第233話 思考にプライバシー保護がない空間

 フレンデリアから交易祭の話を持ちかけられた翌日、所用で王城を訪れた。


 現在、王族不在のこの城ではベリアルザ武器商会が移転を進めている。王城のテナントって贅沢過ぎだよなあ……


 取り敢えず、ルウェリアさんに挨拶しに行こう。


「トモさん! お久し振りです!」


 この挨拶も最早恒例。けれど今回は本当に久々に会ったような心持ちになる。というか……初対面な気さえしてきた。


 まず服装が違う。


 元々、暗黒武器屋とはあんまり相容れない派手めの服を着て接客していたけど……急に白一色のウェディングドレスみたいな格好になっとる!


 髪型も全然違う。栗色の髪を長く伸ばしている点は同じだけど、以前までのゆるふわなロングヘアから大胆にヘアレンジして、縦に盛りまくって花魁みたくなってる。


「ルウェリアさん……その格好は一体」


「ふはははは! 我は王様のお城に住む者! ちゃんとせねばならぬのだ!」


 ……なんだこれ。


 格好から王女を意識しているのは想像できたけど、どういう路線なのこれ? 高飛車ともちょっと違うし……


「あ、あの……ダメでしたか? 私なりに、お城に住む高貴なお姫様を演じてみたのですが……」


 どうしよう。明らかにダメだ。なんなら良い所が一つもない。っていうか、お姫様がお姫様を演じた結果、お姫様から最も遠ざかるって……何この真理の扉開いたみたいな状態。


「フワワ。感想を言ってあげて」


「ふわわ! そんな大役、私に務まる〃o〃ですか?」


「難しいかもしれないけど、頼む」


 ルウェリアさんの友達という事で、戦闘とは関係なく精霊折衝で喚び出しておいて良かった。ここは善なる存在のフワワに全てを託すしかない。所詮心の汚い俺だと、どんなに繕っても傷付ける言葉が出ちゃいそうだし……


「ルウェリアさん、とってもお綺麗〃v〃です。その衣装はどうされたん〃∇〃ですか?」


 お、上手い! 完璧な論点ズラしだ。フワワにはそういうテクニカルな意識全くないんだろうけど。


「あ、ありがとうございます! これはですね、その……お恥ずかしいんですが、自分で縫いました」


「すごい〃o〃です! 信じられません!」


 本当に凄いな! もう武器屋やめて仕立屋やれよ! 絶対そっちの方が成功するって! なんなら暗黒系の衣装専門でも今より繁盛するだろこれ……


「恐縮です。でも、趣味の域を超えません。ここやここの縫いが甘いですし、仕上げも中々上手には……」


 やたら裁縫にはストイックだな……でも確かに、この終盤の街には仕立屋にも凄い技術屋がいるんだろうな。なら俺の心の中のツッコミは不適当だったのかもしれない。危ない危ない……心の中だから炎上しなくて済んだけど、口に出してたらルウェリアさんポイントがマイナスになるところだった。


「仮初めとは言え、お城に住まわせて頂いている立場ですから、せめて品格だけは落とさないようにと思いまして」


「……その辺の事、御主人に相談しました?」


「いえ。お父さんは武器屋の移転で大忙しなので」


 だろうなとは思ったよ。絶対止められるやつだしな。にしてもルウェリアさん、本物のお姫様なのにお姫様のセンスないの不憫可愛い。


「立ち話も何ですので、どうぞ奧へお入り下さい。広すぎて私もあんまり何処がどうなのか把握していませんが」


「まあ、武器屋のスペースと寝床以外はあんまり使わないでしょうしね。武器屋はどの部屋に移転するんですか?」


「玉座の間です」


「……はい?」


「玉座の間です」



 ――――そう言われて通された玉座の間は、見事に暗黒武器一色となっていた。



「なぁにこれぇ」


 つい先日ここに攻め入った時は、煌びやかなシャンデリアが沢山天井から吊るされ、幾つかの美術品が左右に配置されている程度で、広大な空間にポツンと玉座がある微妙に侘びしい部屋だった。


 でも今は全く雰囲気が違っている。玉座は壊れたまま放置され、壁一面に不気味な武器の数々がビッシリと展示されている。明らかに手の届かない場所にまでだ。そしてシャンデリアまでメデューサみたいな禍々しい見た目になっている。


 ……これもう魔王城じゃん。


「私達のお店だと、非売品の武器は倉庫に眠らせておくしかなかったんですけど、これだけ広いと全開放できるってお父さんも大喜びです。先日はティシエラさんを招いて、暗黒武器座談会も開きました。ここにある武器を全部見て回って英気を養われてしました。凄く充実した一日でした」


「それはそれは」


 他人の趣味の事をどうこう言うつもりはない。ただ一言。この部屋に関わったものは何もかもが怖い。


「それで……何故、玉座の間を選んだんですか? 入り口から大分距離ありますし、階段も上らなきゃいけないのに」


「やっぱりお城の華は玉座の間ですから。お城に来たからには、ここに来てみたいって人が多いみたいで」


 リサーチの結果だった!


 思ったよりちゃんとしてたな……なんだかんだ、長年武器屋を営んでるだけあってピンポイントで侮れない。


「まだリニューアルオープンまでには時間が掛かると思いますが、それまでに私も店員として何か出来ないか模索中です。この暗黒武器達の魅力を少しでも伝えられるようにしたいです」


 自分の住んでる国の王城が暗黒に染められた事に目を瞑れば、応援したくなるくらい立派な志だ。とはいえ、迂闊に荷担したくないという気持ちが勝っているから口出しする気は一切ないけど。


「それじゃ、暫くフワワと一緒にいてあげて下さい。俺は城をフラッと散歩してるんで。あ、これお土産です」


「うわぁ、焼きたてのパンです! ありがとうございます!」 


 紙袋なんて気の利いた物はないこの世界、土産を運ぶには風呂敷サイズの清潔な布に包むのが一番。木箱でも良いけど重いからな。


「フワワさんは人間の食べ物は食べられるんですか?」


「はい。人間界にいる間は人間と同じような性質になる〃v〃です」


「ではご一緒にお茶しましょう! 飲み物を持ってきますね!」


「ふわわ……おかまいなく~」


 ルウェリアさんとフワワのお茶会か。正直遠くから見守りたい。会話に参加するんじゃなく、二人の会話を延々と聞いていたい。後方彼氏面したい。


 けど、今日ここに来た一番の目的を果たさなくちゃな……





「という訳で、先日は大変お世話になりました。これはお礼です」


 幸い、始祖は今も安置所にいた。幽霊みたいな存在だから、いつの間にか『その後、彼女の姿を見た者はいなかった』みたいなゲームのエンディングでよくあるビターエンドになりかねないんだよな。


「。。。おうおう。。。お前ちゃんミロを微妙にディスってんな。。。」


 相変わらず思考にプライバシー保護がない空間だな……


「。。。っていうか。。。私という存在は特殊だから。。。人間の食い物は食えない。。。」


「なにっ。それは残念。しかし折角のパンを腐らせるのはSDGsの観点からも好ましくないんで、俺が持ち帰るとしよう」


「。。。何言ってるか全然わからない。。。っていうか絶対最初から予想してたろ。。。自分で食べる為に持ってきただろ。。。」


 そう言われても、始祖の喜ぶ物なんてわからないし……


「。。。まあいっか。。。ヒーラー共を城から追い出してくれただけで十分」


「そう言って貰えると助かる」


「。。。ただ。。。お前ちゃん達が来る前に。。。半数以上のヒーラーが逃げてた」


 ……え?


 でも確かに、言われてみればヒーラーの数はそこまで多くなかったような。マッチョトレインで轢くだけの簡単なお仕事だったから、正確な数まではわからないけど……総勢47名っていう事前の情報からすると、そこまではいなかった気がする。


「。。。ミロ的には城からいなくなれば問題ない。。。でも民間人にとっては微妙かも。。。あの人間とモンスターのダブルも逃げ切ったし」


「髭剃王か。結局何者なのかわからなかったな」


「。。。鈍」


 え、何? 始祖知ってんの?


「。。。お前ちゃんが今持ってる情報から。。。辿り着ける。。。よ?」


 当たり前のように俺が持ってる情報全部把握してるの怖いからやめて。始祖ってほぼ神サマなの?


 ……奴がモンスターと人間のハーフで、それぞれの種族との仲介人をやっているのは既に聞いている。でも、それが正体って訳でもないだろうし、もっと根本的な素性があるんだ。


 モンスターと人間……人間に化けたモンスター……? 


「もしかして、シャルフやエアホルグの仲間?」


「。。。違う」


 違うのか。結構自信あったのに。


「。。。シャルフ本人」


 なにっ。


「どういう事? あいつもう倒したんだけど」


「。。。馬鹿言ってんじゃないよ。。。倒したのはシャルフに化けたモンスターだろ」


 あ、そうだった! ちゃんと把握してた筈なのに、いつの間にか誤認してた。


 そうだよ。エルリアフが化けていたタキタ君と一緒で、シャルフってヒーラーもちゃんと実在していたんだ。本人と会った事がないから、いまいちピンと来てなかったけど。


 俺達が倒したのはあくまで、そのシャルフに化けていたモンスター。てっきり本人はもう殺されてると思ってたけど……まさか髭剃王だったとは。


「じゃあグリフォナルは偽名か」


「。。。それは知らん。。。シャルフが偽名かも」


 確かに。まあ俺の名前も偽名みたいなもんだからな。偽名同盟って訳でもないけど、そこは引っかかる所じゃない。


「えーっと、つまり本物のシャルフは半分モンスターの血が流れてて、その血統もあってモンスターと結託してた訳か」


「。。。それで合ってる」


 って事は、敢えて自分の姿に化けさせていたと考えて良さそうだ。でも、その割には髭剃王、シャルフと顔は似ていなかったな。まさか整形……? もしくは変身能力でもあるのか? なんでそんな手の込んだ真似を……


 ……あ!


 まさか、ファッキウ達を裏で動かしてた犯人ってシャルフだったのか!?

 だから自分の正体を隠す為に別人に化けてやがったのか……?


 確か記録子さんの記載によると、ファッキウ達とヒーラーを仲介していたのはシャルフって話だった。でも、それだけじゃなくファッキウ達とモンスター、モンスターとヒーラーを仲介していたのもシャルフだとしたら……色々辻褄が合う。


 ファッキウ達はモンスターにしか伝わっていない性転換の秘法を知りたかった。モンスター達は城下町に潜入して行方不明中の魔王を探したかった。そしてヒーラーは始祖を復活させる為に王城を占拠したかった。


 それぞれの利害が一致しているのを知った上で、この三勢力を引き合わせたのか!


 ファッキウ達は性転換の秘法を教えて貰う代わりに、聖噴水を無効化させてモンスターを街中に引き入れた。


 モンスター達は魔王を捜索する為にヒーラーと手を組み、ヒーラーに化けて王城の占拠を手伝った。


 ヒーラーは始祖復活の手伝いをして貰う代わりに、モンスターの隠れ蓑となった。もしかしたら、ファッキウ達の選挙を支援する為に何らかの妨害工作や手助けをしていたのかもしれない。


 って事は――――


「あのモンスター襲来事件から続く一連の騒動を裏で糸引いてたのは、本物のシャルフだったのか」


 始祖の反応はない。流石にファッキウ達の件までは管轄外か。多少はヒーラーが関わっていたとはいえ間接的だからな。


 でも、状況的にはほぼ間違いなさそうだ。まさか髭剃王がこんな重要人物だったとは……


「。。。お前ちゃんも大変だな。。。弱いのに色々背負って」


「ホントそれな。こういう役目って普通、もっと強い奴か偉い奴がすべきだろ? そもそも王族が揃って夜逃げしてる時点で破綻してるんだけどさ」


「。。。王」


 珍しく、始祖はポツリとそう呟いて視線を落とした。


「。。。あいつらを追うのは。。。やめとけ」


「え、なんで。国王不在って普通にマズい状態だと思うんだけど」


「。。。それは滅びのきっかけ。。。」


 ……滅び?


「どういう事だよ。王様を引き戻したら、魔王軍が襲ってくるとか……?」


「。。。詳しくは言えない」


 イリスに続いて始祖もかよ。相変わらず意味深な発言が好きな街だな。


 とはいえ、今更始祖を疑う気もない。散々世話になって、命まで助けられてるからな。これで疑うとかバチ当たるわ。


「わかった。頭に入れておく」


「。。。そうしろ。。。こんなアドバイス破格。。。優しすぎる。。。」


 どうせ自画自賛するなら、もうちょっと具体的な理由とか言ってからにして欲しいんだけど……とは言うまい。


「。。。ついでにもう一つ。。。この街は他にも崩壊の火種が沢山ある。。。壊滅しないよう注意しろな。。。」


「そんなにヤバいの? この城下町」


 まあ、魔王城の最寄りの街だから当然っちゃ当然なんだけど、魔王は今行方不明って話だしなあ。だからこそヤバいのか?


 何にしても、街を守るギルドとしては一層気を付けないとな。


「。。。今日はサービスし過ぎた。。。照れる」


「それ照れる事?」 


 よくわからないけど、始祖は御機嫌らしい。なんだかんだ、手土産持って礼言いに来たのは良かったのかも知れない。


「んじゃ、また来る」


「。。。あいよ。。。今度はミロが喜べる土産持ってこいな。。。」


「具体的には何が良いのさ」


「。。。ラルラリラの鏡」


 何そのラーの鏡がパッパラパーになったみたいな鏡。


「。。。ミロもお年頃だから。。。身嗜み整えたい」


「お年頃の定義がわからないけど、見つかったら持って来るよ」


「。。。期待しまくって待ってる」


 責任重大だな……





 その後――――ルウェリアさんとフワワのお茶会に混じって楽しい一時を過ごしたのち、図書館で交易祭に関する資料を適当に何冊か借り、ギルドに帰った。

  


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