第470話 お前の仕業だったのか
「失礼。十三穢を思うと僕はエキサイトしてしまうんだ」
急にテンション上げたかと思えば飄々と下げる。段々思い出してきた。確かにこのジスケッド、こんな感じの奴だった。
にしても穢された聖剣にそこまで入れ込むかねえ……随分と歪んだ感性の持ち主だな。アレか? 天使よりも堕天使に魅力を感じる厨二タイプか? ベリアルザ武器商会の二人と気が合いそうだな。
「もう一つ付け加えておくけれど、穢された武器を愛しているからといって魔王崇拝の趣味もない。勿論、武器としての芸術的価値や大衆性にも大した関心はないね。ただ純粋に鑑定士として、どんなメカニズムで魔王を倒す性能を失ってしまったのかを知りたいのさ」
「知的好奇心って事?」
十三穢の事となるとシキさんも黙ってはいられないのか、周囲への警戒を続けつつも険しい顔で質問をぶつけてきた。
「言葉にすれば、その表現が一番近いかもしれないね。例えば研究心とは明らかに違う。僕は別に何かを発展させる為に十三穢を追っているんじゃない。それぞれの武器に何が起きたのか、それは全て同じなのか、それとも武器毎に異なるのか。そういう事を知りたいんだ」
まあ……言いたい事はわからなくもない。俺だって興味がないと言えば嘘になる。
魔王を倒す力を宿していた武器が、魔王本人に直接穢される事で魔王を倒す力を失った。御伽噺のような話だけど現実らしい。
ならそこにどういう変化が生じているのかは純粋に知りたい。魔王を倒す為の何らかのエネルギーが枯渇したのか、属性が変化した所為で特効が消えたのか、或いは特別な付加効果が失われたのか。それとも単に攻撃力が低下したのか。
今まで幾つかの十三穢と関わっておきながら、そういった事情は全く耳に入って来なかったし、積極的に入れようともしなかった。調査しようと思えば幾らでも出来たのに。
理由はなんとなく自覚してる。
『。。。十三穢には。。。関わらない方が良いよ』
始祖が最初にそう言った時から、深入りするのは危険だって警鐘が頭の中にずっと鳴り響いてるんだろう。まして今の俺は冒険者じゃなくアインシュレイル城下町ギルドを興した人間。下手に関わって敵を増やしたり、奇妙な呪いにでも巻き込まれたりする訳にはいかない。そういう抑止力は働いていた気がする。
「君達も知っているだろう? 十三穢の約半数は王城で管理している。城の中で厳重に保管されている物を我々一般市民が入手するなど不可能だ。城内から人が消えでもしない限りね」
……おいおい。いましれっと核心を突いてきやがったぞ。
王城が正常に機能している限り、一般人が城の中の十三穢に手出しは出来ない。
なら――――王城が機能不全に陥れば良い。
余りにも短絡な理屈。だけど現に城は無人になってしまった。
だとしたら答えは一つだ。
「……お前の仕業だったのか。王族を城から追い出したのは」
「追い出してなどいないさ。彼等は代々、魔王城の近くに居を構えている環境を好ましく思っていなかった。魔王に怯えていたんだ。そんな憐れな王族に僕はね、違う生き方をレクチャーしたに過ぎないんだよ」
随分堂々とした宣言だけど、幾らなんでもハイそうですかと安直に受け入れるのは難しい。鑑定ギルドのNo.2程度の立場で王族にレクチャー? そんな無礼が許されるものなのか?
いや、でもこいつは……
「当然、僕一人でそんな大それた進言は出来ない。それなりに長い年月をかけて入念に下準備をした結果さ。目立たないよう、けれどナメられもしないようNo.2の座を維持し続けながら人脈を広げるのには随分と苦労したものだよ」
そうだ。12年前の時点でベルドラックと知り合いだった。当然ウィスとも旧知の仲だろう。
奴等は当時まだグランドパーティのメンバーじゃなかった筈だけど、城下町を陰ながら守護するガーディアンのような立ち位置だった。もしかしたら王族と何らかの繋がりがあったのかもしれない。特にウィスは精霊と人間の橋渡し役も担っていただろうし。
けど、まだまだ疑問の余地が多々残っている。
「王族以外の人達はどうした? 城の中には大勢の人間がいただろ?」
「いたさ。腰抜けの王に人生を狂わされた、憐れな烏合の衆がね」
……これまでとは明らかに違う、強い毒を含んだ言葉だ。初めて対峙した時から胡散臭い奴ではあったけど、誰かをバカにするような物言いはしていなかった。何か城仕えの連中に思うところがあったんだろうか……?
「勿論、彼等一人一人と話を付けたよ。フェードアウト作戦というものを国王自ら企てていると解説する事から始まり、もし城から王族が全員いなくなった場合にどのような事態が起きるか、その際にどう対処すれば騒ぎが起きずに済むのか。僕は懇切丁寧に個別で説明をしてあげたんだ。その上で身の振り方まで提案してあげたよ」
なんか……ますます非現実的な話になって来たな。一人一人に説明? 城の中に何人の人間がいたのかは知らないけど、100を下回る事はないだろう。その全員と一対一で対話したっていうのか?
「反応は大きく分けて三通りだったかな。僕の説明に耳を傾け素直に受け入れてくれた者。全く話にならなかった者。話を聞いた上で僕の提言を断った者。中には僕に対して攻撃的な反応を示す者もいたけれど、残念ながらそれは正義感から来る情熱じゃなかった。もし僕の好む熱さを見せてくれれば違った対応も出来ただろうに……」
おいおい。今の述懐はなんだ?
この野郎まさか、反抗した城の人間を消したってんじゃないだろな……? もしそうだとしたら俺が想像していたより遥かに極悪人って事になるぞ。
ジスケッドの話を要約すると、『城内の十三穢を手に入れる為に城の連中を全員追い出した』って事になる。
王族はフェードアウト作戦の実行。そして、それ以外の面々には個別に城を出て行くよう進言。恐らく王城に代わる政治の中心となる団体を立ち上げたり、再就職先の斡旋を行ったりしたんだろう。
皮肉でもなんでもなく、国王がいなくても国は回る。でも王様が失踪したと国民に知られたら当然パニックになる。騒動が起こらないようにするには、完璧な情報規正に加え政治経済の活動を一切止めないようにする必要がある。行き当たりばったりでは無理だ。
事前に相当綿密な計画を練り、国家にとって必要な人材をリストアップして適宜決定権を与えておく。最低でもそれくらいは準備してなきゃ不自然に社会が停滞するだろう。
元いた世界と比べれば、この世界の政治は大分大雑把に思える。権力が一本化された王制だからなのか、文化レベルの問題なのはわからない。いずれにしてもテレビやネットがないこの世界で王族が逃げた事を隠すのは意外と難しくはないだろう。
ただしそれは、王城内の人間全員に例外なく箝口令を敷き、それが実行された場合に限る。ジスケッドの口振りからして口封じを行った可能性は十二分にありそうだ。
もしそうなら……かなりの危険人物だぞコイツ。
「逆らった人達に何かしたの……?」
コレットも俺と同じ懸念を抱いたらしく、周囲の警戒を放棄してまで問いかける。もしかしたら王城の騎士や兵士に知り合いがいたのかもしれない。
俺にはいない。それでも、もしこの野郎が我欲を満たす為に大勢を犠牲にしたというのなら、こんな胸糞悪い話はない。到底無視も放置も出来ないだろう。
「したさ」
こいつ、臆面もなく……!
コレットの眼光が鋭くなり、歯を食いしばる微かな音が聞こえた。返答次第では叩き斬る、それくらいの気迫を感じる。
それでもジスケッドは余裕の表情を崩さない。なんて胆力だ。
「僕の提案を受け入れなかった連中は全員……」
この男は想像以上に手強いのかもしれない。
「各地で温泉漬けにしてやった! 服脱いじゃって湯に入っちゃってもうウェ~イさ! ワァオ! アオ! フゥー! フゥーー!!」
「……」
「フゥーーーーーーーー!!!」
「黙れ!!」
そして想像以上に鬱陶しい……せめてシリアスに徹してくれ。
まあでも温泉漬けだけなら想定内だ。命を奪うまではしてないってんなら救いはある。
とはいえ、この男がやっているのは間違いなく国家反逆。やり口がヌルいからって許される訳じゃない。こんなのに支配されたら城下町はとんでもない事になる。
絶対に負けられない戦いが、ここにはある――――
クソみてぇにヌルい何処ぞの最終予選とは訳が違う緊迫感が漂ってきた。
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