第467話 私の目標
アバターのポイポイは意志がない分、本物と比べると俺達への配慮がなくやや強引な進み方をする。その分、かなり揺れるから正直ちょっと酔いそうだ。
けど気分が悪いだの何だの言っている場合じゃない。間もなく日が沈む。ミーナは城下町と違って街灯が少ないんだ。真っ暗になる前にこのまま最短で突っ切って貰おう。
「……ねえトモ」
「おう。どした」
先にコレットの声が沈んじゃってんな。緊張からなのか、気負いなのか、それとも別の感情なのか。
答えは直ぐにわかった。
「この騒動って、やっぱり私達の責任なんだよね?」
「……」
コレットがパトリシエさんやグノークスを連れてミーナへやってきたのは、聖噴水の定期調査とシャンジュマンの監査の為。コレットは街への影響を考慮して前者を優先するよう方針を立てていた。けど結果的に後者――――シャンジュマンの方を優先する事になってしまった為、聖噴水の調査が遅れてしまった。
その事を気にしているんだろう。
「いや。それにしちゃタイミングが出来過ぎてる。コレット達がここへ来るのを見計らったかのように色々起こってるしな」
特に聖噴水の変化は昨晩と今日、つまりコレット達の調査日の前日と当日に起こっている。無関係な訳がない。
調査が入る前に済ませてしまおうとしたのか、或いは……聖噴水の変化をコレット達に誇示したのか。後者だとしたら挑発以外の何物でもないけど……
何にしても、これは事前にコレット達の行動を把握していないと出来ない事だ。
冒険者ギルドの中に内通者がいる。
ずっと懸念していた事がいよいよ現実味を帯びてきた。
「コレット。気を落とさず聞いて欲しいんだけど……」
「私を蹴落としたい人がいるんだよね」
気付いていたのか。まあコレットって鈍くはないもんな。寧ろ自分への敵意には敏感な方だ。
「やっぱり私なんかがギルドマスターやってちゃダメなのかな……」
「あ? まだそんなナメた事言ってんのか?」
「だって~! 私すっごい頑張ってるんだよ!? トモが想像してる5倍くらい頑張ってるんだよ!? 毎日毎日身を粉にしてさあ! プライベートも何もあったもんじゃないくらい頑張ってるの! それなのにそれなのにそれなのに酷くない!? 大体嫌なら嫌って直接私に言えば良いのに! 外堀からジワジワジワジワ埋めてく感じで嫌がらせされるのもう嫌ぁー! いぃーーーやぁーーーーーーっ!!」
お、おおう。こりゃ随分と溜め込んでたな。車窓から大声で叫んでストレス解消するような感覚なんだろう。気持ちはわかる。
「……何黙ってんの? 早く私を慰めてよ! こんなに弱味を見せた私を早く慰めて! そんな事ないよコレットは良くやってるよ的な事を沢山言って私のハートを回復させて!」
「あーはいはい……じゃ遠慮なく」
「あっ待って。今のって慰めの言葉の前に言う事じゃなくない? 忌憚ない意見言おうとしてない? 見返りを求めるようじゃまだまだみたいな事言おうとしてるでしょ! 私そういう戒め系のお説教は結構ですから! 間に合ってるんで!」
「言いたい放題だなお前……」
まあ人間、内面までは急に変えられない。如何に自分の弱い部分を隠せるかだ。そういう意味では、俺以外には弱味を見せていないだけコレットも成長してはいるんだろう。その分俺に皺寄せが来てるけど。
「何にしても、裏切り者を徹底的に探し出して見せしめに厳罰に処すくらいの事はしとけよ。そういう厳しさがギルマスには必要なんだよ。特に武闘派揃いの冒険者ギルドは」
「そういう吊し上げみたいなの好きじゃないのに……」
「甘っちょろい事言ってんじゃねーぞ。寧ろ敵勢力がいるのならそれはチャンスくらいに思え。そいつらを一網打尽にしちまえば強さの誇示になる。モンスターを倒す強さとは違う、守りの強さだ」
「守りの強さって?」
「自分を守る、若しくは名誉を守る。そういう強さは仲間を守る事にも繋がるし、それが広まればカリスマになっていく。その最たる例がティシエラな」
「……あんなカッコ良い人に私、なれないよ」
「例に挙げただけだ。ああなれっつってんじゃない。俺だってティシエラみたくは出来ないし、やろうとも思わん。でも見本になる人達の良い部分を吸収して研磨して、自分なりの理想ってのは作っていくんだよ。そうだろ?」
「……うん」
移動時間を利用して偉そうな事を言ってるけど、俺自身ギルマスなんて立場になってみて初めてリーダー的な役割を担っている訳で、しかもギルド員には大分ナメられている。本来は偉そうに講釈を垂れる資格もない。
けど仕方ない。何しろ移動中はやる事ないからね。だったらコレットの緊張を解く為にも何か喋ってた方が良い。
「だったら私、トモを見本にしよっかな」
「……俺?」
いやいや……どう考えても他に適任いるだろ。こっちはまだ新米ギルマスなんだぞ。
「ティシエラが無理なら前任の……いや、フレンデリアなんかどうだ? ギルマスじゃないけど人の上に立てる要素沢山持ってるぞあいつ」
「んーん。もう決めた。私の目標はトモみたいなリーダーになる事」
えぇぇ……それはちょっとアレだよ。なんか違う。
そりゃ、憧れの対象になったり誰かに目指して貰えるような存在になりたいって思った事はあるよ。でもそれは子供の頃の話だ。当時は自分が何者にでもなれるって本気で思ってたし。
けど今は自分の身の程を知り尽くしてしまった。何より自分自身の矮小さとか限界を嫌ってほど思い知らされてきた訳で。誰かの目標になる器じゃないのは俺自身が一番良くわかってる。
コレットには俺なんかを目指して欲しくない。ド陰キャなのにレベル78っていう、ある意味稀有な存在なんだぞ? ちょっと俺と似ている部分があるコレットが何処まで大きくなっていくのか、それが楽しみなんだ。小さく纏まって欲しくはない。
「何? 不満?」
「大いにな」
「もー。トモは自分を卑下し過ぎ」
そんな事は絶対にない。俺は誰よりも自分自身を正しく評価できている。一度死を経験して自分を究極まで客観視できているんだから。
「私がいたのはちょっとの間だったけど、アインシュレイル城下町ギルドって凄く居心地良かったよ? そのギルドを作ったのはトモなんだから。もっと胸張らないとギルドのみんなに悪いって思わない?」
「それは……」
「勿論、冒険者ギルドが同じようにって訳にはいかない事くらいわかってる」
不意に――――前方の景観が明らかに変わった。
今までは普通の街並み。
眼前に広がるのは……破壊された街の風景だ。
「でも、例えどんな職業でも、楽しくお仕事できる環境を作るのが上に立つ人の責務だと思うんだ。冒険者ギルドだってそう。別に一枚岩じゃなくても良いから、ギルドで仕事を請け負う毎日が嫌じゃないって全員に思って欲しい」
道の数ヶ所に巨大な穴が空いている。サイズ的にも間違いない。グランディンワームが出現した証だ。
「だから私は、トモが一番凄いって思ってるんだよ?」
「……ありがとう」
目的地へと着いた事で、アバターのポイポイが次第に速度を緩めていく。それが自分の心情を表しているようで、少し気恥ずかしかった。
「さ、お話は終わり。ここからは……」
「ああ。ここからはお仕事だ。楽しくはなさそうだけどな」
完全に止まったポイポイ擬きから降り、改めて周囲を見渡す。
こりゃ……酷いな。道路の中央に巨大な穴が空いている所もあれば、完全に崩れてしまっている建物も一つや二つじゃない。完全に蹂躙された痕だ。
「ねえトモ。本当にモンスターの仕業なんだよね?」
「少なくとも自然災害の類じゃないだろな。何か引っかかる事でもあるのか?」
「んー……なんか襲撃が早過ぎる気がして」
それは俺も気になっていた。
最初に俺が聖噴水の異変を目にした昨晩にしてもそうだし、今回もそうだ。聖噴水の効果が弱まった、若しくは無効化されたタイミングを完璧に把握してる訳じゃないけど、少なくとも数時間以内にモンスターから襲撃されているのは間違いない。特に今回は俺とシキさんが過去世界に転移した前後に聖噴水が入れ替わっているとしたら、その僅か数分後にモンスターが出現している。
奴等が常に街を監視していて聖噴水の効果が切れたと瞬時に把握できるのなら、あり得なくもない話だ。けど恐らくそんな常時聖噴水のオンオフを監視しているモンスターがいるとは考え難い。でも実際にやたら迅速かつスムーズに襲撃をしてきやがる。
あの魔王に届けの最終日に城下町で起きたモンスター襲撃事件もそうだった。そしてあの時はファッキウ達がモンスターの手引きをしていた。
って事は……今回も同様の事例と見なすべきだろう。
何者かがモンスター側に情報を流している。下手したらもっと密な協力関係にある。
勿論、本命はファッキウやジスケッドだけど……果たして奴等だけでこうも手際よくモンスターを牽引できるだろうか? 間に誰か、モンスターに近しい存在がいやしないだろうか……?
「隊長」
不意にシキさんの声が聞こえて来た。恐らく既にモンスターとは遭遇済みだろう。
「シキさん! モンスターは……」
「グランディンワームが複数湧いてる。このままだと街の中は穴ボコだらけになりそう」
ほぼ確定していたとはいえ、これで裏も取れたか。
もしあのデカブツが大暴れしたらすぐに街の機能が失われる。仮に倒せても、その後は更地にするだけでも相当な手間と金が掛かるし、道路や建物の復興となると更に大変だ。
何より、民家の方で暴れられたら打つ手がないぞ。
「挙動はどんな感じでしたか?」
「活発ではあったけど激昂や錯乱って状態じゃなかったと思う。積極的に人を襲うって感じでもなかったかな」
モンスター討伐に関しては俺より遥かに詳しいだけあって、コレットの質問は俺より核心をついている。これは邪魔しない方が良いな。俺はもう少し周囲を観察してみよう。
シキさんの証言や現状の静けさから察するに、他のモンスターの襲撃は今の所ないみたいだ。グランディンワームにしても地中に潜ったままの状態なんだろう。
……やっぱりおかしい。襲撃の目的が全くわからない。
聖噴水に守られていた人里を襲うのが主目的なら、こんなにチンタラしてないだろう。以前アヤメル達と一緒に奴等と一戦交えたけど、必勝パターンの戦略を持っていたし最低限の知能はある筈。つまり、行動に関し連続性……一つ一つの動きに共通する意味があって然るべきだ。
今回の場合、聖噴水が無効化された事をいち早く察知し、直後に襲撃を行っている。それはどう考えてもミーナという街への攻撃性がそうさせている。なのに破壊活動がどうにも中途半端だ。奴等ならもっと素早く派手に暴れられるだろうに。
何か違う目的があるんだ。じゃなきゃこんな長く地中に潜っている訳がない。地下で何かしていると考えるべきだ。
……街を地盤沈下させようとしてるとか?
だとしたらマズいぞ。下手に地上で暴れられるより遥かに広範囲の被害が懸念される。由々しき事態だ。
それに、そんな人間側の虚を突くような戦略はモンスターだけじゃ困難だろう。
まさか――――
「何かわかったの?」
思案中の俺が何かに気付いたと感じたのか、シキさんがコレットとの話し合いを一旦止めてまでこっちに視線を向けて来た。
俺よりもかなり長くこの世界で生きて来た二人を差し置いてモンスター関連の意見を言うのは、正直相応の勇気が要る。
でも……俺もこれでそこそこモンスターだの何だのとやり合ってきた。今更引け目を感じてる場合じゃない。
「少し馬鹿馬鹿しい事を言うかもしれないけど良いか?」
「勿論。何でも言ってよ。トモの所見って結構バカに出来ないし」
「普段は鈍いのにこういう時は割と冴えてるしね」
褒められている気がしないのはこの際良いとして……
「前にグランディンワームと遭遇した時アヤメルから聞いたんだけど、奴等って基本単独行動なんだよな? なのに今回も複数で出て来てる。明らかにおかしいよな?」
「それは……そう。その複数で現れたグランディンワームもトモ達がもう倒してるから、その時のと同一個体でもないし」
「だったら多分、グランディンワームの意志で行動してる訳じゃないと思う」
「誰か人間が操ってるって言いたいの?」
流石シキさん。理解が早い。
「そう。グランディンワームの行動を意のままに操ってる奴がいる。だからこそ聖噴水の無効化とほぼ同時に街を襲って来たんだ」
「じゃあ、その操ってる人の目的ってもしかして……」
コレットもどうやら気付いたらしい。
なら俺が話すまでもない。コレットに全部言って貰おう。俺が言うより説得力あるだろうから――――
「温泉を掘り当てようとしてる!?」
……は? 温泉?
お前なあ。こんな時に何すっ惚けた事……
いや、でも……あれ?
「聖噴水を無効化してモンスターに街を襲わせてる奴がいる、って事なんじゃないの? 隊長が言いたいのは」
「えっ!? あ、そ、そっか。ですよね。普通そうですよね。はっ恥ずかし……」
シキさんの指摘にコレットは羞恥の余り身悶えている。
けれどもだ。
果たしてどうなんだ?
確かに俺はシキさんと同じ意見だった。事態をかなりシリアスに捉えていた。だってそうだろう? 聖噴水を突破されて街中にモンスターが出て来たんだ。そりゃ人間や街を滅ぼそうとしてると思うさ。
でも……
コレットのアホみたいなさっきの意見、絶対にないと言い切れるか?
覆すだけの説得力のある理由を提示できるのか……?
……。
…………。
……………………。
「コレット。お前……」
「ご、ゴメンって! 別に冗談で言ったとかじゃなくて、ちょっと混乱して……」
「とんでもねぇ事言ってくれたよ」
「……ふぇ?」
俺は脱力感と寒気を全身に感じつつ、未だ地中に潜ったまま一向に出て来やしないグランディンワームの真意を必死に探っていた。
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