第469話 灼熱の猜疑心

『人間に化けてさえいれば入り込める。聖噴水にはそういう抜け道があるんだ』



 ……あの過去世界が本当の城下町の過去を模した亜空間だったと仮定した場合、そこにいた12年前のジスケッドは既に聖噴水の欠陥を知っていた事になる。当然、今回の件の首謀者としては大本命と言って良い。


 その男が今、俺達の前にいる。これはもう確定と考えるべきだろう。


「不思議だなトモ君。君と会うのは数日振り、それも二度目だと言うのに随分と懐かしく、そして愛おしく感じるよ。まるで十年来の親友と再会したような気分だ」


「気持ち悪い事言ってないで降りて来いよ。こっちも結構、アンタに会いたいって思ってた頃合いなんだ」


「だろうね。初対面時とは訳が違う。今の僕は君にとって決して軽視できない人間だ。僕と話したくて仕方ないだろうさ」


 ……さっきから言動が逐一気持ち悪いな。なんで俺はこういうイロモノにばっかり目を掛けられるんだ? まともだった知り合いもおかしくなるしさあ……


「トモ。あの人って確か鑑定ギルドの……」


「ジスケッドだ。今回のミーナの事件に深く関わってる」


「やっぱり。パトリシエさんが心配してた通りになっちゃった」


「へえ?」


 鑑定ギルドのトップの名前が出た途端、ジスケッドは軽やかな所作で屋根から飛び降りてきた。ここで足グキってやってくれれば喜劇王の称号をくれてやった所だけど、生憎普通にスタッと着地してしまった。


 仕方ない。真面目モードで向き合いますか。温泉が噴き出た中で犯人と話すってのもシュールな絵面だけども。


「やっぱり彼女は僕をマークしていたか。流石、僕の上に立つ人物だけあって優秀だよ」


「余計な話はしなくて良いよ。まずこの穴、お前の仕業って事で良いんだな?」


「勿論。僕がここにいるのはそういう事さ。言い訳する気もない」


 そりゃそうだ。しらばっくれるくらいなら姿なんて見せていないだろう。わざわざ俺達に見つかる為に屋根の上にいたのは明白だ。


 そして、問題はそこ。何故この男はここに来て自首するような真似をしてきた?


「不思議に思うかもしれないけど、僕は別に隠れてコソコソ悪事を働いているつもりはないんだ。最初からずっとオープンさ。問われた事には何でも答える。鑑定士として数多の情報を分析し開示してきた僕が、自分の事だけ隠すなんて非礼はしないよ」


「……」


 この上なく胡散臭い。けど確かに、初対面時にも俺の質問に躊躇なく答えていたな。


「隊長」


「わかってるって。心配しなさんな」


 シキさんは一度、この男から引き抜きの勧誘を受けている。その時にまとまった時間話をしている筈だから、奴の人となりに関して多少の知識があるんだろう。


 でも俺はこの男と二度面識がある。しかもその内の一度は12年前のこいつとだ。俺の方がよりジスケッドを理解している筈だ。


「信憑性を疑われては会話にならないよ。だが僕に対する二人の熱い眼差し……灼熱の猜疑心。そういうのが好きだ。だからこのまま続けよう」


「あぁ……そう……」


 こいつは本当に気持ちが悪い。キモいとかじゃなくて気持ちが悪い。いついかなる時も気持ちが悪い。


 そんな奴の発言を鵜呑みにするつもりはない。この手の人間は真実の中に嘘を織り交ぜて、自分にとって都合の良いストーリーを組み立てるのに長けている。じゃなきゃ12年前、わざわざ聖噴水に関して自分から言及する必要は何処にもなかった。


 奴の狙いは多分――――会話の中から、或いは相手の反応から自分の欲しい情報を入手する事。その手掛かりや断片でも構わない。そんな感じだろう。鑑定士なんだから洞察力は相当高い筈だ。


 望むところだ。何を隠そうこの私、物理的な戦闘面では大してお役に立てませんが心理戦だの情報戦だのではしゃしゃり出る覚悟なのですよ。だって考察厨だからね。他に取り柄ないからね。ここが見せ場な訳ですよ。やりますよー。


「それじゃ遠慮なく質問を続けさせて貰おうか。ここに至るまでのお前の足取りを聞かせて貰いたい。関わった連中も含めてだ」


「随分と欲張りだね君は。長くなるよ?」


 その割に随分と嬉しそうだ。でもそれは俺達の熱意に感動してる訳じゃないだろう。流石にそこまでアホじゃない。


 ハイな要因は多分、絶賛噴出中のこの温泉だ。新たな温泉の発見は奴にとって念願だったんだろう。


「構わねぇよ。もうすぐ日は沈むだろうけど気にするな。深夜まででも付き合ってやるよ」


 その動機と目論みも含め、聞かせて貰おうじゃないか。真相ってやつを。


「……ねえトモ。なんか妙な事になってるんだけど、私どういうスタンスで聞いてれば良いのかな」


「コレットはシキさんと連携して周囲の気配に気を配ってて」


「う、うん。その方が良いよね」


 本当はシキさんにも一緒に考察して貰いたいけど、ジスケッドを全面的に信用するつもりはない。最大限の警戒をした上で話を聞く。日が落ちて暗くなるのを待って仕掛けて来る可能性もあるからな。


 普通に考えれば情報戦だけが目的とは思えない。これは……奴の仕掛けた罠だ。わざわざ姿を見せて自分語りを始めるんだから、気を引く目的もある筈。となれば自然と、隙を突いて襲う算段って結論になる。


 だけど、この野郎にそこまでスタンダードな解釈が成立するかってーと微妙な所。先入観に囚われない姿勢で臨まないと。


「それじゃ話をしようか。まずは僕の話で良いね」


 異論はない。他人の自分語りは苦痛以外の何物でもないけど、今回に関しては情報の宝物庫だ。聞かない訳にはいかないだろうよ。


「知っての通り、僕は鑑定ギルドのNo.2だ。10年前も、それ以前からもNo.2。この意味がわかるかな?」


「1位になれない、ってニュアンスじゃないんだろうな」


「そう。敢えてそうしているのさ。僕は最初から鑑定士として最高の能力を持っていた。最高峰の鑑定士が集うこの街にあっても、僕は最初からトップの実力を持っていたんだ。でも僕は常にNo.2であり続けた。夢を叶える為にね」


「その夢が温泉を掘り当てる事、とは言わないよな?」


「言う訳ないだろう。城下町を起点とした鑑定士が鉱山都市で温泉を掘り当てる夢を持っていた、なんて支離滅裂にも程がある」


 だよな。到底納得できる話じゃない。


 でも現実問題、ジスケッドはここミーナで聖噴水を無効化し、グランディンワームを使って温泉掘削を実行していた。って事は――――


「温泉は目的じゃなく手段なのさ。そして君には一度話してあったよね。僕が何を鑑定したいのかを」


「ああ。覚えてるよ」


 俺だけじゃない。シキさんも絡む話だ。


 奴は確かに、シキさんの能力を買っていたんだろう。でもそれ以上にシキさんの知識と経験を欲していたんだ。


 ウチのギルドに来る前、シキさんは――――


「目的は十三穢だな?」


「御名答」


 十三穢を探していた。その時の情報をシキさんから得ようとしていたんだろう。


 けど、その十三穢と温泉が一体どう結びつく?


「僕はね、遠い昔から十三穢を追い続けていたんだ。それはもう憧れと言っても良い。十三穢の事を考えるだけでね、僕は……僕は全身が滾るんだ! 滾って滾ってグラグラボォィゥゥゥゥウウ!!」


 ……いや緊迫感。


 そういやこいつって、こんな感じのノリだったっけ……


 俺さあ。戦闘中に悪フザけするタイプのゲームとかあんま好きじゃなかったんだよな。なんか萎えるわー……




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