第388話 パンドラの箱は開けなければどうという事はない

 一人変な格好の奴がいるものの、会議は滞りなく進行。俺とアヤメル以外の面々がディノーに全く目も合わせない所に若干闇を感じなくもないけど、今回はそれには触れないでおこうと思います。パンドラの箱は開けなければどうという事はない。


「それで、今後想定している仕事なんだけど……雪かきをして貰おうと思ってる」


「雪……」


「かき?」


 アヤメルとヤメが同時に首を傾ける。君たち息ピッタリだな。サブマスター同士引かれ合う何かがあるんか。


「まあ街灯設置の冬バージョンみたいなもんだ。これから雪のシーズンだし。困ってる市民を助ける事で信頼を得たい」


「隊長らしい発想」


 ようやくシキさんの声が少し柔らかくなった気がする。体調でも悪かったのかな。


「反対する理由はないけど、雪かきの道具はあるのか?」


「いや。これから職人ギルドにオーダーして調達する。こういう仕事はマキシムさんが得意だから、彼の意見も聞こう。後は……」


「慰安旅行の件な」


 俺が話す前に、ヤメが急にドヤ顔で主導権を奪ってきた。まあ、この件はヤメとフレンデリアに一任してるから問題はない。ここからはヤメに進行して貰おう。


「聞いて喜べ皆の衆! 鉱山都市ミーナに新しい温泉宿がオープンしたってさ! サブマスター判断でもう予約も入れてっから!」


 ……は?


「勝手に予約入れたの? いつ?」


「5日後」


 ぐっ……絶妙だから怒ろうにも怒れない。早ければ9日後にディノーの合同チーム派遣があるし、旅行後すぐ送り出す訳にもいかないから出来れば少し余裕がある日程にして欲しかった。一泊もしくは二泊くらいの旅行を想定してるから、まさにドンピシャだ。


「出来たばっかの宿って知名度低いから、団体客でも割とすんなり入れたんよ。貸し切りで二泊三日の予定だけど、問題ねーよな?」


「ああ。予算内で収めてるんだろ?」


「当然! ヤメちゃん値切りの達人だから、結構リーズナブルな旅行に出来ると思うぜ! 余った金は着服するけど良い?」


「良い訳あるか! 勝手に着服の定義を崩すな!」


 ……まあでも、新築の宿に泊まれるのは正直ありがたい。ミーナなら割と近くだし。鉱山事件があったヴァルキルムル鉱山のある街だから、ちょっと抵抗はあるけど……ま、良い思い出に上書き出来る機会と思えば良いだろう。


「あの~……慰安旅行に行くんですか? その間、私どうしましょうか」


 アヤメルが物欲しそうな顔でこっちを見ている。『当然私も連れて行きますよね? 余所の子を一人で留守番とか人道に反する事しませんよね?』って圧を恥も外聞もなく出しまくってるな。


 ま、貸し切りなら一人増えても何も問題はないか。布団が足りないようなら野郎共で大部屋に雑魚寝すれば済む話だ。


「ここにいる間はギルド員と同じ扱いだから当然連れて行く。みんなも異論はないよな?」


「とーぜん! アヤっぴにサブマスターとは何たるかを旅行中もしっかり伝授してやんよ!」


「やだ頼もしい……! 私も戦いのコツとかモンスターのおろし方とか色々教えますね!」


 すげぇ、ノールックでハイタッチしやがった。ウマ合い過ぎだろこいつら。つーかヤメのコミュ力どうなってんだよ。あいつフレンデリアとも初日で打ち解けてたよな…… 


 あ。もしかしてシキさん、ヤメを取られたと思って拗ねてたのか?


「……」


 違うか。二人のやり取りに全然興味なさげだ。


 ってか会議に全然集中できてない。一旦は切り替えてたっぽいのに、また上の空か……マジで何かあったのか?


 でもここでは聞けないよな。後でそれとなくヤメにでも聞いてみるか。こいつならシキさんの事は大抵わかるだろう。


「ところでトモ。ヒーラーの件で何か進展はないか?」


「いや。温泉水の成分が異常なしってわかってからは具体的な方策も見つかってない」


「そうか……俺が旅立つ前に解決できればベストだったんだがな」


 ディノーは自分が派遣された後の事を心配しているらしい。それはありがたい事なんだけど、だったら自分の格好と人生にも気を遣っていこうよ。俺はこれ以上怪物ランドのプリンスになっていくお前を見たくないんだよ。


 どうする? いっそここで覚悟を決めてガツンと言うか? ギルマスとしての威厳を示す為にも――――


「あのーディノー先輩。ヒーラーの件を心配するより前に御自身の心配をしましょうよ」


 あっ。


「……何?」


 しまった! モタモタしてる間にアヤメルが俺より先に正論を! このままだとディノーが後輩から説教される最悪の事態に……


「冒険者の先輩ですから遠慮してましたけど、私ずっとガッカリしてましたよ? 男性が女の格好するのは別に良いんです。でも服装も化粧も似合ってないですしセンス全然ないじゃないですか!」


「センスが……ない? 俺のこの格好はダメなのか……?」


「絶対にダメです」


「絶対にダメなのか!」


「はい! アリかナシか究極のナシか至高のナシかで言えば、至高のナシです! 私も別にオシャレのセンスとかはないですけど、ディノー先輩の美的センスは私にザコ認定されるくらいザコ界のザコです!」


「ザコ界のザコ!?」


 ……なんか予想の斜め上の説教だった。


 こ、これはキツい……女装ってそれ自体のインパクトが強すぎて、あんまりセンスの事とか言われないからなあ……低いハードルを思いっきり蹴飛ばされた状態だ。


「俺は何処まで落ちるんだ……」


「別にファッションセンスがなくても致命傷にはならんだろ」


「いや……このままだと素姓がバレて任務失敗の可能性もある。アヤメル、俺の何処が悪いのか指摘してくれるか?」


 なんて奴だ。ここまで屈辱的な事を言われた後輩相手に教えを請うとは。あまりにも根が生真面目過ぎる。だからここまで追い詰められたんだろうな……


「わかりました。厳しく言った手前、私にも責任はあります。短時間で見違えるようなイケメン女子にしてあげますよ!」


「宜しく頼む!」


 えらいハイテンションで出て行ったけど、会議まだ終わってない……まあいいや。必要な事は取り敢えず伝えたし。


「会議終わったんなら私は行くね。これから用事あるから」


「あ、うん」


 シキさんもそそくさと席を立つ。明らかに様子がおかしい。マジどうしたんだ?


「おうギマ」


 ヤメがちょちょいと人差し指をドアの方に向けた。それだけで何を言わんとしているのかわかってしまう。


 尾行だ。奴はシキさんを尾行しようと言っている。ヤメがシキさんの変調に気付けない訳ないからな。


「いやでも、シキさん相手にそんな事……」


「ほい」


 え? 俺に魔法かけた?


「今【ローキー】かけたから。ほんじゃ行くぞ」


 それ、確か気配消す魔法だったか? つーか俺が言おうとしたのは能力的に尾行が厳しいって意味じゃなくて、倫理的にダメだろって話だったんだけど……あ、もう出て行きやがった。


 このまま放置してもヤメがシキさんを尾行するだけ。なら俺が一緒に行ってストッパーになる方がマシだ。これは決して尾行を正当化する為の自己弁護じゃない。


 俺はシキさんの名誉を守る為に――――


「はよしろ」


 扉の開いた出入り口から魔法と思われる何らかの衝撃が飛んで来て小突かれた。魔法ってこういう日常的なやり取りの合間に使って良いものなんだろうか……





 ――――それから。


「……」


 会議が終わってすぐにギルドを出た標的ターゲットは黙々と街中を歩いている。今のところ変わった様子はない。


 ……ついヤメに従って尾行始めたけど、これ完全にプライバシーの侵害だよな。しかも単なる違和感程度で、特に怪しい素振りとか問題行動があっての事じゃない。


 勿論、シキさんが心配だからやってる訳だけど……何も悪い事してない人に対してこれは良くない行為だ。罪悪感を抱くとかそういう以前にキモいと言わざるを得ない。


「なあヤメ、やっぱやめね? シキさんに悪いって」


「あ? バカ言え。シキちゃんの様子見てただろ? 仕事じゃ一切手ぇ抜かないシキちゃんがあんな上の空だってのに何もない訳ねーだろ」


「……確かに」


「いーかよく聞け。『今日は気分が乗らねー』とか『ちょっとヤな事あったなー』とか『ウゼェ奴に絡まれた殺してぇー』程度ならシキちゃんが態度に出す事は絶対ねーの。シキちゃん自分の気持ちを悟られるの嫌いだから」


 わかる。超わかる。


「逆に良い事あって浮かれてるみたいな顔も絶ぇーっ対しない。そんなクールビューティのシキちゃんが素人でもわかるくらい様子が変だったんだぞ? 放置してたまっかボケ」


 小声ながら一言一言に迫力がある。そして説得力も。ずっとシキさんの事を見て来たヤメが、恐らく初めて感じた異質感なんだろう。


 斯く言う俺も、シキさんがあんなふうになったのを見た事がない。一度は会議に集中し直したのに再び心ここにあらずって感じになってたもんな。それが一番の決め手だ。明らかに平常心じゃなかった。


 クールなようで割と顔や態度に出やすいティシエラとは違って、シキさんは全然そういうの表に出さない人だ。シキさんソムリエ1級の俺とヤメの意見が一致している以上、何かはあるんだろう。


 妙な事に巻き込まれてなければ良いけど――――


「あっ」


「ん? どした?」


 前を歩いていたヤメがいつの間にか足を止めている。シキさんに何かあったのか?


 でもここは街中。今はラヴィヴィオのヒーラー共もいないし、トラブルが起こるような事は何もない筈だ。


「嘘……だろ……」


「いやだから何があったんだよ」


「シキちゃんが……高級レストランに入ってった」


 何ィィィィィィィィィィィ!?


 ヤメが指差す方には、以前ヤメ自身がセフィード(正体はコレー)と食事を共にしていた、あのお高いレストランがそびえ立っている。


 おいおいおいおいどういう事だよ。まだこんな日が高い時間帯に入る場所じゃないだろ。そもそもシキさんにあんな場所で自ら進んで食事するイメージが微塵もない。


 明らかにおかしい。一体どうなってんだ?


「ま、まさか……デートけ?」


 ヤメも相当動揺しているらしく、声が震えているし言葉遣いも変だ。


「シキさんが仕事中にそんな事する訳ないだろ。格好も普通だったし」


「でででででも他にシキちゃんがあんな場所に入る理由あっか? あるなら言ってみ? ヤメちゃんを安心させるステキな発想を頂戴な」


「それは……」 


 ディノーがやっているような潜入捜査とか? でも当然そんな指示は出してないし、シキさんの独断で捜査するような何らかの疑惑がこのレストランにあるなんて話も聞いた事がない。


 ランチがあるような店じゃないから、この時間帯でしか食べられないメニュー目当てとも思えない。そもそも目的がこのレストランそのものにあるとも限らない訳で……


「誰かと会ってるのか……?」


「やっぱりおデートなん!? 嘘だぁーーーーーっ!! NTRやんけ~~~~!!」


「寝てから言え!」


 そうは言いつつも、俺も平常心とは程遠い。


 あのシキさんが仕事中に高級レストランで……デート? 幾らなんでもあり得ない。あり得ないけど……それは所詮、俺の主観に過ぎない。


 俺はシキさんの事を何も知らない訳じゃない。僅かな期間とはいえ同化していた事もあったし、お祖父さんの事をはじめ過去の色んな事を話して貰った。俺とヤメくらいシキさんに精通している人間は、きっとこの街にはいないだろう。


 そんな俺でも、シキさんがプライベートで何を好んで、どんな人間関係を構築しているのかは把握していない。休みの日に遊んだり一緒に食事したりする仲じゃないんだから当然だ。


 だから、彼女のあらゆる行動に関して断定する根拠はない。性格的にそんな事はしないだろう――――とまでは言えても、所詮は憶測の域を出ない。希望的観測とさえ言えるかもしれない。


 どうする……?


 尾行の時点でもかなり道義に反する行為だったけど、ここから先に踏み込むのは冒涜に近い。シキさんにはシキさんの人生があって、彼女の行動理念に基づいて生活している。仕事中とはいえ、食事を何処でとるかは本人の自由。それを監視するような真似は――――


「よーし今日は奮発してここで昼メシ食っちゃおっかなー! 私が何処で食事しようが自由だもんなー! え? ギマ奢ってくれんの? やったー! さっ入ろーぜ!」


 やだヤメさん素敵! 一切の躊躇がない! 奢って貰うの前提じゃ奮発もクソもねーけど。


「でもな……もし本当にデートしてたらどうすんだ? 暴れるよなお前」


「バッカ。スーパーサブマスターヤメちゃんがそんな狭量に見えっか?」


「見えるから言ってるんだけど」


「いーかよく聞け小僧。ヤメちゃんの愛はそんなちっぽけじゃねーのよ。もしシキちゃんが私以外の奴にメロメロで、そいつがちゃんとした奴だったら、そりゃーもー良かったねーって祝福しちゃるさ。シキちゃんが幸せになるのなら、その相手がヤメちゃんじゃなくてもいーの」


「お前……」


 唇から血を流しながら言われても説得力ないんですけど……あと笑みが引きつり過ぎてメチャクチャしゃくれてるぞ。


「でもその相手を知る権利くらいはヤメちゃんにあっても良くない? あるだろ? なー、あるよな……?」


 涙目で縋られても答えようがない。けど俺も似たような心境だ。この際、見栄を張るのはやめよう。気になり過ぎて仕事が手に付く気がしない。


「わかった。でもあんま高いのは頼むなよ」


「っしゃオラ! 気合い入れっぞ! 相手が詐欺師っぽかったら全力で捻り潰す!」


「……おー」


 そんなこんなでシキさんの後を追って高級レストランに入った。





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