第471話 魔王を倒せる力

 そうか……やっぱりグランディンワームの利用目的は温泉だったか。コレット大当たり。もう手放しに褒めるしかない。こりゃもうコレットにあーだこーだと上から言えないねえ。


 にしてもだ。何もモンスターを使って温泉を掘る事ぁないだろう? そりゃこの世界には温泉開発工事に使うボーリングマシンなんて物はないだろうけども。なんか他にないのか? 土木魔法とかさあ……


「なんだいその冷めた目は。僕は大いに不満だね。もっと情熱をくれないと喋らないよ?」


「あ?」


「おおっと。一転してギラギラした目だね。それだよ僕が欲しいのは。良いよ。僕がやって来た事をもっともっと話そうじゃないか」


 事件の真相を語るのにここまでに前のめりな奴も珍しい。情報貰えるのはありがたいけど……なんか根本的にわかり合えないんだよなノリが。


 そもそもさあ、こういう真相が明らかになるのって、もうちょっと色々あってからだろ? 数々の難敵を倒していよいよボスと対峙する、その時にボスが今までの悪事についてのバックボーンを切々と語るとか。大体そんな感じだろ? それが何だよコレは。なんか急に屋根の上にいてさあ。特に何の盛り上がりもないまま屋根から降りて来てベラベラベラベラ自分から喋り出して……重みがないんだよそれじゃ。川原で聞くツレの打ち明け話じゃねぇんだぞ?


 ……とは思いつつも、取り敢えず大人しく続きを聞くとしよう。聞くだけならタダだし。


「僕は以前から聖噴水について密かに鑑定をしていたんだ。モンスターを寄せ付けないあの施設は確かに素晴らしい物だけれど、そのメカニズムも効能の背景もわからないまま恩恵に与るのは果たしてどうなのかと思ってね。鑑定士の性とでも言うのかな。十三穢とはまた別の意味で関心を持っていたのさ」


「なんで単独でやったんだ? 鑑定ギルド全体で取り組んでも良い案件だろ? 何なら五大ギルドだって……」


「わかっている癖に随分と意地悪な質問をするじゃないか。僕は情熱のない人間と仕事をする気なんてサラサラない。僕以外の鑑定士も五大ギルドの連中も全く興味がない。ただ生きる為に生きているような連中に用はないのさ」


 いや、全くわかってなかったんだけど。つーか奴の言う情熱の基準も全くわからねーし。俺、別にこの街で特別熱い人間じゃねーからな?


「もう一つ付け加えるなら、聖噴水と十三穢に何らかの関連があるのではと睨んでもいたよ。穢される前は聖属性だった武器も多いからね。何かしら繋がりがあっても不思議じゃないと思ったのさ」


 ま、そっちが本命なんだろうな。十三穢絡みだからこそ情報を独占したかった訳か。


「で、聖噴水の何がわかったってんだ?」


「そう急かさなくても教えてあげるよ。僕は今、とても機嫌が良い。そして君はお気に入りだ。だから話すんだ」


 確かに高揚は感じられる。ハイになっているのは事実だろう。


 だけど……俺がお気に入りというのなら、シキさんやコレットも一緒に聞いている事はどう思っているんだ?


 特にコレットは奴が嫌っているであろう冒険者のトップ。魔王討伐に対して消極的な冒険者ギルドに良い感情を持っていないのは明白だ。


 なのにコレットの存在を無視している。というより……甘受している。そんな気がする。


「これは余り知られていない事なんだけれどね。聖噴水の水、そしてそれに限らず聖属性のものは特定のエネルギーと合わさる事でマギに干渉させる事が出来るんだ」


「マギに……干渉?」


「そう。通常、人間の体内のマギや物質に宿るナノマギは外部からの干渉は受けない。内部で増加する事はあってもね」


 マギに関する知識は正直、この城下町の中でも特にない方だって自覚はある。元々この世界の住民じゃないから仕方ないけど、冒険者を辞めて以降は特に接点も関心もないから尚更だ。


 だからジスケッドの言っている事の真偽についての判定は俺には難しい。コレットやシキさんに頼るしかない。その二人が口を挟んで来ないって事は恐らく事実なんだろう。


「不思議に思った事はないかい? 聖水は確かにアンデッド系のモンスターには有効だが、それ以外にはダメージを与えたりは出来ない。なのに聖噴水はモンスター全般を近寄らせないだろう?」


「……言われてみれば確かに」


「それは何故か。噴水にする事で聖水を流体にし、圧力などのエネルギーを生じさせモンスターへ過度に干渉できる状態にしているからさ。モンスターは人間以上に豊富なマギを有しているからね」


 成程。そういう理屈だったのか。


 それなら温泉と混ぜる事で聖水に熱エネルギーを加えれば、同様の効果が起こる訳だ。って事は、温泉に浸かっていた連中は体内のマギに直接干渉を受け、あんな惚けた状態になっちまってんのか。


 未だにマギってのが何なのかを感覚的には理解できていないけど、魂と置き換えると多少はピンと来るものがある。


 あの一度死んだ時に感じた自分自身が消え行くような知覚。あれが魂の消失だとしたら、魂ってのは自我のエネルギーと解釈できる。自己同一性のエネルギーと言い換えても良いかもしれない。


 自分自身、自分が自分であるという事を内外問わず示す。その原動力が魂だ。そういう意味では個性のエネルギーと言う事も出来る。自分を形成する為に働く力の総称、でも良いだろう。


 そこに直接『温泉』という癒やしの力をブチ込まれた事で、ヒーラー達や王族の皆さんは見事に個性を殺された。特にヒーラーは自分達の存在価値とも言える回復魔法をも否定し、『癒やしと言えば温泉』と自我を書き換えられた。結果、温泉に媚び温泉に堕落した。


 ようやくヒーラー温泉の謎は解けた訳だ。


 けど……妙だ。


 聖噴水がジスケッドの言うようなメカニズムだったら、今はミーナにあるあの神殿の聖噴水だって効果が持続してなくちゃおかしい。噴水としてはちゃんと機能している訳だし。けど現実にミーナは今、グランディンワームの侵入を許してしまっている。


 どういう事なんだ……?


「今更種明かしもないけれど、特別に教えてあげよう。今この街の聖噴水に何が起きているのかを」


 おっ。俺の疑問を察しやがったか。なんか悉く上を行かれているみたいで癪だけど。


「君達も察しているように、僕はこのミーナにどうしてもグランディンワームを侵入させたかった。温泉を掘る為には彼等の地面を掘る力が必要だったからね。だから聖噴水を無力化させる方法を模索していたんだ。例えばマギヴィート」


「マイザーの魔法か」


 マギを宿したものを受け付けなくなる魔法。随分と振り回された忌まわしき記憶だ。


「そう。あれを聖噴水に使えば、マギへの反発力によって聖水内のマギがなくなり、効果が消失するのではと踏んだんだ。けれど残念ながらマイザーとの交渉が決裂してしまった。彼は僕が好みじゃなかったらしい」


 変態と変態は反発し合う事が多い。妥当な結果だ。


「そして僕の専門分野である十三穢の一つ――――ネシスクェヴィリーテ。マギを刈り取るあの武器も当然、聖噴水を無効化できる可能性を秘めていた。尤も、穢れた後もその効果が持続していたか否かは要検証だったけれどね」


「でもお前はその検証が出来なかったんだな?」


「生憎、王城に入れる身分でもなかったしね。十三穢を全て集めるにはいずれは必ず忍び込む必要があったが、残念ながら当時の僕では無理だった」


 当時の僕では……か。思わせぶりな言い方しやがる。


「そんな折、君達も良く知るあの事件が城下町で起こった」


「モンスター襲撃事件か」


「その通り。僕が一枚噛んでいるかもと疑っていたかも知れないが、生憎ノータッチさ。だけど、すぐに理解したよ。ネシスクェヴィリーテが利用されたとね」


 不満顔のジスケッドから、その言葉が真実だと伝わって来る。つまり、少なくともあの時点ではファッキウ達と直接組んでいた訳じゃないんだな。助言、或いは甘言を弄した可能性はあるけど。


「十三穢と聖噴水。それぞれ別の志で興味を抱いたものだったが、ここで深く交わった。それは運命だと僕は受け取ったよ。この両者を結びつける何かがあって、僕はそれを突き止める為に生を受けたとね。あの事件を境に、僕は悟りを開いたような境地に至ったのさ」


 いや、絶対こじつけだろ。つーか多いよな、そういう明らかな偶然にも何かの意味を見出そうとする奴。いや、それ自体は否定しないよ? もし本当だったら素敵な話ではあるんでしょうよ。


「まずは十三穢……四光と九星の性能について改めて考える事にしたんだ。じっくりとね」


 四光と九星。製造したのが神か人間かの違いはあるけど、どちらも魔王を倒せる武器として生み出された。


「単に聖属性の武器というだけでは当然、魔王には通じないだろう。かといって聖なる力が不必要ならそもそも聖属性である必要もない。ならば聖なる力と別の力が合わさって、初めて魔王を倒せる力が生まれる。僕はそう結論付けた」


 成程……いや確かに理に適ってるな。魔王のマギに聖なる力を直接ぶつける、ってイメージか。つーかそれが本当なら、魔王討伐を掲げる冒険者ギルドにとってこの上なく重要な情報だ。


 さぞかしコレットも関心を――――


「……???」


 あー……ありゃダメだ。理解してないな。


 仕方ない。後でじっくり説明してやろう。

 

「だったら四光も九星も特殊な力を宿しているか、生み出せるって事になるな」


「そうなるね。尤も、武器自体に聖属性とは別のエネルギーを有しているのか、装備者の力を武器に融合させるのか、或いは装備者の力を変換するのか……具体的なメカニズムまでは特定できないけれど」

 

 ジスケッドは魔王討伐に全く関心がない。でも得てして、そういう所から重大な事実が明らかになるもの。

 慰安旅行の旅先で、俺達は想像もしていなかった秘密を知るハメになった。

 




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