第476話 ジスケッドの狙い
聖噴水が機能していない今、このミーナは地上からも空からもモンスターに襲われる可能性がある。
厄介なのはこの現状だ。
ジスケッドが精霊フューリーを使役してモンスターに憑依させ、街中で暴れさせる。それは仕方ない。避けられない戦いだから。
問題なのは……そのモンスター連中によるミーナ襲撃を他のフィールド上のモンスター達に知られてしまったケースだ。
モンスターの生態に詳しい訳じゃないけど、恐らく奴等はかなり感覚が鋭敏だ。聴覚、嗅覚、視覚、或いはそれ以外……例えばマギの感知なんかに長けているモンスターもかなり多い筈。だとしたら、この周辺にいるモンスターは勿論、その遥か遠くにいる奴等までミーナ襲撃に気付く恐れがある。
そうなってしまったら大変だ。
普段から聖噴水に守られているこのミーナに本格的な防衛ラインがあるとは考えられない。丸裸同然だ。次から次に様々な種類のモンスターが襲ってくる事態に発展してしまう。幾らコレットでも矢継ぎ早に襲ってくるモンスター相手に街を守り抜くのは無理だ。
だったら、対抗策は一つしかない。
フューリーに操られているモンスターを全て瞬殺し、襲撃自体を未然に防ぐ。これがベストだ。
躊躇なく駆け出したコレットがそこまで考えているかはわからないけど、その選択は正しい。あれこれ考えている時間はない。
「シキさん! モンスターの気配察知ってどれくらいの範囲で出来る!?」
「半径200メロリア程度だね。【気配察知2】じゃそれが限界」
200メロリア……400メートルくらいか。街の外から入ってくるモンスターを感知するのは無理だな。せいぜい空から来る有翼種をいち早く察知できるくらいだ。
この周辺はそれほど建物が多い訳じゃないけど、それでも死角になる所は幾らでもある。通常のモンスターと違ってフューリーに操作されているのなら、ジスケッドが何らかの策を授けてその通りに行動させる事も出来る。不意打ちは要警戒だ。
だったらシキさんにはそっちに専念して貰うか。フューリーが憑依したモンスターは気配が探れないから、あくまで目測がメインになるけど。
「シキさ……」
指示を出す直前、ついさっき駆け出したばかりのコレットが戻って来た。
その剣を存分に汚して。
「一応、この辺で見つけたモンスターは一通り潰してきたよ」
「え。この短時間で……?」
他にもいると思うけどね、と呟きつつコレットは真顔で頷く。
そうだよな。つい忘れそうになるけどレベル79なんだ。やること成すこと常識では到底量れない。
「……確かに、かなりの数のフューリーが精霊界に強制送還されたようだ。想定済みとはいえ凄まじいね」
そう言いながらもジスケッドの声には余裕が感じられる。恐らくまだモンスターは潜んでいるんだろう。
「奴は俺達の頭の中を覗く事に執心してるから、逃げ出す事はないと思う。二人とも気を抜くなよ」
「わかってる」
「……」
コレットと違って、シキさんはフューリーに操られていた経緯があるから状況を完全には把握しきれていない。
ただ、逆にシキさんしか得られない情報もある。
「シキさん。フューリーが憑依している間は意識あった?」
「……一応ね。自分が何してるのかはわかってないし、声も正確には聞こえてないけど。何も見えない砂嵐の中で耐えてる感じ」
わかりやすい説明のおかげで、憑依されているモンスターの自意識もなんとなく想像がついた。恐らく自分の意志を行動に反映させる事は出来ない状態なんだろう。でも意識がある以上は本能や衝動までは抑えられない。モンスターの習性は残っていると考えて良さそうだ。
「ジスケッドの狙いは、俺かコレットにフューリーを憑依させる事だ。フューリーは複数いるって話だから『モンスターに憑依しているフューリー』と『ジスケッド本人が直接指示して取り憑かせるフューリー』の両方を警戒しろよ」
モンスターの攻撃を受けて集中力が途切れたら、そのモンスターに憑依してるフューリーに取り憑かれる。でも――――
「でもそっちばっかりに気を取られてたら、ジスケッドさんの使役するフューリーに取り憑かれちゃうって事だよね」
コレットは戦闘になるとIQが爆上げしてくれるから助かる。その通りだ。
集中力さえ途切れていなければ憑依はされない。でも人間、そうそう集中は続かない。例えやられなくても、モンスターとの戦いの中でふと気を抜いたり油断したりしたら、たちまちジスケッドに狙われる。
しかもモンスターは気配が消えている状態。マジ厄介だな……
「隊長! 上!」
シキさんの声に、反射的に天を仰ぐと――――大量の巨大な蛾が群れを成して急下降しているのが視界に入った。
「あれは……テラーモスだよ! 二人とも気をつけて! 鱗粉を浴びると恐慌状態になっちゃう!」
何処かの建物の屋上にでも潜ませていたのか。空からの奇襲なら気付かれ難いし、何より状態異常で集中力を削ぎに来やがった……!
鱗粉なんて文字通り粉だ。あの大群が一斉に落としてきたら、とてもじゃないけど回避なんて出来ない。野郎、厄介な手を……
「あっ!」
コレットが叫ぶのと同時に、僅かだけど微小な光がキラキラ舞っているのが目に入った。早速実行に移しやがったか。
粉だけあって完全に視認するのは難しいけど、微かに見えたキラキラは比較的粒の大きな鱗粉だろうから、恐らくあれが一番下だろう。あれが落ちてくる前に手を打たないと。
それに、これは間違いなく陽動も兼ねている。他に本命のモンスターを用意していると考えるべきだ。
だったら――――
「シキさん! 周囲警戒! 気配じゃなく目と耳で!」
「了解」
「コレット! こっち来い!」
一瞬でコレットはすぐ傍に駆けて来る。ここは調整スキルの使いどころだ。
「攻撃力5割、敏捷4割、残り1割」
完全攻撃特化。これなら多分、狙い通りの事をやれる筈だ。
「上空に向かって思いっきり剣を振ってみてくれ」
「わかった!」
俺の意図をコレットも理解したらしい。恐らくこれくらいしか鱗粉を回避する方法はないからな。
「すーーーっ……ええーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」
コレットは下段に構え、気合いと共にかなりの大振りで天へと剣を振り回した。
テラーモスはまだ遥か高い位置にいる。常識的なリーチしかないコレットの剣で届く筈もない。
勿論、届かせるつもりもない。狙いは非常識なパワーとスピードによって繰り出された剣が生じさせる――――衝撃波だ。
レベル79となり、ステータスの総量も増えたコレットが攻撃特化型で繰り出す一撃。それが生み出す衝撃波で上空のテラーモス、そしてその鱗粉を遥か彼方まで吹き飛ばす事を期待してのスイングだった。
「……!」
だが、俺達の目論見は外れてしまった。
恐らくテラーモスが落としていたであろう鱗粉は霧散した。遥か上空まで舞い上がっただろう。
でもその上にいるテラーモスは……耐えやがった。
テラーモスというモンスターがどの程度の力なのかは正直わからない。でも、デカい蛾って見た目のあのモンスターが全員コレットの衝撃波を無条件で耐えられるとは考え辛い。明らかに重くはないからな。
恐らくこれはフューリーの仕業。テラーモスが衝撃波を食らう前に羽を畳ませ、防御に専念させたんだ。
現在のフューリーは悪霊。聖属性のコレットの攻撃とは相性が悪い筈だけど、剣を振って生み出した衝撃波にまでは聖属性は付与されなかったのかもしれない。
マズいな。想像以上にジスケッドの指揮能力が高い。それに指示も徹底されている。
再び鱗粉を一斉に落とされたらコレットが対処するしかない。でもその度にコレットが数秒、そっちに注力せざるを得ない。集中はしているからフューリーの干渉は受けないだろうけど、他のモンスターに仕掛けられたら……
「また鱗粉を落とし始めた」
シキさんの声が嫌な響きで頭に入ってくる。再攻撃早ぇよ!
コレットは指示を待たずに再び剣を構える。隙があるとすればこの瞬間。仕掛けられるとすれば――――
「ここだ!」
ジスケッドの叫び声。やっぱりここで勝負をかけてきやがった!
不意に、再び地面が大きく揺れる。でもこれは予想できた。
空からの攻撃で上に意識を持たせている現状、下からが大本命。恐らくグランディンワームだろう。
「わわっ!」
とはいえ注意喚起する余裕はなく、ちょうど全身を力ませたタイミングだった事もあって、コレットは大きく体勢を崩してしまった。
この状況で鱗粉に対処するには相応の時間がかかる。足場も安定していない。コレットにだけ頼っていたら危ない。
「シキさん! 調整スキルをシキさんに使うよ!」
コレットも決してモンスターとの戦いに慣れている訳じゃないけど、シキさんも恐らく余り慣れていない。そのリスクはあるが――――信じるしかない。
「……」
コクリと頷いたシキさんの手を握り、対グランディンワームの為のプランを脳内で練った。
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