第389話 一番安いサラダを単品で二つ

 久々に入った高級レストランは、以前入った時と比べて少しカジュアル寄りな雰囲気に感じられた。昼と夜では同じ店でも随分と空気が変わるらしい。


 それでも庶民が気軽に入れる店じゃないのは確か。まあ、この街の住民は辿り着くまでに散々金稼いでみんな裕福だから、庶民自体が稀な存在なんだろうけど。


「いたいた。あの席」


「ん」


 入店と同時にシキさん発見。恐らくヤメも俺と同じタイミングで見つけたんだろう。既に絶妙な位置の席へと座っている。


 この席ならシキさんが正面を向いている限り俺達は視界に入らない。俺達の方からはシキさんの表情までわかる。


 今は相席している相手はいない。けど入り口の方を気怠げに眺めているし、一人で食事に来ましたって感じじゃなさそうだ。


「服装はギルド出てった時と一緒。貴金属を身に付けている様子もなし。デートじゃないっぽいな」


「わっかんねーって。普段着が好きな相手かもしんないし。いるっしょ? 着飾った女が嫌いで、素朴っぽい服装ってだけで清純判定する底の浅い男」


 はい。何を隠そう私です。転生前後で何一つ揺らぎなく。

 

「でもシキさんが相手に合わせた格好するかあ?」


「んー……」


 あの楽観的なヤメが、シキさんの事となると心配性になる。そしてその気持ちは痛いほどわかる。シキさんってああ見えて変な男とか悪女に騙されそうなオーラ出まくってるもんな……


「来たっぽい」


 ヤメが小声でそう告げた直後、新たに入店した客がシキさんの座る席へと歩み寄っていく。こいつ……シキさんの微かな表情の変化や視線の動きで待ち人が来た事を確信したか。やはり出来る。


 それより相手は……男か。チッ。まあいい。重要なのは性別じゃない。シキさんとどういう関係かだ。


 この距離だと会話までは聞こえない。読唇術が必要になる。ヤメは――――


「……」


 俺の思考を読み切ったように、笑みを零して頷いた。既に読唇術は習得済みらしい。確かシキさんも使えたから、多分それラーニングしたんだろうな。同一化ってやつだ。


 ここからは声のボリュームを間違えるとシキさんや相手に聞こえてしまう恐れがある。慎重に行こう。


「挨拶してる。親しい様子じゃねーな」


 ボソッとヤメが情報をくれた通り、シキさんと男は他人の距離感で会話を始めた。


 男の容姿は……これといった特徴はないな。強いて言えば実直そうな雰囲気だ。髪は短めで綺麗に整えているし、終始穏やかな表情だから威圧感は皆無。少なくとも外見だけでヤバい相手だと判断する材料はない。


 どうやら恋人同士や幼なじみって関係じゃなさそうだ。けど、だからといってデートじゃないとは限らない。これが初デートかもしれない。お互い緊張してあの距離感になっている可能性もある。


「あの男、まずは食事を楽しみましょう……だってさ。なんか言い回しがいけ好かなくね?」


 流石にそれは言いがかりじゃないですかね。あと俺達もそろそろ注文しないとな……店員が笑顔で寄って来たし。


 さて、一番安いメニューどれだろ……


「あ、ヤメちゃんはシェフおまかせスペシャルコースな」


 こいつ息を吸うように一番高いメニューを! しかも言い争い出来る状況じゃないのを見越した上で!


 だが甘い。対抗策はある。


「あ、今のはただの冗談です。払える金額持って来てないんで。一番安いサラダを単品で二つお願いします」


 こう言えば確実にこっちの注文が通る。なおヤメと店員から『こいつマジか』って顔をされたけど気にも留めない。マナー違反とか知った事か。どうせもう来ねーよこんな高い店。


「……おっ。シキちゃん『時間もったいないから早く用件言え』だって。よっしゃデート消えた」


 ヤメの読唇術の信憑性はともかく、確かにそういう事を言ってそうな表情に見える。相手の方も苦笑いだ。これならヤメの言う通りデートの線はなくなったと見て良さそうだな。勿論信じてましたよ、シキさんは仕事中にデートするような人じゃないって。


 となると、相手は一体何者――――


「……」


 ついさっきまでガッツポーズまでして喜んでいたヤメが、急に無言のまま真顔になった。おいおいやめてくれよ……そんな深刻な話してんのか?


 ヤメは実況を一旦やめて聞き取りに集中。シキさん達も和やかさとは無縁の雰囲気で会話を続けている。こんな状況じゃ嫌でも良くない話をしてるって想像しちゃうな。


 考えられるのは…… 


①シキさんに一目惚れした貴族か金持ちの男が強引に求婚している

②シキさんの過去を知る男が何らかの理由で脅迫している

③シキさんの有能さを聞き及んで引き抜きを行っている

④実はヒーラーでシキさんを回復したいと圧をかけている


 こんなところか。


 今のところヒーラー特有のイッちゃってる感はないし、そもそもヒーラーの大半はあの温泉でおかしくなってるから④はない。シキさんは素っ気ない様子だけど怒ってはいないから②もない。そして①なら、こんな時間帯に誘う理由はないしシキさんがホイホイ出向くとも思えない。 


 となると、残りは――――


「おいギマわかった。あれ引き抜きだ」 


 やっぱりか!


 いつかこういう事が起こるんじゃないかって思ってたんだよな……ウチのギルド、知名度や仕事の大きさの割に有能なギルド員が多いから。その分変人も多いけど、シキさんは人格面でも特に問題はない。声が掛からない方がおかしいくらいだ。


 敢えて昼間にこんな店で話をするのは情報漏洩を防ぐ為、そして誠意を見せる為か。夜の方が客は遥かに多いからな。


「野郎の属してる勢力はわかるか?」


「鑑定ギルドだってさ」


 何……?


 鑑定ギルドって前にティシエラと行ったけど、ロクに機能してなさそうだったぞ?


 あー、でも自分の店舗や拠点を持って各自で活動してるって話だったな。その中の一人がシキさんを雇いに来たって事か。


 これはちょっと想定してなかった。何処ぞの富豪がメイド兼護衛としてシキさんを雇いに来るのなら割と納得できるんだけど……鑑定ギルドがどうしてシキさんに目を付ける?


 シキさんの能力はシーフ寄り。鑑定とはちょっと結びつかない。単に助手として優秀そうだから声を掛けたのか……?


「条件は提示してる?」


「してるしてる。今稼いでる年収の倍出すってさ」


 胡散臭いヘッドハンティングの常套句だな……とはいえ、鑑定ギルドに所属している以上は詐欺師じゃないんだろう。それだけ払える経済力を持っているって事か? まあ、ウチのギルドじゃ大して稼げてないってのは調べればすぐわかるだろうしな……


 シキさんは多分、金には執着していない。そもそもそこに拘る奴は新参ギルドになんか入ろうとしない。ウチのギルド員はみんな好き放題言う連中だけど、俺に報酬額の不満を漏らした奴は殆どいないからな。


 だけど不満の声があがらないのは、不満が全くない事の証左にはならない。心の中では『こんな端金で働かせやがって』と思われているかもしれない。


 それに、みんなプロだ。報酬額は単に生活水準の向上だけじゃなく個人の評価値にもなる。沢山お金を貰える方がやり甲斐を感じるなんて、ごく当たり前の事だ。


 シキさんはアインシュレイル城下町ギルドに愛着を持ってくれている――――それに甘えていなかったか?


 借金がなくなってある程度余裕が出来たのに、ギルド員の待遇を改善しようという意識が薄かったんじゃないか?


 秘書として俺のサポートをしてくれていたのに、あらためてサブマスターを募った事をやっぱり怒っていたんじゃないのか?


 ……いかん。どうもネガティブな事ばっかり考えてしまう。想定はしていた筈なのに、いざ目の前で引き抜かれそうになってると動揺が半端ない。


 恐らくヤメも――――


「……」


「おい。無言で辞表届出すな」


 でも実際、こいつはシキさんが辞めたら絶対追いかけるよな。つまりシキさんが引き抜かれた時点で二人の中心メンバーを失う訳だ。間違いなく大打撃。下手したら致命傷だ。


 どうする? いっそ恥も何もかも捨てて割り込むか? 『ウチのギルド員に何手ぇ付けとんじゃケツの穴にクシアスの槍ブッ刺してヒィヒィ言わずぞワレ』っつって脅すか?


 恐らくシキさんはそんな俺をカッコ悪いと思うだろう。好感度爆下げの可能性もある。


 けど、このまま黙ってシキさんを失うくらいなら……



「こんなトコで何してんの」



 ……へ?


「うぇっ!? シキちゃんなんで!?」


「なんではこっち。昼間からこんな高い店で……何? デート?」


 しまったバレた! ローキーの効果もう切れたのか!? どうするか考えるのに夢中でシキさんの方に意識が全然向いてなかった!


 どうやらヤメも俺と全く同じ精神状態だったらしく、シキさんの接近に気付いていなかった様子。俺以上に動揺が酷い。歯をカチカチ鳴らしてビビリ倒してる。


「ヤメちゃんがこんなのとデートしてるってシキちゃんに思われるとか……こんな辱めある……?」


 戦慄じゃなくて屈辱で震えてたのかよ。失礼にも程がある。


 って、今はそんな事に腹立ててる場合じゃない! 弁明! いやその前に状況確認しないと……


「いつの間にか仲良くなってたんだねお二人さん。でもこんな所でランチ食べてたら結婚資金なんて貯まらないと思うよ」


「違っ……!! 俺達はシキさんを追「ヤメちゃんがシキちゃん捨ててギマに走る訳ないじゃん!どんだけ格下げ「お前いちいち割り込んで話ややこしくすん「うっせーなーそっちこそシキちゃんに嫌われたくなくて必死か!?」


「二人ともうるさい」


「「……あっはい」」


 そういやここ、相当お高いお店でしたね。いや普通の店でもうるさくするのはダメだけど。


「はぁ……もう勝手にやって。私仕事あるから帰る」


 俺達のやり取りに呆れた様子で、シキさんは取り付く島もなくスタスタと店を出て行った。それを慌ててヤメが追いかけて行く。不本意だけど弁明は奴に任せよう。俺は俺でやる事がある。


 シキさんを引き抜きに来てた奴は……


「どうやらフラれたようだ」


 うわビックリした! 目の前にいるじゃん!


「君は城下町ギルドのトップだな? 僕はジスケッド。鑑定ギルドのNo.2といったところだ」


「サブマスターって訳じゃないのか」


「鑑定ギルドは通常のギルドとは違って個人活動が中心なのでね。それに、あのパトリシエをサポートするなど身の毛がよだつ」


 どうやらNo.1鑑定士のパトリシエとは余り良好な関係じゃないらしい。というか、あの自堕落生活を絵に描いたようなギルドの惨状から察するに、単に面倒で世話焼きたくないだけかもしれない。


「連れの子は出ていったようだし、ここ良いかい? フラれた者同士、傷を舐め合うとしようじゃないか」


「俺は別にフラれた訳じゃないけどな」


 俺のその返事を快諾と受け取ったらしく、ジスケッドと名乗った男は無駄のない所作でヤメが座っていた席に腰掛けた。


 ま、話をする事に関しては断る理由がない。俺がここに残ったのもそれが目的だ。


 シキさんを引き抜いた理由は聞いておく必要がある。奴の言葉通りならシキさんが既に断ったみたいだけど、今後しつこく勧誘されても迷惑だからな。ここで釘を刺しておきたい。


「ここ暫く、アインシュレイル城下町ギルドの噂はよく耳にしていてね。一度君とは話をしてみたかった」


「ウチみたいな新参ギルドに何か用事でも?」


「五大ギルド加入を目論んでいるそうじゃないか」


 ……おいおい。何処からそんな歪んだ情報を入手したんだ。


「生憎そんなつもりはない。何処で聞いた話だ?」


「出所は言えない。ただ、鑑定士は情報がとても重要なのだよ。パトリシエのような天才でもない限り、幅広い知識と人脈が必須だ。当然、顔は嫌でも広くなる」


 その広い顔の中に五大ギルドのギルマス若しくは関係者がいるって訳か。まあサブマスターコンテストの時の会話を聞いていただけかもしれないけど。


「ラヴィヴィオが街を出て行ってヒーラーギルドが急速に影響力を失ったのは我々も聞き及んでいる。五大ギルド陥落は時間の問題……いや、既に脱退したかもしれないな。当然、その後釜を狙うギルドは沢山ある」


「鑑定士ギルドもその一つってか」


「我々は他の五大ギルドと非常に相性が良い。冒険中に見つかった未知のアイテムは鑑定しなければ使えないし、鑑定士のお墨付きがなければレア装備品の流通は安定しない。我々が五大ギルドに加われば、鑑定から認可までの流れがスムーズになる。各ギルドに専門の鑑定士を派遣する事も可能だ」


 確かに、冒険者なんかは特に鑑定の需要は高そうだ。コレットも自分で見つけた宝石をビルバニッシュ鑑定所に持って行ったりしてたからな。各冒険者がその手間と費用を省けるとなると、かなりのメリットになる。


「とはいえ、我々以上に長い歴史を持つギルドも多い。食料関連をはじめ、生活に密着した職種のギルドは特にな。まあ、連中が五大ギルドに入るメリットは少ないが」


「箔を付ける理由は特にないだろうしな」


「その通り。逆に芸術系や宗教系は是が非でも加入したい筈。尤も、彼らの場合は単純に組織としての力が足りない」


 確か城下町には国教が存在していたけど、そこは教会税で運営していた筈だからそもそもギルド自体が不要。それ以外のマイナー宗教系は知名度や格を得たいだろうから、五大ギルドのブランドは喉から手が出るほど欲しい。でもマイナーだったら当然ギルド員も少ないし、他の五大ギルドにメリットがないから加入自体が不可能……ってトコか。


 芸術系も同様。絵描きや音楽家などの芸術家達はブランド力が極めて重要だ。ただ、五大ギルドに加入できるだけの影響力ってのはないだろう。


 勿論それはウチも同じ。周囲からは『ポッと出が何してんの?』としか思われない。


 もしかして、あれだけティシエラが強引に俺達を五大ギルドに引き入れようとしているのは、他の有力ギルドに問題があるからなのか……?


「実力不足の組織が権力を持てば確実に破綻する。五大ギルドそのものが腐敗しかねない。我々のように、例え地味でも確かな歴史と実績があって住民からの信頼も得ているギルドこそが実権を握るべきだ。そう思わないか? 新進気鋭のギルドマスター君」


 ジスケッドは口元を手で隠しながら、鋭い目付きで牽制を入れてきた。





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