討伐の時以来だな。あの時はマッチョトレインの後ろを付いていくだけだったけど、今回もイージーモードだから高揚感は特にない。


 けど緊張感はある。階段を一段一段駆け上がる度、精霊王に近付いている実感が湧いて来て冷や汗が滲む。


 少し息切れしながら最上階、玉座の間へと到着。


 そこには青ざめたレインカルナティオ64代目の国王オーエンハーディンバーグと、側近の大臣らしき男がいた。


「おぉーん……アカンやん。ワシとんでもない事しちまったかのお」


「陛下に落ち度などありませぬ。全て精霊を束ねる精霊王アインシュレイルがまさかあのような……あれでは到底交渉は出来ません。不可抗力だったのです」


「せやろか」


 どうやら精霊王との交渉に失敗した事を大いに悔やんでいるらしい。一応この頃はまともな感性があったんだな、あの王様。 


 でも今はこの方々のボヤキを聞いている暇はない。城の真上に一番近いのは……ここからだとバルコニーか? 確かそこでアイザックが変な所信表明してたよな。方角は確か……お、あったあった。


 バルコニーに出て下を眺めると、城の周囲では兵士達が右往左往していた。精霊王を探しているのは明白だ。でもそこに目当ての相手はいない。


 いるのは――――上だ。


 けど身を乗り出して城の真上を見上げても、誰もいない。さっきの兵士達の証言通り、その姿を視認する事は出来ないらしい。



「精霊王アインシュレイル! 始祖ミロの代理として馳せ参じた! まずはこちらの話を聞いて頂きたい!」



 ここから城内に聞こえる分には、外の兵士達の喧騒の一部くらいにしか思わないだろう。向こうの国王達に俺の存在がバレる事はない。



《来たか》



 お、さっきの声。精霊王がここにいるのは間違いない。それに門前払いって訳でもなさそうだ。


「申し訳ないけど、そちらの姿が確認できない。可能なら姿を見せて貰えないだろうか?」


 声だけでも交渉は出来る。だけど姿を見せて貰わない事には、対等には話せない気がする。


《良いだろう。他ならぬミロの使者だ。こちらから参ろう》


 ……さっきも感じたけど、この精霊王って始祖に対して随分と低姿勢だよな。始祖の方が格上なんだろうか。だとしたら、必要以上にビビらなくても良いのかな。


 けど突然目の前に超でっかい竜が現れたら問答無用で怯える自信はある。せめて醜態を晒さないよう気構えだけはしておくか。


《待たせたな。我こそは精霊の王に君臨するアインシュレイルである。人間よ、名乗る事を許そう。名は何と言う》


「えっと……フージィって言うんですけど……すみません。まだ姿が見えないんですが」


《人間の視力でこのアインシュレイルを瞬時に視認するのは困難であろう。まずは耳を澄ますが良い》


 耳? なんで?


《さすれば、この精霊王の命の軌跡を自ずと理解できよう》


 ……よくわからないけど、取り敢えず言われたように聴覚に集中してみる。


 すると――――ぷ~んという蚊の羽音のような不快音が聞こえてきた。


《気付いたようだな。この偉大なる王の存在に》



 というか……



 本当に蚊だった。





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