第473話 言ってごらんよお前!

 シキさんのギルド愛だと……? それが一体どんな言葉で表現されたって言うんだ?


 何だ!! 分からん!! 分からねば!!


「ようし。詳しくだ」


「良いね。本腰を入れた時の君は本当に情熱的だ。そんな君に免じて記憶にある言葉全てを曝け出してあげよう」


 この野郎は全般的に気持ちが悪いけど、何でもかんでも率先して喋ってくれるのは正直助かる。駆け引きも何もあったもんじゃないけど、ありがたく聞いておこう。


「……こんな下らない話いつまで続けるの? その男は敵なんでしょ? 何仲良く喋り散らかしてるの?」


 半歩後ろからシキさんがキレ気味に捲し立ててくる。甘いなシキさん。気恥ずかしさが声に出てますよ?


 という訳で当然スルー。シキさんが語ったというアインシュレイル城下町ギルドへの愛に比べれば、聖噴水だの野望だのそういう話は後回しで十分だ。


「そうだよトモ! その人、モンスターを操ってる危険人物なんでしょ? 早く捕まえないと! その方法も聞き出さなきゃ!」


「おい入りを間違えるなよ。最初はシキさんと遭遇した場面からな。そこではギルドについて語ってないからっつって割愛したら台無しだからな。イントロが大事なんだこういうのは」


「ちょっトモ! なんで無視するの!? 私だよっ! 切っても切れない仲のコレットだよ! 私ちゃんとした事言ってるでしょ!? 言ってるよね!?」


 やかましいぞコレット! 正論ってのは時と場合によっちゃ邪魔なの! 空気を読むんだ!


「無論さ。彼女の素っ気なさは情熱的な言葉をより輝かせる為のスパイス。前振りを怠るほど僕は愚かじゃない」


「わかってるじゃないの。お前とは絶対に友達にも仲間にもなりたくないけど話は合いそうだ」


 恐らくシキさんはこいつとの初対面時、普段通り塩対応に終始したんだろう。スカウトも断った時も、特段ギルド愛なんて語っちゃいないに決まってる。


 でもこのジスケッドって野郎は諦めが悪いタイプ。随分粘られた挙げ句に機会を改めてまた話をしましょうって事になった。それが、俺とヤメが尾行したあの高級料理店での一幕だ。


 その時のシキさんの様子は一部始終眺めていた。ヤメに至っては読唇術で言動を盗み聞きしていた。でも途中で目を離しちゃったから全ての会話を把握してる訳じゃない。


 ギルド愛を語ったのなら、恐らくあそこだ。一体どんな言葉を……想像するだけでワクワクしてきた。


「僕が彼女に声を掛けたのは、ある朝の事だった。本来は疲労困憊で思考力が鈍る夜間の方が好ましいが警戒心も高めてしまう。だからギルドに向かう早朝を狙ったのさ」


「……」


 シキさんは当時の事を思い出したのか、露骨に顔をしかめている。というか、さっきからずっとこんな顔だ。しかもまだ耳が赤い。


 この様子を見ちゃった以上は追求するしかないよな。あのクールな佇まいで一体どんな言葉でギルド愛を語ったのか。ギャップ萌えの真髄がそこにはある。


「かなりの好条件を提示して転職を促したんだが……まるで相手にもしてくれない。僕はその事が不思議だった。何故なら彼女はアインシュレイル城下町ギルドの所属になってまだ70日かそこらだったからだ。その程度の期間で愛着が生まれるとは考え難いだろう? だから僕は、一つの仮説を立てた」


「ほう」


「ギルド内に大切な人がいる。若しくは、決して知られてはならない秘密を握られている。この二者択一だと」


 妥当な推理だ。俺でもそう推察するだろうな。


「うんうん。確かに確かに」


 コレットさん? あんた何いつの間に聞き入ってんだよ。ブレブレ過ぎてアホに見えるぞ。


「……」


 そしてシキさんは終始落ち着かない様子で髪を掻いたり自分の腕をトントンしたりして苛立ちを露わにしている。自分の恥ずかしいセリフを暴露させる事への羞恥、この非常時に何の話で盛り上がってるんだっていうムカつきが半々くらいなんだろう。


 本来ならもっとキレても良いところだ。でも今は周囲の警戒っていう仕事がある。コレットはこんなだし、シキさんまで集中を切らす訳にはいかない。だから暴露をやめさせる事も出来ない。真面目なシキさんらしいな。


 安心してくれシキさん。勿論、俺がこう前のめりなのには別の理由がある。


 隙を突いてジスケッドを安全に拘束する為だ。


 なんかベラベラベラベラ喋る奴だから場の雰囲気が軽い感じになっちゃってるけど、恐らくそれもこの野郎の策略に決まってる。ジスケッドには協力者がいるからな。少なくとも闇商人は確実だし他にもいるだろう。奴自身『個人だけじゃ難しい』って言ってたくらいだしな。そして奴はスキルか何かでグランディンワームを操っている。奴等も当然『協力者』の範疇に入るだろう。


 こっちにはコレットっていう最終兵器彼女がいる。レベル79、そして俺の調整スキルで最適化してある今のコレットに敵う人間はいない。正攻法は当然として、あらゆる搦め手に対しても身体能力だけで大半はどうにか出来る。コレットはそれくらいの高みにいる。


 そのコレットが調査に来ると、ジスケッドがどのタイミングで知ったのかはわからない。でも恐らく、ここに来る前には知っていただろう。じゃなきゃこんな余裕綽々って感じには出来ない筈だし、何よりわざわざ自分から姿を見せに来るとは思えない。


 自信があるんだ。この場でコレットをやり込める自信が。


 そう考えると、このシチュエーションは奴の何らかの策と考えるのが無難だ。だからこそ過剰なくらい饒舌になっている。そうに違いない。


 ……いや、ついさっき長期にわたって考察してきた推理を思いっきり外した手前、断定は出来ないんだけどさ。でもここは楽観視なんて一切しない。最悪を想定しておくべきだ。


 同時に、反撃の機会も窺っておく必要がある。幾ら警戒しても後手にばかり回っていたら意味がない。


 ジスケッドをここで拘束する。それが出来れば事件は全部解決なんだから、狙わない手はない。


 この長々とした情報提供は時間稼ぎか、若しくは……罠だな。さっきは俺達の協力を仰ぐ為に信頼を得ようとしていたと解釈したけど、それだけならシキさんの恥ずかしい話を暴露する必要は何処にもない訳で。寧ろウチのギルド員の信頼を損なう行為だ。


 だったら逆に奴の思惑を利用してやれば良い。話に聞き入るフリをして、隙を見て取り押さえる。俺の身体能力だと拘束は難しいけど、今ならペトロかコレーを喚び出せる。一瞬で良い。奴を取り押さえる事さえ出来れば、後はコレットに指示出して周囲に潜む協力者が出て来ても対応可能な体勢を整えられる。


 シキさんとコレットには念入りに周囲を警戒して貰っていた。少なくともこの周辺に『まともな敵』はいないと考えて良い。


 それでも協力者は絶対に様子を窺っているし、ジスケッドが危機に瀕したらここに駆けつけられる手段を持っていると考えるべきだ。その警戒は解かないまま、慎重に奴を追い込む。


 ま、それはそれとして――――


「おい続きはまだか? 何勿体振ってんだ。どうなんだよ。シキさんがどう答えたのか言ってごらんよお前! 言ってごらんよそれを! 全部言ってごらんよ早く! 言ってごらんよ良いから! 何黙ってんだよ! 言いなさいよ全部良いから! 言いなって言ってんじゃないの全部一気に!」


「トモ怖っわ……」


 聞き入るフリが過剰だったのか、コレットにドン引きされてしまった。まあコレットに引かれたところで痛くも痒くもない。俺もお前には定期的に引いてるからな?


「ねえねえシキさん。何語ったの? 私にだけ先に教えて? あの鑑定士にギルド愛を語ったんでしょ?」


「全然語ってないから」


 マズいな。コレットの奴、緊張感を完全に消失させてしまっている。これもジスケッドの作戦だとしたら……正直上手い。コレットの扱いをわかってる。


 ここで俺が『おいコレット集中しろ!』とでも叫べば、恐らくこっちの目論見は全てバレてしまう。ここは我慢のしどころだ。


「いや語ったよ。とても情熱的に。だから僕は諦めたのさ。君が本当に城下町ギルドを愛していると伝わってきたからね」


 やけに引っ張るな。これだけ次から次に情報開示してきた奴が。


 おかしい。


 これは、まさか……シキさんの集中力を削ぐ為?


 奴のターゲットはシキさんだって言うのか?


「私はそんな事――――」



「出でよ【フューリー】!」



 予期しないタイミングで発せられたジスケッドの声が、この奇妙な戦況を一瞬で変貌させた。



 


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