第243話 ダンジョン初体験

 マンティコアを何者かが手懐けていた所を目撃したのは冒険者だったって話だから、奴等が調査に来ても不思議じゃない。でもまさか、ここまでタイミングもろ被りとはね……


「っていうか、なんでギルマスが自ら来てんのさ」


「人の事言えないじゃん。しかもトモはそんな戦闘向きの能力でもないし」


 確かに……レベル79の冒険者相手に言う言葉じゃなかった。


 でもコレットはつい最近、その所為で行方不明になったばかり。危機管理の観点で言えば、ちょっと頂けない判断だ。


 もしかして焦ってる? 自ら積極的に危険な任務に就いて、自分に票を入れなかったギルド員達に認められようとしているんだろうか。それか、この前の失態を取り返そうとしているのか。


 何にしても、部外者の俺が口を挟める問題じゃない。正直、俺も似たような気持ちでいるしな……


「マンティコアの件の調査か?」


「そ。もう全部やっつけられたみたいだから、そこまで気にしなくても良いって思ってたんだけど……ホラ。人間に化けてるモンスターがいたでしょ? やっぱり気になって」


 思うところは同じか。


「それと、ディスパースのメンバーを決める為の判断材料にもしたくて」


「ディスパース?」


「ソーサラーギルドとの共同チーム! この名前決める時トモいたよ!?」


 そう言えば、そんな名前だったっけ……こういう何の引っかかりのない固有名詞って、なんか覚えるの苦手なんだよな。『ホイップ塩あんぱん』とか『バターなんていらないかも、と思わず声に出したくなるほど濃厚な食パンで作ったフレンチトースト』なら一瞬で覚えられるんだけど。


「実力や実績は申し分ない人達ばかりなんだけど、即席チームにどれだけ馴染めるかってのが大事かなって。だから、そのテストの審査も兼ねて私が来たんだよ」


「そういう事か。なら納得」


「もしかして心配してくれた?」


「余計な事言わなくて良い」


 ちょっと癪だったんで、思わずコレットの頭を小突こうとしたけど……他の冒険者が見てる前でそんな事するのは良くないよな。自分とこのリーダーを軽んじていると思われたら心証悪くなる。今日はコレットへの態度に気を付けよう。


「トモ達は何しに来たの? 私達と同じ目的じゃないよね?」


「フラワリルって鉱石が欲しくてさ。それ採りに来たんだ」


「……へー。フラワリル」


 宝石コレクターだけあって、その名前を聞いた途端にコレットの目の色が変わった。スゲー何か言いたそうだけど……流石に自粛したか。


「ギルドマスター。そろそろ……」


「あ、はい。すみません長々と。それじゃトモ、またね」


 一緒に行こう、とか言い出すかもと思っていたけど、私情を挟む事なく他のメンツと一緒に鉱山へ入って行った。


 でもさっきの表情、やっぱりちょっと堅かった気がする。余り親しくない冒険者を連れて来ただけなら良いけど、ギルド員全員とあんな距離感だったらキツいだろうなあ……


 そのコレット率いる冒険者チームは全部で5名。男3、女2のパーティだ。コレット以外の人達とは面識がないけど、みんなこっちに会釈してくれたし、性格の悪そうな人はいないみたいで安心した。


 ただ――――


「メキト……」


 その中の一人を見るディノーの目が気になった。


「知り合いか?」


「知っている顔って意味では全員そうだ。最初に会釈した巨躯の男はウーズヴェルト。見た目の通りパワー頼りの戦士で、俺がいた頃のレベルは54だった」


 次に挨拶してきた中性的な顔立ちの男はコーシュ。レベルは52で、防御技術に秀でている。その次はヨナという女性。レベル50で、細い槍を操る猛者だけど、それ以上に作戦立案と分析にかけては天才的、とはディノー談。ちなみに全員若く、最年長で老け顔のウーズヴェルトでも25歳だそうな。大分年下だったかー……


 にしても彼等と言い、アイザックの取り巻きの女達と言い、本当レベル50前後がゴロゴロいるよな……この街。ソーサラーギルドもそうなんだろうか。


 っていうか、ウチのギルドの連中がレベルどれくらいなのかも知らないんだよな。マギソート置いてないし。ヤメが55とかだったら結構ショックかもしれない。トリプルスコアはキツいっすわ。


 そしてディノーがポツリと名前を呟いたメキトという男性は――――


「今年になってこの街に来た奴だから、一緒に仕事したのは数ヶ月なんだ。当時はレベル40台前半だったから、実力は大した事なかったんだけど、ただ……猛烈な勢いで上達してた」


 上達か……ほぼ全員が良くも悪くも完成しきっている筈の終盤の街で。だとしたら、結構異質な存在かもしれない。


「その後、冒険者ギルドでどうなったかは知らない」


「ソーサラーギルドとの合同チームの最終選考まで残ってるくらいだから、レベル50くらいにはなってるかもな」


「この短期間でそこまで上げられるとは思えないけど、彼なら或いは……」


 ディノーの様子は、明らかにメキトという男に一目置いているようだったけど、それだけでもなさそうだった。何か因縁でもあるかのような、独特な緊張感を含んでいたような……


「私達も! 行きましょう!」


「っと、そうだな。こんな所でボーッとしてても始まらないか」


 オネットさんに促され、俺達も全員揃って鉱山の入り口へと向かう。


 入り口は予想通り小さく、巨大な金属製の素材で補強されているものの、ちょっと頼りないというか、安全性に一抹の不安を覚える見た目だった。


 とはいえ、ここで躊躇していても仕方ない。覚悟を決めて中に入ろう。


 ……何気にダンジョン初体験だな。地下水路で怪盗メアロと一悶着あったけど、あれは街の中だしな。ここがダンジョンか。興奮してきたな。


 中もやっぱり狭い。坑道って言うのかな、なんか補強用の鋼枠が定期的にあって雰囲気を醸し出している。


 意外なのは、殆ど暗くない事。日光は入り口付近にしか入ってこない筈だから、少し進めば松明でも燃やさない限り真っ暗になっても不思議じゃないのに、ずっと視界は確保できている。


「結構明るいけど、鉱山ってこういうもんだっけ?」


「私もそれほど、頻繁には来ていませんけど、ここは割と、ファローラが、飛んでいるみたいですね」


 ファローラ……何だろうそれ。でもこれ以上聞くと常識知らずと思われそうで聞けない。取り敢えず、それが飛んでるから明るいって事なんだろう。光子みたいなものかもしれない。


 にしても、冒険者のパーティが先を行ってくれているから、斥候を出す必要がないな。仮にモンスターがいてもサクッとやっつけてくれそうだし、目的も違うから焦る必要もない。暗闇もないし、思いのほか楽な初ダンジョンになったな。


「ここって色んな種類の鉱石があるって話だったけど、フラワリルは何処だろうな」


「俺も鉱石には詳しくないんだよな……手当たり次第掘るしかないんじゃないか?」


 ディノーの言う通り、奥まで進んでガンガン岩を削っていくしかないんだろうか。非効率極まりないと思うんだけど……こんな事ならイリスに詳しく話聞いておけば良かったかな。


 待てよ。今ここには宝石大好きコレットさんがいるじゃん。あいつ確か色んな鉱山巡って鉱石や宝石を採りまくってるみたいだし、追いかけてノウハウを聞いてみるか――――


「フラワリルは奧の方にはないよ。最初の分かれ道を右に曲がって、次を左、その次は真ん中を行くと行き止まりがあって、そこの岩壁に含まれてる」


 歩を早めようとしたタイミングで、シキさんがガイドみたいに説明してくれた。


「もしかして、調べててくれた?」


「有名なダンジョンだから、ちょっと興味もあったし。それだけ」


 ……相変わらず、口調だけは素っ気ない。


 でも驚いたな。秘書みたいな仕事は露骨に嫌がってたのに、まさか率先してやってくれるとは。っていうかシキさん有能過ぎる。頼り過ぎたら俺自身がダメになっちゃいそうで怖い。


「頼もしい仲間がいて! 心強いですね!」


「それ皮肉?」


「ただのお世辞です!」


 ……地味にオネットさんとシキさんって不思議な関係なんだよな。仲良くはしてないんだけど、お互いわかり合ってる感があるというか……シキさんもオネットさんには一目置いてる感じだし。


「このギルドは不思議だな。ギルド員の距離感が独特だ」


「みんな自由にしてっからね。ギルマス嘗めくさって」


「そういう訳でもないと思うがな」


 ディノーは苦笑いを浮かべながら、歩く速度を緩めて俺の隣に並んできた。


「冒険者ギルドと違って、このギルドにはプレッシャーも気負いもない。かといって、やる気がない訳でもない。ギルドマスターの借金を返そうと、結構みんな本気で取り組んでいるよ」


「いやいや、もう騙されねーぞ。差し入れかと思ったら賄賂だったからな。そういうギルドなんだよウチは」


「ははは。その件は確かにな」


 そんなヌルい会話をしながらシキさんの言う通りに進んで行くと――――ぼんやりと様々な色が浮かび上がっている岩に囲まれた行き止まりに差し掛かった。


 宝石の素となる結晶化した鉱物と言っても、天然石の状態では美しいとまでは言えない。透明度はかなり低く、濁ったような色で岩石に混じっているその見た目は、くすぶっている人間の声を具現化したように思えて仕方ない。


 だからだろうか。宝石よりも寧ろ、この状態の方に惹かれてしまう。


「さて……ここからはコイツの出番だな」


 ディノーが薄く笑みながら、背負っていた物を下ろす。


 こういう鉱石はツルハシやハンマーで力任せに砕いて、その欠片を持ち帰るってイメージがあるけど、この世界の鉱石採集方法はもう少しスマート。スキル【発掘】を併用した採集が一般的だ。


 ツルハシやハンマーで大きめに岩を割ると、損傷箇所は少なくなるけど持ち運びが困難。かといって小さめに割ると今度は折角の鉱物を砕いてしまう可能性も高くなる。鉱物の集中する箇所――――鉱床の位置を把握できれば良いけど、表面が岩に覆われている状態で境界を完璧に視認するのは難しい。


 そこでスキル【発掘】の出番。これを使用すると、鉱物が反応して薄く光る。つまり、光らない場所をなるべく割るようにすれば良い。


 また、他のスキル同様に発掘スキルにもランクがあって、【発掘2】を持っていると鉱物の部分以外を脆く出来るらしい。そして【発掘3】だと素手で砕けるくらいに出来るという。つまり道具なしで採集が可能な訳だ。


 とはいえ相当なレアスキルらしく、ウチのギルドには【発掘3】どころか【2】の持ち主もいなかった。それでもディノーが【1】を持っているから、砕くべき箇所の特定は出来る。


 後は、出来るだけ鉱石を傷付けないように岩場から採集するのみ。その為の道具が、ディノーの足下にある『斬岩剣』と『穿岩槍』だ。


 殆どの武器が対モンスターを想定して作られているのに対し、この二つはモンスター退治と鉱石採集を同時に行えるハイブリッドな武器。ライオット武器商会に売ってる商品らしい。ちなみにベリアルザ武器商会にはこんな機能面重視の武器は当然の如く置いていない。


「岩を斬るのは相当な技術が必要だけど、穿つのは割と難しくない。トモとシキさんは穿岩槍を使ってくれ」


「了解」


 シキさんは普段ナイフ専門だから、槍を持つとなんか変な感じ。っていうか率直に似合ってねぇー……暗殺者やシーフと槍って絶望的に相性悪いな。


「余計なお世話」


 俺のジト目に気付いたのか、シキさんが槍の刃部じゃない方で脇腹を突いてきた。痛くはないけどこそばゆい。


「んんん? お二人。そんなに仲良しさんでしたっけ?」


「違うから。そういうんじゃない」


 オネットさんにイジられて、シキさんは照れた様子一切なくムッとしていた。俺的には、こういうからかわれ方は学生時代に全く経験してこなかったんで、年甲斐もなく嬉しいです。はい。


「それじゃ、採集を始めよう。【発掘】を使う」


 ディノーがそう宣言した直後、彼の右掌が薄紫色に発光し――――その手で触れた鉱石の一部が反応して、同じ色で光り出した。


「少し視認し辛いかもしれないけど、この光のない部分を砕いて、手頃な大きさで採集しよう」


「おうよ!」


 言われるがまま、光っている箇所を避けて槍で突く。原理は良くわからないけど、ビックリするくらい手応えなく深くまで突き刺さった。穿岩槍の名はダテじゃない。


 一度に持って帰れるのはそう多くないけど、先に砕けるだけ砕いておいて、何度か往復して持って帰れば、十分な量のフラワリルを確保できそうだ――――



「ねぇ。何やってるの?」



 そんな算段をしていると、明らかにシキさんでもオネットさんでもない女声が、背後から聞こえて来た。


 その声は――――ピカソの『泣く女』が絵から這い出て呻いたんじゃないかってくらい、人間離れした声帯から発せられた呪詛だった。



「それは私がイリスにあげる物でしょう……? 何勝手に持ち出そうとしてるんです? はあ?」



 行方不明になっていた自称イリス姉が現われた!


 ……マジどうする?



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