第438話 誤認
アインシュレイル城下町は歴戦の勇士が集う街。それはソーサラーも例外じゃなく、誰も彼も基本スペックに関しては人類トップクラスだろう。実際、マッチョトレインの時に城門へ向かって大量の魔法を浴びせていたソーサラー連中は揃いも揃ってエグかった。
って事は幾らティシエラが5本の指に入るソーサラーであっても、6本目以降との差は決して大きくはない。子供なのに凄いね、で終わる話だ。
例えば子役が卓越した演技で注目を浴びても、その演技力を全俳優の中でランク付けしようとする奴はいない。あらゆるカテゴライズの中で『子供』ほどバイアスが掛かるものはないんじゃないかってくらい、平等かつ正当に評価するのが難しい。
ティシエラが今戦っているのはまさにそこだ。
子供である事に抗おうとすればするほど、周囲は余計に子供扱いしてくる。このままだと幾ら純粋に力を見せつけて称賛を浴びても、みんな心の中では『どうせ早熟だろ』とか『凄いけど子供を魔王討伐に行かせる訳にはいかないし……』ってマイナスの意見ばかりが出てきてしまう。
特に年配者は子供に対して『子供らしくあれ。出しゃばるな』って思いがちだからな。ティシエラ本人が力を誇示しようとすればするほど煙たがるだろう。
「だから自分じゃなく第三者、それも街中で一目置かれている大人にアピールして貰うのが一番良い」
そう説明しながら、やって来たのは商業ギルド。幸いにも場所は11年後と変わっていなかった。
「『子供扱いしないで!』と幾ら訴えても実際に子供って事実は覆らない。それならまずは『子供なのに凄いね』から『子供だけど凄いね』に変えていくところから始めないと」
「……その二つは何が違うの?」
「周囲の注視する対象かな。もっとわかりやすく言うと、今までの『ソーサラーで五本の指に入るなんて凄いけど子供なんでしょ?』って評価を『子供なんだけどそれは一旦置いといて凄いんだな』に変える訳」
「つまり、評価の中から子供って部分を消すんじゃなくて主眼から外す……って事?」
「まさしくそれ」
やっぱり10歳でもティシエラはティシエラだな。理解が早い上に言葉のチョイスまで的確だ。
「それはティシエラ一人の力じゃ出来ないし、俺にも出来ない。だから出来る可能性のある大人を頼る」
「商業ギルドに知り合いがいるの?」
「いないけど、力を貸してくれそうな人に心当たりがあるんだ」
と言っても11年前。そもそも所属しているかどうかもわからないけど、取り敢えず当たってみるしかない。受付に話を通してみよう。
「すみません。こちらにバングッフ様はいらっしゃいますか? 約束はしていないのですが、お願いしたい事がありまして」
「若頭補佐ならギルドに待機中ですが……」
若頭補佐か。11年前って考えると妥当な立場だけど、やっぱりここって反社会勢力なんじゃないかな……?
「失礼ですが、若頭補佐とはどういうご関係でしょうか?」
ここからは賭けだ。まあ仮に失敗しても大した打撃はならないけど。
「記録子さんの手伝いをしている者です。将来ギルドマスターになる事が確実視されていると聞いて、是非取材をさせて頂きたいと思いまして」
「記録子様の関係者ですか……そちらのお子様は確かソーサラーギルドの」
「はい。ティシエラと言います。今回彼女も取材対象でして。可能なら将来有望な若者同士による対談企画なども考えていまして」
「わか……りました。暫くお待ち下さい」
お、ラッキー。思いの外すんなり通った。
記録子さんが11年前に存在しているかどうかがまず賭けだった。まあ仮に記録子さんがこの時代にいなくても、『そういう流浪の記録人がいて、城下町の記録を任された』って説明すればフリーのジャーナリストレベルの認識はして貰えただろう。とはいえ有名人の知人って思われる方がずっと話が通りやすい。
後はバングッフさん次第だ。商業ギルドも決してイメージが良いとは言えないからな。『ソーサラーギルドと縁の深い天才少女との対談』は彼等にとって絶好のアピールチャンス。恐らく乗ってくる筈だ。
「……」
隣で佇むティシエラは何処か緊張の面持ちで俯いている。商業ギルドに入るのは初めてなんだろうか。
普通の子供なら入れるべきじゃない雰囲気のギルドではあるけど、ティシエラの将来を考えれば早めに経験しておいて損はない。将来はこんなヤクザみたいな連中相手に一歩も引かず堂々と渡り合う人物になる訳だし。
「お待たせ致しました。応接室にご案内致します」
よっしゃ! 第一関門突破!
まあ恐らく半分以上は不信感からの様子見って意図なんだろうけど、こっちは向こうの思惑なんてどうでも良い。対面しない事には文字通り話にならない。
11年前のバングッフさんがどんな奴なのかは不明だけど、何だかんだ根は善人だからな。勝算はある。
商業ギルドへ来た目的は――――ティシエラを優れたソーサラーだと周囲に宣伝してくれる人材を紹介して貰う為。勿論ソーサラー以外の職種だ。出来るだけ広い範囲で一目置かれている人物が好ましい。
ティシエラ本人がアピールしても子供扱いされるだけだけど、名のある人物が『あの子は既に一流ソーサラーだ』と街の有力者達に話してくれれば、ティシエラへの見方は確実に変わる。インフルエンサーに宣伝を依頼するようなものだな。
とはいえ有名人なら誰でも良いって訳じゃない。人選を誤れば逆に炎上案件だ。市民の好感度が高く、信頼されている人間が好ましい。そういう人材を一番知っているのは、色んな所と交渉して回っている商業ギルドの人間だろう。バングッフさんは打って付けだ。
まあ、その前にこの時代のバングッフさんとの交渉に成功しなきゃいけない訳だけど。御主人があんなだったし、多分バングッフさんも尖ってるんだろな。
果たして上手くいくか……
「いやいやいやまだ早ぇえって! ギルドマスター確実なんてお前さぁ! そんなわかりやすいおべっかあるかよ! なぁ!」
「うす!」「うす!」「うす!」「うす!」
チョッッッッッッッロ……
幾らなんでもチョロ過ぎないか11年前のバングッフさん。入った途端大歓迎ムードじゃねぇか。逆に不安になってきたな。
応接室は相変わらず指定暴力団組の鉄砲玉が運転したトラックが突っ込んで来そうな内装だけど、11年前だけあってバングッフさんの顔つきが全然違う。恐らく20代前半だと思うけど……あんまりギラギラしてないな。大事に育てられてきたお坊ちゃんって感じだ。髪型もオールバックじゃないし。
それと取り巻き連中も若い。多分11年後とほぼ同じメンツだよな。なんか全体的に体型がヒョロい。俺でも勝てそうだ。
「取材だったか? いいぜ何でも聞きな。このオレの波瀾万丈な人生を幾らでも聞かせてやっからよ」
「ありがとうございます。では遠慮なく武勇伝の数々を――――」
バングッフさんがノリノリで自分語りを始めた。まあ全部まとめて海馬の餌にしても何ら問題なさそうだ。終始半笑い浮かべて適当に聞き流しておこう。
にしてもティシエラ、こんな校長のスピーチより中身のない話でもよく平然と聞いていられるな。目開けたまま寝てる訳じゃないよな……?
「――――んでそん時よぉ、オレは言ってやったんだよ。『いいか、商売ってのは"今"を見るんじゃねぇ。"明日"を見るんじゃねぇ。"明後日"を見るんじゃねぇ。"明明後日"を見んだよ!』ってなァ!」
「流石次期ギルドマスター!」「やる事なす事全部深ぇ! よっ全身海溝!」「御立派でやんす!」「一生ついていきますぜボスぅ!」
幸い、取り巻き連中が毎回全力でヨイショ入れてくれるから最小限の持ち上げで済んでいる。後は余計な事は一切言わずに時折唸りながら頷いてりゃ良い。
……こういうのホント、生前は苦手だったんだけどな。ま、やらされてるのと自前の策としてやるのとでは天と地ほどの違いがあるけどさ。
ともあれ、これで十分気持ち良くなって貰った筈。そろそろ切り上げるか。
「ありがとうございました。お話頂いた武勇伝は、バングッフさんがギルドマスターに就任したタイミングで全国の街に号外として出す予定です」
「良いじゃねーか良いじゃねーか。これでまた一つ出世する楽しみが増えたってもんだ。なァ!」
「うす!」「うす!」「うす!」「うす!」
楽しみにしているところ申し訳ないけど、この取材内容が活字になる事はない。その時期まで俺がこの時間軸にいる事もないしな……
「ま、なんならサプライズで配っちゃっても良いんだぜ? オレそういうの大好物だからさ。サプライズって良いよな! な!」
「うす!」「うす!」「うす!」「うす!」
……まさかこの11年後の誕生日にサプライズで大恥かく事になるとは夢にも思うまい。知らぬが仏。思わず手を合せてしまった。
さて。本題はこれからだ。
「ところでバングッフさん。こちらのティシエラですが……」
「ああ。確か対談って話だったか。けどガキにオレの話し相手が務まるかな?」
「……」
げ。こんないたいけな子供に吹っ掛けて来やがった。バングッフさんよ、そいつは大人げなさ過ぎだろ。ヨイショされ過ぎてハイになっちまったか。
「随分な言いようね。さっきから中身のない話ばかり垂れ流していた貴方如きが」
「……あ?」
案の定、プライドの高いティシエラは売られたケンカを即買いしてしまった。
あちゃー……こりゃマズい。煽てるだけ煽てて良さげな宣伝大使候補を紹介して貰う計画だったのに。こんな険悪なムードじゃ到底無理だ。
「ヘッ。まあガキの戯言にいちいちキレてたらキリねーしな。流してやっからせいぜい感謝してお家に帰りな」
「あら逃げるのね。こんなガキに言い負かさせるのがそんなに怖い?」
「上等だ対談でも何でもやってやらぁああああああああああああ!!!!」
……これは酷い。ティシエラは尖り過ぎだしバングッフさんは煽りに弱過ぎる。これが若さか。
そういやこいつら仲悪かったな。最近五大ギルド会議あんまなかったからすっかり忘れてた。会わせたのは下策だったか。
正直、もうこんな雰囲気じゃ何をテーマに話そうと意気投合なんて不可能。作戦失敗だ。適当に切り上げて即座に撤収しよう。
「おい兄ちゃん。対談って何話しゃ良いんだ? このクソガキが意味のわかるテーマじゃねぇと話になんねーぞ」
「だったら私がテーマを出せば万事解決ね。この程度の事を思い付きもしない低次元の脳みそでも理解できる簡単な議題にしてあげるから感謝なさい」
「ギッ……!!」
子供の頃からレスバ強いなーティシエラ。遥か年上相手にこんなん言うの俺なら絶対無理だわ。ああ見えて実は相当丸くなったんだな未来のティシエラは。
「そうね。テーマは"強さ"にしましょう。貴方の思う強さって何?」
「へっ。随分偉そうな割に随分と脳筋なテーマだな。生憎ウチは商業ギルドだ。ソーサラーが思い浮かべる強さとはちーとばかし深さが違うぜ?」
「それは是非聞いてみたいわ」
挑発的な口調とは裏腹に、ティシエラから笑みが消える。
これは……彼女なりに自分の強さを認めさせる為のヒントを得ようとしているのか。どうやらバングッフさんを本気で馬鹿にしている訳じゃなさそうだ。
そりゃ強くなる筈だ。こんな子供の頃から貪欲過ぎる。機転も利くし度胸もある。既にティシエラとしてのあらゆる人格が完成している。
何この人。なんかの薬でちっちゃくなっちゃった大人? それとも俺みたいに転生した訳じゃないよな?
「……いいか。強さってのは突き詰めりゃ我を通す力だ。敵を倒す強さは自分や大切な人間を守ったり功名心を満たしたり金を稼いだりする力。意志の強さは欲望や邪魔に負けず目的や夢を叶える為の力。相手を言い負かす強さってのは、自分の優位性を誇示して悦に浸りたいって欲望を満たす力だ」
バングッフさんは真剣な顔でそう言い終えた後、微かに口の端を吊り上げた。
成程。
……普通だ。普通の事を言っている。
確かに間違いじゃない。全否定する奴はまずいないだろう。でも……当たり前の事しか言ってない。そんなのは子供でも知ってる。
これはアレか? 『わかりまちたかー?』的な煽り? さっき言ってた『このクソガキが意味のわかる』を実践しただけ?
「どうだい? 少しは参考になったか?」
にしちゃドヤ顔とは少し違うような……煽ってるようには見えない。イマイチ真相が読めないぞ。11年前のバングッフさん、思った以上に手強いな。
「……」
「……」
ティシエラとバングッフさんが睨み合う姿が11年後とダブる。これが因縁の始まりとしても不思議じゃないくらい、ごく自然に。
「そうね。参考にはなったわ。貴方がどういう人物なのかわかった気がする」
沈黙を破ったのはティシエラ。そう真顔で答え、椅子から腰を上げる。
「つまり、強さを求める人間は総じてワガママと言いたいのね」
「そういう事だ。そしてオレたち商業ギルドは子供のワガママに付き合ってやるほど暇じゃねぇ。ソーサラーギルドもな」
ソーサラーギルド……? 何故ここでソーサラーギルドが出てくる?
……あ! そういう事か! やっとわかった。
成程なぁ……こりゃ思った以上に厄介な事を引き受けちゃったかもしれない。
何にせよ、もう頃合いだ。
「どうやら対談はこの辺にしておいた方が良さそうですね。バングッフさん、本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました」
「気にすんなよ。お前さんも大変だな」
「いえ。ここへ連れて来たのは私ですから。彼女の意志じゃないんです」
俺の発言を信じている様子は微塵もない。どうやらバングッフさんは最初から俺らの訪問をティシエラ主導で行ったものだと確信していたらしい。
それは勿論誤りだ。けどその誤認には背景がある。
「それでは失礼します」
「おう。良い記事にしてくれよ。読む事はないだろうがな」
……やっぱりバレてたのか。
ちょっと反省。11年前とはいえ、既に20代のバングッフさんを少しナメてた。未来で変に馴れ合っちゃってた弊害かもしれない。
「悪かった。嫌な思いさせちゃったな」
商業ギルドを出てすぐティシエラに謝る。知らなかったとはいえ余計な事をしてしまった。
子供の頃、ティシエラは――――
「あの程度の嫌味、なんて事はないわ。ソーサラーギルドでの陰口に比べたら」
本来ホームである筈のソーサラーギルドで煙たがられていた。
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