第482話 なんだか釈然としない話

「こんなわたしですけどぉー。身内の恥を晒すような事は言いたくないんです。だから出来れば黙っておきたかったんですが……」


 今まで常に明るかったパトリシエさんが、ずっと顔を曇らせている。それくらいジスケッドとは上手くいっていなかったんだろう。


「もう10年以上前になりますね。当時からいるギルド員の話ですが、ギルドに入った頃の彼は子供のようなキラキラした憧れと、悪人のようにギラギラした野心を持ち合わせていたそうです」


 人伝って事は、当時はまだパトリシエさんはいなかったんだな。まあ11年前のジスケッドは今とそう変わらない印象だったし、奴の方が年上でも何の不思議もないか。


「私が鑑定ギルドに入った頃には、彼はもうNo.2の地位を確立していました。実際、鑑定士としての能力は相応のものがありましたし、特に問題はなかったんですが……」


「実力以外の面で何か問題でも?」


「あのハナクソ野郎、わたしに向かって『君のような自堕落女に掛ける言葉は何もない』って言ったんですよぉー! 酷くないですかぁー!?」


 ……うん。酷いけどまあ妥当というか。あのギルドの惨状見れば自堕落なのは間違いないし。


 それに、このパトリシエさんとジスケッドが相性悪いのは想像に難くない。情熱とか縁なさそうな人だもんな。


 それに――――


「話は変わりますけど、ウィスって人とは面識あります?」


「はい。あの人、やけに馴れ馴れしく絡んでくるんで少し困っています」


 やっぱりか。天才フェチにとってこの人は格好の称賛対象だもんな。


 天才なんてのは基本的には凡人が評価するもので、その才能の真価について深い考察がある訳じゃない。だから自然と『天才っぽさ』なんてものが生まれる。要するに天才キャラのテンプレートだ。


 で、そのテンプレに従うならば、一つの分野に関して世界有数の力を持ち、且つ私生活がズボラで下着姿を平気で他人に晒すくらい無頓着な人間ってのは、まさしく天才型の典型例だ。ウィスにとっては王道中の王道って感じなんだろう。


 当然、ウィスの崇拝者であるジスケッドもパトリシエさんが彼の好みに合致しているなんてお見通し。


 要するに嫉妬だ。ウィスに敬愛の情を抱かれている同じ鑑定士に強い対抗心を抱いているんだ。あいつ俗物だもんな。


「そういう訳でぇー、わたしには嫌な感じだったんですけど他の鑑定士とは仲良くしていたみたいで、派閥みたいなのが出来ちゃってたんです。このままだとギルドが乗っ取られるって思って、一旦わたしの所有にしちゃいました」


「パトリシエさんにとって鑑定ギルドは大切な場所なんですね」


「はい。わたしのご先祖様が作ったギルドみたいなのでー」


 成程。一流鑑定士の血筋だったのか。それなら優れた鑑定スキルを持っているのも、若くしてギルマスになっているのも納得だ。


「最初は軽い気持ちで、他のやりたい事もなくて始めたお仕事なんですけど、鑑定した結果が望み通りだった時の依頼人のお顔がとっても好きになっちゃいまして。普通に生きていると中々ないんですよー。心からの笑顔を見る機会って」


「わかります」


 多分、今のパトリシエさんだったらジスケッドも彼女の中にある情熱に気付けたんだろう。でも当初の彼女にやる気を感じなかった事で、鑑定ギルドのトップに相応しくない、ウィスには相応しくないって決め付けちゃったんだろうな。


「話を戻しますけど、ジスケッドがどうやって王族と接点を持てたかわかりますか?」


「多分ですけどー、わたしが王族の方々からお宝の鑑定を定期的に依頼されていたんで、その時の使いの人を言いくるめて上手く取り入ったとかじゃないですか?」


 確実な情報を持っている訳じゃないのは残念だけど、今の推測も十分にあり得る話。王城から離れている城勤めの人達を追跡していけば、いずれは真実に辿り着くだろう。


「あのいけすかないマイペース野郎がしでかした事は、ギルドの長として責任を感じています。協力できる事は何でもしますので、遠慮なく仰ってください」


「助かります」


 粛々と頭を下げておく。追跡調査は鑑定ギルドの手を借りて行う事も視野に入れておかないとな。まあそれに関しては俺が考えるこっちゃないけど。


「あのー。わたしからも一つ質問良いですか?」


「はい。何でしょう」


「聖噴水なんですけど……ホントのホントに正常化しているんでしょうか? 信じていない訳じゃないんですけど、簡単に信じられるお話でもなくて……」


 パトリシエさんが困惑するのも無理はない。昨日から今日にかけて、このミーナの聖噴水事情は目まぐるしく変わり過ぎている。


 昨日、俺達がここに来た時には普通の聖噴水だった。でも夜にはビルドレッカーによる転移で余所の聖噴水と入れ替わり、効果が薄れていた。これは恐らく、聖噴水の水をこっそり盗む為の転移だったんだろう。気付かれないよう、何日も前からちょっとずつ盗んでいたと思われる。


 そんで、翌日の早朝に再び通常の聖噴水と入れ換え。その時点でパトリシエさんが到着してるから、恐らく調査もその時に行ったんだろうな。当然異常はなかっただろう。


 それから俺とシキさんが確認しに行くまでの間に再び余所の聖噴水と入れ替わった。今度は完全に無効な聖噴水と入れ換えて、グランディンワームをこの街に引き入れて温泉を掘り出すつもりだった筈だ。


 問題は俺達と戦った後の事だ。


 ジスケッドは既に敗北を認めている。逃走した時点で、温泉と聖噴水を巡る計画は全て諦め破棄した筈だ。


 つまり、アンキエーテやシャンジュマンを使って聖噴水の水や闇取引の場所を確保する必要もなくなった訳で、それは奴にとってミーナという街が戦略上不必要になった事を意味する。


 一応、ジスケッドと接触する前に調整スキルを使って一年前の状態に戻すよう試みてはいた。でもグランディンワームが街の中で暴れていた時点で、その試みは失敗に終わっていた。


 だから本来なら、聖噴水は無効のままだった筈なんだけど――――何故か周辺のモンスターは全く街を襲って来なかった。


 念の為、コレットやイリス、そしてウチのギルド員達を総動員して街の外からモンスターが近付いて来ないか監視して貰いつつ、聖噴水の確認をしに行ってみた。


 すると……何故か聖噴水は以前の正常な物に戻っていた。


 恐らくビルドレッカーが作動し、再び入れ替わったんだろう。


 タイマー式って事はない筈。だったらジスケッドが自身の意志でそれを実行した事になる。


「俺も信じられないですけど、事実です」


 思い当たる理由は一つしかない。


 実の弟、メオンさんの存在だ。


 彼が危険な目に遭わないよう、聖噴水を元に戻した。それ以外に奴がミーナを守る理由はない。頭ではそう理解してるんだけど……


「なんだか釈然としない話ですね」


「同感です」


 ともあれ、コレット達からモンスターが近付いて来たとの連絡もない。聖噴水が正常に作動しているのは間違いないだろう。


 あんな奴でも、肉親を大切に思う心はあるんだろうか。それとも、メオンさんの空回り気味な情熱に対して親愛の情を抱いているのか。


 何にせよ、ミーナの住民の生活が脅かされずにいるのは喜ばしい事だ。


「取り敢えず、今日までは皆と協力して街の警備に当たります。明日、城下町に戻りましょう」


「わかりました。わたしは各宿の温泉のお湯を調査して、明日の朝に聖噴水をもう一度調べてみます」


 意見交換を終え、パトリシエさんと別れてアンキエーテから出る。


 すると――――足下にいつの間にやら猫がいた。


「お前、確かジスケッドの……」


「ケット・シーだみゃー」


 そういえば、いつの間にかいなくなってたな。でも他の精霊を呼び出した時点で精霊界に戻ったんじゃないのか?


 あ、でもあの時はジスケッドの視認範囲に限り現身を許可するっつってたな。って事は、あらためて召喚し直したんだろうか。


「暫く、にゃろがおみゃー等の動向を探る事になったにゃ。よろしゅーにゃー」


「……何?」


「監視も正々堂々。それが主のお望みにゃ」


 あの野郎……相変わらず正々堂々の意味を履き違えてやがる。そもそも監視自体が堂々とした行為じゃないんだよ。


 で、いつの間にかいなくなってるし。またこのパターンかよ。


 思えばエルリアフも逃がしたままだった。敵ばかりが増える日々。嫌な展開が続くな……


「そう嘆く事もあるまい」


「うわビックリした!」


 今度は誰だよ……って、ここまで神出鬼没な奴は一人しかいないか。


「何か用か怪盗メアロ。こっちは今忙しいんだ。相手してる暇ないぞ」


 姿は見えない。でも声のする方向で、アンキエーテの屋根の上にいるのは想像に難くない。


「バーカ。せっかく温泉に来てるのにそんなシケたツラしてる奴がいるとこっちが滅入るんだよ。何しに来たんだ一体、ってな」


「ぐっ……」


 確かに、慰安旅行だっつってんのに心身共に休まりゃしねぇ。色々あり過ぎなんだよ。


「ま、温泉湯を盗むなんてしょーもないコソ泥を炙り出したのだけは褒めてやろう。盗賊の風上にも置けない奴等だ全く」


「怪盗の美学に興味はねーぞ」


「フン。ほざけ」


 怪盗メアロは妙に上機嫌な声で応えてくる。でも下に降りてくるつもりはないらしい。


「聖噴水は問題ない。最終日までピリピリしてるんじゃ旅行が台無しだ。ちっとは気を休める事だな」


「……」


「これ以上壊れない為にも」


 どういう風の吹き回しだ、とこっちが言う前に、怪盗メアロからの声は途絶えた。


『壊れる』って表現は、イリスにも幾度となく使われた。そのイリスが俺を何とかしようとしてくれたみたいだけど、果たしてどうなっているのやら。


 俺の調整スキルは自分に対しては効果を発揮できない。


 それはつまり、俺自身が自分の状況を正しく理解する事は叶わないんだろう。


 構いやしないさ。そもそもが転生者なんだ。例えば魂と肉体がズレてきてるとか、そういう事も十分あり得る訳で、正常であり続ける方がおかしいくらいなんだ。


「くぁ……」


 欠伸が出る。身体が睡眠を欲しているけど、やる事は山積みだ。


 怪盗メアロはああ言ってくれたけど……今日も気を休める暇はないだろう。



「隊長。ちょっと良い?」



 ……ね?


 



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