第474話 イチャイチャしたいんでしょ?
今のは……何だ? 精霊召喚か?
でもジスケッドは鑑定士だぞ? 鑑定士が精霊って……
「ようやく隙を見せてくれたね! これで僕の勝ちだ!」
当の本人は何故か勝ち誇っているけど、状況は何も変わっていないように見える。精霊が姿を見せた様子もない。
ブラフ? でもそれなら隙を突いて何かしらの動きを見せるだろう。ジスケッド本人は全く動いてもいない。
一体何を――――
……?
一瞬、自分の身に何が起きたのかわからなかった。けどそれは初めての体験でもなかった。
思考の途中で視界がブオン!と揺さぶられる感覚。これは大抵、俺が見えない速度で何かをされた時だ。
そして今、俺の身体はというと……ああこれは宙を舞ってますね。浮遊感がえげつないわ。三半規管がキューってなってる。
十分だ。これだけの情報があれば。
なら今、やるべき事は――――
「……っとお!」
凄まじい勢いで近付いてきた地面に、両足の踵を叩き付けるようにして強引にブレーキをかけ着地。幸い転倒はしなかったけど、もしこれがオリンピックの鉄棒だったら頭を抱えていただろう。
着地の衝撃で足は痛いけど、他に負傷箇所は見当たらない。攻撃を食らって吹っ飛ばされた訳じゃなさそうだ。
って事は、つまり――――
「トモ! 大丈夫!?」
「ああ。サンキュー」
コレットが俺を投げ飛ばしたんだ。物凄い速度で。
理由は勿論、攻撃回避。何者かが俺の視認できない速度で攻撃を仕掛けてきて、それにコレットが反応して俺を無理やり避けさせた。そんなところだ。
ジスケッドからの攻撃とは思えない。鑑定士にそこまでのスピードはないだろう。
って事はやっぱり、別の何かがこの場に現れた。
精霊召喚――――そう解釈するしかない。
「トモ。気を付けて」
「何かわかったのか?」
「うん。油断できる相手じゃなさそう」
つい先程までのコレットとは全く雰囲気が違う。完全に戦闘態勢だ。
ステルス系の精霊か? それとも地面や空中から攻撃の瞬間だけ接近してくるタイプ?
兎に角、シキさんとも協力して……
「強烈な殺気を感じる。シキさんから」
「……へ?」
最初は冗談かと思った。余りにしつこくイジられたもんだからシキさんがキレちゃったとか、そういう話かと思った。
でも違う。
俺がさっきまでいた場所で、シキさんがナイフを突き立て俯いたまま立ち尽くしている。それは――――攻撃を行った直後の体勢だ。
「さっきそいつ『フューリー』って言ったでしょ? 精霊に詳しい訳じゃないけど、そいつの名前は知ってる。アンノウン討伐の時に他の冒険者が例に出してたから」
アンノウン討伐……コレットが失踪したあの事件の時か。そういや最初にコレットが仲間連れて討伐に向かったんだったな。
「ステルスタイプの精霊。それも……サタナキアと同じで闇堕ちした精霊」
「闇堕ち? また?」
おいおいどうなってんだよ精霊界。治安悪過ぎだろ。名探偵でも住んでんのか?
「で、能力は?」
「他者に取り憑いて悪さをする憑依型」
コレットがそう告げた瞬間、シキさんが顔を上げる。
それは――――俺の知るシキさんじゃなかった。
わかりやすく目の色が変わるとか、顔に謎の厨二デザインのタトゥーが現れたとか、そういう変化はない。でも完全に取り憑かれていると一目でわかる。
「『悪さ』なんて人聞きが悪いね。私はただ、やりたいようにやるだけ」
表情に露骨なまでに感情が乗っている。
解放感。
ハッキリと、歓喜の感情をシキさんが顔に出している。一度も見た事がない表情だ。
「女運が良いね隊長。コレットがいなかったら人生終わってたよ」
「……シキさん?」
間違いない。
さっき俺を攻撃しようとしたのはシキさんだった。それもナイフで。
「なあコレット。あれってフューリーってのに身体を乗っ取られてるんだよな?」
「うん」
「……シキさんの意志ってどれくらい残ってんの?」
「わかんない」
おいおいおいおい! じゃあ俺を殺そうとしたのが100%闇堕ち精霊の仕業だって言い切れないって事か? 俺に対する日頃の恨みとか鬱憤が増幅してフューリーに利用された可能性もあるって事なのか!?
「うわぁ……マジか……」
「落ち着いてトモ。シキさんはそんな人じゃないよ、きっと」
慰めてくれるのかコレット。だけど俺的にはそこまで落ち込んだり動揺したりしてる訳じゃないんだ。
ほら、可愛さ余って憎さ百倍とか言うじゃん? さっき『女運』とか言ってたし、イリスの件とかもあって俺の女性関係に対する嫉妬心が殺意を芽生えさせたって解釈も……
「……ある訳ねぇか」
「え?」
「いやこっちの話。気にすんな」
全くない、とも思わないけど可能性としてはほぼゼロだろう。何より口に出したら全員にドン引きされるだろうから思うだけにしとこ。
いずれにしても、これはまったく予期していない展開だ。
予測なんて出来る訳がない。鑑定士のジスケッドが闇堕ちした精霊を召喚するなんて……どうやって推察しろってんだ。
「さて。一つ有益な情報を提供しよう。知っての通り僕はサービス精神旺盛だからね。期待には応えるよ」
マズい。読み自体は間違ってなかったけど、向こうの方が一枚上手だった。こっちは後手後手に回らざるを得ない。
「フューリーに乗っ取られている人間のマギは、フューリーの性質に染まるんだ。つまり彼女は今、悪霊も同然。蘇生魔法なんてかけようものなら瞬殺さ」
「な……!」
だとしたら、今の状態のシキさんを殺してしまったら二度と生き返らせる事は出来ない。メンヘルの回復魔法や回復アイテムも逆効果。致命傷どころか深傷を負わせる訳にもいかない。
マズいな……最悪の事態だ。
「レベル最強のコレット君を操れれば最善だったけれど、彼女も十分過ぎるほど優秀だ。問題ない。何より君達に彼女を手に掛ける事など出来ないだろう?」
「野郎……」
「でも僕はここで手を緩めたりはしない。何しろ、君達は十三穢とかなり関わりが深いみたいだからね。ここで全員、心行くまで鑑定させて貰うよ」
「トモ! 気をつけて! 敵はシキさんだけじゃないっぽい!」
嘘だろ……? まだいるのか?
「どうして僕がモンスターを操れるか不思議だっただろう? 知りたかっただろう? 答えを教えてあげるよ。フューリーは一体じゃない」
「……!」
強烈な地響き……! グランディンワームが地上に出て来る予兆だ!
「そして悪霊と化した今のフューリーには気配もない。君達はこれから気配を察知できないモンスターの集団と戦うのさ。たった二人でね!」
ヤバいぞ……操られているシキさんだけでも厄介なのに、気配のないモンスターにまで襲われたら幾らコレットがいるっつっても対処しようが……
なんて泣き言言ってる場合か!
「コレット! 来い!」
「え? う、うん」
俺が何をしようとしているのか察したのか、コレットは全力疾走で俺が触れられる位置まで来た。
気配が察知できないのなら反応速度で勝負。コレットを速度重視のステータスにして――――
「危ない!」
「……へ?」
浮遊感再び。どうやらシキさんが再度攻撃を仕掛けて来て、またコレットが俺を放り投げてそれを回避させてくれたらしい。
助かった……けど邪魔された所為でコレットのステータスを調整は出来ていない。こっちの思惑を見抜かれたか……? どうやらフューリーってのに操られていてもシキさん自体の知識は残っているらしい。
つーかシキさん速過ぎだろ! バランス型のステータスとはいえレベル79のコレット以上じゃねーか! 幾らなんでもあんなに速くはなかっただろ……?
まさかアレか? 支配されている影響で脳のリミッターが解除されてるパターンか? だとしたらマズい。そういう場合は大抵、限界を越えた影響で身体が損傷しちま――――
「ぐえっ」
……着地失敗。宙を舞いながら考え事なんてするもんじゃないな。
「トモ! 今そういうの要らないから!」
「笑い取りに行ってる訳じゃねーよ! 普通にコケただけだ悪かったな運動神経悪くて!」
結果的にコレットとは大分離れてしまった。どうする? またコレットを呼ぶか? それとも精霊を――――
「もーっ! ボケっとしないのっ!」
……またかよ! この短時間で何回宙に舞うんだ俺!
つーか、またシキさんの攻撃か? 幾らなんでも執拗に俺を狙い過ぎじゃね? 三連続ともなる意図を感じる。
ジスケッドの指示? フューリーの意志? いや……多分違う。
これは――――
「……っとっとっと!」
今回はどうにか着地成功。飛距離が余りなかったのか、コレットとシキさんが割と近い位置にいた。
シキさんは、コレットじゃなく俺の方を見ている。
間違いない。
これは……俺への敵意だ。
やっぱりシキさん、心の中では俺に思う所が――――
「コレットとイチャイチャしたいんでしょ?」
……は?
「させてあげない」
思っていたのと違う敵意が俺を襲う!
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