第481話 ミーナで起こった出来事の総括
不完全燃焼のままジスケッドに逃げられた格好にはなったけど、収穫は幾つもあった。というか奴が勝手にベラベラ喋り倒してくれたから色んな事が判明した。
という訳で、今までミーナで起こった出来事の総括! 解決編とも言う!
とはいえ事を荒立てるつもりはない。俺達はこのミーナの住民じゃないし、悪事を曝いて事件を解決するのが仕事でもないからな。だから真相を話す相手は最小人数で良い。
「まずは、このミーナで発生した事件について整理します。一応時系列で並べてみるけど、間違いがあったら指摘してください」
そう訴えつつ、蝋石で筆記用の巨大石板に文字を書き込んでいく。軋むような音が耳障りだけど仕方ない。黒板やホワイトボードなんて気の利いた物はこの世界にはないからな。
「俺達がここに来る前から、ミーナには大きな問題が生じていました。シャンジュマンを闇商人が定期的に利用しているって疑惑です」
ミーナの温泉宿の中でも有名で格調高く、多くの固定客を抱えているだけじゃなく観光客の利用も多い。新装開店したばかりのアンキエーテにとっては憎き商売敵目の上のタンコブ。そんな宿を違法な商品を扱う連中が愛用しているとなれば、宿自体がその手のアウトローな奴等に手を貸している、更には囲っているという疑惑も生じる。ミーナの人々にとっても死活問題だ。
しかも違法な商品の中には十三穢も含まれてる可能性さえあるという。だから噂を聞きつけた冒険者ギルドが、聖噴水の定期チェックに託けて調査隊を派遣した。それがコレットとグノークス、そして鑑定ギルドのギルマスであるパトリシエさんだ。
「それと同時に、シャンジュマンには聖噴水の水を盗んだ疑惑もあります。ただしアンキエーテも盗んでいた。どっちも俺達がここに来る前の話です」
聖噴水は公共物だから、勝手に持ち帰ったら当然ながら窃盗罪が成立する。幾らこの世界が地球とは違うと言っても、盗みに対して罰する法がない国や街は存在しないだろう。
「聖噴水の水はエネルギー変化を生じさせる事で何らかの特性が生じるらしくて、お湯と混ぜる事で陶酔効果が生まれる。その温泉麻薬で一儲けする為、シャンジュマンは窃盗に手を染めていました」
……ってのがエメアさんの供述だ。まあ疑ってもキリがないし、ここは素直に信じておこう。
「それに対して横槍を入れたのが鑑定ギルドのNo.2、ジスケッドの野郎です」
ここからは解決編と言うより単純な答え合わせだ。複雑そうに思えたミーナでの様々なトラブルも、結局はこいつ一人の思惑で事が進んでいたんだから始末が悪い。
「奴は世界をも支配できる力を欲していると言っていました。その為に十三穢をどうしても手に入れようと画策しているようです。温泉麻薬に目を付けたのも、十三穢を入手するのに都合が良かったからでしょうね」
十三穢の主な入手ルートは『王城』と『闇市場』。ただし王城から盗み出す為には中の人間が邪魔だし、闇市場で探すには闇商人との繋がりが必須だ。
ジスケッドの奴はその二つのルートを温泉麻薬の利用によって得ようとした。
数百年も前から、この国の王族は魔王城の傍から逃げ出したいと願い、一気に夜逃げせず最少人数でちょっとずつ城から離れて行く『フェードアウト作戦』を試みていた。恐らく城勤めの人間も少しずつ減らしていたと思われる。
でも現在の王様はルウェリアさんが生まれた事で『よぉーし! パパ頑張っちゃうぞ! 娘に良いトコ見せちゃうぞぉー!』ってなモードになって、魔王討伐に注力してみた。
けど結局上手くはいかず、しかも魔王討伐反対派(フェードアウト作戦賛成派?)がルウェリアさんを拉致して国王のやる気を削ぐ計画を立てていると知り、それを回避すべく御主人(当時は近衛兵)がルウェリアさんを連れて一足先に城から逃げた。
王は御主人の行動を知りながらも黙認。そんな折、ジスケッドは王族に対しフェードアウト作戦の手助けをすると進言し、彼等を逃亡先で温泉漬けにして無力化する事に成功した。
同時に、温泉麻薬の件でシャンジュマンの主人を脅迫。『バラされたくなければ僕達の隠れ蓑になれ』とでも言って、敢えてシャンジュマンで取引を行う事にしたんだろう。それなら今回のように冒険者の調査が入っても真っ先に疑われるのはシャンジュマンだ。
その一方で自分達はアンキエーテという宿を建造し、温泉麻薬の元をそこで貯蔵していた。俺が定点カメラ化したのは、その温泉麻薬の元に偶然触れてしまったからだろう。
「この件に並行して、奴は聖噴水の無効化も企てていました。自分で自由に管理できる温泉を掘り当てる為、グランディンワームを街中に連れ込む必要があったからです」
グランディンワームはいわば温泉掘削用の重機。ジスケッドは精霊フューリーを使って本来群れを成さないグランディンワームをこの一帯に集め、温泉を掘れるかどうか試していたんだろう。俺がアヤメル達と戦った複数のグランディンワームも、その試行の為に集められたグランディンワームだったに違いない。
結局、奴は聖噴水の無効化を実現させる事に成功した。ただ、無効化したまま放置していたらミーナがモンスターに滅ぼされてしまう。そうなるとアンキエーテまで潰される。あの宿は温泉麻薬を作る上で必要な施設だし、シャンジュマンも取引の場所として残しておきたい。
だから奴は恐らく、ビルドレッカーを使ってこの街の聖噴水を別の場所の物と入れ換えていた。
普段は通常状態の聖噴水で街を守り、温泉掘削を行う時だけ無効化状態の聖噴水と入れ換える算段だったんだ。
そして、無効化は聖噴水の水にお湯を混ぜる事で行っていた。その際に俺とシキさんが聖噴水の水に触れちゃった結果、『過去の城下町』に二人して飛ばされたんだろう。
あれは純粋なタイムスリップじゃない。でも、例えば麻薬らしく『過去世界のような幻覚を見た』って事も考え辛い。それだと俺とシキさんが記憶を共有しているのは変だ。
多分あの時に見たのは……本当の過去だったんだろう。
定点カメラの時、俺はずっと『昨日の女湯の様子』を見させられていた。言うなればそれも過去世界だ。でも俺自身は一切干渉できなかった。
それに対し、過去の城下町に関しては干渉できた。この差が何なのかは……今のところわからない。何もかも悟れるほど上等な頭でもないしな。
全てを解き明かせないのは心残りだけど、現状でわかっている事はこれくらいだ。
「ま、要するに王族失踪と今回のミーナでの事件、どっちも実行犯はジスケッドだった訳だけど……こんな大掛かりな計画を一人でやれる訳がない」
まずジスケッドと王族の橋渡し役が必要だし、王族はともかく城勤めの連中まで全員城から追い出すのは一人じゃ絶対無理だ。時間も掛かるし怪しまれる。徒党を組まなきゃ出来る事じゃない。
最初はファッキウ達と組んでいるのかと思ったけど、どうやら違う。でも奴と一戦交えた事で、協力者を募る事が難しくないのは明らかになった。
闇堕ち精霊フューリーの存在だ。
あの精霊を使えば、色んな人間を自在に操れる上に記憶も覗き見できる。しかも複数の人間を一度に。まあ繊細な言動まで命じるのは困難だろうけど、城から出て行かせるくらいの事は造作もない。要は城に入り込めさえすれば、その城を蛻の殻にする事が奴には出来るんだ。
ただ、それでも下準備はいる。少なくとも城に招き入れて貰う為には相応の信頼が必要だ。一体どうやってその信頼を勝ち得たのか。
「その辺の事情を貴女に聞きたかったんですよ。パトリシエさん」
アンキエーテの一室で、努めて冷静に問いかける。
本当は五大ギルドの代表としてコレットやイリスにも同席して欲しかったんだけど、彼女達には別にしなきゃならない事がある。ここは非戦闘員の俺が適任だ。
鑑定ギルドは組織としての活動は殆どしていない。鑑定士はそれぞれ自分の店舗や拠点となる建物を持って、自分で仕事を得ている。職業紹介事業としてさえ機能していない。
これには理由がある。元々鑑定ギルドは将来的に十三穢の穢れを取り除ける人材が出て来る事を期待されていた組織だったけど、何度も十三穢を騙る呪具が持ち込まれた所為でトラブルが頻発したみたいで、皆ギルドで仕事を受ける事に嫌気が差し現在のように『存続だけはするけど誰もギルドには足を運ばない』ってスタンスになってしまった。
その例外が、今ここにいるパトリシエという女性鑑定士だ。
「貴女が鑑定ギルドを自身の所有物件にしているとティシエラから聞きました。当時はその意味について深く考えなかったんですけど、それって国から買い取ったようなものですよね? そこまでする理由、何かあったんですか?」
「……はぁー。わたし、こういう重い空気苦手なんですよねー」
それは普段のユルさから想像に難くない。つーか俺だって苦手だよ。巻き込まれた当事者じゃなきゃこんな所いたくもない。
「あのー。ジスケッドのゴミクズ野郎が全部喋ったんですよね?」
「は、はい」
おおう。ユルい人が急に罵倒表現してくるとビビるな。やっぱり不和が生じてたのか。
「じゃあ隠しても仕方ないですねー」
困惑するこっちを余所に、パトリシエさんはユルい口調のまま真相を語り始めた。
「私が鑑定ギルドを買い取ったのは、あのクソカスジスケッドが鑑定ギルドを乗っ取ってしまいそうだったからです」
答えは想像通りのものだった。
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