第478話 本当に……すまないと思っている
ヤバい。ヤバいぞ。
シキさんが……切られた!
しかもその直後に遥か上空に投げ出されてしまった。このままじゃ止血すらままならない。最悪の場合は……
「コレット! 回復アイテムは――――」
……いない。コレットは既に駆け出している。
恐らくコレットならシキさんが地面に叩き付けられる前にキャッチできるだろう。ここはもうコレットに任せる以外に選択肢はない。
今のシキさんはフューリーが取り憑いている訳じゃないから回復魔法や蘇生魔法は有効だ。でもここにヒーラーはいない。今からメンヘルを探しに行っても間に合わない。
となると、頼れるのはもう回復アイテムくらいだ。
引退したとはいえ元冒険者で現ギルマス。回復アイテムを常時携帯している事は期待できる。ただ今回は戦闘目的の遠征じゃないから高価なポーションを所有している可能性は低い。副作用もキツいし普段使いには全く向いてないらしいからな……
空中へ吹き飛ばされてしまった所為で、シキさんのケガの具合がどの程度なのかは把握できない。もし俺がやられそうになったように、切られたのが首だった場合は……部位によっては多少浅くても致命傷だ。さっきの出血はそこまで派手に吹き出た訳じゃないから頸動脈ではないと思いたいけど……希望的観測でしかない。
コレットが回復アイテムを所有していて尚且つ落下を防ぎ、更に出血多量にならない程度の負傷で済んでいる事。シキさんが助かるにはそれだけの幸運な条件が重なっている必要がある。
「……」
この異世界に来て、自分なりに現状と向き合ってきたつもりでいた。
時に最前線で命を張り、何度も危ない目に遭い、今自分は一歩間違えば簡単に命を失う世界で生きているんだって実感してきた。
モンスターや魔法が存在するファンタジーな世界は今の俺にとって現実で、日常で、自分もその中の一部だと理解していたつもりだった。
でもこうして身内の『死』があり得る未来を突きつけられてしまうと、覚悟が足りていなかったと自覚せざるを得ない。自分の事ならどれだけ死に近付こうと平気だったのに。
邪念が猛烈な勢いで増幅していく。反比例して集中力が落ちていくのがわかる。
もう――――
「今だ! さあ行けフューリー! トモを支配下に収め――――」
「出でよアバター!」
冗談じゃない! 諦めてたまるか!
危っぶねぇ……一瞬の差だったな。ほんの一瞬、ジスケッドの指示より俺のアバター生成の方が早かった。
フワワから借りているこの能力。フワワ本人が生成するアバターの精度には及ばないが、俺個人の分身体である事は精度に関係なく確定されている。
なら『トモを支配下に収めろ』というジスケッドの命令に対し、フューリーは果たして俺とアバターのどちらに取り憑こうとするか?
答えは明白。より取り憑きやすい方に憑く。
俺は確かに今、集中力を欠いている。フューリーが取り憑ける条件を満たしているんだろう。
でもアバターの方は頭空っぽ。指示を受けていない状態では集中力も皆無。なら当然、こちらの方が確実に支配下に置ける。
「……」
案の定、俺を模したアバターの目付きが露骨に悪くなった。フューリーが取り憑いた証拠だ。
アバターには俺の記憶は反映されていない。当然、記憶を盗まれる心配もない。
そしてフューリーは召喚者の指示がない限り、取り憑いた対象の本能や衝動のみを行動に反映させる。
「――――」
今の俺の『シキさんを助けなければ』という衝動は、アバターの方には反映されていない筈。でも同一の存在である俺の衝動が伝搬したのか、一直線にシキさんの方へ向かって走っていった。
通常の俺とは違い、かなりのスピードが出ている。脳のリミッターが外れている感じだ。闇堕ちフューリーが憑いている恩恵かもしれない。
「小癪な真似を……!」
「出でよペトロ! 目の前の敵を倒せ!」
ジスケッドは今、明らかに動揺している。ここで畳みかけるしかない!
「おらァあああああああああああああ!! 食らえやァああああああああああああ!!」
好戦的なペトロは余計な事を考えず突撃してくれる。こういう時は一番ありがたい存在だ。
でも――――
「なにィ!?」
案の定、自分に対する攻撃は対策済みだったらしい。ペトロがジスケッドに肉薄した直後、巨大な一つ目と翼を持った球形のモンスターが現れ、ペトロの拳はその目に吸い込まれてしまった。
「ぐあァ……なんだこいつァ……力が入らねェ……」
ペトロがみるみる弱っていく。恐らくあの目玉で攻撃を吸い込み、そのまま脱力、或いは無力化させるって能力なんだろう。
ジスケッドを直接攻撃した者は、このトラップにかかり弱体化してしまう。しかも心まで萎えてしまったらフューリーに取り憑かれてしまう。予想以上にエグい罠だ。
でも、一度出現した事で手の内は曝け出した。奴に残された手札は地中に未だ潜んだままのグランディンワームと、街の外にいるモンスターによる不意の乱入だけだ。
シキさんが戦闘不能状態になった今、後者は全く感知できる状況にない。でも直前までシキさんは警戒してくれていた。そしてその警戒網にかかるモンスターはいなかった。
街の外からの乱入は暫くない。100%そう割り切る。
「出でよコレー!」
そう叫ぶのと同時にペトロが消える。すまないペトロ、今回も損な役割を担わせてしまった。本当に……すまないと思っている。
「へぇ、随分と特殊な戦場だね。人里にモンスターがいるじゃないか」
「あの目玉に吸われると力を奪われるらしい。ペトロがやられちまった」
「はぁ……全く。いつも後先考えずに……」
ペトロの仇となれば、コレーも存分に力を発揮できるだろう。あの一つ目モンスターとジスケッドはコレーに任せて、俺は――――
……いや。判断を誤るな。
俺がシキさんの所へ行っても何も出来る事はない。コレットに全て任せておくべきだ。もし回復アイテムを持っていなくても、コレットの足ならシキさんを連れて施療院まで最短時間で向かえる。軽傷、或いは重傷でも即死じゃなきゃ助かる見込みはある。
それよりも、この戦場を一刻も早く沈静化させる。ミーナの危機を最小限に食い止める。
それが俺の、ギルマスの責任だ。
「コレー。地中にはグランディンワームがいる。他にも気配のないモンスターが潜んでいるかもしれないけど、そいつらより……」
「あの人間を優先して仕留めれば良いんだね。命はどうする?」
「極力奪わない方向で」
「了解」
コレーの最大の特徴はそのスピード。コレットを敏捷極振りにした場合の制御不能な速度には及ばないけど、俺の肉眼では到底捉えきれないほど。ここから一瞬でジスケッドの傍に移動するなんて造作もない。
だが――――俺やシキさんの背後に一瞬で回ったモンスターもいる。
「……っと!」
案の定、ジスケッドを攻撃しようとしたコレーに対しサドゥンリーパーが仕掛けて来た。
死角に出現し、死神の鎌で首を狙う。
シキさんはその不意打ちに不覚を取ったけど、俺ですら一応は反応できたサドゥンリーパーの攻撃なんて警戒済みのコレーならば躱せない筈がない。
にしてもあのモンスター……幾らなんでも殺意が高過ぎる。完全に即死攻撃だぞあれ。
そりゃ終盤の街周辺のモンスターだから強敵なのは当然だけど、それにしたって厄介な攻撃だ。鎌が迫り来るスピードは大した事なかったけど、いつの間に背後を取られたのかは全くわからなかった。
幸いここには一体しかいないみたいだけど、もしあんなのを三体も四体も同時に相手にしなきゃいけないとなると、とても対処しきれないぞ。
いや、待て。
そうだよ。奴等はボスモンスターじゃない。フィールド上に出現する雑魚モンスターなんだ。複数で出没する事は十分にあり得る。あの手の不意打ちは単体での戦闘と集団戦とでは厄介さが段違いだ。
その割に、冒険者もソーサラーもこのモンスターを特別話題にしていた様子はない。飛び抜けて凶悪なモンスターなら注意喚起するだろう。
何か簡単に対策できる方法でもあるのか? 絶対に首しか狙わないから首元をチョーカーなどの防具で防いでいれば良いとか。若しくは特定のエリアにしか出現しないモンスターとか。それなら対策は難しくない。
ただ、仮にこのどれかが正鵠を射ていたとしても厄介な相手な事に変わりはない。俺の首を襲った最初の攻撃はカーバンクルの宝石化能力でどうにか防げたけど、あの勢いでまともに鎌の刃を食らえば致命傷を負うのは確実だ。一瞬の油断が命取りになる。
「チッ……」
けどそれはジスケッドも同じらしい。焦燥からか顔に苛立ちが出ている。恐らく舌打ちでもしたんだろう。
サドゥンリーパーはコレーのスピードについていけないのか、背後を取っても鎌を動かす前に簡単にコレーに逃げられている。シールド代わりの一つ目モンスターが攻撃に転じる様子もない。
とはいえ、このままじゃ埒が明かない。こんな所でモタモタしている暇はないんだ。
「コレー! サドゥンリーパーの攻撃を手で受け止められるか?」
「やれやれ、急に無茶なオーダーを――――」
その発言の途中、コレーの背後へサドゥンリーパーが出現する!
「ま、僕には何の問題もないけれどね」
だがそこから繰り出される攻撃を、コレーは振り向きもせず片手で見事に止めてみせた。
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