第234話 言葉の刃が鋭利過ぎる

「……なるほどなー」


 ギルドのカウンター席で、図書館から借りて来た文献に一通り目を通し、ようやく交易祭の事をほぼ理解できた。


 基本的な流れは最初に女帝から聞いた通り。当初は精霊との交流を深める為の接待イベントだったけど、精霊の集まりが悪くなってからはプレゼント交換がメインになっている。


 女帝の話では、意中の相手にプレゼント交換を持ちかける告白イベントとしてすっかり定着したって話だった。でもフレンデリアが言うには異性への告白が減り、家族や友人との団欒イベントになっているらしい。


 これは別にどっちかが嘘をついている訳じゃない。交易祭に参加する暇もないであろう女帝が一昔前のパブリックイメージで語っているのに対し、フレンデリアはここ数年の実態を把握しているってだけの事。恐らく、中高年は女帝と同じく今も『交易祭=恋愛イベント』と認識していて、若い世代の間ではそのイメージが薄らいでいるって状況なんだろう。


 俺がフレンデリアから依頼されているのは、告白イベントとしての交易祭を復活させる事。要は一昔前のイメージに戻せば良い訳だ。


 だったら当然、若い世代の間で盛り上がって貰わなくちゃいけない。そういう仕掛けを用意する必要がある。


 こういうのは欲張って『幅広い世代に受けるイベントを』と企画すると、まず上手くいかないだろう。中高年が群がる場所に10代が好んでくる訳ないもんな。10代が自分達の為に自分達だけで盛り上がる、そんな空間を作っていく必要がある。


「そんな訳で、色々話を聞かせて欲しいんだけど」


 最初に、この街における10代がどんな心情なのか、生の声を聞きたい。なら当の10代ど真ん中世代に話を聞くのが一番手っ取り早いってんで、知り合いの10代に声を掛けてみました。30代男が10代女性に声掛けしたら事案だけど、幸い今の俺は20歳。誕生日がいつか知らないから永遠の20歳だ。 


「うん、良いよ」


 ちょうど今日、受付の日でギルドに来ていたユマは良い笑顔で快諾してくれた。外の世界で数々の修羅場を経験してきた屈強な10代より、街に根差した生活をしている一般市民の方がこの手のイベントには馴染みがある筈だ。


「まず交易祭についてどんなイメージなのか教えて」


「ウザいお祭り」


「ぐはっ!?」


「わっ! トモ君大丈夫? 私マズい事言った?」


 ヤベーな……危うく吐血するところだった。まさかユマが第一声そんなキツい事を言ってくるとは。


 でもおかげで、10代がどんな目で交易祭を見ているのかが良くわかった。成程、これはアレだ。同調圧力が強めで押しつけがましい地元の祭りと同じ感覚なんだ。

 

 地域の祭りって大体、これ誰が喜んでやってんのってくらいつまんない祭りやってるよな。なんか道端で謎の踊り披露しながら移動してたり、みすぼらしい御輿担いで奉納したり。たまーに深夜その手のドキュメントをテレビでやってたけど、年寄りに囲まれた町役場の若い職員が死んだ目で練習してる姿が不憫で仕方なかった。


 まあ、学校の文化祭なんかも『やらされてる感』はそれなりにあって、つまらなく感じる事は多かったよ。それでもまだ、なんつーか……青春っていうか、そういうのが思い出として残る分だけマシだった。その場の空気自体は悪くなかったし。でも地方の祭りはダメだ。あれパワハラと何が違うの?


「ありがとうユマ。今の一言でやる気出た」


「その割に目が死んでるけど……」


 何にせよ、重要なのはやっぱり『やらされてる感』を極力なくす事だな。押しつけられている状態で楽しめるイベントなんて絶対にない。今年の交易祭はそういう事じゃないって若い世代に広くアピールしていく必要がありそうだ。


「ちなみに、どの辺がウザいって感じたの?」


「プレゼント交換自体は別に良いんだけど、絶対カップルが出来ないとダメみたいな空気がもう無理。ムリヤリ感がキツいっていうか、古い価値観の押し付けが酷い」


「スゲーなメッタ斬りじゃん」


「正直なくて良いしなくなって欲しい」


 あの温厚なユマがそこまで言うとは……想像していた90倍はダメな祭りだな交易祭。どんだけ嫌がられてるんだよ。


 とはいえ、ユマ一人の意見を街の10代の総意と見なす訳にはいかない。


「学校の同級生とかも同じ感じ?」


「うん。みんな言ってるよ? お見合いみたいでダサいとか、プレゼントで媚びるのキモいとか」


 言葉の刃が鋭利過ぎる……良い研ぎ石持ってんねーユマちゃん。あとお見合いって概念あったのね、この世界。


「もしかして、あのウザ祭りなくしてくれるの?」


「いやー……流石に伝統ある祭りを潰したら、年配の方々に嫌われちゃいそうだしなあ」


「なーんだ。もうああいうのってお年寄りだけでひっそりやってくれれば良いのに」


 俺も地域の祭りには同じ意見持ってるから、共感しかないな。金使わずに勝手にやって、って思うよな。伝統はそりゃ大事だけど、押し付ける伝統って意味ないと思うんだよ。それは『呪い』って言うんだ。


「確かに、そういうのもアリかもな」


 まずは呪いを解く。それが第一歩。ユマの忌憚ない意見のおかげで、方向性が一気に定まった。


「ちな……いや、何でもない」


「どしたの?」


「気にしないで。もう十分。ありがとう、助かった」


 危ねー……『ちなみにユマは恋してる?』とか聞いちゃうとこだったよ。これだよな。これが中年特有の無自覚な押し付け。純粋に質問しているようで、される側は『恋愛してなきゃダメなの?』『なんで言わなきゃいけないの?』って感じるやつ。


 今の交易祭は、まさにこれそのもの。悪意があって若い世代を苛めている訳じゃないのに、存在自体がハラスメントになっている。


 ただし、全てがダメって訳じゃない。フレンデリアみたいに、このイベントを利用して告白したいって思ってる10代もいると思うんだよな。特に男の方は。軟弱と言われようとダサいと思われようと、こういう機会がないと告白できないって奴もいるだろう。はーい、俺もそういうタイプでーす。だから交易祭自体は全否定できませーん。


 開催まで時間はない。準備はとっくに始まってるし、街の各店でプレゼント用の商品も売り始めている。この状況で、交易祭のイメージを完全に一新するのは無理だ。完璧を求めても失敗するだけだろう。


 何か良いアイディアはないかな――――





「くぁ……」


 結局良い案は何も思い浮かばないまま、気付けば夜。既にギルド員の姿はなく、薄闇の中に冷えた空気が漂って若干神秘的な雰囲気がギルド内に漂っていた。まるで文化祭の前日、学校に泊まり込んだ時みたいな独特の非日常感だ。


 だからかもしれない。何かが起こる予感はあった。


「相変わらず、警戒心ないな」


「……怪盗メアロか」


 姿は見えない。気配もわからない。声だけが聞こえてくる。でも別に、いちいち驚いたりもしない。もう慣れた。


「ウチのギルドにお前が盗みたい物なんてないだろ。帰れ帰れ」


「うっわ。せっかく遊びに来てやったのに酷くね? つーかこのギルド、我を捕らえる依頼受けてなかったか?」


「期限はないし、他の大口依頼をゲットしたから、もうお役御免。どうせ捕まえられないし。今までお疲れさまでした」


「ンだよ、張り合いねーな……わざわざ助言しに来てやったのに」


「助言?」


 今までも、気まぐれで奴が俺にそれをして来た事はあった。そしてその助言は実際に役立っている。


 だから今更、こいつを敵視する気にはなれない。最初は屈辱を喫した相手だったからムキになって捕まえようとしてたけど、随分なあなあな関係になった今となっては白々しいだけだもんな。


「暫く休業していたが、我はいよいよ本業を再開する。これでお前とは再び敵同士だな」


「えぇぇ……まだやんの? もうよくない?」


「なんでだよ! 我怪盗! お前ら街守るギルド! 激突必至だろーが!」


 ンな事言われても、こっちはもう敵視してないっつーのに無理やりVS構造作られてもなあ……


「よーかーろーう。そこまでやる気がないのなら、お前には一足先に我が久々に狙うお宝を教えてやろうじゃないか」


「いや、つい先日フラガラッハ盗み出したけど俺の機転にしてやられたばっかじゃん」


「あ゛? 我知らないそんなの知らなーい」


 なんだこいつ……都合の悪い事はスルーかよ。俺も良くやるから共感しかない。


「良いかよく聞け。我が次に狙うのは……ラルラリラの鏡だ!」


「へ?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。ラルラリラの鏡って、始祖が欲しがってたやつじゃん。


「この鏡は元々精霊界のアイテムでな。最初の交易祭でプレゼント交換が行われた時、精霊側が人間に寄越した物だ」


「マジかよ。そんな事、文献には書いてなかったぞ」


「歴史なんて所詮そんなものだ。都合が悪いとなかった事にする。呆れ果てたものだな」


 どの口で言うんだこいつ……


「つまりは交易祭の黒歴史。それを我が公の元に晒してやろうという訳だ。ハッハッハー! 城下町を汚す愚かな者共よ、怪盗メアロの洗礼を受けるが良いわ!」


 久々の高笑いを残し、怪盗メアロの声は聞こえなくなった。


 ……なんという厄介な。厄介メアロめ。今度からそう呼んでやる。


 にしても、なんでラルラリラの鏡がなかった事にされてるんだ? 何か恐ろしい力でも宿してるのかな。始祖は何も言ってなかったけど……


「ラルラリラの鏡……」


「うわビックリした!」


 怪盗メアロがいなくなったと思ったら、急にシキさんが目の前に現われてきた。流石はSHInnsyutsu KIbotsuのシキさん。これが名前の由来かと思うくらいだ。


「シキさん、その鏡知ってるの?」


「一応ね。映した物の邪気を払う鏡、って聞いてる」


 マジかよ。始祖大丈夫か? 自分を映した途端ギャーッて悲鳴あげて消えちゃうんじゃないか? マズいな……そんなの見たら笑わずにいる自信ないぞ。

 

「……」


 そんな心配をしていた俺を尻目に、シキさんの顔はいつの間にか曇っていた。


「どしたの。思い詰めた顔して」


「別に」


「ラルラリラの鏡が欲しいとか?」


「!」


 あ、やっぱり。顔には出ないタイプなんだけど、なんかわかりやすいんだよな、シキさんって。多分ヤメも同意すると思う。


「……」


「理由、あるなら聞くけど。実は始祖からも所望されてるから、欲しいリストには入れてるんだよね」


「……それ、私を優先してくれるって事?」


「だから理由次第。始祖の方はただの土産リクエストだから、ぶっちゃけ優先順位は低めだし」


 そう言えばシキさん、俺が憑依してた時になんか『暗殺者の心を取り戻した』とか言ってたよな。まさかその心を消し去りたくなったとか?


 ……いや、ないか。っていうかアレ自体冗談だよな、多分。シキさんが言うと冗談に聞こえないけど。


「じゃあ、もし理由がちゃんとしてたら、私の為に鏡を手に入れてくれる?」


「……ん?」


 なんだ? 急にシキさんらしくない言動。一体どうした?


 まさか、怪盗メアロが化けてるんじゃ……いやないか。おちょくる為に化けてるのなら、わざわざキャラ崩壊させないわな。すぐバレるだけだし。


「ねえ、どうなの?」


「どうなのって言われても……なんか急に口調が変わって怖いんだけど」


「……チッ」


 あっ今舌打ちした! なんだよ演技かよ! ビックリしたなーもう!


「何? 媚びた感じで色仕掛け、みたいな事?」


「やっぱり似合わないね。結構頑張ったんだけど」


「似合う似合わない以前に、唐突過ぎて違和感しかなかった」


 でも正直ビックリだ。あのシキさんがこんな手を使うくらい、入手したい鏡――――ちょっと興味出てきたな。


「わかった。理由次第ではシキさんに譲る。だから教えて」


「え……?」


「なんでそっちが驚くんだよ! お望み通りの展開でしょうが!」


「あ、うん。ごめん」


 急に素直! 今日のシキさん、なんか情緒不安定だな。それだけラルラリラの鏡を必要としているのか。


「隊長には前に一度漏らしたよね……昔、十三穢を探してた時期があって」


「うん。知ってる」


「私の祖先が、その十三穢の所持者だったんだ」


 何処か浮かない顔で、シキさんはそう切り出した。


 十三穢は魔王を倒せる伝説の武器。その所持者って事は当然、魔王討伐に向かったグランドパーティの中心的存在の筈だ。


 って事は、まさか――――


「シキさんって、世界最強の冒険者の末裔だったの……?」


「いや違うけど」


 違うのかよ! 思わせぶりだなもう……


「ウチの祖先は一般人だよ。十三穢の内、三本の剣をオークションで買った商人ってだけ。勿論、魔王に穢される前の話ね」


 伝説の十三穢ってオークションにかけられてんの……? なんか有名漫画家がガチで書いたイラストとサイン入りのグッズがオークションで売られてた、みたいな虚しさがあるな……


「そのオークションで購入した十三穢を、魔王討伐に向かうグランドパーティの連中に売ってたって事?」


「そ。違う世代でそれを三度繰り返して大儲けしたみたい。だから、裏では世界最高峰の大商人って格付けされてて、随分と調子に乗ってデカい顔してたってさ」


 自分の祖先の事だけど、常に他人事。まあ商人とは縁遠い職種のシキさんは、恐らく大して関わってなかったんだろう。


 ん……待てよ?


 確かシキさんに憑依してる最中、ベルドラックが『まだ十三穢を探し続けてるのか?』みたいな事を言ってたな。しかもその後『贖罪』って言葉を使ってた。


 この件について、率直に聞いてみるべきだろうか?


 それとも、こっちからは何も言わず、向こうの話に耳を傾け続けるべきか?


 果たして答えは―――― 


 

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