第五部08:多言と多元の章

第466話 激アツなやり取り

 ……なんだ今の音は? 生活音とは到底思えないし、かといって地震でもない。そして間違いなく――――


「只事じゃない……よね?」


「ヤメが公共物に向かって魔法をぶっ放した、とかじゃなかったらね」


「いやそれも十分大事だから」


 とはいえ全くあり得ない話でもない。今ヤメは街中で怪しい奴がいないか他の皆とパトロール中。万が一、何らかの騒動で住民や仲間が危険に晒されたら魔法を使う事に躊躇はしないだろう。勿論、古傷を抉られてブチ切れた場合でもだ。


 シャンジュマンに総支配人が不在かどうか確認しに向かったイリスも、魔法を使えば大きな破壊音は出せる。まあイリスはヤメと違って、感情的になって魔法をぶっ放すってのは恐らくないだろう。けどティシエラを侮辱された場合はその限りじゃないから絶対違うとも言い切れない。


 そして、もう一つの可能性――――


「でも最悪なのは、シキさんの心配が的中したケースだ」


 この聖噴水が本来の効力を失っていてモンスターが街の中まで入り込める状態になっている場合、この街はかつての城下町のようにモンスターに襲撃される恐れがある。今の音がその狼煙だとしたら、これから大変な事態になってしまうだろう。


 ミーナは城下町とは違って住民が猛者ばかりって訳じゃない。炭鉱夫が多い筈だから多少は腕力に自信のある男もいるかもしれないけど、モンスター相手に戦った経験は恐らく少ない。突然の襲撃に狂気の笑みを浮かべ対抗するあの地獄絵図を再現するのは不可能だ。


 ま、でも今の所は追撃らしき音がしないからその可能性は……


「!!」


 思った傍から先程と全く同じ地響きにも似た轟音。『ズン』って短い音じゃなく『ズウウウウウウウウン……』くらいの感じだ。それも、何かが崩壊するような。


 これはもう、あれこれ考えている段階じゃない。


「シキさん!」


「了解」


 俺の指示を待つまでもなく、シキさんは音のしたの方へと一直線に走り出した。


 非常事態の際に斥候の役割を担うのは本来モーショボーだ。けどあいつは今、この街の上空で監視をしている。俺を見つけて戻ってくるまで少し時間が掛かるだろう。


 こういうケースで代理を務めて貰うのはシキさんしかいないし、本人もそう自覚してくれている。何が起きているのかを目視し、その情報を俺達に出来るだけ伝える――――それがシキさんの担う役目だ。


 そして俺がついていく必要はない。こっちはこっちで別の仕事がある。


 まずは……


「一年前の状態に戻れ」


 効力を失っているとは限らないけど、取り敢えず調整スキルで聖噴水の修復を試みる。とはいえ、この聖噴水はさっきまでのとは違うから一年前でも正常って保証はない。それに一度侵入済みのモンスターは聖噴水が正常化したところで排除は出来ない。


 中にいる人間の対処が必要だ。


「来い! ポイポイ!」


「ギョギョーッ」


 過去世界では喚び出せなかったポイポイだけど、ここなら問題ない。いつもの姿で力強い雄叫びをあげて現れてくれた。


「アンキエーテまで頼む。それと出来るならモーショボーに戻ってくるよう伝えられるか?」


「ギョイッ……ギョッギョギョッギョーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 俺に耳を塞ぐよう告げた直後、ポイポイは凄まじい鳴き声を天空に響かせた。これだけの音量ならすぐ気付くだろう。


「ギョッ」


「ありがとう。それじゃ頼む」


「ギョギョッ」


 ポイポイに跨がり、調整スキルでスピード重視にしてアンキエーテを目指す。勿論、待機中のコレットと合流する為だ。


 モンスター襲撃となれば俺達城下町ギルドの戦力だけで対処できる保証はない。フィールド上のモンスターは終盤の街周辺と大して変わらないからな。単体ならまだしも集団となると、どうしてもコレットの力が必要だ。


「ぉぉーーーーーーぃ」


 遠くからモーショボーの声が聞こえる。好意を寄せている相手の呼び掛けに気付かない筈がないもんな。


「モーショボー! さっきの轟音の原因わかるか!?」


「もっちもち! あっちの方でなんかモンスターが出て来た! 地面からズガーンって!」


 地面から?


 って事は……グランディンワームか? だとしたら聖噴水が機能していない。さっきに使った俺の調整スキルは不発に終わったって事か。


 一年遡るだけじゃ足りなかったか、それとも調整スキルそのものが効かなかったのか……クソッ、今は検証する時間もない。


「それも何体かいたっぽい。なんでこんな事なってんの?」


「わからん。聖噴水がおかしくなったのかも」


 俺の推論が正しければ、何者かが本来の聖噴水と過去世界のレプリカ聖噴水とを入れ換えた。その結果、レプリカの方では正しく作用しなかった、って線が濃厚だ。


 だとしたら……とんでもない実験だ。ミーナの住民を危機に晒し、最悪街ごと壊滅させかねない状況に追いやるリスクを承知の上でやってる訳だから。まともな人間のするこっちゃない。


 とはいえ、ここで俺が憤っていても何にもならない。


「モーショボー! モンスターに関してはシキさんに現場行って貰ってるからお前はギルド員に片っ端から指示伝えてくれ!」


「指示!? どんな!?」


「住民の安全を最優先!」


「りょーーーー!」


 俺の乗るポイポイと並走するように飛んでいたモーショボーが高度を上げていく。これで取り敢えずギルド員の方針は統一されるだろう。後はコレットを一刻も早くモンスターの出た所までつれて行く。それが俺の役目だ。


 問題は……ポイポイの体力だ。今まで長距離走って貰う時はここまで全力疾走じゃなかったから体力が持ったけど、今回はスピード勝負。調整スキルで体力を大分速度に回しているから余計際どい。


「ギョッ、ギョッ、ギョッ、ギョッ」


「頑張れ! ポイポイ頑張れ!」


 ポイポイのキツそうな息遣いが背中越しに伝わって来る。その度にもう少し体力のパラメータを上げておくべきだったって後悔が押し寄せてくる。


 この調整スキル、便利は便利なんだけど使い手の匙加減次第で事態を悪化させかねないリスクもあるから、毎回使う度に葛藤があるんだよな。何処か前世でプレイしていたゲームのような感覚で配分してるところもあるし。偶にあったからな。レベルアップする時に自分で成長分のパラメータを配分するシステム。


 だから、このスキルを使う時には『ゲーム感覚』ってのがどうしても出て来てしまう。現実なのに、遊び半分でやっているかのような罪悪感が湧いてしまう。だから普段から余りこのスキルに頼らないようにしているんだけど……それが結果的に経験不足に繋がっている感は否めない。


「頼む……アンキエーテまでもってくれよ」


「ギョイッ」


 ポイポイは明らかにバテている。だけど一定のスピードを保ったまま、街中を滑るように駆けて行く。猛烈な速度だから景色を目視するのは困難だけど……多分この辺りはアンキエーテの直ぐ近くだ。


「もうすぐだポイポイ! ラストスパート!」


「ギョギョギョーーッ!!」


 その魂の叫びから僅か10秒足らずで――――アンキエーテに到着。


「ギョ~~~~~……ン」


 俺が降りるのと同時に、ポイポイはその場にコテンと倒れ込んだ。限界ギリギリのところで走り抜いてくれたんだろう。


 本当にコイツは頼れる相棒だ。もうアレだよ。モーショボーなんかにやれねーわ。ポイポイは俺が一生養うしかないな。フワワと一緒に養子にしちゃおっかな。


「何事ですか何事ですか! この世の終わりなのですねそうですね! 突然訪れたこの天変地異でこの宿も逝っちゃって私は奇跡的に一命取り留めるも職場粉砕で復興の目処も立たずクビ!!」


 そしてアンキエーテのエントランスではメオンさんが発狂していた。まあ予想できた事ではあるけれども。こういう不測の事態には死ぬほど弱そうだもんな。


「案ずるなメオン! 先程のは確かに崩壊の序曲を思わせるような轟音だったがこのアンキエーテが崩れた訳ではない! という事はだ! シャンジュマンが崩れたかもしれないだろぉ~?」


「むむっ。それは考えが及びませんでした。流石エメア先輩、確かにそうでございますなぁ~」


 そうでございますなぁ~、じゃねーよ。幾ら憎きライバル店っつっても物理的崩壊を望むのはもう負けなんよ心が。


「あ、あの……外の様子を窺った方が良いんじゃ」


「何を仰いますか冒険者ギルドの御嬢様! そんなの怖いじゃないですか! 私は嫌です! 断固拒否します! それは私という一個の人間の正当な権利でございます!」


「酷い断り方ね……」


 幸い、コレットとフレンデリアもエントランスで待機していた。


 ついさっきまで子供の頃のあいつらと接していたから妙な気分だ。でもそんな事に気を取られている場合じゃない。時間との勝負だからな。



「コレット! モンスターだ! 街中にモンスターが出た!」


「えっトモ!? えっえっモンスター!? えっえっえっなんで!?」


 えっえっうるせーな。まさかコレットも動揺してるのか? それともメオンさんの狼狽っぷりが伝染したか。こいつ結構そういうトコあるからな……


「わからんけど聖噴水が正常に作動してない可能性があるんだ。魔王に届けの時の城下町みたく」


「そんな……私行かなきゃ!」


「当然。力借りるぞ」


 先程までの狼狽が嘘のようにコレットは力強く頷く。よし、これなら問題なさそうだ。


「現場に向かうのね。移動手段はあるの?」


 フレンデリアはこんなアワアワした場で唯一、終始冷静に状況を見極めている。すげーよこいつ。前世はどんな職に就いてたんだろうな。


「一応考えはある」


 ポイポイはもう限界を越えている。これ以上走らせる事は出来ない。


 そしてそれは当然、想定内だ。ここに最速で着く事を念頭に置いた上での調整スキルだったんだから。


 ここからは別のものに繋いで貰う。


「出でよフワワ」


 久々に喚び出したフワワは、相変わらずオドオドした顔で目の前に現れた。恐らく既に切羽詰まった雰囲気を感じ取っているんだろう。


「は、はい〃o〃です。戦う覚悟は出来ています。私……やってやる〃o〃です!」 


 感じ取り過ぎて気負いと誤解がえらい事になってる! しかも可愛いファイティングポーズまでとって……素手で戦る気なのか。


「いや大丈夫大丈夫。フワワは戦闘要員じゃないからな? これまで通りアバターを生成して欲しいんだ」


「ふわわ……早とちりですみません◞‸◟です。相手はどなた〃‐〃ですか?」


「あそこでグテーってしてるポイポイの複製を頼む。俺とコレットを乗せて指示する方に向かって欲しいんだ」


 フワワのアバターは複製元と同じステータス。そして今のフワワは契約者の俺が強く記憶している生物だったら生成可能だ。つまり、ポイポイと同等の能力を持つアバターを生み出す事が出来る。


 フワワには既にアバターの能力を借りているから、フワワを呼び出さなくてもアバター自体は生み出せる。けどその精度はフワワの方が遥かに上だ。


「わ、わかりました。やってみます」


 グッと胸の辺りで両の拳を握るフワワに感涙を禁じ得ない。いつも不安げだった彼女が今はどうだ。使命に燃えているのが手に取るようにわかる、実に良い顔をしているじゃないか。


 本当に成長したなフワワ。俺は君と出会い契約できた事を心から誇りに思うよ。


「……失敗◞‸◟です」


 あれ!? 今までのどのアバターより見た目が酷いぞ!? かっ顔なんてムンクの叫びっぽいし、鳥類なのに脚が……四本……


「どっ……ドンマイ! そんな事だってあるさ!」


「トモ、本当フワワちゃんには甘々だよね」


 うるせーぞコレット。他人ン家の教育方針に口を出さないで貰おうか。


「取り敢えず走れるか試してみたら? 見た目がこうでも能力はわからないんだし」


「さすが貴族令嬢。良い事言う」


 フレンデリアの言葉に従い、ポイポイのアバターに試走を命じてみる。アバターには意志がないから返事もしない。まあ、この見た目でポイポイと同じ鳴き声を出されても困惑しかしないけど――――


「おおっ!」


 なんて事を思っている間に、アバターは一瞬でエントランスの端から端まで駆けてみせた。


 これは……嬉しい誤算だ。スピードもそうだけど、一瞬の加速とブレーキの安定は本物のポイポイさえ上回る。脚が四本あるのが幸いしたんだろうか。


「これなら大丈夫そうだ。フワワ、ありがとう。今回も良い仕事だった」


「ふわわ……とんでもない〃v〃です」


 どうなる事かと思ったけど、最終的にフワワとは笑顔で別れる事が出来た。また会う時は更に成長した姿を見せてくれるだろう。どうしてだろうな。凄く嬉しい筈なのに、少しだけ寂しくもある。出会った頃のフワワの初々しさを俺は惜しんでいるのかもしれないな……


「トモ。早くして」


「あっはい」


 既にコレットがアバターポイポイに跨がっていた為、俺は後ろに乗るしかなくなった。ポイポイ本人だったら俺の方が意思の疎通が出来るから前に乗るべきだけど、アバターなら別に良いだろう。


「コレット、気を付けてね。危ないと思ったら多少街の景観を変えても良いから」


 相変わらずフレンデリアのコレット解像度は高い。コレットが街中だと全力を出せないと見抜いた上での的確なアドバイスだ。やりおる。


 しかし俺も座して負けを認めるつもりはない。


「大丈夫、心配ない。俺がいるから」


「あら~。そう? トモ風情にコレットの真の力を引き出す事が出来て?」


「そりゃあもう。俺とコレットのコンビはシレクス家の御嬢様がしゃしゃり出て来る前から息ピッタリですから」


「付き合いの長さが理解度と比例する訳じゃないでしょう? それに最近貴方はコレットと余り会ってないんじゃなくて?」


「関係ないね。顔を会わせる時間が理解度と比例する訳じゃないんだから」


「……」


「……」


 そんな俺とフレンデリアの謎マウント合戦の最中、アバターはヌルッとアンキエーテから出て疾走を始めた。


「ちょっとトモ! なんでフレンちゃん様とあんな口喧嘩してるの!」


「アホか。あれの何処が口喧嘩だ。ただの激アツなやり取りだよ」


「全然そんな事なくない!?」


 ぼっち歴が長いコレットはライバル同士の憎まれ口の叩き合いに免疫がないらしい。可哀想に。


「それで、方向はこっちで合ってる? なんか勝手に走り出しちゃったけど」


「ああ。シャンジュマンの方に向かってくれりゃ良い」


「了解。次の十字路を右に曲がって。行ける?」


 無言ながらコレットの指示にアバターポイポイは忠実に従って走っている。見た目以外は満点だなこのアバター。


「えっ何あれ!? 怖い!」

「きゃあああ化物おおおおお!!」


 ……通行人からの評判はすこぶる悪いけど。まあ顔がムンクじゃねえ。


 にしても明らかに人が多い。さっきの轟音に驚いて住民が外に出てきたんだろう。


 この状況でモンスターが本格的に襲来してきたら大惨事になっちまう。出来るだけ早く避難を――――


「住民の皆さん! こっちに集まって下さい! 一箇所に! 早く!」


 お。今のはアヤメルか。流石は冒険者、こういう事態も日頃から想定しているんだろう。指示が的確だ。


 相手がモンスターとなると、各人が家に避難していても家ごと潰される恐れがあるからな。一所に集まって貰った方が守りやすい。


「アヤメルちゃんも頑張ってるし、私も頑張らないと」


「……」


 気の所為だろうか。


 コレットが少し気負っているように感じた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る