第464話 はい総集編

 十三穢か……そういえばシキさん、お祖父さんの為に一時収集しようとしてたんだよな。


 そしてベルドラックは魔王討伐の先鋒、グランドパーティの一員に選ばれていた。当然、かつて魔王を倒せる武器だった十三穢に関しては多少なりとも造詣があるだろう。


 そうか。そこの繋がりか。


「隊長。どうしてネシスクェヴィリーテやフラガラッハは十三穢なんて括り方してると思う?」


「え? そりゃ元々魔王を倒す為に作られた武器だから……」


「でも穢された時点で魔王は倒せないんだから、わざわざ『穢された十三の武器!』なんて纏め方する必要ないでしょ?」


 ……言われてみれば。


 確かに妙っちゃ妙だ。穢される前は神が作った『四光』と人間が作った『九星』って括りだったのに、魔王に穢された後はそれを纏めて十三穢としている……って、まるで穢された事を強調しているかのようじゃないか。


 人類にとって十三穢は魔王討伐失敗の歴史。魔王に挑み倒せなかったからこそ穢された訳で、それは屈辱以外の何物でもない。なのに『十三穢』なんて纏め方をして、しかも御丁寧にその半数ほどを王城で保管してあるという。


 勿論、穢れを浄化して魔王への特効を再生する目論見はあったんだろう。けど十三回もの失敗を重ね、そこから一つも復活を果たせていない状態でそれを誇示するかの如く『十三穢』として周知させる必要は……何処にもない。


「その理由をシキさんは知ってるの?」


「うん。ベルドラックに知らされたから」


 やっぱりそうか。


 だとしたらベルドラックの奴、もしかして魔王側の――――


「城下町には重度の穢れマニアがいて、しかも組織化してるって」



 ……。



 俺もうヤダよこの街……




「何がどう……いやもうわかんねーよ穢れマニアって言われてもさあ! 穢される事に快楽でも覚えんの!? それとも穢れた物にロマンを感じる系!? 暗黒武器マニア的なやつ!?」


「全般」


「生意気に定義が広い!」


 この手のマニアックな趣味は狭義であるべきだろ! どんだけ変人の溜まり場なんだよ。おかしいよこの街。もういっそ滅んじまえよ一遍。


「ベルドラックはその手のアンダーグラウンドな活動してる連中に顔が利くから、もしかしたら今回の件で何か情報持ってる奴に心当たりがあるかもって……」


「それで声を掛けたら、向こうは向こうで俺とシキさんを探してて捕まっちゃった訳か」


 まさかセンサー的な魔法で感知されてたなんて思いもよらなかったからな……シキさんも驚いただろう。


「でもなんで逃げなかったの? 閉じ込められてはいなかったでしょ?」


 そりゃ鍵は掛かってたけど、内側からなら普通に開けられるし。そもそも宿屋に監禁できる部屋はない。当たり前だけど。


「……このナイフ、取り返さなきゃいけなかったから」


 そういや、ベルドラックもこのナイフが人質代わりって言ってたっけ。


 そんなに大事な物なのか?


「これは……」



 ――――それは、突然訪れた。


 何の音かはわからない。けど恐らくそれは崩壊の音だった。


 視界が暗転したのも同様。既に俺の目の前にはシキさんはいないし、聴覚もさっきの何かが砕けるような音の余韻で機能を失っている。ずっと耳鳴りがなってる感覚だ。


 何が起こったのかは瞬時に理解できた。自分でも不思議なくらい即座に。



 術式の定義破壊。



 一体いつ何がきっかけだったかは全くわからないけど、それが今発生した。


 って事は、このまま黙っていれば元の世界に戻れる筈。同時にさっきまでの過去世界とは永久にサヨナラって事になる。


 

 ……うーん。



 正直、帰れる事への歓喜よりも『ここで?』って落胆の方が強いかもしれない。なんか中途半端だ。精霊王にしろコレットの本性にしろ、手つかずの事が多過ぎる。そもそもこの世界が本当に作り物だった証拠すら掴んでいない。


 ただ、奇妙な事に確信があった。ここはやはりレプリカの世界だという漠然とした実感。それは決して理屈じゃない。じゃあ一体何なのかと問われれば、勘と答えるしかないだろう。


 けど勘ってのは適当な決めつけの事じゃない。無意識下で何らかの根拠を持っている筈なんだ。


 それに俺は辿り着けるんだろうか?


 その答えを検討する間もなく――――



「……あ」



 気付けば、眼前にはミーナの街並みが広がっていた。


 既に日は傾き、夕刻である事を全景が示している。そして微かな風が肌寒さを運んできて、季節が冬だと思い出させてくる。


 間違いない。転移直前の世界に戻ってきたんだ。


「ふぅ……」


 シキさんの姿も元に戻っている。このタイミングで戻ったって事は、子供シキさんへの変化はあの過去世界に紐付けされた事象だった訳だ。


 それは当然、純粋なタイムスリップでは起こり得ない現象。あの世界が作り物で、何らかの条件によってシキさんの見た目が強制的に変えられたと確定できる。


 なんだろうな。こういう割と難しめの推論はバチッと当たるよな。で、そうでもない時は大体外れるの。まあでも世の中ってそんなモンだよな。


「どうして戻って来られたの? 隊長が何かした?」


「いや。あのタイミングでの帰還は全く想定してない。戻れたのは嬉しいけど地味にモヤるよなあ……」


「そもそも、なんであんな所に転移したのかもわかってないんだからモヤるも何もなくない?」


 それもそうか。検証は後にしよう。今は他にやる事がある。


 ある筈なんだけど……


「俺達、ここに何しに来てたっけ?」


 過去世界にいたのはたった一日ちょっとだけど、これだけ感覚狂わされると元々の目的も忘れちゃうよな。


「……聖噴水の調査でしょ」


 そうでした。


 脳を切り替える為にも、このミーナに来てからの事をちょっとおさらいしよう。シキさんを待たせないよう極力短く。後、心を奮い立たせる為にテンションアゲアゲで。寒いからね。


 そんじゃいきますよー……


 俺達ィ! アインシュレイル城下町ギルドはァ! 借金完済を記念して慰安旅行に出かけたんだぜぇーッ!


 予約した温泉宿のアンキエーテは新設されたばかりで従業員は変な奴らだったけど気にはしないぜ!


 旅行を満喫しようとしたらイリスから混浴のお誘いが来て鼻血ブーーーーーッ! イヤァオ!


 宴会が終わって酔ったシキさんに絡まれつつイリスの待つ温泉宿のシャンジュマンに行ったら今度はモンスターに絡まれたぜゥワオ! でもどうにかブッ倒してやったぜアーハー?


 で、イリスの正体が灰光リリクーイの夢だと判明したでしょお? 要はあのエルリアフと同種の出自って訳ですよ。


 驚いた事は驚いたけど、イリスには元々胡散臭さを感じていたから納得っちゃ納得だよね。ンフフ。


 その後は気絶して目覚めたら翌日だ! おはようございます! 今日も良い天気ですね! ナイスウェザー! ビッグウェザー! 


 えーと……そうそう、朝っぱらからコレット達がやって来たんだ。イリスの泊まっていた宿が闇商人の取引に使われている嫌疑だったっけ。その調査に。


 俺は優しいからコレットに協力してやったぜ! 友達だからな! コレット マイ フレンド。


 その結果、俺達が泊まってた方の温泉宿に怪しい奴が逃げ込んだのさ! そんでもってヤメと宿の中を探していた最中、何故か俺は定点カメラになっていたのさはははははァーーー!


 ……あぁもう自分がヤになるなぁ。道化ぶりがもう……


 最初は温泉の盗撮風だったのに、女性陣がいなくなったらずっとそのまま元に戻らず。あれは思い出したくないな…


 でも最終的にはなんとかなったぜ! 俺SUGEEEEEE!!


 んで、その時に俺とヤメを従業員のエメアさんが襲いかかってきたんだ。しかぁーし! 無事返り討ちにしてやったぜバカヤローコノヤロー! 元気ですかーーーーー!!


 元気があれば拷問も出来る。もうそんな元気もねぇや……なんか疲れた。心の声でテンション上げても虚しいだけだな。


 ともあれ、貴族達の拷問によってエメアさんが真相を語り始めたんだ。アンキエーテが造られたのはシャンジュマンの不正……聖噴水の水をコソコソ盗んで温泉の成分に加えるというセコい悪行の証拠を掴む為だった。


 ただし正義の鉄槌を下す為じゃなく、自分達もその恩恵に与ろうというクソみてぇな理由で。 

 

 そのアンキエーテの建造に関与していたのが、ポンコツ従業員のメオンさんの兄。鑑定ギルドNo.2の男。そう、ジスケッドだ。過去世界でもNo.2やってたっけ。


 奴は相当な野心家だ。その野心を成就させるべく、聖噴水の水を盗もうと画策していたらしい。ただしそれが金の為か、他の理由があるのかは不明。本人に聞き取りする必要がある。


 あの野郎、過去世界でも何か怪しかったからな。ファッキウ達より先にモンスター共を城下町に引き入れようとしていた。実際に引き入れた可能性もある。


 ジスケッドが最重要人物なのは間違いないとして……それとは別にここの聖噴水にも謎が残っていた。


 俺は昨日、この聖噴水の水量が減っているのを目撃している。その直後、モンスターがシャンジュマンに接近してきた。そして翌日、聖噴水は元の状態に戻っていた。



 まるで――――聖噴水のテストをしているかのように。



 どれくらい水が減って、どれくらい噴水の勢いが弱まれば、モンスターが入れるのかを確認するかのようにだ。


 もしそんなテストをしている奴がいるのなら、この聖噴水を弄っている筈。例えば施設を転移させるアイテム『ビルドレッカー』を使って。


 別の場所の違う聖噴水にビルドレッカーの受信部を、ここの聖噴水に送信部を取り付ける。そして夜になったら水量や勢いを調整した聖噴水と入れ換える。そして夜が明けたら再び入れ換える。


 こうすれば、入れ替えが行われている事には誰も気づかない。夜間の聖噴水に人は寄りつかないからな。つまり安全かつひっそりとテストが行える。


 俺はそれを調べにシキさんとここへ来たのさ! おさらい終了! バッチリ思い出しました! バンザーイ! はい総集編終わり!


「ねえ。さっきからずっと思ってる事がうるさいんだけど」


「思ってる事がうるさいって何!?」


「隊長、思ってる事が顔に出るから」


 いや、だったら俺の顔なんて見なけりゃ良いでしょ……なんか前も顔がうるさいって言われたよな。俺別に百面相とかじゃないんだけど。そういうのはコレットの領分だよ。


「取り敢えず、あの過去世界への転移が誰かの悪意って事はないみたい。もしそうなら今の俺達を放っておく事はないだろうし」


「慌てる必要がないのは良いけど、だったら尚更転移した意味がわからないんだけど」


「……」


 悪意じゃなく偶然。


 だとしたら当然、トリガーになったのは――――


「やっぱりあの箱が原因っぽいよね。あれが光った直後に転移したんだし」


 シキさんが言う『箱』ってのは、聖噴水の中にあったビルドレッカーの送信部っぽいのだ。触れたら驚くほど熱くて、その後急に光り出して俺達は亜空間へと放り出された。


 だからシキさんの見解は妥当ではある。


 だけど俺の意見は違う。


「俺は聖水が原因だと思う。厳密には熱をもった聖水かな」


「熱……?」


「そう。熱。普通の状態の聖噴水じゃなく、水温の上がった状態……もしくは気化した聖水」


 着目したのは、あの定点カメラ事件との共通点だ。


 あの時俺は、身体が湯船のお湯に浸かった瞬間に意識が浴場へと飛んだ。そして、あのお湯には聖水が混ざっていると判明している。


 そしてこの聖噴水では、ビルドレッカーの送信部っぽい箱が焼いた石のように熱くなっていて、それが水中に入っていた。当然、水は熱を帯びている。


 つまりどっちのシチュエーションでも聖水が温められている状態だった。


「考え過ぎじゃない? 故障したビルドレッカーが暴走して、誰かが作った悪趣味な亜空間に偶然私達を転移させたんじゃないの?」


「うん。ビルドレッカーが転移に絡んでるって意見は俺も賛成」


 元々が施設を転移させる装置だからな。少なくとも転移というファクターにはビルドレッカーが関わっていると考えるべきだ。


 ただ、定点カメラ事件の時にはビルドレッカーはなかった。なのに俺の意識だけが別の浴場へと転移していた。


 何故だ?


 俺は当時、あれを『マギの分離』と解釈した。肉体から離れた魂だけが別の所へ行って、虚無結界の力で肉体に戻るのを強制的に拒んでいた状態だと。そして実際、その解釈で合っていた。


 って事は、熱した聖水はマギを分離する効果がある――――そう解釈できる。


 だから俺とシキさんは亜空間にマギを飛ばされている状態だった。


「前に俺、シキさんの身体にマギだけでお邪魔した事あったでしょ? あんな感じになってたんだと思う」


「……」


 当時の事を思い出したのか、シキさんは露骨に顔を背けてしまった。


 怒りで歪んでいるのか、それとも照れているのか。どっちもあり得たけど、次に顔を上げた時にはいつものクールな顔に戻っていた。


「でも私も体調も普通に肉体もあった。それが……」


「そう。ビルドレッカーによる転移だ」


 通常、ビルドレッカーは設置された施設を転移させる。でも俺達が聖噴水の中にいた事で、施設の一部と見なされたんだろう。


 その結果、聖噴水内の熱された聖水の効果でマギが、ビルドレッカーの効果で肉体が同時に転移した。


 少々強引ではあるけど、二つの事例を重ねて考えればこれが一番自然な結論だ。


「でも、だったらどうして転移先が過去を模した亜空間だった訳? ただの偶然?」


「……」


 答えに詰まる。


 シキさんの疑問に対し、俺は一応自分なりの解釈を持ってはいる。でも、それには決定的な矛盾がある。


「あの世界は、俺達の心の中の願望が生み出した……気がする」


 だから全く自信はない。けど、あの過去世界が俺やシキさんにとってやけに都合の良いものだったのは確か。って事は、俺達の心が関与している可能性は高い。


 でもこれは、今までの推論とは違って根拠に乏しい。願望の具現化なんて最早メルヘンの世界だ。


「隊長」


「何?」


「もしかして……ロリコン?」



 なんか酷い疑惑を持たれた。





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