第236話 わかんないっピ…

 魔王討伐という人類の悲願を叶える為に最も必要な事。それは『魔王が存在する』という絶対的な前提だ。


 まさかとは思うが、この『魔王』とは、人間の想像上の存在にすぎないのではないか……なんて疑念を抱くつもりもないけど、本当に魔王が存在しているのかどうかは俺にはわからん。だって実物見た事ないんだもんよ。


 しかも、その魔王には現在、行方不明疑惑が浮上している。魔王城に攻め込んで、いざ最上階に辿り着いた所で魔王不在を知る……なんて間抜け極まりないけど、現実問題そこまで辿り着かないと確認が出来ないし、それ以前に魔王城の周りを囲む冥府魔界の霧海を排除する必要がある。


 幸い、その方法は存在している可能性が極めて高い。シャルフがそう示唆していたからな。


 この霧の排除が、冒険者ギルド及びソーサラーギルドの当面の目標となる。その為、両ギルドは今後の方針を統一すべく、話し合いの場を設ける事にした。


 で――――


「……何で俺が駆り出されるんだよ」


 現在の冒険者ギルドの代表は当然コレット。ソーサラーギルドは言うまでもなくティシエラ。だったら二人で話し合えば良いものを、わざわざ五大ギルド会議を開き、更には俺まで呼び出された。しかも雑にディノーからの言伝で。


 つーか俺、五大ギルド会議の出席率高過ぎない? そりゃ最初の方はね、有力ギルドに名前売れるしコネも作れるから喜んで参加してたけどさ。こうも都合良く扱われたら流石にウンザリなんだけど……


「そう不機嫌なツラすんなって。名誉な事だろ? 城下町のトップが集まる会議に呼ばれるってのは」


 前の作戦会議ではヒーラー相手に仕事をしてた関係で、バングッフさんは途中退席を余儀なくされていたけど、どうやらそのしこりは全くなさそうな雰囲気だ。まあ大人が仕事で集まってるんだから当然か。


「いやマジ忙しいんで早く帰りたいんですけど。もうヒーラーギルドのギルマスもいるんだし、ウチが関わる理由もないでしょ」


「あ? ンだよその目。ケンカ売ってんのかテメェ」


 新生ヒーラーギルド『チマメ組』のギルマス、チッチの柄の悪さはもう全員に知れ渡っているらしく、俺にキレてる姿を見ても驚きの声はあがらない。つーかトップ会議の席で随分オラついてんねぇ……アイザックの助けを乞う時とは大違いだ。


「それにしても、この数ヶ月の間に女性の割合が一気に増えたものだな。男の身としては、肩身が狭くて仕方ないね」 


 職人ギルドの代表、ロハネルは前に見かけた時より痩せているように見える。仕事が忙しいんだろうか。


「……」


 そしてティシエラは、俺がここに来てからずっと黙っている。この会議内での発言力の低下をずっと気にしてたからな……当分は大人しくしようって腹か。


「それでは、五大ギルド会議を開催致します。今回のチェアギルドは私達、冒険者ギルドが務めさせて頂きます」


 コレットのその宣言で、会議がスタートした。今回は冒険者ギルドの会議室だから、俺にとっては多少ホーム感がある。一応、一日だけ在籍していた所だしな。


「本題に入る前に、まず交易祭について話し合いをさせて下さい。順延すべきかどうかの決議を取りたいので」


「順延?」


 眉を顰めるバングッフさんに、コレットは表情を変えず頷いていた。


「ヒーラー騒動の影響で、各お店の仕入れや準備が大幅に遅れてるそうです。このまま予定通り冬期の始まりに合わせて開始すると、ちょっと寂しいお祭りになりそうなので」


「まーな。そこントコはウチが一番把握してるから知ってるよ。確かに延期した方が良いってのはガチだ」


「だったら、話し合うまでもなさそうね」


 ティシエラの言葉通り、異を唱える者は誰もいない。全会一致で交易祭の延期が決定した。


 多分、コレットに入れ知恵したのはフレンデリアだろうな。こっちとしてはかなり助かった。まだプランらしいプランは何も出来てなかったからな。


「トモ、今年の交易祭は街ギルドが企画者になったって聞いたけど、本当?」


「ん? ああ、一応」


 そうか。この話を俺にさせる為に呼んだのか。なら最初からそう言えよ。


「まだ具体的な事は決まってないけど、原点回帰っていうか、ちょっと惰性になってる部分を取り除いてブラッシュアップしつつ、新しい事も取り入れようかなって思ってる」


「プレゼント交換は止めるなよ? ウチはあれで結構潤ってるんだからさあ」


 流石は商業ギルドの代表、まず気になるのはそこか。


「今の所は活性化の方向で調整してます」


「おっ、良いねえ! わかってんじゃん! やっぱ経済回すにはイベント大事よ! なあロハネル?」


「工芸品の類は、美的センスのない奴には一生縁がなくてね……その点、プレゼントなら十分な需要が見込めるんだ。交易祭はウチも恩恵を預かっている立場だよ」


 成程。って事は……これまでの交易祭は、何かしらの形で商業ギルドや職人ギルドが陰ながら援助していたと考えて良さそうだ。もしかしたら後日、個別に何か打診してくるかもしれないな。


 なら、面倒な事になる前にここで釘を刺しておくか。


「そういう訳なんで、こういう企画がやりたいって案があったら遠慮なくシレクス家まで御一報下さい」


「……シレクス家?」


「主催者あっての企画ですからね。そっちにお伺いを立てない事には、何も話が進まないんですよ」


 当然、ウチのギルドにプランナーを依頼したのが誰なのか、みんな見抜いているだろう。選挙の頃からウチとシレクス家のズブズブな関係は公然の事実だし。


 だからこそ、シレクス家の名前を先に出して牽制しておけば、迂闊な真似は出来ない筈だ。例えば賄賂持って『この企画やって』ってお願いしに来るとか。


 借金を返す為だけなら、マネーゲームに持ち込んで希望の企画を実現する代わりに大金をせしめるのが賢いやり方だ。でもそれをすれば、間違いなくフレンデリアからの信頼を失う。後々の事を考えれば、大きな損失になるのは間違いない。目先の利益だけを追ってたらギルド運営なんて出来ない。

 

 かと言って、商業ギルドや職人ギルドが裏金をチラ付かせてまで持って来た話を断れば、どうしたってカドが立つ。弱小ギルドの俺達にとって、致命傷になりかねない。


 だからこの場でその芽を摘む。シレクス家が関わっているのを聞いても尚、セコい商談持ちかけて来るのなら、それはシレクス家を嘗めている証拠。貴族を敵に回す事になるぞ――――要はそういう警告だ。


「……中々どうして、食えないあんちゃんだねえ」


「フフ。嫌いじゃあないな……そういうの。良いさ、大いに楽しむとしよう。祭りだからな」


 案の定、こっちの思惑を瞬時に見抜いた二人は心底楽しげだ。怖いったらないな……コレットはこれからずっと、こんな連中と戦わなきゃならないのか。


「皆さん、頑張って盛り上げて下さい。私はお祭り苦手なんて、家で過ごします」


 当のコレットは全然違うところでゲンナリしてるみたいだけど……まあ、人混み苦手な奴にとって祭りは地獄だよな。気持ちはわかる。


 前世の警備員時代に花火大会で散々な目に遭ったから、正直俺も祭りには苦手意識がある。


 花火大会のトラブルってのは割と定形化されていて、最悪なのは将棋倒しの発生。人が犇めく中、何かのきっかけで人混みの一群が前に倒れ込み、それに押されて倒れた人間が更に周囲を巻き込み、次々と折り重なって倒れていく現象だ。凄まじい力が押し寄せてきて、誰も彼も為す術なく圧迫され、大勢の死者を出す大惨事にも繋がりかねない。この事故が起こった場合、警備会社の責任追及は免れないのが常だ。


 幸い、その手の事故に遭遇した経験はない。けど、参加者同士のケンカに巻き込まれたり、酔っ払いが大騒ぎして止めるよう促されたり、近隣住民からクレームを入れられたり……といった細かいトラブルは多々あった。警備員相手に延々と文句を言う町民は何処にでもいるけど、花火大会ではブツブツ言うタイプより大声でがなり立てるタイプが圧倒的に多かったな。花火の音に負けないようにっていう彼等なりの意地……な訳ないか。


 中には相当イッちゃってる人もいて、人混みの中を這いずり回るようにして何か探していた奴が突然立ち上がって、笑顔で『人間をつかまえて胃の中を調べる道具、出して』って言ってきた。出店で買ったタコ焼きを落としちゃって、誰かに食われたに違いないから特定したいと思ったらしい。


 まあこう問われちゃったらもう、こっちだって半泣きで『わ わかんないっピ…』って返すしかないですよね。多分道路でグチャグチャになったタコ焼きも、そこまで執着して貰えればハッピーだったと思いますよ。中には忘れられるタコだっているんですよ!


「貴方が交易祭を、ね……」


 過去の吐瀉った思い出に浸っていると、ティシエラが神妙な面持ちでこっちを見ながら、意味ありげに呟いた。俺なんかにそんな大役務まる訳ない、って言いたそうな感じじゃなさそうだけど……


「だったら、イリスに声を掛けてあげて」


「イリスに? 何で?」


「ソーサラーギルドを離れている間、オーダーメイドで宝石やアクセサリーの加工をする仕事に就くって言ってたから。プレゼント交換には最適でしょう?」


 そう言えば、宝石の加工が趣味だったな。それを副業にするつもりなのか。イリスの場合どっちかって言うと、職人さんってよりネイルサロンに勤めている店員みたいな印象だし、俺が入り辛い店になってそう。


「……」


 ……なんかジメッとした視線を感じる。


 宝石って言葉に反応したコレットの視線だな、これ。凝視感がそう物語っている。


「何処かで店を構えたりするのかな」


「ビルバニッシュ鑑定所の御婆様が、腰痛の悪化で暫く入院する事になったから、あの店を暫く間借りするそうよ。常連だったから懇意にしてたみたい」


「俺もあそこで宝石鑑定して貰ったっけ。懐かしいな」


「……」


 コレットの視線が更に湿度を上げてきた。そう言や、コレットを最初に見たのはあの店だったな。向こうは俺なんて視界にも入れてなかっただろうけど――――


「……」


 いや、これ覚えてるっぽいな。視線が『その時の話、今して?』って語りかけてくる。それきっかけで会話に入って来る気満々だなこいつ。


 ……すっかり一流コレット視線鑑定士になってしまったな、俺。正直このジャンルなら世界を獲れる自信がある。


 ま、それくらいの雑談なら別に良いか。コレットの為に一肌脱ぐと――――


「話は変わるけど、サクアは貴方達のギルドに溶け込んでる?」


 あっ。


「……」


 いや俺の所為じゃないから! 宝石の話したくてウズウズしてたのはわかるけど、俺を視線で責めるのは違くね!?


「サクアさんは楽しそうにしてるって前にトモから聞きましたよ。それじゃ次行きます。本題の魔王について」


 ムスッとしたまま話題変えやがった。宝石の話で仲間に入れて貰えなくて拗ねたな。ギルマスになっても、こういうところは何にも変わらないな……


「先の作戦中に明らかになった情報によると魔王は現在、魔王城にいない可能性があります。そして、その周りを囲む邪お「冥府魔界の霧海」……その霧を晴らす方法が存在するそうです」


 えぇぇ……なんて強引な割り込みだよティシエラさんよ。そこまで冥府魔界の霧海に拘るか。


「そこで、私たち冒険者ギルドとソーサラーギルドが中心となって、その方法を探索する為の合同チームを結成したいと思います」


「わざわざチームを作る理由は何だい? 個別に動いた方が効率が良いんじゃあないか?」


 ロハネルの言うように、チームを作るメリットが余り感じられない。


 ここは終盤の街。一人一人が世界トップクラスの力を持っていて、フィールドに出ても問題なくモンスターをボコボコに出来る猛者ばかりだ。


 なら、わざわざ一纏めにしなくても各人に『霧を晴らす手掛かりを探せ!』って命じるか仕事としてオーダーすれば、我先にと競い合ってすぐ見つけ出して来そうなものだけど……


「一番の理由は、ラヴィヴィオの残党を見つけ出して、そいつ等に口を割らせたいから。多分それが一番無難な方法です。でも彼等は厄介だし、選挙後にいなくなったファッキウ達と合流してるかもしれないから、ヒーラーと出来るだけ相性の良い面々でチームを組むのがベストかなって」


 あー、確か始祖が言ってたな。ヒーラーの半数以上がマッチョトレインに轢かれる前に逃げ出してたって。そいつ等を探すか、若しくは最初から王城占拠に参加してない独立組か。どっちにせよモンスターと手を組んでるのは間違いないし、魔王や霧に関する情報を握ってそうではあるな。


「成程、わかった。チームはどういう風に作るんだい?」


「ヒーラーの変態性に動じない、精神力が強くて経験豊かなベテランを中心にと考えています。引退している元冒険者やソーサラーの方々に力を借りるかもしれません。それに、出来れば職人ギルドに協力して貰って、回復魔法を阻害するアイテムや防具を見繕って貰えたらなって」


 回復魔法を阻害……完全に呪いの防具だよな、それ。街中にあるんかそんなの。


「軽く言ってくれるが……生憎、そんな捻くれた効果の防具やアイテムを作った事はないし、作れる気もしないね。バングッフ、その手の物に心当たりは?」


「んー……魔法を跳ね返す防具ならあるけど、それじゃ回復魔法使ったヒーラーを回復させて喜ばせるだけだろうしなあ……」


 この街の防具を扱う元締めと言うべき二人が悲観的な応答をする最中――――


「私の父、マイザーを同行させれば良い」


 ずっと沈黙を守っていたチッチが、ポツリと呟いた。



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