第463話 この世界の主役は我々だ!
いや意味わからんて。なんで子供のシキさんがここにいる?
そりゃ過去世界なんだし、11年前のシキさんが存在する事自体は妥当だよ。外見も小学校中学年くらい、つまり9歳だし何の矛盾もない。でもここにいるのは大人の方のシキさんじゃなきゃおかしいだろ。
「……そのナイフ」
「あ、ああ。ベルドラックが……」
「取り返してくれたの?」
実際には向こうが投げて寄越しただけの事だけど、取り返したと言った方が好感度はアップしそうだ。それくらいの嘘は別に良いだろう。誰も傷付けないんだから見栄張るくらい問題ない。
「いや。シキさんに返すよう頼まれただけ」
……んだけど、どうにも性に合わない。どうしても安いプライドがね、邪魔するんですよね。我ながらバカ正直だ。こんな返事じゃシキさんだって気が抜けるだろうに。
「あ、そ」
案の定、素っ気ない返事。姿は子供だけど中身はそのまま俺の良く知るシキさんだ。
とはいえ確認は必要だろう。
「俺と一緒にここに来たシキさん……だよね? そのナイフの所持者って事は」
「一応ね」
やっぱり11年前のシキさんじゃなく、俺の良く知る20歳のシキさんが9歳の姿になっている訳か。
……どういう事? 何か怪しいクスリでも飲んだ? それとも11年前の自分と頭ゴツンやって入れ替わったとか? まあ他人同士が入れ替わるよりかは現実的かもしれないけど……
「なんでそんな若返ったの?」
「……この宿に入る前に、9歳の頃の私が歩いてるの見かけて」
「うんうん」
「その瞬間にこうなった」
……シンプルだなあ説明。でもそれが全てだとしたら、ちょっと厄介な仮説が成り立ってしまいそうだ。
「9歳の方のシキさんはその後どうなったの?」
「いなくなってた……と思う。自分の変化に驚いて暫く目を離したから、どっか路地裏に入ったかもだけど」
いや、恐らく違う。
消えたんだ。俺の推測が正しければ。
「シキさんはこの世界、本当に過去の城下町だと思う?」
「少なくとも11年前の城下町が下地なのは間違いないよ。けど……本当に『この日』があったかどうかはわかんない」
流石シキさん、勘が良い。多分俺より手掛かりは少なかった筈だけど、ここが作り物の世界だって可能性にもう気が付いてる。
「その懸念通り、もしここが過去世界のレプリカだったらシキさんの姿が変わった事に一応の説明が付くかもしれない」
「……どういう事?」
「この世界に『二人のシキさん』がいるのは矛盾なんだ。当たり前の事だけど、シキさんは世界に一人しかいないからね」
だから本来なら、シキさんが二人存在している時点で術式の定義破壊が起きなきゃいけないんだ。明らかに矛盾が生じてるんだから。
でも実際にはそうはなっていない。そしてシキさんが自分の他にもう一人自分がいると認識した瞬間、9歳の方のシキさんは消えて20歳のシキさんが9歳の姿になった。
この事から導き出される答えは――――
「この世界が強制的に矛盾を消去したんだ」
いわゆる歴史の修正力に近い概念。11年前を模した世界と余りに矛盾している事項に関しては、強制的に修正が入ると解釈できる。だからシキさんが『もう一人自分がいる』というあり得ない認識をした瞬間、二人存在していたシキさんが強引に一人にされてしまった。
「でもそれだと、外部から来た私の方が排除されるんじゃないの?」
「確かに俺達はこの世界からすれば部外者だ。でも逆に言えば俺達が観測しているからこそ、ここは過去の世界として成立してるんだよ」
「?」
シキさん、どうやらピンと来ていない様子。まあ実際、俺の仮説は『ここが過去世界のレプリカ』ってのが大前提だからちょっと捻くれた解釈ではあるんだよ。ここが本物の過去の城下町だったらこんな話にはならない。
「ここが『過去のアインシュレイル城下町として作られた偽物の世界』だと断定して話を続けるよ? 例え偽物でも、ここの住民……この世界にいる人々は自分達の今を『過去』とは認識しないでしょ? 当然、自分達が過去の住民とも一切思ってない」
「そりゃそうでしょ」
「彼等はあくまで舞台装置なんだよ。それに対して俺達は、ここを『11年前の城下町』と認識してる訳だ。って事は、俺達の認識の方がこの世界におけるベースになってる。つまり……」
これが何を意味するのかっていうと――――
「俺達が主役なんだよ」
「……はあ?」
いや別に主人公願望があって言ってる訳じゃないからね? 頭のおかしな人を見る目やめて。
「ここが作り物の世界だとしたら当然、誰かしらの術とか能力によって生成されてる訳。なら独自のルールがある筈なんだよ」
「ルールって、術式の定義?」
「そう。亜空間を作る上で何らかの定義が予め設けられてると思う」
それは条件と言い換えても良い。この世界が成立する為の条件だ。
まず大前提として、11年前のこの世界を克明に模している事。城下町だけじゃなくコレット一家が住んでいたクラウデントアークも恐らく実在する都市と酷似しているんだろう。要はモデルに忠実に作られている。
だけどシキさんも言っていたように『11年前のとある日』を完全再現してるって訳じゃない。もしそうなら俺達がここに入って来た時点で、或いは誰かと関わった時点で定義破壊が起こらなきゃおかしい。完全再現じゃなく、あくまでモチーフだ。
ただし、明らかに奇妙な事が幾つか起こっている。目の前のシキさんの変化もその一つ。そして俺の方でも常識的にあり得ない事が幾つか起こった。
中々骨が折れそうだけど、これは考察し甲斐がありそうだ。定点カメラの時もそうだったけど、じっくり検証すれば自ずと答えが――――
「それで、どうすれば脱出できるの? 過程はいいから結論出して」
えぇぇ……術式の定義に興味ゼロ? いやそりゃ全部俺の勝手な推理ですけれども。俺だけなのか、謎解きにちょっとロマン感じてるの。ああそう。
「隊長、不貞腐れてる?」
「まさか」
すんません。ちょっとだけヘソを曲げてました。
「……取り敢えず、別れてからの経緯を共有しようか。そこに脱出のヒントがあるかもしれないし」
「了解」
当たり前だけど見た目だけじゃなく声も幼い。ってかシキさん、子供の頃は今と結構雰囲気違うな。
それなりにやさぐれてる今のシキさんと違って、チャイルドシキさんは純粋そのものって感じの顔。目付きも鋭くない。髪型が同じじゃなかったら一瞬ではわからなかったかも。
「何? 人の顔ジロジロ見て」
「なんつーか、アレですね。苦労してきたんですね」
「うっさい」
蹴られた。でも軽い軽い。全く痛くない。
「……ま、この頃の私はおじいちゃんにべったりで世の中の醜さなんて知らなかったから、甘ちゃんな顔してたって言われればその通りなのかもね」
その甘ちゃん顔で人生悟ったような事言われても。哀愁とか全然伝わって来ない。
「そのお祖父さんを一目見に行ったんだよね。ちゃんと目に焼き付けられた?」
「……」
シキさんは敢えて返事はせず、俺の方を見るでもなく、黙ったまま何かに想いを馳せていた。
暫く沈黙が続き――――
「ごめん」
意外にも、出て来たのは謝罪の言葉だった。
「こんな異常事態に自分勝手な単独行動なんてあり得ないのはわかってたんだけど……」
「良いよ。気持ちはわかるし。まあ先に一言欲しかったけど。断られると思った?」
「……」
ちょっとキツい言い方だったかもしれないけど、別に怒っちゃいない。シキさんの性格上言い出せなかったのも理解できる。多分、俺がちょっとでも困った顔をした時点で諦めただろうな。
「次にこういう事があったら声くらいは掛けてみてよ。俺、まあまあシキさんには甘い方だからさ」
「……そんなんだから言い出し難いんじゃん」
反論っぽい物言いとは裏腹に、シキさんは終始申し訳なさそうにしていた。珍しい。普段の姿で見たかった。でも子供時代のシキさんはそれだけでレアだからまあ良しとしよう。
それにしても、ですよ。ああスマホが恋しい。前世では全く活用してなかったけど今は気軽に撮影できるあの文明の利器がひたすら恋しい。アレがあればシキさんだけじゃなくティシエラやコレットやルウェリアさんの幼少期を画像や動画で軽率に残せたのに。記憶だけに留めておくのは余りに惜しい……
「で、そっちはあれからどうしてたの?」
「ああ。それじゃ俺が先に話そうか」
という訳で情報の共有を開始した。
話すべき事は多い。子供のティシエラやフレンデリアと遭遇し、ソーサラーギルド内の奇妙な覇権争いに巻き込まれた事。その後、熊に化けたウィスが出て来て連れ出された事。上手く出し抜いて逃げたものの精霊王と出くわし大ピンチに陥った事。更にその後街の外に吹き飛ばされコレットに偶然出会い、再び城下町に戻って来た事――――
「……隊長の知り合い出て来過ぎじゃない?」
「でしょ? それもたった一日ちょっとの間にだよ?」
シキさんも同じ印象を持ったか。やっぱりおかしいんだよ。偶然過去に来ました、って感じじゃないんだよな。
「さっき言った『この世界の主役は我々だ!』ってのはそういう事。俺を中心に状況が動いているみたいになってんの」
ルウェリアさんと御主人、ティシエラ、フレンデリア、コレット。
ティシエラとグランドパーティを組んでいたウィスとベルドラック。
そして……シキさん。
もし過去に戻れるとしたら、その時代のこの人達に会ってみたい――――そう思うであろう人達と悉く会っている。
この過去世界は漠然と『俺が見たかった過去』なんだ。
「シキさんの方はどうだった? 知り合いと高頻度で出くわしたりしなかった? 子供の頃のヤメとか結婚前のオネットさんとか」
「二人ともこの頃は城下町にいないんじゃない?」
あ、そっか。流石にそこの整合性までは破綻してないよな。コレットが遠く離れた街にいたように。
だからこそ、俺がコレットと出会ったのがご都合主義過ぎるんだ。ウィスが熊に化けていたのも奇妙過ぎる。幾らなんでも地中から熊はねーよ。余りに強引な事が起こり過ぎている。
「私の方は隊長みたいに波瀾万丈な二日間じゃなかったけど。子供の身体になって右往左往してたらおじいちゃんに見つかって……」
「ありゃ。だったら素直に甘えられたんじゃないの?」
大人の姿のままだったら、向こうはシキさんだと認識しようがないし他人を見る目で見られるだけ。でも子供の姿ならこの時代のシキさんとして接してくるだろう。
それならシキさんも――――
「……」
あー。この様子だと素直になれなかったっぽいな。
「そんなの無理に決まってるじゃん。姿は子供でも中身はもう……いい年した大人なんだし……」
それは凄くわかる。恐らくこの世界にいる誰よりも共感できる自信はある。だからこれ以上は言えない。
「でも、話は出来たんでしょ?」
「一応ね」
「なら良かったんじゃない? 本来ならもう二度と会えなかった訳だしさ」
「……うん」
それも、苦しんだ晩年じゃなくその少し前のお祖父さんと会話できたのなら、きっと自分の中の記憶を随分書き換えられたんじゃないだろうか。
シキさんのお祖父さんに対するイメージは、どうしても身内から責められ蔑まれた晩年の時期がメインになってしまっている。苦い思い出の方が記憶に残りやすいもの。恐らくそれより前のお祖父さんの記憶は薄れていた事だろう。
だから今回の再会はシキさんにとって大きな意味を持つ筈だ。例えそれが作り物の世界の住民だとしても。
「それで、どういう経緯でベルドラックに捕まったの? やっぱり俺みたく『変な侵入の仕方しただろ』って因縁付けられた?」
「……」
あれ。もしかして違うのか?
まさか知り合いって事と関連してる? でも11年前のベルドラックが20歳のシキさんを認識できる筈ないよな。
もしや……ナンパか?
あの野郎、シキさんの顔がメチャクチャ好みなんじゃないか? だから以前も今回も奴の方からシキさんに声を掛けたとか……
いや、ないか。どう考えてもそんなタイプじゃねーわな。
でも、だったら一体――――
「私から話し掛けたけど」
「……へぇ」
「何?」
「いや別に何も? 早く続きをどうぞ」
「ふーん……」
なんですかねそのジト目は。まさか俺がベルドラックに嫉妬してるとでも思ってるんでしょうかねこの小娘は。全く。
それはそうと子供時代のシキさんのジト目ありがとうございました。記憶フォルダにしっかり保存しておきますね。
「あいつはね、城下町の"裏"を知ってんの」
「……裏? 路地裏とかじゃなくて闇の部分とかそういう?」
「それも少し違うかな。十三穢に関する話」
十三穢――――
ここに来て、今回の件とは全く縁がなさそうなノーマークワードが突然出て来た。
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