第439話 娘に友達はいないぞ
11年後を知っているだけに想像も出来なかったけど……この頃のティシエラが敬遠されていても別に不思議じゃない。何しろ才能だけじゃなく子供の身で既に大人顔負けの実力を持っているんだ。どう考えても妬みの対象だろう。
加えて、自分を一人前として扱って欲しいってアピールをした結果『子供の癖に』とか『ワガママ』と思われてしまったんだろうな。よくある話だ。
そして、そんなティシエラの噂は商業ギルドにも流れていた訳か。それでソーサラーギルドの弱味を握れるかもしれないと思い、バングッフさんは敢えて応接室に俺達を招いたんだろう。
でもティシエラの言動を実際に目の当たりにして、彼は噂が真実だと判断した。ソーサラーギルドに同情し、ティシエラが掲げた『強さ』ってテーマを逆手にとって彼女に釘を刺した。『お前のワガママで大人を困らせるな』と。
五大ギルドは主導権争いでバチバチやり合っている反面、魔王討伐をはじめ城下町の治安維持や経済活動などに関しては当然協力関係にある。バングッフさんの明確な拒絶は『幾ら天才だろうと和を乱すような子供は必要ない』って意思表示だ。
要するに……ティシエラは単に子供扱いされているだけじゃない。大人から煙たがられる立場になってしまっているらしい。
「貴方は私の為を思って商業ギルドを訪ねたんでしょう? だから貴方に非はないし、怒ってもいないわ。感謝しているくらいよ」
けど、この言葉一つだけでもティシエラが本質的に嫌な子供じゃないのは明白。恐らく沢山の大人を相手に不器用に立ち回ってしまったんだろう。
それは仕方ない事だ。大人の世界へ円滑に溶け込むなんて、大人ですら簡単じゃないんだから。
「それに、商業ギルドのバングッフとは一度顔を合わせておきたかったの。貴方の言うように次期ギルドマスターの最有力候補だから。どうせ嫌われているだろうと思っていたけど案の定だったわね。それがわかっただけでも十分な収穫よ」
「ティシエラ……」
「だから貴方は何も悪くない。挑発に乗って簡単にボロを出した私の責任」
言動だけを聞いていたら、11年後と何ら変わらないくらいの内容。でも……大人のティシエラなら、今のを自嘲気味に笑いながら言える。
今のティシエラは声を震わせていた。
「……一つ聞いていいかな。答えるのが嫌なら答えなくて良い」
「別に構わないけど。何?」
「子供扱いされたくない一番の理由は何だ?」
正当に実力で評価して欲しい。その気持ちに偽りはないだろう。
けど、俺の知るティシエラは自分の為に力を誇示したいタイプじゃない。そりゃ11年も経てば考えは変わるし心構えも変わってくるかもしれないけど……
「何か焦ってるように見える」
この時点で縁もゆかりもない、何の情報もないであろう俺の護衛を買って出た背景にあるのは恐らく――――焦燥。若さ故の暴走とは少し違う気がする。
「……ごめんなさい。言えないわ」
素直だな。誤魔化す言葉なんて幾らでもあるだろうに。
実際、まだ何の信頼関係も築けていない俺にそうそう本心を打ち明けられる筈もないか。余計ティシエラを困らせるだけになってしまった。
「別に貴方が信用できない訳じゃないの。貴方は……何故かわからないけど私を子供扱いしないし。目線を合わせる所だけは違うけど」
それは……単純に大人のティシエラを知っているからだ。俺にとってのティシエラという固定観念がそうさせているだけで、好意的に思われるようなものじゃない。
「ただ、これは誰にも言えない。私の……私だけの問題だから」
まだ幼いこのティシエラが、一体どんな問題を抱えているのかは想像しか出来ない。家の問題か、それともイリスや他の友人に関わる事か……いずれにしても本人の言うような私情とは少し違うだろうな。
そして、これ以上根掘り葉掘り聞くつもりもない。
「宣伝の件は気持ちだけ受け取っておくわ。仕事をしなきゃいけないんでしょう? 早くそっちを……」
「随分諦めるのが早いな。言っておくけど、商業ギルドは候補の一つに過ぎないんだからな?」
「……え?」
確かに、実績のある人間を紹介して貰うのにはバングッフさんが最適だった。けど彼以外にも紹介して貰えそうな人には心当たりがある。
けど、それよりも――――
「ただ次は違う手段にしよう。既に悪役の立場だったらこっちの方がずっと有効だ」
「どういう意味……?」
「疎まれている人間には、それ相応のやり方があるって事だ。打って付けの宣伝大使がいる」
今のティシエラの立場を考えると、正攻法で実力をアピールしても余り意味がない。それどころか反感を買うばかりだ。
ティシエラの自身のイメージを変えなきゃいけない。
「今度はそいつの所に行こう。ただし知り合いじゃないから、交渉が成立するかどうかはわからないけど。まだ歩ける?」
「それは大丈夫だけど……今度は誰と会うつもり?」
「シレクス家の方々」
そう告げた30分後――――
目の前には見慣れた屋敷が聳え立っていた。
「……本当に貴族の家に乗り込む気なの? 何のツテもないんでしょう?」
「ああ。普通なら門前払いどころか罵倒されるだろうな」
この屋敷の中にいるのは、俺が知っているフレンデリアじゃない。けどそれは、俺と出会う前の話だからという訳じゃない。
この時代にいるのは転生前のフレンデリアだからだ。
『以前の彼女は、傲慢で、高圧的で、少しでも意にそぐわない事があれば罵倒の限りを尽くすような女性でしたから』
マルガリータさんから聞いた言葉を思い出すまでもなく、噂では散々聞いて来た、転生以前のフレンデリア御嬢様の悪評。正直怖いもの見たさもあって一度会ってみたい気持ちはある。
けどそれ以上に、ティシエラの現状を打破する上で彼女以上に打って付けの人間はいない。
問題はどうやって取り次いで貰うかだけど……それも一応考えがある。まずは使用人に外まで来て貰おう。
この世界にはインターホンなんて存在せず、金持ちの屋敷ではノッカーと呼ばれる金具を使用する。扉に付いている金属製のリング状取っ手を金板に打ち付ける事で大きな音を出し、来訪を知らせる為の道具だ。ぶつかる事でかなり大きく響く音が出るよう加工しているらしいけど、詳しい原理は知らん。
「大丈夫なの……?」
さっきとは打って変わって、ティシエラの顔に不安が滲んでいる。やっぱり貴族が相手だと強気ではいられないよな。一歩間違えば家族やギルドに多大な迷惑をかけてしまう。
でも大丈夫だ。ティシエラなら。
「心配すんな。二度も無様を晒すつもりはないから。その代わり、俺が合図送るまでティシエラは自分から発言するのを控えて欲しい。向こうから聞かれた事には答えて構わないから」
「……意図がよくわからないけど、それが必要だと言うのならやるわ」
ティシエラの答えに頷き、ノッカーを数回打ち付ける。
甲高い音が響き渡り、暫く待つと――――
「どのようなご用件でしょうか?」
明らかに疲弊しきった顔のメイドさんが出て来た。
「――――それで、先程メイドに言伝した件は本当なのかね?」
その後、俺とティシエラは実にアッサリと当主と夫人の待つ応接間に通された。
普通では到底あり得ない事だ。でも俺は、あのメイドさんの顔を見た瞬間にこの展開を確信していた。
彼等シレクス家は――――
「本当に……本当に我が娘を立派な淑女になれるよう教育してくれるのかね!?」
既にズタボロなんだ。ワガママお嬢様フレンデリアの悪評によって。
11年後には城下町で知らない人はいないってレベルで広まっていたけど、この時代から既にヤバいお嬢様だと認知されているだろうとは思っていた。子供時代に聞き分けが良かった子が成長してワガママ三昧になるケースは少ないし、何より噂の中に『子供の頃はあんなにお淑やかだったのに』みたいな話が一切なかったからな。幼少期から甘やかされて育ったお嬢様がそのままモンスターレディ一直線の人生を歩んでいたと考えるのが妥当だ。
シレクス家が庶民の評判などどうでも良いと考えていた上での教育方針ならお手上げだけど、彼等は『魔王に届け!』の企画の際にかなり前のめりだった。シレクス家のイメージアップに乗り気だった証だ。
って事は、表立って態度には示していなかったけど、以前のフレンデリアには手を焼いていたという推測が成り立つ。直接叱ったり厳しく指導したりは出来ないけど、出来れば丸くなって欲しいと常々思っていたんだろう。
「シレクス家のお嬢様に対して、教育などという烏滸がましい事は出来ません。お嬢様の見識を広げ、より豊かな心を育む機会を設けられたらと思い馳せ参じた次第です」
「御託は良い! 具体的に何をしようとしているのか早々に言い給え!」
「娘を危険な目に遭わせる訳にはいきませんからね! でもちょっとくらいの苦労はさせた方が良いかもしれないからその辺の按配は弁えた上で提案して頂戴! 心配しなくても私達はちょっとビックリさせちゃうくらい寛容よ!」
御両親の必死さが圧となって襲いかかってくる。目を剥き過ぎて目玉がこぼれ落ちそうだ。こりゃ掌コゲコゲですな。まあ誰も彼もフレンデリアの豹変振りに驚いてたもんなあ……
「だが誤解のないよう先に言っておこう! 我々は決してフレンデリアに不満がある訳ではない! 目に入れても痛くないほど可愛くて仕方がない子なんだ! 将来大物になる事間違いなしの我が子だが余りにも凄味があり過ぎて少々周りを萎縮させてしまうというかだな! 器がデカ過ぎて何処からどう手を付けて良いのかわかりかねるのだよ!」
「勘違いしないで欲しいのだけれどもフレンデリアちゃんはとっても良い子に育ってるの! ちょっと心が澄みすぎて誰もが隠そうとする本音を見せ過ぎちゃう所があるけれど、それも純粋だからなの! ただ純粋さって時として周りから誤解されちゃうでしょう!? 出来れば早い内にそういう誤解からあの子を解放してあげたいの!」
せ、切実過ぎる……初対面の相手にここまで縋り付いてくるか。そりゃ勿論食いついて貰わないと困るんだけど、ここまでの入れ食いは想像してなかった。ここが釣り堀だったら三日で天下取るぞ。
「具体的に言いますと、私とこのティシエラがこれから行うフィールドワークに同行して頂けないかと」
「何だそれは! それが一体何故娘の情操教育に役立つと言うのだね! 言えッ! 理由を速やかに言えッ! 焦らしてんじゃねぇぞコンチクショウめが!」
「それだけ……? たったそれだけで娘が心を入れ替えてくれるの……? 信じられない。もしかしてちょっとした詐欺? もしそうなら私許せない! 私達の心を弄んだ罪で10回くらいビンタさせて!」
怖いよこの貴族達……11年後のお二方にも会った事あるけど、こんなに情緒がビッグバンじゃなかったぞ。転生したフレンデリアのお陰で一気に安定したんだろうか。
「そもそも君達は何のメリットがあってこのような申し出をして来たのかね! シレクス家の長女に取り入って権力を得たいのか! それとも小遣いが欲しいのか!?」
まあ下心を疑うのは当然だよな。権力者にはその手の話を持ちかけてくる輩が後を絶たないだろうし。
それなら否定するのは却って逆効果だ。
「私が欲しいのは信頼です」
「信頼だと?」
「はい。私はこの城下町に来てまだ日が短く、誰からも信頼を得ていません。なのでシレクス家の恩恵に与る事で、住民からの信頼を得たいのです」
それだけシレクス家の影響力は大きい、と暗に伝える事で御機嫌を取る。こういうのはギルマスやってると嫌でも身に付く。やっててあんまり気分の良いものじゃないけど。
「……成程。そちらの狙いはわかった。では改めて問おう」
「どうやったらフレンデリアちゃんが改心……誤解を受けずに済むとお思い? ねえ早く。早く言って」
父親は俺の煽てもあって多少冷静さを取り戻しているけど、母親の方は変わらずヤバい。返答を間違えたらマジでビンタされかねないな。
大丈夫。さっきの商業ギルドとは違ってこっちは十分な勝算がある。
「……では失礼を承知で、端的に申し上げます」
自信を持つんだ。相手は貴族とはいえ、あのシレクス家。今更ビビってどうする。
「私が思うに、フレンデリア様には同世代の"ライバル"が必要ではないかと思うのです」
「……ライバルだと?」
「はい。フレンデリア様は素晴らしい御両親に恵まれ、最高の環境で生活なさっています。恐らく御友人も沢山いらっしゃるのでしょう」
「娘に友達はいないぞ。なあ?」
「ええ、いませんよそんなの。あの娘に限って」
おいこっちは気を遣って言ってんだよ! そこは貴族のメンツにかけて話合わせろよ!
「……失礼しました。でしたら尚更、競う相手が必要ではないでしょうか。ライバルの存在は正しい競争意識を生み、向上心と健全な精神を育みます。教育するのではなく、自ら学ぼうとする心を養って頂くべきです」
「それは一理あるが……誰をライバルにすると言うのかね?」
「ここにいるティシエラです」
俺との約束を守ってずっと黙っていたティシエラが、ようやく自分がフォーカスされたこのタイミングで深々と頭を下げた。
「御存知かと思いますが、彼女はこの国で五本の指に入るソーサラーです。年齢も同じくらいですし、そんなティシエラとライバル関係を築けばフレンデリア様は自分磨きに精を出すでしょうし、周囲の見方も変わってくるのではないかと」
「ほう。いや無論知っているぞ。常識だ。そうか、この子があのティシエラか。確かに利発そうな子だ」
――――フレンデリアの父親は可愛い子に目がない。
以前ルウェリアさんを紹介した時もそうだった。ロリコンかどうかは知らんが、少なくとも可愛い女の子が大好きなのは間違いない。
ティシエラに対しても必ず好印象を抱くと思っていた。どうやら俺の目論み通りだったようだな! フハハ!
「私達がこれから行うフィールドワークにフレンデリア様にも御同行頂き、このティシエラと接して頂きます。上手くいけば、大人が10年教育するよりもずっと有意義な変化が現われる筈です」
要するに箱入り娘だからワガママ三昧になってるんであって、同世代の話し相手がいるだけでも全然違うという事を伝えたかった。別にライバル関係でなくとも、友人でもなんでも良い。
ただ『ティシエラと友達にならせましょう』だと、まんま貴族に取り入る悪巧みになってしまう。敢えてライバルという関係を選んだのはそういう理由だ。
「どう思う? セバチャスン」
……へ?
「大変宜しいかと」
うわ後ろにいたのかよセバチャスン! 気配も何も感じなかったぞ……
「優秀な同世代の子供と切磋琢磨し見識を広めれば、貴族としてだけでなく人間としての成長も期待できます。お嬢様の未来は更に輝かしいものとなるでしょう」
おお、ナイスフォロー! これで計画通り――――
「とはいえ、何処の馬の骨か知れない者にお嬢様をお預けする訳にはいきません。私も同行致します。仮に謀略を巡らしていようと、私なら秒でこの男の首を折れましょう」
……11年前のセバチャスンは、俺が知っているより若干オラついていた。
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