第479話 ジスケッドという人物の正体

 死神の鎌のような武器を、刃を手に食い込ませながら掴んでいる。出血は軽く滴る程度。集中力が途切れるほどの傷じゃない。


 そして勿論、コレーは防御だけの精霊じゃない。瞬時に背後のサドゥンリーパーへ空いた腕でエルボーをぶつけ、そのままの位置で半回転し蹴りを食らわせた。


 コレーの攻撃は強烈だ。対するサドゥンリーパーは防御力も大した事ないのか、その一撃で地面に倒れ伏せるとシューシューと音を立て煙となって消えていった。


 流石コレー。俺の指示の意図を瞬時に理解してくれたか。


 サドゥンリーパーの不意打ちは確かに危険だし、威力も十分にある。でも死神の鎌が武器で、尚且つ首ばかりを狙っている以上、首の真ん前さえ集中して見ていれば反応するのは難しくない。


 そしてその攻撃は、サドゥンリーパーが姿を見せてから繰り出される。これが何を意味するかというと、出現箇所さえ読めていれば鎌が動いた瞬間にもう抑えられるんだ。


 その段階なら力は殆ど武器に伝わっていない。威力は推して知るべし。実際、鎌を素手で掴んだにも拘わらずコレーは薄皮一枚切られる程度で済んだ。


 狙い通り。これで一気に戦局は逆転した。


 けどまだジスケッドの目は死んでいない。明らかにタイミングを窺っている。


「コレー!」


「わかってるよ。ボクを誰だと思ってるんだい?」


 こっちを指差しながらニヤリと笑う。ああ見えて油断はしてないんだよな。


 ホントに心強い――――


「うわっ!!」


 コレーの足下の地面が……一気に隆起してきた!


 間違いない。長らく地中に留まっていたグランディンワームだ。いよいよ動き出してきたか!


「キュオオオオオオオオオオオオオ」


 まるでクジラだな……海面からジャンプするような迫力で飛び出してきた。通常のグランディンワームの挙動じゃない。明らかにフューリーの影響だ。


 それにしても物凄い音だ。この音だけで身が竦んじまう。


「はいはい。元気だね全く」


 けど、既にグランディンワームの存在を知っていたコレーにとっては何の脅威でもないらしい。真下から突き出てきたグランディンワームに対して身体を縦に回転させながら華麗に躱し、同時に左手を天に翳している。何か仕掛ける気だ。


「この世界の先住民であるキミ達には常に敬意を払ってきたつもりなんだけどな。なのにこの仕打ちなんて、寂しいね」


 俺の、或いは人間の与り知るところではない関係性を匂わせるその言動をニヤケ顔で発し、コレーは翳した手の親指を立て、それを下向きに捻る。


 刹那――――


「クオオオオオオオオオオオオンンン……!」


 グランディンワームに電撃が炸裂。凶悪な破裂音の直後、その巨大な全身はあっという間にグニャグニャになっていった。


 おいおい瞬殺だよ。


「さて……どうする?」


 地響きをあげ倒れ沈んでいくグランディンワームを背に、コレーはジスケッドへ不敵な笑みを浮かべ詰め寄る。


 今更だけど、よくこんな強ぇ奴を使役できてるよな……ってか、俺との戦いの時にはあんなエグい電撃使ってなかったぞ。手を抜いてくれてたのか?


 何にせよ、これでジスケッドにはもう打つ手が――――


「流石、噂に名高いデメテルの娘だね。涼しい顔をしているけど、その内には母親と同じ激情を抱いているんだろう」


「……」


 マズい! この後に及んで舌戦を仕掛けて来やがった! しつこ過ぎるぞこの野郎!


「確かに……ボクは母の気性を引き継いでいる所もある。でもボクはボクだ。ボクの心は母とは関係ない」


「待てコレー! そいつの問答に付き合うな!」


「何だいトモ。やけに必死に止めるじゃないか。ボクだと口じゃ勝てない、とでも言いたげだね。確かにキミとは契約を結んではいるけど、ボクの行動全てを管理できると思わないで欲しいね。ボクはボクの矜恃を傷付けた奴に対しては堂々とそいつのフィールドで戦うよ。ボクが上だって事を徹底的にわからせる為にね」


 いやいや、デメテルの名前が出た途端ずっと目がバッキバキじゃないですか。母親に対しての嫉妬が露骨過ぎる。まあそりゃ自分の好きな相手が母親に恋してるとか、想像するだけで反吐が出るくらい最悪だけども。


 どうする? こっちは一刻も早くシキさんの安否を確認しなきゃなんないし外からのモンスターの侵入にも気を配らないといけない。こんな事に時間を使ってる余裕は一切ないんだ。


 あーもー仕方ない! こうなったら……


 俺がコレーを言い負かす!


「普通に負けるに決まってんだろ? それじゃこの後の展開を全部言い当ててやるよ。そこのジスケッドから執拗なデメテル責めにあってトドメに『ペトロが君より母親の方にトキめくのも頷けるね』とか言われちゃって放心状態になった挙げ句フューリーに取り憑かれて俺を襲おうとすんだよ。そんで俺が別の精霊を喚んでお前を精霊界に強制送還させようとしてもフューリーの支配下にあるから無効になっちゃうんだよ。そんで俺はお前にボコボコにされた挙げ句フューリーに取り憑かれて記憶全部盗まれて、他のモンスターもいよいよこのミーナの聖噴水が効果切れてる事に気付いて大勢で襲ってくるんだよ。詰みだよもう。俺もミーナの住民も終わりだよ! あーあ、大戦犯だなコレーさんよ。これにはサタナキアもニッコリだ」


「……」


 気分が高揚していたコレーの顔からみるみる生気が抜けていく。そりゃそうだ。俺だってこんな事を捲し立てられたら普通に気分悪いわ。だからこそ頭を冷やすには最適なんだけど。


「そ…………ま…………っそうだね。確かにボクは、キミに対して過去に弱味を見せた。キミの言う事も一理ある。キミがボクでもそう予想するかもしれない」


「冷静になった?」


「なったよ。キミはいつかボクの手でくびり殺してやる」


 おっかねぇ……でもこれでジスケッドの搦め手は回避できたから良しとしよう。

 

 さあ、どう出る?


「悉く、だね」


 ジスケッドは俯き加減でそう吐き捨ててきた。感情を押し殺しているようで、かなり苛立っているようにも見える。


「いや参ったよ実際。ここまで悉く仕掛けを潰されるとは予想もしなかった。君は良い情熱を持った好ましい人物という評は変わらないが……同時に別の認識も持たざるを得ない」


「何がだよ」


「確信したよ。君は僕の天敵だ」


 刹那――――ジスケッドは自身の傍に待機中の一つ目モンスターに拳を振り下ろし、それをグシャッと潰した。


 ……なんだ今のは。モンスターか精霊か知らんけど、明らかに護身用のクリーチャーを拳一つで潰す破壊力も全く想定していないものだったけど、それ以上に行動が意味不明過ぎる。自分の盾を自分で破壊したようなものだぞ?

 

「もう君と情報戦をする必要はなくなった。光栄に思うがいい。たった今から……君は僕の生き甲斐になったんだ」


「……は?」


「知っての通り、僕は自分の気に入った相手には躊躇なく情報を提示する。特別な存在になった記念に、君には本当の僕を見せるよ」


 なんだ……? こいつは何を言っている?


「我が視認範囲に限り現身を許可する。出でよケット・シー」


「!」


 今の文言……ウィスと全く同じだ。


 精霊使い同士に共通している汎用フレーズってだけかもしれない。でも『本当の僕を見せる』と言った直後に敢えてそれを使ったのは意味深だ。


 加えて召喚したのが――――


「にゃーにゃーみゃー。にゃろの名はケット・シーでおみゃる。よろしゅーみゃー」


 ふわもこ猫のラグドールだっ!


 フサフサした白くて長い毛と蒼の瞳が特徴的な、ふわもこ界のヒロイン。見ているだけでほっこりする。この世界のどのヒーラーより癒やし系だ。


 ウィスが毎回のように召喚しているクー・シーはポメラニアンだった。それとはまるで対を成すようなラグドールの見た目をしたケット・シーを召喚した事が偶然な訳がない。


 そう言えば……ウィスとの初対面時は聖噴水の調査をしに来たと言っていた。アーティファクトの定期点検を生業にしているとも話していた。まるで鑑定士のような活動だ。


 それに過去では病的なまでの天才好きだった。


 なんか似ている。顔や体型は別に似ていないのに、ウィスとジスケッドには共通点が妙に多い。


「まさかウィスと同一人物……って事はないよな?」


 俺は今まで幾度となく、別人に化けた奴等と関わって来た。


 今俺の隣にいるコレーも、以前はフューリーと似た能力を使ってユーフゥルやカイン、果てはポラギの肉体を奪って我が物顔で操っていた事があった。モンスターが人間に化けていた事もあったし、何より怪盗メアロが別人に化けるなんてしょっちゅう。終盤の街は何かと他人に化けがちだ。


 だったらウィスも――――


「生憎、それは少し乱暴な推理だね。だが当然、彼とは無関係じゃない。最後までグランドパーティ入りを競った好敵手だったからね」


 好敵手、つまりライバル。


 能力の高さは勿論の事、精霊を使役できて、アイテムや施設の鑑定ができる確かな目と知識を持っている。そういう人材を求めていたグランドパーティに加入すべく、その一席を競っていたって訳か。


「結果は知っての通り。僕は敗れ、彼はグランドパーティの一員になった。両者の差はないに等しかったが……僕は何かが足りなかったんだろう。当時の悔しさは今も思い出せるよ。そう……今僕が君に対して抱いている感情に似ている」


 何かが……グラついたような気がした。


 これはただの嫌な予感じゃない。なんというか、今までの緊迫した空気がグチャグチャになるような予兆だ。そんな気がしてならない。


 杞憂であってくれ――――


「僕はね。ウィスのファンなんだ」


 その期待は一瞬で瓦解した。 


「昔からさ。もうどうしようもないくらいに彼のファンなんだよ。だから彼に自分を寄せた。彼が精霊使いだったから僕も精霊使いになったし、彼が鑑定を生業としているから鑑定士になった。彼が天才を好むのなら僕は情熱のある者を好む。そして彼がグランドパーティの主役でなく裏方に徹するのなら、僕もまた裏方に徹する。僕はそういう人生を誇りに思う」


 今まで散々俺達を振り回してきたジスケッドという人物の正体。



 それはなんと……男版イリス姉でした。

 


 



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