第387話 多様性テロ
社長なんて全く縁のない人生だったけど、それが偉い役職ってのはいつの間にか理解していた。でも副社長なんて役職がある事を知ったのは物心ついて大分経ってからだった。
会長だの取締役だの監査役だのCEOだの、会社には数多のポジションが存在していると知ったのは更にその後。それぞれどんな役割で何をする義務があってどんな責任を背負っているのか、実は今も良く知らない。
ただ、副社長に関しては少しだけ知識がある。知り合いにいた訳じゃないけど、好きだったゲーム会社の副社長が退社したってニュースがきっかけだ。名前さえ知らなかったその人がどんな仕事をしていて、抜ける事で会社がどの程度困るのかを知りたくてちょっとだけ調べてみた。
所詮はネット頼りの浅い知識に過ぎないけど、副社長ってのは要するに――――副社長だ。
別に禅問答の類じゃない。社長も副社長も法律で定義された役職じゃないから、極論でも何でもなく『役割は各会社が勝手に決めるもの』だ。
それでも社長は一般的に会社の代表であって、その役割は会社によって大きく変わるものじゃない。でも副社長は違う。会社によっては不必要なポジションだし、役割も色々。次期社長の最有力候補、つまりは後継者として社長職とほぼ同じ仕事をさせられる事もあれば、サポートだけに徹する事もある。
役割の傾向は大企業か中小企業かで分かれ、大企業の場合は組織全体のマネジメント活動を担うケースが多く、中小だとより現場に近い立場での戦略策定が主となる……らしい。
これをアインシュレイル城下町に当てはめてみると、前者が冒険者ギルドをはじめとした五大ギルドのサブマスターで、後者がウチのような新参ギルドのサブマスターって事になる。
って事はヤメは本来、ギルドの営業や街の治安の実態調査、ギルド員のモチベーション管理などの戦略を立案して実行に移させるような役割を担うべき立場って訳だ。サブマスターって役職を設ける前はシキさんに手伝って貰いながら俺がやっていた仕事でもある。
今までは俺がギルド全体の活動計画を立てて、それに見合った仕事を取ってきていた。でもこれからは後者をヤメに任せる事になる。
「――――って訳でさーぁ。ヤメちゃんすっかりギマに騙されちゃったワケ。ギマの代理だけやりゃ良い楽なお仕事だって聞いてたのによー」
「言ってねぇよ! つーか代理を務める時点でギルマスの仕事内容は全部覚えて貰うに決まってるだろが!」
「あー、コレット先輩もそれ言ってました。慣れない仕事覚えるのってキツいんですよね……」
本日より本格的にアヤメルのサブマスター見学がスタート。それに伴い、ティシエラが帰った直後にそのまま簡易的な会議を開く事になった。
出席者は俺とヤメとアヤメル、冒険者ギルドの内情に詳しいディノー、そして――――
「……」
さっきから一言も発していないシキさんの合計五名。どうしたんだろう。機嫌悪いのかな……ヤメが何かやらかしたのか?
まあ、でも……ディノーの様子に比べれば全然普通だ。
「それじゃ始めようか」
「いや始められないって! お前どうしたんだよ! なんで女装してんの!? さっきまで普通の格好してただろ!?」
ファンタジー世界で偶に見る、明らかに日本人をモチーフとしたキャラくらいの場違い感。なんでそんなに堂々としていられるんだ……
「ああ、これな。俺は今、身請けで娼館から抜け出した娼婦達の潜入捜査をしている最中だろ? これから現場に向かうんだ」
「女装の説明になってないし、そもそも会議終わってから着替えてくれよ! そりゃ身内だけの些細な会議だけど一応ちゃんとした話し合いなんだからさ!」
「化粧はトモが思っている以上に時間がかかるんだよ。もし会議が長引いて時間があまり取れなかったら中途半端になるだろう? 化粧がノッてない状態で人に会うのがどれだけ屈辱か……わかるか?」
えぇぇ……なんで俺が睨まれなきゃいけないの。こんな逆ギレある?
「俺が追っている娼婦はどうやら騙されたみたいで、身請けを持ちかけた男は金品を盗んで姿を眩ましたらしい。彼女はその後、別の街で働いているそうだけど男性不信に陥っているとの情報が入った。だから女装するのは理に適っているんだ」
「普通に女性と替わればいいだろ!」
「サキュッチさん自ら頼んで来た仕事を替わる? この俺が?」
女装した顔をドアップになるまで近付けないで……もう恐怖とは違う感情なんよ、俺が今感じてるのは。
「あのー、トモ先輩。このギルドってもしかしてヤバい所なんですか? 聞いてた話と違う……」
「いや全然大丈夫。ウチは健全。マジ健全だから」
「無理筋ですって! 全裸でモンスターと戦う変態の翌日に女装でガンギマリの変態見たらもう絶対関わりたくないって思うじゃないですか!」
ですよね……
どうしよう。アヤメルに全く反論できないし寧ろ共感しかない。正直俺もディノーはそろそろ手遅れだと思い始めてるし……こいつがアクシーとコンビだったのって同族同士引かれ合った結果だったんだなーって納得しちゃってるもん。
「まーしゃーないって。ホラ、ウチのギマってば全然厳しくしないからさー。女にはデレデレだしヤロー共にも甘めーし。空気ユルいとこうなっちゃうよね」
「こうなっちゃいますか……? 普通こうはならないと思いますけど」
ヤメの暴論とアヤメルの正論が交互に俺の心を刺してくる。えっ待ってちょっと待って。俺が悪いの?
でもまあ……確かに俺の責任もあるのかもしれない。自分が弱いから、どうしても強い人達には遠慮が勝って強く言えないんだよな。
常に空気がピリピリ張り詰めたようなギルドにするのは本意じゃない。和気藹々と楽しく働ける職場が理想だ。でもその結果が目の前の女男爵ディノーか……やっぱり俺が悪いのかな。
「時間勿体ないから早く始めれば?」
……っと。ようやく喋ったと思ったら、いつにも増して素っ気ないなシキさん。ディノーの格好にキレてるって感じでもないし……ホントどうしたんだろ。
「んじゃパパッと終わらせよう。あ、その前にアヤメルについて少しだけ」
一日でアヤメルはギルドに大分馴染んだらしい。ヤメとも普通に話してるし、俺が余計な世話を焼く必要はないみたいだ。
ただ、アヤメルの戦闘を見たのは俺とアクシーだけ。本当はアクシーにも来て貰って解説をお願いしたかったんだけど、奴は昨日オネットさんに返り討ちに遭ったショックからまだ立ち直れていない。一体どれほどの差があったのやら……
「みんなも知っての通り、彼女はサブマスターの仕事を学ぶ為に冒険者ギルドから10日ほどの約束で派遣されてきたんだ。昨日直に戦ってるところ見たけど引退するのが惜しいくらい戦闘センスがある。サブマスターの業務を学んで貰う代わりに、彼女からも学べる事は積極的に学んで欲しい」
「メチャクチャ良い感じの紹介ありがとうございまっす! 改めて皆さん、天才アヤメルをよろしくお願いします!」
なんておだて甲斐のある奴なんだ。まあでも嘘は言ってない。特にディノーは強い割に要領が悪いトコがあるから、彼女から活躍のコツってのを学び取って欲しい。あと出来る事なら常識人枠を取り戻して欲しい。
「それじゃ会議始めます。まずギルドの今後についてなんだけど――――」
借金返済に追われていた時期とは違って、これからは具体的なギルドの方針を立てなくちゃならない。と言っても、やるべき事は最初から決まっている。
「城下町の安全と治安の維持。これが基本線なのは以前と変わらない。その上で一つ、出来れば早急にしておきたい事がある」
「えー、仕事増えんの? ヤメちゃん残業したら魔法で憂さ晴らしする呪いにかかってんだけど」
そんな呪いは存在しない。
「良いから聞け。ヤメにとっても悪い話じゃないんだから」
「お? もしかしてシキちゃんと宿屋で二人きりになれる仕事?」
「違げーよ。この街の主要な団体と積極的にコミュニケーションを取って仲良くしましょ、って提案」
交易祭の時に思い知ったけど、いざって時に『はじめまして』だと意思の疎通がどうしてもままならない。有事の際、こっちが避難してって訴えても反発される恐れもある。そうなる前に手を打っておきたい。
それに違う狙いもある。寧ろそっちが本命だ。
「特にシャンドレーゼ交響楽団とは関係を改善しておきたい。今後は劇団とのコラボを継続してミュージカルもやるんだろ? 仲良くしておいて損はないんじゃないか?」
「なーる。じゃ楽団とはヤメちゃんが話つけてやっか」
ヤメはウチと劇団を掛け持ちするって張り切っている。両立は困難だろうけど、ヤメなら多分できるだろう。
「……」
「ん? どしたアヤメル。難しい顔して」
「あ、いえ。今の提案自体は素晴らしい事だと思うんですが、それと治安維持がどう繋がるのかと思いまして」
意外としっかり話聞いてるんだな。まあ脳筋タイプじゃないから驚きはしないけど。
「他の皆にも考えて欲しいんだけど、この城下町において『危機的状況』ってのはどういうケースを想定してる?」
少しはギルマスらしい振る舞いをすべく、全員に話を振ってみる。幸い、虫の居所が悪そうだったシキさんも思案顔になってくれた。
「危機的……ね。この前のコレーやサタナキアの騒動はそうなんじゃないの? 解析し辛い力と悪意を持った奴が街中で何か企んでる状態」
「んー、ヒーラーみたいなヤベー人間が暴走した時とか? 人間だと聖噴水の抑止パワーに引っかからないし」
「その聖噴水が機能停止した時が一番怖いな。これまではあり得ない話だったけど、実際に一度あった以上は想定しておかないといけない」
シキさん、ヤメ、ディノーは最近あった出来事を次々と並べている。勿論それは全て正解だ。実際に危なかった訳だし。
「他には?」
「そうですね……あ、冒険者ギルドの選挙の時も一悶着ありましたよね。精霊が大勢で襲って来たやつ」
その精霊は結局ミッチャ――――悪意を持った人間の仕業だからヤメの答えと変わらない。でもアヤメルの目の付け所は良い。
「その選挙でもしフレンデルが勝ってたら?」
「あー……それはまさしく危機的状況ですね」
「否定したいところだけど、彼一人の問題じゃないからな……」
冒険者ギルドに所属しているアヤメルと、フレンデルと親しかったディノーは容易に想像できただろう。その仮定の未来を。
あの皮肉屋で斜に構えて世の中を見ていたフレンデルが、選挙前に異常なくらい大人しくなっていた。あの状態で奴が選挙に勝てば、間違いなくファッキウ達が実権を握っていただろう。
「危機的状況ってのは特別な出来事だけに発生するものじゃない。選挙で一組織のトップが変わる、そんな普通の出来事でも十分起こり得る」
聖噴水の一時失効によるモンスター来襲事件。あの一件で、城下町の安全神話は完全に崩壊した。
モンスターの侵入を完璧に防ぐ聖噴水と、猛者揃いで勝手に治安を守ってくれる住民達。その二つの強みがあったからこそ安全は保証されていた。でもその一角が崩れる可能性が示唆された事で、俺達は『特別な何かが起こる』事にばかり危機感を抱いていた。実際何度もそういう事があったから余計に意識は刷り込まれている。
でも違うんだ。危機ってのは何も物理的な破壊行為や侵略行為に限定される事じゃない。魔王城が近くにあるアインシュレイル城下町特有の危機も確かにあるけど、他のごく普通の街と同レベルの危機も起こり得る。
これは決して口には出せないけど……例えばオネットさんがヤメの父親を屠っていなければ、そのイカレ領主の支配下にあった区域は危機すらも過ぎて『絶望』の段階だっただろう。そうなったらもう手遅れだ。
街の安全を守る為には、そういう状況になる前に手を打つ必要がある。
「兵力による防衛だけが俺達の仕事じゃない。火種がないか常にチェック出来る体勢を整えておくのも大事なんだ。その為にも、街中の主立った組織や施設の現状を可能な限り把握しておきたい」
「はー……成程です。その為に仲良くしておくんですね」
少し回りくどいやり取りになってしまったけど、ただ俺がベラベラ喋って説明するよりずっと頭に入りやすいだろう。だからこれで良い。
「ギマって話がクドいよなー。無駄に勿体ぶるし」
「隊長、自分の考えをカッコ付けて語るの好きだから」
肝心のギルド員達に一つも伝わってねぇな! けど否定も出来ない。実際そういう悪い癖あるもんな俺……
「兎に角! そういう訳だから今後は色んな所と仲良くしていく方針! 冒険者ギルドとも連携を密にしていきたいから、アヤメルにはここへの派遣が終わった後も窓口になって欲しいんだけど」
「良いですよ。私が無事サブマスターに君臨したら、このギルドとは特別仲良くしてあげましょう!」
「おいおいアヤっぴ随分偉そうじゃーん」
「あっ、すみません……ヤーりんとはサブマスター協定を結んだ間柄ですから、勿論対等ですよ」
いつ結んだんだよンな協定。まだサブマスターじゃないのに結ぶな。
「つーか、いつの間に渾名で呼び合うほど打ち解けてたんだよ」
「あーそれな。ホラ、アヤメルって真ん中に『ヤメ』が入ってるっしょ? なんか運命的なのを感じたんよね」
「私もです! ヤーりんは私にないものを沢山持ってますから、今後もサブマスターについて色々と教わりたいと思います!」
「はっはっはー。よきにはからえ」
いやお前、サブマスター就任からまだ一週間も経ってないからな? そんな浅いキャリアでよく上から目線になれるな……どういう神経してんだ。
「ギルドの方針は理解した。俺も積極的に他の組織や陣営とコミュニケーションを図るように心掛けるよ」
「あ、ああ……でも特定の施設や人物に偏らないようにな」
言ってる事はまともなだけに、ディノーの姿を見る度に高低差で具合が悪くなる。なんで会議中に女装したまま真顔で真面目な話できるんだよ。もうこれ多様性テロだろ。一回本気で御両親に謝らせろ!
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