第390話 心の底からソーリィガーゥ

 No.2鑑定士のジスケッド。どうやらこいつは俺に少なからず敵意を抱いているらしい。


 でも誤解だ。こっちには五大ギルドへ入る意志はない。


 ただティシエラにやたら薦められているのも事実。面倒な事になったな……


「僕の見解では、五大ギルド入りを果たすのは我々鑑定ギルド、レンジャーギルド、天気予報ギルドのどれかだと思っていた。しかし君達アインシュ――――」


「ごめんちょっと待って。天気予報ギルドって何?」


「知らないのか? そのまま天気を予報する天気予報士達のギルドなのだが」


 いやそれくらいは名前で簡単に予想できる。聞きたいのはそんな事じゃない。


 レンジャーギルドが上位クラスなのはなんとなくわかる。シーフの最上級というか、斥候から戦闘時の支援まで幅広くこなしつつ情報収集なども得意としている職業って感じなんだろ? ならソーサラーやヒーラーと同等の重要性を持っていそうだ。


 けど天気予報ってそんなに重要か?


 あ、でもよく考えてみたら……この世界には気象情報を知らせるニュースなんて存在しない訳で。天気予報自体は一般市民にもフィールドに出て戦う連中にも需要はあるから重宝されるのは当然なのか。


 でも他に相応しい名前はなかったのか? 気象ギルドとかさあ……そもそもどうやって天気を調べてるんだろ。気象学が何処まで発展しているのか想像もつかないし。単に雲だけ見て天気を予測するって事はないだろう。


「彼らは自然を解析するスキルを持っている。我々との関わりも深い」


「自然現象全般の鑑定士、みたいな感じ?」


「そう言って差し支えない。それ故にライバルとして長年切磋琢磨してきた同志でもあるのだよ」


 成程ね。天気予報を前面に出しているのは、それだけ求心力が高いって事なんだろう。

 

「レンジャーギルドも同様さ。決して主役にはなれないが、魔王討伐を目指すグランドパーティを陰で支えるギルドとして、長期にわたって人類に貢献してきた自負がそれぞれにある。そろそろ我々の内の何処かが主役になっても良い頃だ」


 な、なんか思っていた以上に熱い話になって来たな。彼らにとっての五大ギルド加入は、俺が思っているより遥かに価値があって、悲願と言っても過言じゃなさそうだ。


「だが君達アインシュレイル城下町ギルドが頭角を現わした事で風向きが変わった。特にヒーラー騒動を鎮静化させた功績は、我々としても認めざるを得ない。奴等は控えめに言って人類の面汚しだ。彼らが失墜したのは君達の存在が大きい。だから、新参とはいえ五大ギルド入りの候補となる事自体には納得している」


 いや、勝手に納得されてもな……こっちにその気はない訳で。つーか今の話を聞く限りだと――――


「シキさんを引き抜こうとしたのは、俺達の戦力をダウンさせて五大ギルド入りを阻止する為か?」


「そういう見方をされるのは仕方がない。だが僕は純粋に彼女が欲しい」


 ……あ?


「良い眼だ。初めて僕に興味を持ったね」


 なんだコイツ、急に気持ち悪い事言いやがって。興味っつーか純粋な敵意だよ。


「心配しなくても、君が思うような淫らな理由じゃない。僕が彼女を欲している理由は彼女自身の魅力とは違う所にある。まあ、知りたければ本人に直接聞く事だな」


「言われなくてもそうするよ。で、その本人には断られたんだよな?」


「まあな。一応ギルドの名誉の為に言っておくが、鑑定ギルドの総意で彼女を招こうとした訳じゃない。あくまで僕の一存で、僕の為に働いて欲しかった。鑑定ギルドがフラれたんじゃない。僕がフラれたのさ」


 知らんがな。どっちでもいいわ。


「しかし驚いたな。君も彼女も思いの外魅力的だ。僕は情熱ってやつがとても好きでね。冷めた人間は嫌いなんだ。彼女も一見クールで冷め切っているようだが、中々どうして熱いものを秘めているように感じたよ。君もそうだな」


「いや、俺は別に……」


「これは想定以上の収穫だ。納得こそしていたがやはり新参のギルドが我々と同格以上の扱いを五大ギルドにされているのは忸怩たる思いだった。けれど君のようなメラメラ燃え盛るフレイムのようなハートを持った人間がトップにいるのなら悪い気はしない。熱意は良い。生命の脈動を感じる」


 急に早口になったな! 最初からその気配はあったけど、やっぱりこいつもマトモじゃないのね……


 よォ~く思い出してみたんだけどよ~、俺が知り合う男がさあ!! 全員オレん脳苦しめてんだけど!!


 道理で男友達できない訳だよ……最近やっと一人出来たけど。


「今日から我々はライバルだ。正々堂々、五大ギルドの新しい席を懸けて勝負しよう」


「だから俺達にその気はないんだよ。ウチは最近ようやく名前を覚えて貰ったばっかなんだぞ?」


「だが僅かの間に十分な功績を残しているのも事実だ。魔王討伐は長らく停滞、聖噴水の恩恵で街中は安全、治安も良かったからトラブル自体が少なかった。手柄を立てる機会がなかったんだよ。我々は」


 今の物言いは随分と引っかかるな。まるで――――


「俺がギルドを設立した途端にトラブルが増えた、とでも言いたげだな」


「良いよ。その冷静な洞察と不本意な発言への怒り……伝わるぞ、嗚呼伝わるぞ、激情が。熱き魂まこと良き哉! ライバルが良いと僕は燃えるんだ! フィゥソグゥーーーッ!!」


 えぇぇ……もしかして皮肉じゃなくてマジで言ってんの? つーかテンション怖ぇーよ。最初の実直そうな印象何処行ったんだよ。あとここ飲食店だから騒ぐな。人の事は言えないけどさ。


「失礼。個人でやってるとね、中々歯止めが利かない所があるんだ。だがこの自由さが鑑定ギルドの利点でもある」


「アンタも店を構えてんの?」


「店ではなく事務所だな。僕は問題がありそうな物を専門的に鑑定する危険物鑑定士でね。暗黒武器や呪われたアイテムの鑑定などを得意としている。それと――――」


 さっきまで悶えながら吼えていた男とは思えないほどの静謐さで。



「十三穢、とかね」



 ――――奴はそう告げてきた。


 ジスケッドか……忘れられない名前の一つになりそうだ。


「また良い顔を。燃え滾るマグマを胸の内に秘めた大人の男の貌だ。そして僕もまた滾っている! 滾り滾られフェイストゥフェイス!!」


 ……そしてこいつの所為で俺も店員から顔覚えられたな。完全に出禁だろこれ。スッゲー睨まれてるもん遠くの方から。


「君とは長い付き合いになりそうだ。お近づきの印にここは僕が払っておくよ。遠慮せずソロパーティーを楽しんでくれ給え。バーイセンキュ」


 軽やかな足取りでジスケッドは立ち去って行く。でも途中で店員に肩を掴まれ胸をドンと押されメッチャ説教を受けていた。あれだけ騒げばそりゃね……


 十三穢の鑑定までしてると自ら俺に明かしてきた理由は、俺がネシスクェヴィリーテやフラガラッハと関わったからだろう。そして恐らくシキさんも――――



『私の祖先が、その十三穢の所持者だったんだ』



 シキさんのお祖父さんは息子によるイメージダウン戦略の犠牲となり、無能の商売人っていう謂われのないレッテルを貼られた。その名誉を回復する為、シキさんは十三穢の入手を試みていた。結局手には入らなかったみたいだけど、その時に情報を色々と集めていた筈。ジスケッドの奴はそれを知る為にシキさんを引き抜こうとしたんだろう。


 十三穢を鑑定する事で箔を付けたいだけなのか、他に狙いがあるのか……何にしても、かなりの野心家っぽいのは伝わってきた。ありゃ間違いなくNo.1の座を狙ってるな。


 どうやら新たな難敵が――――


「私共は全てのお客様に最高の環境で御食事して頂く責務があります。それを破壊する行為は断じて看過できません。一度だけなら出来心とも思いますけど、あれだけ何度も叫ばれては故意だと判断せざるを得ません。貴方は何処の店から依頼された刺客なのか速やかに自供する義務があります」


「違うんだ。つい気持ちが昂ぶってしまって……心の底からソーリィガーゥ……」


 ……そうでもないか。すんごい形相で淡々と説教されて心バキバキに折られてるじゃん。せっかく大物感出して去ろうとしたのに台無しだったな。


 あっ、ビンタされた。詰められ方エグいな。悪いのはアイツだけどちょっと居たたまれなくなってきた。いい大人が店員から説教どころか折檻までされる姿は胸にクるものがある。


 俺もちょっと大声出しちゃったんだよな。あそこまで怒られるほどじゃないとは思うけど、あの様子を見てると楽観視は出来ない。


 ……今なら店員の意識はジスケッドに全集中してるな。


 よし帰ろう。


 そんな訳で、こっそりと店を後にした。


「きっ君! 待ってくれ! ヘウッ! ヘウッミィ!」


 後ろから切実な声が聞こえて来たけど無視してやった。

 




 ――――そんなしょーもない一幕もあったものの、ヤメをサブマスターに据えた新生アインシュレイル城下町ギルドは順調なスタートを切った。


 俺の提唱した『主要な団体とは仲良く』って方針に従い、ヤメはアヤメルを連れ積極的に顔出しを行いヨコの繋がりを強化。演技つよつよのヤメと天然なアヤメルのコンビは余程相性が良いのか、大半の団体から良好なリアクションを得た。


 娼婦の件も無事解決。女装までして自分の為に駆けつけたディノーに感動したらしく、男性不信に陥っていた娼婦は無事復活し、女帝の所に謝りに行ってまた働かせて貰う事になったとか。これで安心して合同チームに加われるとディノーは化粧を落とさず笑っていた。


 雪かきの道具も必要数確保する事に成功。職人ギルドと商業ギルドの全面協力を得られたのが大きかった。その代わり彼らのギルドに雪が積もったら無料で除雪する事になったけど、全然問題はない。


 俺はその交渉や別件の営業で忙殺された為、ティシエラが本当に10年後の引退をギルド員に告げたかどうかは知らない。ま、その内聞く機会もあるだろう。


 アヤメルは常にヤメと行動を共にし、サブマスターの仕事を肌で感じていた。俺が不在の時にはギルマス代理として接客にもチャレンジして貰った。俺よりも遥かに好評だったのは……まあ仕方ないよな。相手が中年だったからな。アヤメルみたいなタイプはあの世代に異様に受けが良い。ウチのギルドのオヤジ達もすっかり虜だ。


 そんなこんなで、あっという間に時間は忙殺され――――



「いよいよ明日からですね! 温泉旅行!」



 気付けばそうなっていた。


「最終的な参加人数はどれくらいになりました?」


「20人くらいかな。辞めた奴まで行くって言い出してさ……今は場末のヒーラーギルドで働いてる子なんだけど」


「よく許可しましたね。トモ先輩ってなんだかんだ心広いですよね。ヤメ先輩は甘いってよく言いますけど、私は良いと思います!」


「……ありがと」


 俺の周りにいる連中は捻くれた人ばっかだから、アヤメルみたく率直に色々褒めてくれる奴はかなり貴重。やっぱりさ、褒められて伸びるんだよ人間って。説教はするのは良いけどされるのは勘弁。あと見るのも。ジスケッドのアレは本当酷かった。


「ヤメはシレクス家に行ってそのまま直帰だから、アヤメルも今日はもう上がっていいよ。お疲れ様」


「ありがとうございまっす! あ、でもその前に一つ言い忘れてた事が」


「何?」


「明後日なんですけど、冒険者ギルドからミーナに人を出すそうです。聖噴水の定期調査とかなんとか」


 魔王城に近い街は、この城下町以外でも基本的に聖噴水によってモンスターの侵入を阻止している。中にはヒーラー温泉のようにモンスターも招き入れる所もあるけど、ありゃ例外中の例外だ。


「聖噴水の調査か……それもいずれ俺達が任されるようにならないとな」


「冒険者ギルドとしてもその方がありがたいかもですね。当番制なんですけど、あんまりやりたがる人いないんで」


 街の外への遠征自体は冒険者にとって日常の事だろうけど、やっぱり自由に行動できないのがストレスなんだろな。冒険者ってフリーダム万歳って感じだし。


「誰が派遣されるのかはちょっと把握してないんですけど、多分挨拶に来ると思うんでテキトーに対応してやってください。私は私を見下す冒険者全員漏れなく嫌いなんで、人によっては対応拒否します」


「サブマスターになるのなら、嫌いな相手との対話にも慣れといた方が良いと思うよ」


「あっずるい! そんな言い方されたら断れないじゃないですか! トモ先輩そういうずるいトコありますよね! もーっ!」


 こういう所はコレットと似ている気がする。この調子なら冒険者ギルドのサブマスターも務まりそうだな。


 この四日間、彼女がいる時は常にギルドが明るかった。ムードメーカーって大事だよな。ウチにはいないタイプだから余計それを実感した。


「それじゃ、明日の用意があるんで私はこの辺で」


「ああ。寝坊して一人留守番なんて事にならないようにな」


「トモ先輩も着替え入れ忘れて泣かないようにね!」


 べーと舌を出し、アヤメルは楽しげに帰宅の途についた。


 これでギルド内には俺一人。明日から三日間はギルド休みだから、しっかり戸締まりしておかないとな。


 返済不要となった分の金は商業ギルドに預けてある。この世界に銀行と同等の金融機関はないけど商業ギルドが預かり所を営んでいて、まとまった金品を一時的に預かってくれる。これは正直かなり助かった。


 さて、俺も明日の準備をしないとな。


 とはいえ、温泉には多分入れないだろう。グランディンワーム戦で負った背中の怪我が染みるだろうし。その為だけにお高い回復アイテムを買う事も出来ない。副作用も怖いし。


 だからと言って楽しみじゃない訳じゃない。アヤメルもそうだし他の面々もそうだろうけど、きっと心行くまで楽しんでくれるだろう。それを見ているだけで十分満たされる。


 俺もすっかり保護者ポジションになったもんだ。


「何薄ら笑い浮かべてるの?」


「うわビックリした! ってシキさんか……」


 てっきり俺しかいないと思ってたのに、一体いつの間に……って毎度の事か。


 にしても、ちょっと気まずい。あのレストランの一件以来ロクに話もしてなかったもんな。


 あの後ヤメにどうだったか尋ねたら『許して貰ったけど結構キレてたからほとぼり冷めるまで待った方が良い』って回答が返ってきた。ジスケッドの狙いも大方判明していたし、シキさんもなんとなく俺を避けてるような気がしたから、ここは暫く冷却期間を置こうと決めた訳だけど……まさか向こうから声を掛けてくるとは。


「ちょっと良い? 時間」


「うん、大丈夫。何?」


「隊長、前に言ってたじゃん。私と話す機会を作りたいって」


 勿論覚えている。ヤメがサブマスターになった影響で、シキさんとの接点が減るって話をした時の事だ。


「明日から旅行でしょ? だから今日が良いかなって」


「え? シキさんも旅行、行くよね?」


「……」


 事前に募った希望者の中にはシキさんの名前も当然あった。キャンセルしたって話も聞いてない。


 どういう事だ……?



「話そっか。隊長」



 そう口にしたシキさんの顔は――――何処か寂しそうに見えた。


 




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