第475話 仲間割れ

 ちょっと待て。おかしい。幾ら悪霊に操られてるっつってもシキさんはこの手のヤンデレムーブとは縁がない人だ。こういうのはコレットの持ち味だろ。


「……私が何?」


「うるせぇ黙れ!」


「えー……」

 

 いやもう心の声にツッコミとかそういうノリ今は良いって。ホント空気読まねぇなこのコレットは。


「そんなんだからお前、ワンパン聖騎士とか訳のわかんない異名付けられるんだよ。反省しないと」


「そんなの何処で呼ばれてるの!? 初耳なんだけど!?」


 俺も知らん。今思い付いただけだし。


「おいさっきの続き。フューリーに乗っ取られた奴の自我ってどうなってんのか不明なんだよな?」


「う、うん。でもマギはフューリーの性質に染まるって言ってたよね。マギと自我って割と密接だし、自我とか人格もフューリー一色なんじゃない?」


 成程、説得力あるな。つまり今のシキさんはフューリーに人格を奪われている状態と考えて良さそうだ。


 でもシキさんの記憶はそのまま残っているから、その知識を使ってこっちの動揺しそうな言動を……と考えると、あのヤンデレっぽい挙動にも合点がいく。


「ねえ隊長」


 足下が温泉のお湯でヒタヒタになってくる中、フューリー人格と思しきシキさんは――――ニッコリと微笑んだ。


 えぇぇ……怖っわ! 普段笑うどころか滅多に表情変えないシキさんが満面の笑みを浮かべるとこんなに怖いのか。復讐が趣味の小市民くらい怖い。


「結局、隊長って誰が本命なの?」


「……へ?」


「聞こえてるでしょ? 聞こえないフリして誤魔化さないでくれる? 誰が本命なのって聞いてるんだけど」


 この詰め方はシキさんっぽい……けど質問の中身は明らかに違う。シキさんはこんな事聞かない。


 っていうか戦闘中だぞ? 精神攻撃するにしたって、なんで女性関係で揺さぶろうと思ったんだよ。


「もしかしてフューリーて精霊、脳ガバ系?」


「うーん……脳がガバガバって話は聞いてないけど、精霊だし人間の常識には疎いんじゃないかな。闇堕ちもしてるし」


 闇堕ち関係なくない? つーか精霊の常識的にもここで色恋沙汰を話題にするのって普通にアホなのでは?


「フフッ」


 そしてジスケッドは何故か満足げだ。なんで後方彼氏面? こいつらおかしいんじゃねぇか?


「油断しちゃダメだよトモ! よくわかんない事して混乱させようとしてるのかも!」


 うん。俺もそれを警戒はしてるよ。でもガードを貫通してくるんだよ。厄介だよなあ……


「さっきからずっと話逸らしてるけど、いつまでこっちの質問無視すんの? この場では言えないから誤魔化してる?」


「ンな訳ないって。大体、本命とか言われても良くわかんないしさ……」


「えっ。なんでわかんないの?」


 ……何故お前がツッコミを入れるコレット。


「だって自分の事だよ? 自分が一番好きな人の名前を言えばそれが答えじゃないの? 本命ってそういう事でしょ? それに本命って言い方が引っかかるんなら『本命とかじゃないけど気になってる人は●●かな』とか『一番可愛いって思ってるのは▲▲だよ』とか幾らでも言い方あるでしょ? なんで答えないの? パッて言えるじゃん。今。ホラ。ほら」


「急にヤンデレ芸すんじゃねーよ! 戦場だぞここ!」


「ヤンデレ芸って何? 私そんな事してない。私はただトモが好きな人の名前を言えない事が凄く心配。だって自分の心と向き合えてないって事でしょ? それってどうなのかな。自分と向き合えない人が敵と戦って何か得られるのかな。そういう人に戦場で背中って預けられるのかな。私はどうなのかなーって思うよ正直。ここでビシッと言える人じゃないと信頼して一緒に戦おうって気持ちになれないもん」


 ぐっ……屁理屈を早口で捲し立てる事ばっかり上手くなりやがって。なんで俺がこんな所で気になる女子の名前言わされなきゃならないんだよ。ここは放課後の教室か? そもそもそんな甘酸っぱい青春の一ページ俺の人生の辞書にはないんだよ。どれだけ探してもねーんだよクソが!


「仲間割れかい? 僕達を前に随分と大胆だね。それとも嘗めてるのかな?」


「ああ?」


 ……とキレた感じを出しつつも、俺は冷静だ。


 正直、この状況はかなり助かる。今一番困るのはフューリー人格のシキさんに間髪入れず攻め込まれる事だからな。


 幾らシキさんがすばしっこくても、コレットには敵わない。けど幾らコレットでもシキさんに怪我を負わせず押さえ込むのは難しいだろう。力加減を間違えて顔に傷でも付けたら最悪だ。回復魔法やアイテムですぐには治せないし、傷痕が残る恐れがある。


 コレットはそういうのを人一倍気にするタイプだ。今攻めて来られたら精彩を欠くのは目に見えてる。


 なのに襲っては来ず、俺への精神攻撃に徹しているのは何故だ?


 ……答えは一つしかない。


「隊長。コレットもああ言ってるんだから、早く答えて。それとも候補がいっぱいいて絞れない?」


「あ。多分それ。ううん絶対それ。トモって八方美人だから。誰にでもすーぐ良い顔するもん。私それすっごい嫌だった」


「わかる。アヤメルとかに失礼な事言われて気にしてないアピールする時の顔、マジムカつく」


 ……ちょっと待ってくれよ。戦場でする話かこれ。完全に女子会で男吊し上げる時の会話じゃねーか。


 マズい。定点カメラ時代のトラウマが……


「私はわかるよ? トモってそういうトコあるって。人から嫌われるのがイヤで、なるべく波風立てないように……みたいな感じ出すの。私もちょっとそういうトコあるし。でもちょっと節操なくない? アヤメルちゃんにまで良い顔するって、それってどうなのかな。逆に意識し過ぎって見えるんだけど。もっと自然にするのが大人じゃないのかな」


「普通そうだよね。でも隊長って多分誰にも嫌われたくないし、出来るなら好かれたいんだよ。なんかヤメにまで優しくしてる感じ出してたし。絶対脈ないのに」


「うっわ……見境なさ過ぎ」


 黙って聞いてればコイツら言いたい放題だな! 俺の悪口大会開いてどうすんだよ! なんで俺がヤメに好かれたくて媚び売ってるみたいに言われてんの!?


 あーもー最悪だよ! こんな屈辱生まれて初めてだ! 聞いてるだけで気分が悪くなる――――



「フューリー! 今だ移れ!」



 ……なーんてな。


「やっぱり集中力が散漫になっていないと取り憑けないんだな。その精霊は」


「……!」


 初めてだ。


 ようやくジスケッドが余裕をなくした顔を見せた。


 いや、厳密には初対面時にも一度見たけど。凄い剣幕のウエイトレスにしばかれてた時。あの動揺した顔には流石に及んでいないけど、明らかに平常心を乱している。


「気付かないとでも思ったか? 俺を標的にしてるって事に。あんまナメんなよ」


「……」


 ジスケッドだけじゃなくシキさんも困惑の表情を浮かべている。でもあれはシキさんじゃない。完全にフューリーの狼狽がそのまま反映されている。


 奴等の目論見はこうだ。


 最初にコレットとシキさんの精神を揺さぶり、そのどちらかにフューリーが取り憑く。そしてコレットかシキさんの持ってる知識を使って今度は俺が動揺しそうな言動を次々と仕掛けて来る。


 俺に取り憑く為に。


「フューリーは取り憑いた人間の頭の中を覗けるみたいだからな。俺達全員の握っている情報を得たかったんだな? だから危険を承知で姿を見せたんだろ?」


 何かの罠を仕掛けているのは最初からわかっていた。ようやく尻尾を出しやがったか。


「……まさか見破られるとはね。迂闊だったよ。コレット君がやけに君へ反抗的な言動をしていたのも、こっちの時期尚早な仕掛けを誘発する為だったんだな」


「へ?」


 コレットは間の抜けた顔で目をパチクリさせている。当然そんな訳ない。コレットは常にガチだ。


「お前等みたいな理詰め大好きの連中ってトリックスター系が一番嫌だろ? そういう事だ」


「成程ね……やられたよ」


「な、何が? ねえ。私何か馬鹿にされてない?」


「戦場で味方の女性関係を詰めてくるような奴はな、馬鹿にされてるんじゃなくて馬鹿なんだよ」


「酷っ! トモそういうトコある! 気心知れてるからってそれに甘えてさあ! 私結構傷付いてるんだよ!?」


 知るか。こっちがどれだけお前に振り回されてきたと思ってんだ。ストレスの捌け口になるくらいは我慢しろ。


 ともあれ、俺の頭の中は覗かれずに済んだ。実は人知れず大ピンチだったな俺……覗かれてたら転生の事とか全部バレてたぞ。


 ま、でも結果オーライ。奴等が動揺している隙にコレットを調整スキルでスピード重視にして、ジスケッドをサクッと捕まえれば万事解決――――


「仕方がない。余りスマートなやり口じゃないが、我慢するとしよう」


「……何?」


「フューリー! 第2プランを実行しよう!」


 そうジスケッドが叫んだ瞬間――――シキさんの顔から表情が消える。


 普通は憑依が解けると無表情じゃなくなりそうなもんだけど、シキさんの場合はこっちが正常だ。


「……?」


「シキさん。実は――――」


「トモ待って! まだ油断しちゃダメ! 何か来る!」


 油断はしていない。ジスケッドはハッキリと『第2プラン』と言ったんだ。何か仕掛けて来るのはわかりきっている。


「……隊長」


「何、シキさん。頭ボーッとする?」


「してるけど、それでもわかる」


 シキさんの顔に生気が宿る。それはつまり――――警戒網に引っかかる何らかの襲撃。



「モンスターが襲ってくる。それも複数」



 その発言を待つまでもなく、コレットが地面を蹴っていた。






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