第235話 今日は説教しても良い日

 ――――結論は直ぐに出た。


 好感度を稼ぐような真似をするより、包み隠さず話して信用を損ねないようにする方がずっと良い。信用されているかどうかは兎も角。


「ちょっと前、シキさんに俺のマギが取り憑いてた事あったじゃん。その時、ベルドラックが言ってた事を思い出したんだけど……」


「あー……そう言えば聞いてたんだったね。あの時の会話」


 露骨に嫌な顔をするシキさんに若干の罪悪感を抱かずにはいられない。でもここで目を逸らす訳にはいかない。


「十三穢を探してたのは事実だよ」


「それって実家の為?」


 肯定も否定もせず、シキさんはただ少しだけ口を尖らせた。


「昔から実家とソリが合わなくてさ。奴等が言うには、私の存在は一族の面汚しなんだって」


「盗賊でもやってたの?」


「あのね……隊長、私の事なんだと思ってんの?」


「手元の資料によると、暗殺者って本人から紹介受けてるんだけど」


「……まあ、それはそうなんだけど」


 勿論、シキさんが根っからの悪とは思っていない。暗殺者を自称していながら、誰も殺せていないのは知ってるし。


 でも、だったら何で暗殺者なんて名乗ってるのか。良い機会だし、その辺の話も聞いておきたい。


「シキさんには俺の恥ずかしい話を聞かれてるしね。こっちも色々聞いておかないとフェアじゃないよな」


 ヤメとの会話で出した、初体験で失敗した時の話、間違いなくシキさんも聞いていた筈だ。


「自分語りなんて柄じゃないんだけど」


「ラルラリラの鏡が欲しいんでしょ? その理由にシキさんのバックボーンが関係してると俺は睨んでるんだけど」


「チッ。小賢しい」


 相変わらず舌打ちが好きだなあ……尖りたての不良かよ。


「……私の過去なんて知ったって何の得にもならないってのに。物好きな隊長だね」


「結構大事だと思うけど? 事前に話聞いておけば、迂闊な発言でトラウマ抉って無駄に心証悪くしなくて済むし」


「私に嫌われたからって、何のダメージにもならないでしょ? 解雇して違う奴雇えば良いだけの話」


「ンな訳あるか。ウチみたいな弱小ギルドに、シキさんの代わりが務まる人間なんてそうそう入って来ないんだよ」


 しかも今はヒーラー騒動の影響でギルド員すら幽霊化してる始末。シキさんほどの人材なんて到底得られない。


「本当はわかってんでしょ? 自分がどれだけ重宝されてるか。それなのに『代わりは幾らでもいる』みたいな言い方して。やだねー」


「なっ……」


 お、珍しくシキさんが焦ってる。っていうか赤面してる? 意外とこういうのが効くんだな。よし、ヤメには教えないでおこう。


「……ま、別に勿体振るほどの話でもないし」


 ふて腐れたような物言いで、シキさんはそっぽを向きながら話し始めた。


「魔王に効く伝説の武器を最強のグランドパーティに譲ったって名声も、月日が流れれば大分薄まってきてね。おじいちゃんの代になる頃には、商人としての格は大分落ちて来てたんだ」


「……」


「何?」


「いえ、どうぞ続きを」


 流石にこの流れで『シキさんって祖父をおじいちゃん呼びするんだ』とは言えんわな。


「一応、色々試してはみたらしいよ。心機一転、新しい武器屋を構えたりね。でも平凡過ぎて客足が伸びずに赤字続きで、他の事業も軒並み失敗。人の良さが仇になったんだろうね」


 想像はついてたけど、やっぱりおじいちゃんっ子だったのね。親じゃなくおじいちゃんに育てられたのかもな。


「その息子の代になって、多少は持ち直したらしいけど」


 ……父とは言わず『おじいちゃんの息子』呼ばわりか。父親との関係性が容易に想像つくな。


「隊長、エレンポワール武器販売所って知ってる?」


「ああ。この街で三番手の武器屋だったっけ。トップのライオット武器商会と差別化を図る為に、女性が扱う武器をメインにして業績を伸ばしたって話は聞いてる」


 そうか、シキさんの祖父が始めたのはこの武器屋だったのか。


「内情は全然違うよ。おじいちゃんの息子が、おじいちゃんを全否定する為だけに真逆の方針で始めただけ。それも全部、愛人のアイディアで」


「……全否定?」


「わざとおじいちゃんに反発して、それを大々的に広めたんだよ。『保守的で古い価値観の父親を説得して、新しい風を吹かせようと奮闘する跡取り』ってイメージ戦略を打つ為にね。おじいちゃんの何でもない発言を大袈裟に切り取って、『息子に嫉妬する醜い親』とか『女性蔑視する古い世代の男』って印象付けて……自分達は女性の味方ってツラして女相手に商売してたんだ」


 ……聞けば聞くほどゲンナリしてくる。たったこれだけの証言で、ここまで性根が腐っているとわかるのも珍しい。娘にここまで言われる親って逆に凄いな。ゴミとかクズとかいう表現使わないのが逆にリアルだ。


「おじいさんを一人無能の悪者に仕立てる事でサクセスストーリーを作って、わかりやすいプロパガンダにしたって訳か」


「そ。結局、奴等の思惑ほどの成果はあげられなかったみたいだけど、一定の成功を収めたのは事実。武器屋は今も存続してる訳だしね。でも私は認めない」


 このギルドへ面接に来た時、シキさんは闇を凝縮したような目をしていた。てっきりアサシンだからと思っていたけど……どうやら違ったみたいだ。


「そんな不名誉なイメージを植え付けられたら、おじいさんも大変だったろうな。今はどうしてるの?」


「もういない」


「……そっか」


「私の所為なんだ」


 シキさんは、微かに目を伏せて述懐する。落ち着いた声で。


「おじいちゃんは、本当なら抗えた筈だった。商才はともかく、性格の良さは周囲にも評判だったから。少なくとも悪評については、否定すれば信じる町民も大勢いたに決まってる」


「どうして否定しなかったのかな」


 半ば答えがわかっていても、聞かない訳にはいかない。シキさんが絶対に言わなきゃいけない事だから。


「まだ子供だった私に、親と祖父の醜い争いを見せない為」


 やっぱり、そういう事か。


 息子の言っている事は嘘だと大々的に発表すれば、親子の対立は一気に激化する。そうなれば、当時まだ子供のシキさんがどれだけ傷付くかなんて、想像するまでもない。


「実の息子にも、周りにも無能扱いされて、それでも何一つ言い返さないまま、おじいちゃんはどんどん弱って……私が12になる頃には、床から出られなくなった」


 唇を噛みながら、シキさんは辛そうに吐露する。俺はもしかしたら、残酷な事をしているのかもしれない。思い出したくない事を言わせているだけかもしれない。


 でも同時に、この話は聞いておかなきゃいけない事とも感じていた。


「もしかしてシキさん、おじいさんの為に十三穢を探してた?」


「……武器屋は多少上手く行ってても、繁盛してるって程じゃなかった。もし十三穢のどれかを見つけて、昔の栄光を取り戻せれば……もう穢されてるから以前みたいにグランドパーティへ譲ったりは出来ないけど、箔は付くと思ってさ」


 シキさんが『祖父に頼まれて見つけて来た』と十三穢の剣を掲げ、それを武器屋に納入して繁盛すれば、祖父の名誉を回復できる可能性がある……とまでは言えない。シキさんもきっと勝算は薄いとわかってはいて、それでも藁にも縋る思いだったんだろう。


「もう少しで手に入れられる所まで行ったんだけどね……私にもっと覚悟があれば」


「まさか、所持者を暗殺しようとしてた? それでアサシンに?」


「……十三穢は、神が創ったとされる伝説の四光と、それを人間が真似て作った九星とがあって、後者の中に『持つだけで心が壊れる』って曰く付きの剣があるんだ。壊心メンテシュクリオスって言うんだけど」


 なんか薄っすら聞いた事があるような……


「心を壊す代わりに、四光さえ上回る攻撃力を手に出来る。元々そういうヤバい剣だったけど、魔王に穢されてますます酷くなってね。所有者が死なない限り殺戮を続ける呪われた剣になった。だからずっと封印されていたんだけど……ある男が、その封印を解いた」


 その男を暗殺する為に、アサシンになったのか……?


「元々家を継ぐつもりなんてなくて、賞金稼ぎみたいな事やってたからね。丁度良かったんだよ。だから、殺れると思った。別におじいちゃんの為じゃない。自分が生きる道を自分で作る為に……殺すつもりだったんだ」


 俺の目をじっと見つめながら、シキさんはそう述懐する。


 勿論、本当はおじいさんの為だったんだろう。でも自分の為ってのも、きっと嘘じゃない。


 シキさんはずっと、自分を責めていたんだ。おじいさんの足枷になってしまった自分を。だから、いっそ堕ちてしまいたかったのかもしれない。その方が楽だったんだ。


 その気持ちはわからないけど、似たような思いは経験がある。何者にもなれなかった自分を認めたくなくて、虚無の人生を送っていたあの頃の俺は、多分同じような弱さを持っていたから。


「でも結局、出来ないまま……おじいちゃんは死んだ」


「……」


 そして、その手の弱さを持つ人間は得てして自分を信じられない。だから決定的な一歩を踏み出せない。シキさんが暗殺できなかった理由も、そういう所にあったんだろう。


「ベルドラックとは、その時に関わったの?」


「そうだけど、アイツとは何もないよ。ただ利害が一致しただけで……」


「別に関係性までは聞いてないけど」


「……」


 また顔が赤くなった。達観してるようで、やっぱりまだ10代なんだよな。


「そんなトコ。辛気臭いだけで面白くなかったでしょ? 壮絶な人生ってほどでもないし」


「かもね。でも……」


 聞いて良かった。大事なことを知る事が出来たから。


「シキさんが深く傷付いてるのと、おじいさんを深く愛しているのは良くわかった」


「は? 何言って……」


「ラルラリラの鏡、おじいさんの墓前に供えたいんじゃないの? おじいさんを傷付けた邪気を全部、払う為に」


「……」


 半ば当てずっぽうだったけど、どうやら正解みたいだ。


 十三穢の穢れをラルラリラの鏡で払う事は出来ないんだろう。それが出来れば超重要アイテムだけど、そんな話は全く出て来ていない。だったらシキさんが鏡を欲している理由はこれくらいだ。


「思ってたよりも優しい人だったんだなあ。シキさんって」


「何言ってんの? 違うから。ラルラリラの鏡が欲しいのは、ヤメの鬱陶しい邪気を払う為。勝手に勘違いしないで」


 あ、言い逃げ。サッと姿を消しちゃった。どうせ見えなくなっても近くにいるんだろうけど。


 俺は説教が好きだ。でも自分の器も知ってるから、他人に偉そうな事なんて言えない。何様だ、誰が誰に言ってんだってなるから。


 でも、今日は説教しても良い日かもしれない。幸い、本人が目の前にいないし。こういうチャンスは逃さないようにしないとな。


「俺はシキさんに今のシキさんのままでいて欲しいから、素直になれとか正直に言えとか言う気は一切ないけど」


 これでシキさんがもうここから立ち去ってたら、ただのアホだよな……と思いつつも、言い出した以上は最後まで言い切るしかない。


「ヤメの邪気を払う為って理由じゃ、仮にラルラリラの鏡を見つけてもシキさんには渡せない。でもおじいさんの為だったら、始祖への手土産は別の物にして、シキさんに渡す。見返りも要らない」


 親孝行が何も出来ず、もう二度と会う事も出来ない。そういう人生になってしまったから、シキさんの気持ちは痛いほどわかる。


 だからこそだ。


「勝手に手遅れって事にするなよ。何処かで見てるかもしれないじゃんか」


 死んだ後ものうのうと生きている奴だっているんだ。幽霊になってその辺にいたとしても不思議じゃないだろ?


「シキさんの人生を作ってくれた人が、これからもシキさんを見届けようとしてるかもしれないじゃん。仮に見えてなくても、何処かでそう願ってるかもしれないじゃないかよ」


 もしそうなら――――出来る事はある筈だ。例え本人に伝わらなくても。届かなくても、示さなきゃいけない筈だ。


「……」


 あ、戻って来た。


「見返りはあげる。それは私の意地」


 今度は俯きながら、それでもシキさんは力強い言葉で呟く。


「おじいちゃんに、見せられるなら見せたい。私がどれだけ感謝してるか。だから、ラルラリラの鏡を見つけたら私に頂戴」


「オッケー。なら成功報酬でパンでも奢って貰うかな」


「……ホント、パン好きだね。隊長」


 呆れ気味に、鼻で笑うように息を吐く。


 そんなシキさんのやれやれ感、俺は嫌いじゃないよ。


「このギルドが、シキさんの新しい居場所や目的になれるかどうかはわからんけどさ。そうなれれば良いなとは思ってるよ」


「臭い事言ってんねぇ。ばーか」


 あ、また言い逃げかよ。おじいさん、お孫さんの育て方間違ってたんじゃないですか?


「……そんなの――――」


 姿を消す間際、なんか小さな声で何か言っていた気がしたけど、それを聞き取れるほど有能じゃないのが少しだけ残念だった。



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