第477話 鮮血
グランディンワームとは既に一戦交えているから、奴等の動きや習性は一通り頭に入っている。地中からブレスを噴射して標的を上空に吹き飛ばし、それをパクリと食らうモンスターだ。
シキさんのステータスも当然、反射と瞬発力を重視したものにする必要がある。
「敏捷4割、知覚力2割、抵抗力と運を最小限にして他の能力を均等に配分」
敏捷は当然として、重要なのは知覚力だ。魔法力と直結している能力だからソーサラー以外は余り重視しないんだけど、知覚力を上げれば五感がより鋭敏になる。ここで重要なのはグランディンワームがブレスを噴射する直前にそれを気付けるか否か。僅かな地面の震動の変化を感じ取る上で知覚力は必要不可欠だ。
「ブレスが来ると感知したらすぐ回避して。俺の事は気にせず」
「了解」
指示も出し終え、シキさんと一旦離れる。俺は俺でやるべき事があるからな。
今回のグランディンワームはフューリーを介してジスケッドの指示で動いている筈。アヤメルや全裸二刀流ガニ股仮面と共闘した時とは同じじゃない。
状況に応じ、ジスケッドの野郎がどんな反応をするのか。それを常に監視しておく必要がある。その僅かな変化に気付けるかどうかが勝負の鍵を握る。俺が責任を担うのはそこだ。
生命力だけはそこそこあるけど他は最低ランクの能力しかない俺に出来る事は本当に限られている。だからこそ、その数少ない出来る事に関しては絶対に失敗できない。
ジスケッドに不自然な点があれば、それをヒントに次の仕掛けを予想し先回りする。ずっと主導権を奪われっぱなしのこの戦いで最も重要なのはそこだ。
この一点に全てを賭ける。
「……まだ仕掛けてこない」
シキさんが少し焦ったように呟く。
さっきから地面は揺れっぱなしなのに、グランディンワームがブレスを噴射する予兆は見られない。これは明らかに本来のグランディンワームの習性とは異なる挙動だ。
テラーモスの鱗粉にコレットが意識を削がれている間が奴等にとってチャンスの筈。それなのにまだ仕掛けて来ない。
グランディンワームのこれも陽動? 本命は更に違うモンスターなのか?
それともこの空白の時間こそが俺達の焦りを誘発する為の罠? 時間差で仕掛けて来るか?
こっちの警戒を強めさせて時間を稼ぎ、フューリーの支配下にないフィールド上のモンスターが聖噴水の無効化に気付くのを待っている……?
戦略としてはどれもあり得る。いや……全部ありだ。
ジスケッドなら全て込みで戦略を立てていても不思議じゃない。
グランディンワームを第二の陽動として、こっちが完全に気を取られている瞬間に第三のモンスターをけしかけてくる。そしてその第三のモンスター襲来に遭わせてグランディンワームのブレスを噴射。一度に仕掛けられたら対応しきれない。更にフィールドのモンスターがやって来ようものなら完全に集中力も切れる。
そこを狙って俺へフューリーを取り憑かせるつもりだ。
勿論、フィールド上のモンスターが街に入ってくるかどうかは未知数。未知数だからこそ誰も読みようがない。だから、いつどのタイミングでフィールド上のモンスターが視界に入ってきても集中を完全に切らさないよう、常に1%はそれを頭に入れておかなきゃならない。
その1%が戦闘のノイズになってしまい、目の前のフューリーに支配されたモンスターに完全集中できない。そうなると不覚を取る可能性も高くなる。
二重三重の搦め手。ここまでの戦略をあのジスケッド一人が考えたんだろうか?
……裏に誰かがいる。陰で糸を引いている奴がいる。相当な策略家が。
そう思えてならない。
「トモ! テラーモスはあれ以上は下に降りて来ないっぽい!」
「鱗粉攻撃完全特化か」
それもジスケッドの指示だろう。通常は状態異常だけを執拗にしてくるモンスターなんていない。あくまで自分達が人間を蹂躙するのが奴等の本能だ。
衝撃波には最大限の警戒をしている。コレットの攻撃レンジで奴らを一度に淘汰する事は出来ない。剣を投げて一体一体潰す事は可能だろうけど時間がかかり過ぎる。
だったら――――ジスケッドに直接攻撃を仕掛ける。これも一つの手だ。
ただしこれも、手段としては決して良いとは言えない。無防備で戦場に現れるほど間抜けじゃないだろう。恐らくフューリーを取り憑かせたモンスターに自分を守らせている。今は見えないけど何らかの方法で姿を隠していて、ジスケッドに攻撃したらそいつが防ぐ。それも、コレットの規格外のスピードであろうと対応が出来る。そういう防衛手段を用意しているとかなりの確度で予想できる状況だ。
分が悪いのは間違いない。それでも敢えて奴を攻撃して状況を動かし、その上で先手を取るという選択もなくはない。
でも、それよりも多少はマシな選択肢がある。これも賭けには違いないが……
サタナキア。約束通り能力を借りるぞ。
「コレット、こっち」
俺の指示に従い、コレットが瞬時に来る。
そのコレットの肩に触れ――――
「コレットを空間転移! テラーモスの群れの中へ移動!」
「……へ?」
サタナキアの持つ空間転移の能力を借りて、それを使用しコレットを上空にワープさせた。
「えぇーーーーーーーっ!? なんでーーーーーーーーーっ!?」
「何でも良いからそいつらを切り裂け! 出来るだろお前なら!」
「ムチャクチャ過ぎるよもーーーーーーーーっ!」
突然空中に投げ出される格好となったコレットだけど、取り乱していたのは一瞬だけ。すぐに攻撃態勢を整え――――自分を支点に思いっきり剣を振り回して円を描いた。
次の瞬間、360度の衝撃波が生じ、コレットの周囲にいたキラーモスへと襲いかかる。
「な……っ!」
これはジスケッドも完全に予想していなかったらしい。指示を出せず狼狽えている間に、防御が間に合わず衝撃波に呑み込まれたテラーモスが次々と羽を切り裂かれ、飛空能力を失い墜落していった。
コレットも当然落下していく。常人なら重傷、打ち所が悪ければ死んでもおかしくない高さだがコレットなら何も問題ない。案の定、両足で何事もなく着地してみせた。
「……いったー……足痺れた」
恐らく学校の屋上くらいの高さから落ちてきて、被害はその程度。レベル79は伊達じゃない。
「全く……規格外な連中だよ!」
それでも何処か嬉しそうに叫び、ジスケッドがパンと手を叩く。恐らくそれはモンスターへの合図。グランディンワームか、それとも――――
「危ない隊長!」
突如、俺の首元に現れた死神の鎌が現れた!
その鎌が首に――――
「出でよカーバンクル!」
触れる直前、表面が決して砕かれない深紅の宝石へと変化。同時に耳を劈くような衝撃音が響く。
「ぐっ……!」
身体への直接的な衝撃も結構あったけど、首を斬られるのだけは回避できた。
こっちから具体的な指示を出せるタイミングじゃなかった。カーバンクルが瞬時に危機を察知して宝石変化を行ってくれたお陰だ。
「ヌシの指示など聞くまでもない。このカーバンクルは己の存在価値を常に示せる精霊故にな」
「ああ。そこへの信頼は絶大だよ」
「フン」
ケンカした甲斐もあったか。お互いの理解が深まった結果だ。
にしても今の攻撃は――――
「サドゥンリーパーの【忽の首狩り】すらも通じないのか……信じ難い。信じ難いよトモ君!」
何故興奮する……?
まあこっちとしてはギルド員にシデッスという名の首狩り野郎がいるのが幸いしたな。奴の所為で首元に注意が行く変な癖がついてしまった。まさかこんな所で役に立つとは。
「ならばグランディンワーム! やれ!」
「シキさん!」
ジスケッドの指示と同時に地面が小さく素早く隆起する。敢えて地上に姿を見せず地下から突いてくる作戦か。
けど、シキさんなら十分に対応――――
「……っ!」
足を取られた! 回避失敗だ!
なんでだ……? 今のシキさんの知覚力と瞬発力なら十分に躱せるだけの余裕はあった。
まさか、俺にさっき叫んだのが原因? 俺を心配して、無事だとわかって一瞬気が弛んだ……?
「コレット!」
「うん! 任せて!」
このままグランディンワームの射出するブレスをシキさんが食らっても、空中に放り出されるだけ。コレットが受け止めてくれればダメージは殆どない。
さっきのサドゥンリーパーとかいうモンスターの不意打ちも、俺でさえ反応できたくらいだからコレットなら大丈夫。
でも。
今のシキさんは――――
「やはり彼女に亡き者になって貰うのが一番かな?」
「……!」
鮮血が舞う。
シキさんの身体が……崩れ落ちていく。
そして次の瞬間、その力を失った身体はグランディンワームのブレスを浴びて遥か上空へと吹き飛ばされてしまった。
「君の集中を奪う為には」
「ジスケッド……!」
――――最悪の事態が訪れてしまった。
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