第480話 パワハラ精霊使い

 今にして思えばエルリアフもそうだった。


 十三穢の一つ、フラガラッハの夢として生まれた奴には『他者と繋がりたい』って願いがあった。その願いを叶える為に奴は同一化の怪物になった。


 同一化ってのは要するに、憧れの存在と同じになりたいって心理。アイドルを好きな子供が自分もアイドルになりたがるように、スポーツ選手に憧れた子が自分もアスリートになる夢を持つように、人は憧憬の念を抱いた対象に自分を重ねる傾向がある。


 人生を左右するほど極端な例じゃなくても、例えば有名なミュージシャンになった気分でステージ上で観客を煽る自分を想像してみたり、大ヒットを記録した映画監督としてインタビューに応える際の文言を考えてみたり、そういう些細な同一化は誰もが経験している事だ。


 イリス姉が、イリスを好きな余り自分をイリスと名乗っている……かどうかは定かじゃない。奴は人類を超越した何かのようにも感じるし。


 でも、だからこそジスケッドにもそれと似た印象を抱いたのかもしれない。


「ウィスはね、カッコ良いんだよ。でもそのカッコ良さに気付く者は本当に少ない。彼は昔から自分が前にってタイプじゃないからね。グランドパーティに選ばれてからも、天才のティシエラやベルドラックの陰に隠れて彼等のフォローに終始していたんだ」


 まあ納得だ。過去のウィスとも対面したけど、割と病的な天才好きだった。奴がティシエラやベルドラックより目立とうとするのは想像できない。


「その奥ゆかしさの中にも秘めたる情熱を持っていてね。優れた精霊使いになる為に、彼はあらゆる精霊と正面から向き合った。気難しい精霊もいればキレやすい精霊もいる。人間嫌いの精霊だっている。それでも彼は誠心誠意精霊と向き合ったんだ。彼等の事を本気で好きになって、彼等の良い所を沢山見つけて……やがて数多の精霊を使役するに至ったものさ」


 ウィスの事を自慢気に語る今のジスケッドには、紛れもなく同一化のメカニズムが働いている。ウィスの凄さを自分の凄さだと勘違いしている訳じゃない。ウィスの成功や結実を我が事のように喜んでいるんだ。度が過ぎるくらいに。


「だから僕は彼のようになりたかった。でも残念ながら、人には向き不向きがある。精霊使いとしての僕は一流には程遠かったよ。フューリーを手懐けるだけでも正統な手段では無理だったくらいだ」


「……何?」


 今のは聞き捨てならない。まさか外法を用いて精霊と契約したのか?


 それとも――――


「闇堕ちさせたのか? 契約し易いように」


 精霊との契約は一通り経験したけど、実感としてはそれほど難しくはなかった。それは俺に精霊使いとしての資質があったって訳じゃなく、単純に"人間に好意的な"精霊ばかりだったからだろう。


 現在、精霊界と人間界は断絶状態にある。それでも例外的に交渉が許可されたペトロ達は皆、人間界に縁が深い精霊だったのは想像に難くない。人間って種族に対しての悪感情もないんだろう。だからこそ、俺の要請に対しても寛容だった。


 でも当然、そういう精霊ばかりじゃない。さっきジスケッドが言っていたような気難しかったり怒りっぽかったり、何かとコミュニケーションが取り辛い精霊だっている筈。当然、交渉も難しくなる。


 だから意図的に闇堕ちさせて自暴自棄の状態にして、契約をし易くしたのか?


 だとしたらなんて卑劣な――――


「そんな訳ないだろう? 僕はウィスを敬愛しているんだ。彼と同じように、精霊とは正面から向き合ったさ」


 なんだ。考え過ぎか……


「僕は鑑定士だからね。鑑定士として、彼等の事を正々堂々と鑑定させて貰ったよ」


「鑑定……?」


「あらゆる文献を漁って、どういう精霊なのかを調べ尽くした。その上で本物か偽物かを判定したんだ。ウィスに相応しい精霊かどうかを。その上で、相応しいと思った精霊を僕のものにしたのさ」


 ……成程。


 俺の感じていた事は正しかった。完全にウィスの視点で行動基準を決めている。まさしくそれは同一化の証だ。


「フューリーはウィスに相応しい精霊だった。だから僕は、彼と必死に交渉したんだ。毎日毎日。そう……本当に毎日。雨の日も雪の日も。寝る間も惜しんで彼に訴えたよ。『君はウィスに相応しい精霊だから僕のものになれ』ってね」


 成程なるほど。要するに意図的に闇堕ちさせたんじゃなく、病的な交渉で病ませてしまった結果闇堕ちさせてしまったと。


 そこまでヤバい奴でしたか。


 良くないな……これは良くない。なんか想定していたのとは違うヤバさだ。エルリアフよりヤバいかもしれない。無自覚で他者を追い込むタイプだこれ。


「今まで僕はそうやって生きて来た。僕は天才じゃなく凡人だからね。残念だけどウィスの好みじゃなかった。でも自分の思い通りにならない事なんて幾らでもある。僕はそういう時、いつも諦めなかった。諦めない事が重要だった。根気よく熱心に、心に強い情熱を持って粘り強く取り組めば、必ず道は拓ける。目的に向かって突き進む事こそが唯一の道なんだ」


 ……言葉だけ聞いていたら努力家の美しい信念って感じだけど、実際にやってる事は願望のゴリ押しだ。本質的にはヒーラーの押し売り回復と何も変わらない。


 やっぱり似ている。今まで敵対して来た連中達と。


「だから僕は自分の最終目的も必ず叶えてみせる。やり続ければいつかは叶う。願い続ければ必ず成功する。そして僕は……ウィスと並び立つんだ。出でよウンディーネ!」


 不意に――――ジスケッドの真ん前に全身青の女性の姿が現れた。


 水の精霊か……!


 マズい! 絶賛噴出中の温泉湯を操って俺達を水攻めにする気か……!?


「地上に吹き出したこのお湯を全て地中に戻してくれ。出来るね?」


「……主よ。私は水の精霊であってお湯は……」


「出来るね?」


「…………やります」


 うわー……完全にパワハラだよ。パワハラ精霊使いって最悪だなおい。嫌なやり取り見ちゃったなあ……


 露骨に嫌そうな顔でウンディーネさんが両手を前に突き出すと、ずっと吹き出ていた温泉湯がピタリと止まって――――巻き戻しのように穴の中へと戻っていった。


 それだけじゃない。俺らの足下に溜まっていた温泉湯まで全部地中に戻っていく。メチャクチャ凄いな。なんでこんな凄い精霊が強引に働かされているんだ。


「お前……もしかして精霊の弱味握って脅してるんじゃないだろな」


「人聞きの悪い事を。僕はただお願いしているだけだよ。勿論、交渉材料は事前に用意するけどね」


 事実上認めやがった。何が『精霊とは正面から向き合った』だ。テメェの流儀を押し通す事がその表現で正しい訳がない。


「君の事だから、僕がこのミーナで何を目論んでいたのかはもう殆ど予想が付いているんだろう?」


「……」


「沈黙は肯定と見なすよ。残念だけど今回は完敗だ。潔く負けを認めて次へ進むとするさ」


 ……何だ?


 ジスケッドの身体が温泉のお湯に包まれていく。ウンディーネの仕業だろうけど、これは……


「良いぞウンディーネ! 謀反か! そいつを窒息死させるんだな! やれやれ! 全力で応援するぞ!」


『そんな訳ないだろう』


 違うのか。つーかその状態でも声出せるんかい。どうなってんだよ。


『僕はこのまま一旦地中に潜って次の機会を窺うとするよ。仕切り直しさ。君もさっきから仲間の安否が気になって集中できていないだろう?』


 ……お見通しか。


『君は僕の宿敵だ。必ず決着を付けよう』


 そう言い残し、球形のお湯に包まれたジスケッドは他の温泉湯と同じように穴の中へと吸い込まれていった。


 とても追える状況じゃない。ウンディーネに逃亡の手引きをさせるのは想定できなかった。せめて翼竜に跨がって空から逃げるとかなら予測も付いたんだけどな……上手い逃げ方をされちまった。


 でも今はもう奴の事なんてどうでも良い。それよりもシキさんだ。


 空中に放り出されたシキさんをコレットがちゃんと受け止めてくれたのか。そして傷の具合がどうなのか。


 ジスケッドの指摘通り、それが気になって奴の事に集中できなかった……と言うより、半分現実逃避していたのかもしれない。


 確かめるのが怖くて、敢えてジスケッドの相手をしていた。そんな気さえする。


 でも、その言い訳は通用しない。もうジスケッドはいなくなったんだから。いつの間にかウンディーネも消えている。温泉のお湯を全て地中に戻し終えたんだろう。


 現実と向き合わなきゃいけない。


 シキさんは――――


「何ボーッとしてんの?」


 ……あれ?


「せっかく追い詰めた敵に簡単に逃げられちゃって……」


「シキさん……? 無事だったの!?」


 振り向くと、すぐ近くにシキさんはいた。


 首の傷は……ない。全くない。確かに切られた筈なのに。


 って事は、コレットがポーションを――――


「私じゃないよ。シキさんが自分で持ってたみたい。回復アイテム」


「へ?」


「そんなに驚く事じゃないでしょ。温泉旅行にポーション持って来て何か問題でも?」


 シキさんがジト目で訴えてくる。


 アインシュレイル城下町の慰安旅行なんて、どうせロクでもない事件に巻き込まれるに決まってる。だからポーションを持参するのなんて当然だと。


「異論反論、あれば聞くけど」


「ないです」


 事実、ポーションを使うハメになった訳だから何も言えねぇ。


 何にせよ、シキさんは無事だった。これ以上の朗報はない。


「は~……良かったぁ~」


 緊張の糸が切れた瞬間、全身の力が抜けて思わずその場に座り込んだ。


 そんな俺を見て、コレットは小さく笑う。


「……」


 でもシキさんは――――真逆の表情をしていた。





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