第437話 少女ティシエラ
先程までのあらすじ。
可愛さ余って可愛さ1000倍の幼女ルウェリアさんが現れた。
「お父さんは私のためにがんばってくれているんです……ひどいことを言わないでほしいです……こほっ」
「ダメだぞルウェリア。お前は喉が弱いんだ。つーか全身弱いんだ。興奮して大声を出すんじゃない」
「ですが……」
「心配するな。俺は苛められちゃいねーから。な?」
目配せ下手か。なんだその白目は。ウィンクしようとしてるんだろうけど瞼が痙攣してるだけで結果昇天寸前のアヘ顔になってんじゃん。
まあ、ここまでされたら話合わせるしかないか。
「勿論です。心配させるような事を言ってしまってすみません」
「お父さんをいじめてるんじゃないんですか……?」
「はい。貴女のお父さんはとても気さくで優しい人ですから。さっきのはケンカじゃなくて積極的な意見交換……お話につい力が入っただけなんです」
御主人の背後に隠れる幼女のルウェリアさんに視線を合わせる為、膝を折って屈む。
わざとらしいと思われるかもしれない。でも怖がらせない為には必要なことだ。
「……ごめんなさい。私、ひどいこと言っちゃいました……」
ぐああああああああ!!
なんて事だ。可愛過ぎて俺の中の邪悪な部分が全部やられてしまった。成程、可愛いは凶器だと誰かが言っていたけど納得だ。どうしよう。目尻って何処まで下げても大丈夫かな。目ン玉落ちたりしないかな。
「ルウェリア。俺が謝っておくから心配するな。水をゆっくり飲んで寝てろ」
「……はい」
俺の『全っ然大丈夫だからお父さんの言う事を聞いて安静にして下さい』って顔をチラッと覗き二度お辞儀したのち、ルウェリアちゃんはおずおずと奧に引っ込んだ。
必要だったとはいえ可哀想な事をしてしまった。罪悪感が半端ない。でも可愛かったなあ。ティシエラもそうだけど反則だよもう。
「はぁ……一応な、貯金はそれなりにあるんだよ。娘を食わせていくだけの蓄えはちゃんと確保してんだ」
ルウェリアさんに毒気を抜かれたらしく、御主人はいつの間にか俺の知る声のトーンになっていた。やっぱりこっちが素なんだろう。
にしても、案の定近衛兵時代の稼ぎが相当あったんだな。じゃなきゃ暗黒武器専門店なんて長年やれないわな。
「てめぇが悪人じゃねぇってのは何となくわかったよ。けど生憎、見ての通り人様に助言できるほど上手くやっていけてる訳じゃねぇ。他を当たりな」
「わかりました。無礼な言動の数々、どうかお許し下さい」
「けっ。わざと挑発するような事言って俺に大声出させて、ルウェリアが出てくるよう仕向けてたんだろ? 俺と娘の関係を見る為によ」
はい。そういう狙いもなかったとは言いません。やっぱり気にはなるし。昔この親子がどんな感じだったのか。そして他にも意図はある。
でも本命は勿論、幼女のルウェリアさんを一目見たかったからです。
「俺はてめぇみてーな策士ぶってる奴は嫌いだけどよ、娘に優しく接してくれたのは嬉しかったぜ。だから勘弁してやる」
「ありがとうございます。実はもう明日にはここを発たなきゃいけなくて焦ってました。これから護衛も探さなきゃならなくて」
「護衛? 言っとくがこの街の護衛はクソ高ぇぞ。どいつもこいつも規格外の猛者だからよ」
「ですよね……格安で引き受けてくれる人がいれば良いんですけど」
チラチラと御主人の方を見ながら露骨にアピール。ようやくこれが言える所まで漕ぎ着けた。
幾ら性格を知り尽くしているとは言え、向こうにとっては完全な初対面。一日でボディガードを頼めるほどの信頼関係を築くのは無理だ。
でもルウェリアさんに出て来て貰って、紳士的に対応すれば好感度は確実に爆上げする。それまで幾ら失礼な言動を言おうと。御主人はそういう人だ。
ここまでは作戦通り。後は御主人が『娘の面倒を見てくれるヤツがいれば俺がやっても良い』と快諾してくれる流れを作れば――――
「話は聞かせて貰ったわ」
……へ?
「護衛を探しているんでしょう? 私がやってあげる」
全く予期しない店の外から突然の申し出。出入り口の方に目を向けると、そこには――――腕組みしながら仁王立ちする少女ティシエラがいた。
いやいやいやいや! さっきソーサラーギルドに行くっつってたじゃん! なんでここにいるんだよ!?
「おいおい、また来たのかよお嬢ちゃん。ここの武器はお嬢ちゃんにはまだ早いっつってんのに」
「ここに来るとインスピレーションが刺激されるの。一日を大事に過ごす為にも必要な事よ」
成程。ソーサラーギルドでお勉強する前に自分の好きな暗黒武器を見て英気を養うって訳か。
にしても……10歳やそこらの筈なのに言動の完成度よ。姿は幼いけど言ってる内容はほぼ11年後のティシエラと変わらないぞ。さっきは猫被ってたのか。
「私は見ての通りまだ子供だけど、魔法の技量に関してはこの街で五本の指に入ると自負しているわ。街周辺のモンスター程度なら問題にしないから、十分に護衛は務まる筈よ」
「いやお前な……」
呆れ気味に頭を抱える御主人を手で制する。俺だってティシエラの事を何も知らなければ同じ顔をしていただろう。
でもこれはチャンスだ。
「本気なんだな?」
ルウェリアちゃんにしたのと同じように、視線の高さを合わせて問う。子供であろうとティシエラはティシエラだ。思いつきや衝動だけでこんな事を言い出すとは思えない。
「勿論本気よ」
自分が子供で、子供だからと相手にもされないのを承知した上でのダメ元での懇願。表情がそう物語っている。
そんなの無碍に出来る訳がない。
「取り敢えず話を聞かせて欲しい。検討はその後で良いかな」
「……え、ええ」
大きなお目々をパチクリさせて、ティシエラは驚きを露わにしていた。この辺はやっぱり子供だな。全く、なんて可愛いんだ。もしかしてここは過去じゃなく天国か?
「おいおい客人、まさかとは思うが……」
「ロリコンじゃねぇだろうな、とか聞いて来たら売り場の武器に聖水かけ倒しますよ」
「おいやめろよマジでシャレになんねーぞ! サビたらどうすんだよ!」
聖水でサビる武器を市販するな。
「さっきは『ここを発つ』って言いましたけど、厳密には仕事に戻るため街を一旦出る、って意味です。城下町周辺のフィールドワークが今回の任務なので」
これも嘘って訳じゃない。亜空間かどうかを調査するのは言い換えればフィールドワークだからな。
「出来るだけモンスターとは遭遇しない範囲でやりますが、万が一って事もあります。だから護衛が欲しかったんですよ」
「……」
俺の発言を受けてティシエラが露骨に意気消沈している。どうやら動機はモンスターと戦う事だったらしい。
「っつっても、危険はないとは言い切れんだろ。もしモンスターに襲われて殺されはしないまでも傷を負ったらどうすんだ? 言っとくがこの街のヒーラーは総じてヤベぇぞ」
11年前でもヒーラーはこんな扱いだったか。妥当過ぎて感想も出ない。
でも、実際どうしたもんか。回復アイテムは高価過ぎて俺の軍資金じゃ購入できないし……
「それなら心配無用よ」
そんな事を考えている間に――――ティシエラは自分の周囲に魔法を展開していた。
これは……結界魔法か。
「【スキニープロテクション】をかけて全身の防御力を底上げして、その上でこの【フィクスシェルター】で防御する。モンスターに対してはデバフ系で攻撃力を削ぐ事を最優先する。護衛任務なのだから安全第一。それを徹底するわ」
流石、幼くてもティシエラ。まずは自分のプランと方針を具体的に説明して、相手の主張を抑えに来た。
とはいえ……
「いや俺が心配してるのはこいつじゃなくてだな……」
「私自身も傷付かないように戦うわ。私のフィクスシェルターならゴールデンドラゴンだろうと鬼嫁グリズリーだろうと壊せない筈よ」
「……」
ティシエラの反論に、御主人は『そういう事じゃねぇんだよなあ……』って苦悶の表情で頭を抱えている。当然、ここで問題視しているのは10歳くらいの子供を危険な目に遭わせる事であって、ティシエラのスペックじゃない。
御主人の反応は当然だ。人道的観点、倫理的観点からも子供に命のリスクを背負わせるなんて許されるべき事じゃない。例えここが本当に過去の世界で、ティシエラが生きている未来が確定しているとしても。
「ならこうしましょう。聖噴水の効果範囲から出ない、って条件ならどうです?」
「え?」
御主人よりも先にティシエラが驚きの声を上げる。それもそうだろう。聖噴水の範囲内ならそもそも護衛の必要性がない。
「それなら構わねぇだろうけど……意味あんのか?」
「はい。彼女が優れたソーサラーなら街から出なくても目的を達成できる可能性がありますから」
この過去世界が亜空間かどうか調べる為には、何処かの時点で空間が途切れているかどうかを見極めれば良い。つまり遥か遠方に向かって魔法を撃ってみて、その魔法が途中で消失するかどうかを確認できれば、わざわざ自分で出向く必要はない。
「その条件で頼めるかな?」
だけど、恐らくティシエラの望み通りって訳にはいかないだろう。果たして受けてくれるかどうか……
「構わないわ。交渉成立ね」
……全然構わないって顔じゃないな。『思ってたのと違う、そうじゃないのに』って感情を必死に抑えている。でも完全に隠しきれていない辺りティシエラだなあ。
「助かるよ。御主人も色々気遣ってくれてありがとうございます」
「ンな事より、ちょいと耳貸せ」
指でチョイチョイと合図する御主人に顔を近付ける。間近で見るとホント若いな。肌が全然違う。
「あのお嬢ちゃんは城下町でもかなり目立ってっからな。下手に連れ回すと誘拐犯と間違われっぞ。ちゃちゃっと用件済ませちまいな」
「わかりました」
「後、仕事ってのが終わったら報告に来い。良いな?」
思いっきり釘を刺されたな。まあ初対面なんだから信頼がある訳もないか。寧ろ御主人の面倒見の良さがちょっと嬉しい。イキってたのは態度だけで中身は全然変わってないな。
「はい。それじゃこれを預けておきます」
アルテラのペンダントを外して手渡す。精霊が喚べないんじゃ装備していても意味ないし、質種代わりにはもってこいだ。
「おう。そんじゃティシエラ、絶対に危険な真似はすんじゃねーぞ」
「……ええ」
気遣いへの感謝というより子供扱いされている事への不満がありありと現れているティシエラに、御主人は苦笑を浮かべていた。
どうやら11年前の人間関係が少しずつ見え始めてきたな。
「打ち合わせは歩きながらで結構よ。時間が惜しいんでしょ?」
「……じゃ、そうしようか」
少し拗ねたように隣を歩くティシエラに、俺も思わず笑みを漏らしそうになる。本人は不機嫌のつもりらしいが、そこにあるのは可愛さの権化のみ。なんなら罵倒されても構わない。
「悪かったね。本当はモンスターと戦いたかったんだろ?」
「……別に。それだけが信頼を積み上げる方法じゃないから」
『信頼』って言葉を使っているけど、恐らくティシエラが直面しているのは『まだ子供』って周囲の認識であり、それを覆す為の材料を欲している。そして実際、覆したからこそ14歳でグランドパーティの一員に選ばれたんだろう。
「信頼は大事だな。それがないと何も始まらない」
「その通りよ」
「なら俺との間にもまずそれを築こうか。自己紹介がまだだったな。俺は……」
本名を名乗ってしまうのは流石に抵抗がある。どんな偽名にしようか――――
「……フージィって言うんだ。そっちは?」
「ティシエラよ」
結局、元いた世界の苗字を流用する事にした。どうせ少しの間だけの偽名だ。変に凝っても仕方ない。
「ティシエラか。良い名前だ。御両親が付けてくれたんだよな?」
「そうね。両親には感謝しているわ。好きなようにさせてくれているし」
どうやら親子関係は良好らしい。そう言えば俺、ティシエラのプライベートについては一切知らないんだよな。11年後に親御さんが健在かどうかすら聞いた事がない。
けど……子供のティシエラに踏み込んだ話はしない方が良いだろうな。初対面で根掘り葉掘り聞いてくるような奴に良い感情を持つ人間はいない。
「さっきも言ったけど俺の目的は城下町に関する調査で、ティシエラにはその手伝いをして欲しい。護衛の料金だけど、申し訳ないけど相場通りの額は払えない」
「言い値で結構よ。危険がないのなら尚更、高額を受け取る訳にはいかないわ」
自分から名乗り出た手前、断れずにいるんだろうけど……モンスターとの戦いがないとわかった今、ティシエラのモチベーションは限りなく低い。
多分、子供だからって理由で周囲からフィールドの外に出るのを禁じられているんだろう。既に戦えるだけの力を持っていると本人は思っていて、その自己評価と他者評価のギャップに苛立っている……そんなところか。
「ソーサラーギルドに所属は?」
「年齢制限があるから登録は出来ないけど、一応預かりって形でお世話になってるわよ。ただ……」
「ただ?」
「……いえ、何でもないわ」
含みを持たせる言い方以上に、その表情が上手くいっていない事を物語っている。
ティシエラが代表になる以前、ソーサラーギルドは内々で相当揉めていたって話は聞いている。11年前から既にギスギスしていたとしても不思議じゃないか。
「私はただ、自分の力を証明したいだけ。過大評価は要らない。私が今できる事を、何の偏見も先入観もなく見て欲しい。だから……」
「護衛の仕事で力を示したかった訳か」
素直にコクリと頷くティシエラを横目で見ながら、思わず溜息を漏らしてしまう。
全く、やってる事は11年後と変わらないじゃないか。対象が自分かギルドかの違いだけだ。この頃から年齢不相応の気苦労を背負っていたのか。ティシエラらしいと言えばらしいけど、そんな生き方じゃ老けるの早まるだけだぞ。
過度に干渉すべきじゃないのはわかっているんだ。わかってはいるんだけど……
「力を示す方法は、何もモンスターと戦うだけじゃない。その通りだ」
「……え?」
「一つ良い宣伝方法を教えてやるよ。ちょっと寄り道していこう」
11年後に世話になっている分を、この背伸びしたいお年頃のティシエラに返すとしよう。
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