第468話 ティシエラに会いたい
ここで今、俺達の前……というか下で起こっているグランディンワーム・ディグダグ事件を検証してみよう。
至る所に掘られている穴が連中の現れた証である事には疑いの余地もなく、ここにモンスターのグランディンワームが複数出没したのは間違いない。
『自分達は侵略者である。この地に家を建て住んでいる住民どもに脅威を示さなければならない』
その心理的状況を表すかのように連中は自ら攻勢をかけたのだろうか。
今まで踏み入れた事のない場所に一体目のグランディンワームが地面を隆起させドカンと出没した瞬間、彼らの闘争心はもう頂点に達していた。
それを煽るかのような地響きの轟音。
そして二体目、三体目も後に続いたのだ。
街の右側の風景に注目して欲しい。穴が空いた箇所からは大分離れた場所にある建物が被害を受けている。凄まじい勢いで地面から飛び出して来た際に弾け飛んだ石などによる二次被害であろう。かなり張り切って襲撃してきた様子が窺える。
しかし、彼等の姿は今は見当たらない。死体や身体の破片らしきものも全く見当たらない。
恐らく再び地面に潜り、そのまま出て来ていないのだろう。
実はこの時点で、俺の内心は『自論は誤りではないか?』と嫌な予感を覚えていたのである。
だが既に長い時間をかけ緻密に前後の出来事を繋ぎ合わせ、ほぼ確定といった口調で見解を示している。
間違いであってはならない。
焦る俺、トモこと藤井友也。
そんな折、恐らく大して今回の件についてアレコレ考えていた訳でもないであろうコレットはこの瞬間、安直な発言で俺とは全く違う見解を示したのである。
『温泉を掘り当てようとしてる!?』
モンスターが温泉を掘っている。
その安直と言うより最早荒唐無稽でフリーダムが過ぎるピーキーな意見が衝撃となって俺の心を揺さぶる。
そして必死にコレットの稚拙極まりない、しかし腹立たしくも芯を食った仮説をそれでも否定しようと必死に検証を重ね――――
抵抗も虚しく受け入れたのだった。
「……ホントに出てこないね。一体も出て来ないって不自然じゃない?」
シキさんは大きく地面に空いた穴を、顔をしかめながら覗いている。けどその穴は相当深いのか、底らしきものは全く見えない。
街を襲うのにこんなに地中深く潜る必要があるだろうか? 普通に考えてないだろう。グランディンワームの性質上、地中からの襲撃はごく普通のアプローチではあるけど、潜るのはあくまで移動手段であって、攻撃を受けている訳でもないのに必要以上の深度まで硬い地中を掘り続ける必要はない。
「えーっと……ね、ねえトモ。さっき私が言った事はもう忘れてね? きっと何か深い訳があるんだよ。モンスターにもモンスターの事情があるのかもしれないし。誰かが操ってるならその人の思惑もあるでしょ?」
「……いや。多分違うな」
「違うって……な、何が? 私あんまり頭良くないからわっかんないなー」
コレットは馬鹿じゃない。自分の何気ない発言が俺にどれだけ突き刺さったのか、なんとなく察しているんだろう。
「じゃあ説明しよう。今ここで何が起こってるのかを」
俺とて……俺とてこんな検証はしたくなかった。最後まで自論を推したかったさ。だけどそれじゃ、グランディンワームが一向に出て来ない現状に説明が付かないんだ。
ふぅー……
「俺は昨日アレですよ。皆さん御存知の慰安旅行初日にドキドキの夜を迎えた訳ですよ。二人とも知ってるでしょう? 俺はシャンジュマンの温泉でモンスターに襲われたトモですよ。イリスに誘われてノコノコ出ていった向こう見ずのトモですよ。ねえ。あの後にコレットはやっとミーナに着いた訳ですよ。そしたらもう時間もなくて、急いで怪しい奴を調査して回って、その後俺はアンキエーテに戻りました。ヤメと共にエメアさんの襲撃に遭って返り討ちにして、もう俺はヘトヘトですよ。さぁ、口を割らせてどうしようかと思った時にまだ懸念材料があった。聖噴水ですよ。そこで俺はシキさんと調査しに行って、心ならずも転移したのが12年前の城下町ですよ、皆さん。俺が転移したの、12年前なんですよ。いいですか、12年前に俺はタイムスリップしたと思ったんですよ。すると現れたのが子供時代のルウェリアさんやティシエラやフレンデリアやコレットだったんですよ! 何の因果か知らないけども、そこで俺は色々と情報を得た訳ですよ。昔、城下町には今はない場所に聖噴水が設置されていたとか、元々城下町や聖噴水は精霊との交流の証として作られた物だとか。すると現実世界での色んな出来事や情報と結びつく訳だ。そういやビルドレッカーとかいう施設を転移させるアイテムがあったなあ、とか。以前城下町で聖噴水を無効化させる動きがあったっけ、とか。聖水を熱した液体に触れたらマギが別の場所に飛んで危うく永遠にフリーズ状態だったなあ、とか。ミーナで闇商人と取引してる奴がいたりとか、アンキエーテが実は聖噴水の水をこっそり盗んで保存しておく為に立てられた温泉宿だったとか。そういう色んな情報が有機的に結びついて、俺は一つの結論を出した訳ですよ。ねえ。ファッキウ達のように聖噴水を無効化して街にモンスターを引き入れようとする奴がいるんじゃないかって。その為に聖噴水の実験を行って、無効化する方法を模索してるんじゃないかって。そう推察してた訳ですよ。犯人の目星も付いてたんです。随分な野心家だ。きっとそうに違いないって。もう全ての状況が俺の推論が正解だと示していた訳ですよ。長期にわたって俺の周りで起こった様々なトラブルや何やらが一つ答えに収束してくんですよ。まるでミステリー小説のように。そりゃ興奮もしますよ。俺凄いなって、この答えに辿り付けるなんて俺やるなって、そう自分に自信を持てそうだったんですよ。初めての経験ですよ。おいそれなのにだ。真相は全然違うのか? 温泉を掘り起こす為にモンスターを使役してるバカの仕業? はあ? バカじゃないの? フザけてんの? いやフザけてなんてないでしょう。だって出て来ないんだものグランディンワーム。温泉掘ってるからでしょう。温泉掘ってるからずーっと深くまでも掘り続けてるんでしょう。聖噴水が有効なままだとこんな真似は出来ないんだ。街の真下にも効果が発揮されてるからね。だから聖噴水を無効化させて、それからグランディンワームでボーリングですわ。掘って掘って掘りまくって温泉プシュー! そういう狙いなんですわ。ホラ、このミーナって温泉街って訳じゃないからそんなに温泉に力入れてないでしょう? 掘りたいっつっても掘らせてくれないんですよ領主が。ねえ。辻褄合ってるんですよ。これ以上ないシンプルな動機だ。こねてこねてこねくり回した俺の推論よりずっとシンプルでわかりやすい。だってグランディンワームに温泉掘らせてるだけだもん。なのに、俺はどうしても認められないんだ。だって恥ずかしいもん。長い時間使って検証して最終的には間違いないって力説した仮説が全くの見当違い、的外れも的外れって現実にどう向き合えって言うんですか? ねえ。この状況を皆さんはどう思いますか!!」
「長」
でしょうね。思いの丈を余す事なく口にしたからね。それでいて未だにグランディンワームは潜ったまま出て来やしないという。
「何? 隊長今どういう感情なの?」
「今まで丁寧に積み上げて来たものを一瞬でブッ壊されて自我崩壊寸前って感情ですよ!」
忌々しい記憶が蘇ってくる。つってもその時忌々しく思ったのは俺じゃない。
ティシエラだ。
あれは忘れもしない、アイザックがヒーラー共に担ぎ上げられ王城を占拠した際の事。ティシエラはその事態に毅然とした対応で臨み、五大ギルド会議内で他のギルマスを圧倒する理路整然とした戦略を掲示し、ソーサラーギルドが中心となって城の奪還を目指す計画が9割方固まっていた。
なのにだ。俺がうっかり武器屋の御主人に何か良い方法ないかって聞いちゃった結果、筋骨隆々の猛者達をズラッと並べて城に攻め込ませるマッチョトレインという世にも恐ろしい作戦が提唱されてしまい、それを覆すだけの新たな妙案を出せなかったティシエラは泣く泣くその作戦を受け入れざるを得なかった。あの時のティシエラは壊れてたなあ……
そして今、俺はその時のティシエラと全く同じ立場に立たされている。長い間検証を続け、定点カメラになったり過去に行ったり、時には命の危険まで冒して現状に至る流れをバチッと推理していた訳だよ。その推理がコレットの一言でもう崩壊寸前だ。
何だこれは。天罰か? 因果応報ってか? こんな食らわされ方ある?
いやまだ諦めるな。何かないか。グランディンワームが温泉を掘り当てるため地面を掘り続けてるってフザけた意見を覆すロジックが。
あるだろう? あるよな?
「………………あぁーっ…………なぁーい」
「と、トモ?」
「いやもう温泉だ。温泉で決まりだよ。誰か知らねーけどモンスター使って温泉掘り当てて一攫千金か何か狙ってんだよ。それかヒーラー温泉と同じで入った奴がトリップする温泉作ろうとしてんだ。ねーっ」
「ねーっ、って言われても……」
「笑えよ」
「えー……」
「おかしいだろ? 滑稽だろ? 笑えよコレット。的外れな推理で悦に入ってたこの俺の無様な姿を嘲笑ってやってくれよ。笑えねぇか? サタナキアん時も盛大に滑ったよな。いよいよ笑えないピエロじゃねーか俺。じゃあもう本人が笑うしかねーか。うえっへっへ」
「ど、どうしようシキさん! トモ壊れちゃった! シキさん! なんとかして下さい!」
「私に言われても、これはもうどうする事も出来ないんじゃない?」
何か色々言われてるけど言葉として耳には入って来ない。それくらいショックはデカい。まさかティシエラの二の轍を踏むとはな……
つまり俺の今の心情を心から理解できる人間はティシエラしかいない。そういう事なんだろう。
「ティシエラに会いたい……」
「は?」
「急に何言ってんの?」
ポツリと出た本音に対する女性陣の辛辣な視線が痛い。いや君等にはわからないでしょって話ですよ。考察厨同士でしか分かち合えない感情ってのがあんだよ。
「……それでトモ、これからどうするの? モンスター全然出て来ないけど」
「んー……ん?」
なんか……穴の方から変な音が聞こえてくるような……
「もうすぐ出て来るかも」
「みたいだね」
シキさんとコレットも当然感知したらしい。二人の見解は一致している。今覗いている巨大穴からグランディンワームが出て来るって認識だ。
けど俺は違う。
以前戦った時、奴等が地中から出現する様子を何度か目の当たりにした。
グランディンワームは自分が一度掘り進めた穴からは出て来ない。恐らく引き返すという行動自体がないんだ。
じゃあ、一度掘った穴から何が出て来る? グランディンワームじゃないとしたら、これは一体何の音だ?
決まってる。既にその検証は嫌ってほどやったばかりだ。
「コレット」
「任せて! かなり大きなモンスターだろうけど、今の私なら一刀両断に――――」
「いや違う。穴覗いてると火傷するぞ」
「……火傷?」
想像もしていない言葉に困惑するコレットに、穴から離れるよう促す。シキさんにも。二人はそれを『グランディンワームが地上に出現する際の衝撃は想像以上だから気をつけろ』という助言だと判断したらしく、余り危機感のない顔で俺の指示に従っていた。彼女達にとってグランディンワームはそれほどの強敵じゃないって事だろう。
でも違うんだ。穴から聞こえてくるこの音はグランディンワームの移動音じゃない。
これは――――
「え……」
温泉が今にも湧き出ようとする音だ。
「ええええええええええええええええええええっ!?」
コレットの絶叫と同時に、穴から大量のお湯が吹き出てきた!
噴出した温泉は物凄い勢いで穴から空へと吹き上げ、大量の湯気と熱気を撒き散らす。多少離れていたとはいえ、俺達もその熱に肌をチリチリさせるしかなかった。
「やるなあコレット。大正解じゃん。お前、俺より考察の才能あるよ」
「だったらもう少し感情込めて言ってよ! そんな魂が干涸らびたみたいな声じゃなくてさー!」
「いやぁ、絶景だよぉ」
「……ダメだね。こういう時の隊長は何言ってもダメ」
嘆息するシキさんに反論する元気もない。けど、流石に落ち込んでばかりもいられないか。
確かに想定外の状況ではある。ただ、放置してはおけない犯人がいる事自体は変わりない。目的は知らんけど、聖噴水を無効化してグランディンワームを操作し穴掘機の役を担わせた奴がいる。これだけは依然としてガチだ。
通常、掘り当てた奴にこの温泉の所有権はない。土地の持ち主、つまり領主の所有となる。
でもそれはあくまで一般論。例えば領主と既に話を付けていて『温泉を掘り当てたら自分にその管理を任せて欲しい』と訴え受理されていれば、実質的に掘り当てた奴の所有となる。
「シキさん。周囲の気配を探って貰えないか」
「急に真顔で何? 情緒大丈夫?」
「真面目な話してんの」
「……了解」
腑に落ちないって顔をしつつも、シキさんは散漫だった神経を集中させ始めた。
もう予想大外ししてるから、今更小さいのをもう一つ外しても大した痛手じゃない。
俺の見解が正しければ、犯人は必ず現場に現れる。温泉が噴き出る瞬間――――自分の成功を目の当たりにして歓喜に浸る為に。
「……」
若干俯いて集中を高めるシキさんが、今も噴出中の温泉の水しぶきを浴びてかなり濡れてしまっている。なんかそれが凄く絵になる。
「あ~も~ビショビショ……鎧サビたらどうしよ……」
対照的にコレットは全く絵にならない。同じ美人でもタイプが違うからね。仕方ないね。
「……いる」
そうポツリと呟いたシキさんが、鋭い視線を空き家と思しき建物の屋根の上に向けた。
その先には――――
「おやおや。目聡い人だ」
過去、そして今も鑑定ギルドのNo.2。
本来ここにいる筈のないジスケッドの姿があった。
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