第465話 『性癖』とは!! 暗闇の荒野に!! 更なる漆黒への道を切り開く事だッ!
シキさんにロリコンと言われた。酷い仕打ちだ。
でも一旦落ち着いて、シキさんの立場になって考えてみよう。
その疑惑は当然ではないだろうか……?
だってあれが俺の願望を映し出した風景だとしたら、俺は子供のルウェリアさんとティシエラとコレット、そしてトドメにロリシキさんと会って話をしたかった……って解釈になってしまう。
潜在的な意識なんて自分自身にもわからない。もし俺の心の中にだよ? リトルマーメイドを愛でる心があるとしてだ。勿論俺はそれを否定する訳だけど、その否定に一体どれだけの信憑性がある? そりゃ当然俺は自分をロリコンだなんて欠片も思っちゃいないよ。知らない幼女に心惹かれた事なんて一度もない。だけど知り合い……この世界で知り合って親しくなった皆の子供時代を見たいという気持ちは確実にあった。俺はそれを、友達の卒アル見て『おーかわいいじゃん!』と興奮気味に話す感じを想定していた訳ですよ。だけど果たしてそれは人間誰しもが持ち合わせる好奇心や可愛いものへの健全な反応だと誰が言い切れる? 人間にはだ。キュートアグレッションという心理が存在するという。可愛い物を見るとついつねったり噛んだり攻撃的な行動を取ってしまう衝動の事だ。これは健全な心理として認められている訳だけど、じゃあこの衝動を何歳になっても持ち続ける事が果たして健全と言えるのか? 最初は人間としてごく普通の心理だったとしても、何処かの段階で変態性にすり替わっている可能性を誰が否定できる? そしてそれを誰が判定する? 出来る訳がない。そんな線引き、心理学者の後付けに過ぎないだろう。だとしたらだ。親しい人の卒アル見て喜ぶ健全な心理がいつの間にかロリコンになっていたとしても何ら不思議はない訳だ。って事はつまり――――
「確かに俺はロリコンかもしれない」
「え。冗談だったんだけど」
「いや……シキさんの指摘は的を射ていたんだ。俺は自分でも知らない内に変態の街に染まりきってしまった。俺も城下町の住民になったって事なのかな……」
そう言えばウチのギルドにもロリコンいたわ。グラコロの野郎だ。普段殆ど絡んでないけど今回の旅行で少し話したもんな。あの時に伝染ったのか、それとも元々あった俺の願望が奴や他の変態共に触発されて肥大化したのか。
何にしても俺は社会的に終わりだ。今はまだ何も問題にはなっていないけど、俺はいずれ自分の性癖を抑えきれずギルド員の募集要項に『12歳未満』って項目を加えるんだろう。そしてフザけんなと攻め立てるギルド員達を無視してウチのギルドをロリコン王国にするんだ。
『性癖』とは!! 暗闇の荒野に!! 更なる漆黒への道を切り開く事だッ!
まさか第二の人生がこんな形で崩れていくとはな……無念だ。
「もし俺が世間に叩かれるような事になったら潔く身を引くから、その時はヤメと一緒にギルドを支えてね」
「……」
シキさんは心底呆れ顔だ。無理もない。隊長と認めた相手がまさかのロリコンとあっては――――
「……」
……へ?
なんだこれは。今、俺に何が起きてる?
左右の頬に感触がある。少しひんやりとしたこの感触は……シキさんの手だ。
シキさんが、俺の顔を両手で押さえている。
何の為に……?
「……」
シキさんは言葉を発しない。じっと俺の目を見つめたまま――――両手で固定した俺の顔に近付けて来る。
え? 何? どういう事? これって一般的に……キスの体勢では?
嘘だろ? シキさん……え……マジで?
もうシキさんの顔が目の前だ。吐息が肌にかかるくらいの距離。柔らかそうな唇もすぐそこにある。
そんな事が本当に――――
「ね」
「は、はいっ」
「バカじゃないの?」
……はあ?
「同い年に顔寄せられただけでそんなガチガチになってさ。よくそれでロリコンとか言えるね」
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
騙された! いや試された! ええいどっちでも良いわ!
「酷ぇよシキさん……」
「隊長がバカみたいな事言うからでしょ。これで少しは冷静になった?」
なってないです。だってキスされるって思ったんだもん。キスされるって思ったんだよもん!
「いや混乱して悪かったけど……こういう事は軽率にするもんじゃないよ。誤解されたらどうすんのさ」
「何言ってんの?」
俺の顔を押さえていたシキさんの両手が下の方へゆっくり下がっていく。正直、その感触だけでゾワゾワしてしまう自分が情けない。とはいえシキさんの手つきもどうなのよ。首筋とか撫でるように触って来やがって。
「こんな事させるの隊長くらいでしょ」
……ん?
「それ、どういう意味?」
「別に。そのまま」
えっと……
変な曲解を正させるのが俺くらいって意味? それとも……キスの真似事みたいな事をする相手は俺くらいって事?
「とにかく、隊長にそんな性癖ないから。自分でちゃんと自覚して」
「……はい」
最終的に性癖に関して説教を受けてしまった。これは恥ずかしい。ちょっと泣きそうだ。
「情けない顔」
「そりゃ、そんな顔にもなるって。我ながら無様な取り乱し方しちゃったし」
「隊長、カッコ付けだもんね。単独行動した私を怒らなかったのもそうでしょ?」
「いや、そんな理由じゃ……」
「ちゃんと怒って。そういう時は」
トン、と。
シキさんの両手が俺の胸を押し、距離が出来る。それはとても適性で健全な距離だ。
「多分、トータルでは隊長の方がしっかりしてるから」
「え……何か意外。そんなふうに思ってたの?」
「結構最近だけどね。誰かさんの所為で、自分の出さなくて良い所を結構出しちゃってるし。嫌でも気付くよね」
如何にも常識人って顔で俺やヤメの言動にいつも呆れているシキさんの言葉とは思えない。そして恐らく、謙遜とかでもないんだろう。
俺ほどじゃないにせよ、シキさんも狭い交友関係の中で生きてきた。社会性という意味では多分俺よりもない。そういう部分でコンプレックスのようなものを抱いているのかもしれないな。
俺達は多分、お互い力になれる事が多い。まあそれはコレットやティシエラにも同じ事が言えるんだろうけど……
「随分脱線しちゃったけど、あの過去世界は私達の願望を反映してるって言いたいの?」
「うん。でも確証はないから一旦保留で。それより聖噴水をもう一回チェックしよう」
結局のところ、物証なんてものがあるとすればこの聖噴水だ。俺達があの過去世界に転移した原因――――主因か遠因かはわからないけど、何かしらの理由がこの聖噴水にある筈。なら何か変化が生じていても不思議じゃない。
「……って言った傍から露骨に変わってるな」
突然の帰還やシキさんとの会話に気を取られていて今の今まで気付かなかったけど、夕日に晒されている聖噴水は一目でその変化を感じ取る事が出来るほど『別物』だった。
まずデザインから違う。やたら凝った意匠が噴水の貯水槽に施されている。装飾噴水ってカテゴリーに含まれそうなくらい芸術的だ。
こんな聖噴水は見た事ない。けど、この意匠には覚えがあった。
「……あの神殿と同じだ」
「神殿?」
「過去世界にあったんだよ。コレットがいた街……クラウデントアークの近くに神殿が。そこで見た意匠と全く同じだ」
大量の柱が建ち、その柱一つ一つに象形文字のような不思議な模様が沢山刻まれていた。間違いなくそれと同じ意匠がこの聖噴水に施されている。
「で、間近では見てないんだけど……その神殿の中には聖噴水があったんだ」
「じゃあ、これがその聖噴水って事?」
「多分」
勿論、確信が持てるような事じゃない。こんな事ならあの神殿内の聖噴水をしっかり見ておくべきだった――――そんな後悔もなくはない。けどあの時は日が落ちる前にコレットを家に帰す必要があったから仕方なかった。
「訳わかんないんだけど……あの世界って作り物なんでしょ? なんでそんな物の中にあった聖噴水がここにある訳?」
「……」
即答は出来ない。でも状況的に見て、あの神殿内の聖噴水がこのミーナの中央街の聖噴水と入れ替わっているのは間違いないだろう。
まさか……そういう事なのか?
「現代の聖噴水と、過去の聖噴水を入れ換えてる……?」
誰の仕業かはわからない。けど聖噴水の入れ換え自体は確実に行われているだろう。あの夜、聖噴水の水量が低下してモンスターの侵入を許したのも、翌朝に元の水量に戻っていたのも、別の場所にある聖噴水と入れ換えていたと見なせば簡単に説明が付く。
「そんな訳のわからない事が可能なの? やる意味もわからないんだけど」
「いや……意味はあるんだよ。実験的な意味が」
「実験? 何の?」
「聖噴水の効力を実験してる。そんな気がする」
昔――――俺がこの肉体を使わせて貰う前、前世で警備員をやっていた頃の話だ。
警備員の仕事は決して複雑じゃないし、覚える事が特別多い訳でもない。だけど、警備対象に対して責任を負う必要があるという一点に関してはシビアだった。極端な話、警備員一人の怠慢で会社が傾く事だって十分にあり得る。命や大金を預かる仕事ってのは、それだけの責任の重さがある。それなのに如何にもやる気のなさそうな警備員が多いのは……まあ単純に俺みたいなロクデナシが相当数いるからだろう。何せ給料が安いし、特別なスキルも必要ない。勿論、指導する側になるには資格が必要だけど。
で。ポンコツな人材がそれなりにいる警備員という仕事が、社会的に一定以上の信頼を得ているのにはちゃんと理由がある。先人達の努力と実績、そして――――機械警備に使用するセンサーの精度だ。
警備は人間だけでやる訳じゃない。警備対象となる施設にセンサーを設置して、侵入や異常が発生すると発報し、それが待機中の警備員に伝わるシステムが確立されている。
だからセンサーさえしっかり働いていれば警備員の能力はそれほど重要じゃない――――かというと、実はそうでもない。センサーが正常に働いているか定期的に検査し、それを正しく判断できなければトラブルを見過ごしてしまうハメになるからだ。
何しろ、異常ってのはそうそう起きるものじゃない。10年以上何事もない施設だって普通にある。そして、そういう施設に限ってセンサーが壊れている事が多い。不良品だったのに長年気付かれなかったパターンや経年劣化など理由は様々だけど、もしその故障に気付かなければ、その施設は問題が起こっていようといまいと永遠に『トラブルの起きない施設』って事になってしまう。壊れたセンサーは反応しないからね。
センサーの点検自体は簡単だ。各家庭にある火災報知器と同じで、何の予備知識がなくても動作点検が出来る。それでちゃんと作動しているかどうかはわかる。
ただ――――動作点検が正常でも、センサーに異常があるパターンも存在する。理由は大抵不明。恐らく殆どが不良品だろう。
こういったケースでセンサーに問題があるのを見抜くのは難しい。例えばセンサーが誤作動したのなら『点検では正常だったけど実際は異常だった』と気付ける。でも侵入者がいたのにセンサーが動かない場合、それをセンサーの異常と断定するのは難しい。侵入者がセンサーをかいくぐったのかもしれないし、そもそも侵入者の存在にすら気付けない。そうなると、センサーの異常に勘付くどころの話じゃない。
だから質の高い警備会社では、定期的にセンサーを替えている。センサーには耐用年数が設けられている事が多いけど、それよりも前に交換する。それによって、仮にセンサーに何かしらの不良箇所があっても交換の時点で自然と改善される訳だ。
そしてここからが本題。交換の際、敢えて型式の古いセンサーを設置する事がある。
どうしても新しい商品の方が性能が上ってイメージがあるけど、実はどんな分野においてもそうとは限らない。スペック上は感度が上がった筈なのに、現場的には逆に質が下がっていた……なんて事は珍しくもない。それにいち早く気が付く為には、新型と旧型を織り交ぜて設置する以外にない。その結果、新型だけが感知の必要がない虫や動物を感知してしまい無駄な発報……なんて事もままある。
「犯人は、今現在各所に設置されていた聖噴水が過去に設置されていた物に勝っているか、それとも劣っているのかを調べてるのかもしれない。過去をモチーフに作られた世界なら過去の聖噴水も正しく再現しているだろうし、検証が可能になる」
「そんな事が出来るの? っていうか、仮に出来ても何の為にやるの?」
「聖噴水の穴を探す為、かな」
それは――――ファッキウ達、そして恐らくジスケッドもやっている事だ。
「さっき言ったでしょ? あの過去世界は俺達の主観で出来てるって。それってつまり、俺達があの世界を作ったってのと同義だと思わない? 俺達の願望があの世界を生み出したんだよ。正確にはそうなるよう誰かが仕向けていた」
「でも私達が標的って訳じゃないんでしょ?」
「そう。俺達は偶々、その不特定多数をターゲットにしていた罠に引っかかったんだ」
ただし、あのアンキエーテで体験した定点カメラのようなマギの分離は多分違う。あれは罠を張る為の準備段階。過去世界を生成させる為の材料――――聖水と温泉水を混ぜた液体をあの浴場に貯水していたに過ぎないんだろう。だから中途半端な過去映像を観る事になった。
あの時の経験、過去世界での様々な出会い。そしてこのミーナでの数多の出来事。それらがなければ到底辿り着けなかった結論だ。まあ正解とは限らないけど……
「隊長の話が合ってたら、犯人はファッキウ陣営か……あの鑑定ギルドの男って事になりそうだけど」
「俺もそのどっちかだと思う。若しくは――――」
その両方。
奴等が手を組んでいても何ら不思議じゃない。ヒーラーや王族達を温泉漬けにしたのも奴等の仕業かもしれない。
それに……他にも協力者がいる気がする。あの過去世界がデタラメじゃなければ。
色々とゴチャゴチャしてきたけど、ここへ来た目的は無事果たせた。一旦戻ってコレット達と情報を共有しよう。
それから――――
「……」
「シキさん? どうかした?」
聖噴水の方をじっと眺めていたシキさんが、やけに訝しそうな顔をしている。今の俺の話に納得できない所があったんだろうか?
「ねえ、隊長」
「何?」
「あの聖噴水、正常に作用してると思う?」
シキさんがそう呟いた刹那――――
遙か遠くから、地響きのような巨大な音が鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます