第472話 向上心の欠如

 聖なる力と、武器特有の何らかの特殊な力の融合。


 それが魔王を倒せる力を生み出すのなら十三穢はどちらか或いは両方の力が魔王本人によって穢され無力化されたって事になる。『穢す』って表現からは聖なる力の消失っぽいかな。


 仮にそうなら、十三穢にはまだ武器固有の力の方は残っている。だったら聖なる力を補充できれば復活は可能だ。


 魔王討伐には『魔王を倒せる武器』と『魔王城を囲む毒霧の無力化』が必須だった。まさか魔王討伐とは関係ない俺達がその二つの手掛かりを掴む事になるとは。わかんねーもんだな。


「僕はこの仮説が正しいのかを是非証明したい。十三穢さえ手元にあれば解析は十分可能な筈だからね」


「だから王城を空にする為、中の奴等を温泉に招いて骨抜きにした訳か。聖水の特性を利用して」


「まさしく。ここで声を大にして言いたいけれど、僕は何も彼等に危害を加えちゃいないよ? だって僕は温泉に招待しただけなんだから。そうだろう?」


 聖水の性質を掴めていなければ、奴の言うように王族達は『招待された温泉で勝手に堕落しただけ』という結論になってしまう。そういう意味では巧妙な手口だ。


 でも今、ここで全てを洗い浚い話した時点で完全犯罪ではなくなる。ジスケッドは王族達を貶める意志があったと明言しているんだから。


 わからない。わざわざ自分を不利に追い込むこの証言に一体何の意味がある? 『気に入ったから』で話す内容じゃない。


「さて。ここからが本題だよ」


 ジスケッドの声に力がこもる。


 まさかこいつ……俺に何かさせようとしてるのか?


 それとも――――


「君、そして君の作ったギルドを僕の勢力に加えたい。有り体に言えば手を組もう、ってところかな」


 やっぱりか!


 協力を仰ぐ相手だから敢えて話した。信頼を得る為に。それならこの長々しい述懐も納得だ。


「君のギルドについては、それなりの期間観察させて貰ったよ。中々優秀だ。僅か200日足らずで次の五大ギルド候補に名前が挙がるくらいにね。鑑定ギルドの中にはそれを不満に思う者もいるようだが、僕は違う。優秀な君達と素晴らしい仕事をしたい。そう考えている」


 要するにスカウトか。しかも今回はシキさんにしたような個人に対する勧誘じゃない。提携話だ。


「具体的には、僕のプライベートギルドになって欲しい」


「……プライベートギルド?」


「既に何処かのギルドに所属している人間が、個人で別のギルドを運営する場合のギルドの事」


 シキさん、補足ありがとう。要するにプライベートレーベルみたいなもんか。


 ……って、それって要するに『俺の所有物になれ』って事じゃねーか! 子会社より酷いぞ……M&Aのウザい勧誘以下の最低な提案じゃねーかバカ野郎。


「まるで話にならねーな。まだ俺達に借金があるとでも誤認してんのか? それを肩代わりする代わりに私兵団気分で俺達を雇うつもりじゃないだろうな」


「確かに借金の件は情報として入ってはいるけれど、そんなつもりは毛頭ないさ。僕は建設的な提案をしているつもりだよ」


 建設的って……何処がだよ。ギルドを乗っ取ろうとしてるだけだろ?


「トモ君。君は素晴らしい情熱を持っている魅力的な人間だ。けれどギルドマスターとしてはどうかな?」


「なにぃ?」


「君には野心がない。いや、きっと胸の内は熱く滾らせているのだろう。だが! 公言するような野望は抱いていない。図星だろう? 率先して旗を振り翳さない人間がギルドマスターでは、ギルドの発展は限定的にならざるを得ないんじゃないかい?」


 ……痛い所を突いてきやがる。要は向上心の欠如を指摘されている訳だ。実際その通りだから反論は出来ない。


 俺は城下町ギルドを街のガーディアン的存在にしたいと思っている。それは守りの美学であって攻めの美学じゃない。治安や安全の保持を最優先する以上、向上を信条としたギルドとは言えないだろう。


 何より俺自身、子供の頃から向上心を持たずに生きて来た男。中学の時に中間テストで学年2位を取った時も『期末では1位を目指そう!』とは全く思わなかった。大学もB判定の所を受けた。


 警備員になった時も、取れる資格は幾つもあるのに一切関心を持てなかったなあ。自分がこの仕事を長くやるって意識も希薄だったし。要はダメ人間だった訳だ。


 そんな俺がギルマスをやるより、向上心を持った奴に任せた方がギルドが大きくなる、それはその通りだろう。否定はしない。


「その点、僕は大きな旗を掲げるタイプだ。常に頂点を目指すし、その為に必要な事は何でもする。グランディンワームを使って温泉を掘り起こす計画は随分前から実行していたし、実際上手く行っていたんだ。君達も知っているだろ? 城下町で一番厄介なヒーラー共や王族の面々も既に籠絡済みさ。王族だけじゃなく、それ以外の城の人々も各所で聖水交じりの温泉に入れてトリップ状態にしているよ。僕はもう、野望を実現しつつあったんだ」


 ギラギラした声と目付きで、ジスケッドは暑苦しい言葉を重ねてくる。ずっとNo.2に甘んじている経歴だけを見れば現状維持で満足するタイプだけど、どうやら本人の言うように擬態に過ぎないらしい。


 この野郎に城下町ギルドを任せるつもりは微塵もない。でも、俺がギルマスを降りるって選択肢はいつか――――


「だが君は悉く僕の邪魔をしてきた。僕が使役していたグランディンワームを二体倒し、王城には忌々しい暗黒武器屋と精霊を招き、このミーナにまでやってきた。お陰で計画にかなりの支障が出たよ」


 ……ん? なんだなんだ?


 今の口振りだと、まるで俺が狙って奴の計画を食い止めている……って思ってるっぽいぞ。


「勘違いしないで欲しい。僕は決して怒っている訳じゃない。寧ろ感服しているんだ。僕はずっと敵を作らずに生きて来た。No.2でい続けたのも変に目立って害意を持たれないようする為さ。初めてだよ。僕に明確な敵意を見せた人間は。最高の……情熱だよ」


「いやちょっと待て。何か誤解がある気がするんだけど」


「いいや! ないねッ!」


 えぇぇ……何こいつ。なんでそんなウキウキ敵認定してくるんだよ……気持ち悪ぃって。


「ついでだから白状しよう。鑑定ギルドの五大ギルド入りを阻もうとしてきた頃から」

「いやだから阻止しようなんて意図は」

「僕は君とそのギルドに脅威を感じていたんだ。十三穢を完璧に解析し、全人類の頂点に立ってこの国を……世界を手中に収める。そんな僕の壮大な野望に立ち塞がるのは君だと!」


 えぇぇ……人の話聞かない系? 今まで割と物わかり良さげだったじゃん……


 あーでも、そう言やこいつメオンさんの実兄だったっけ。それじゃこっちが本性か。じゃあ仕方ない。


「ねえトモ。さっきから話があんまり見えて来ないんだけど。もう周囲は警戒しなくて良いの?」


「うーん……まあ……一応続けて」


 曖昧な返事になってしまったけど、それは半分投げやりな心の反映。正直俺も現状がどの程度の危機的状況なのか量りかねている。


 ジスケッド――――鑑定ギルドNo.2の男。


 このビスケットと良く似た名前の野郎が抱いている最終的な目標は世界征服って事らしい。そこだけを切り取れば危険人物でしかない。


 ただ、力で強引に支配しようってハラは全くなさそうに見える。魔王にビビリ倒している王族や迷惑なヒーラー共を排除し、十三穢と聖噴水を完璧に解析して五大ギルドに有無を言わせない実績を作り、人類の頂点に立つ。手口は悪質だけど成り上がる手順そのものは割と真っ当だ。


 この訳のわからない野心家を値踏みするには、もう少し質問が必要だろう。


「どうして未だに温泉を欲してんだ? もう主要な面々は大方温泉漬けにしてるんだろ?」


「とんでもない。まだまだ惚けて貰いたい人は大勢いるよ。十三穢を手に入れる為には邪魔な連中、十三穢を欲している連中、そして勿論……君達もだ」


 ビシッ、とジスケッドが指差してくる。その背後で未だ温泉が噴き出ているのが異常に合っていて良い画角だ。


「自由に出来る温泉と聖水があればあるだけ、僕は頂点に近付ける。それを邪魔する君達は僕にとって最大の宿敵だ。鑑定士の僕の目に狂いはない」


「温泉掘り当て過ぎて曇ってないか?」


「曇ってなどいない! 実際君達は悉く僕の邪魔をしてきただろう!」


「全部偶然なんだけどな」


「そんな嘘を僕が真に受けるとでも? いや……侮られるのも無理はない。今の鑑定士ギルドはそれだけ落ちぶれているしね」


 どうやら、ジスケッドの誤解は相当根深いらしい。何を言っても信じて貰えそうにない。


 しかも奴は敵の存在を煙たがってはいない。寧ろ歓迎している。変心は期待できそうにない。


「現実問題、鑑定ギルドが五大ギルド入りするのは困難だろう。パトリシエには期待したけれど、残念な事に彼女もまた向上心が欠如している。バラバラになった鑑定士を一つに纏めるつもりもないみたいだ」


 そうか。No.2の座を維持し続けたのは、奴なりに自分だけじゃなく鑑定ギルドとして成り上がる道も模索していたからなのか。


「だが個人だけでスムーズに事を進めるのは難しい。だから君のギルドを貰い受ける。そう決めたんだ。ただし決め手は君というよりはそこの女性……君の良き相棒の方だったけれどね」


 俺を指していた指が、今度はシキさんの方へ向けられる。


「優秀な事は知っていた。以前、十三穢を調査していた事もね。だから彼女を引き抜いて、君達城下町ギルドに大打撃を与えつつ王城にある物以外の十三穢の情報を得ようとしていた。だが……彼女が余りにギルド愛を語るものだからね。欲しくなってしまったのさ」


「え?」


 ギルド愛? シキさんが?


 いや以前から俺に対してはそれを言葉にしてくれてはいた。でもまさか他人にまで語っていたとは。ちょっとビックリ。


 一応、ブラフの可能性を考慮してシキさんの顔を窺う。



「……違……」



 何も違いそうにないと一目でわかるくらい真っ赤だった。 





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