第483話 選んでよ

 シキさんの話がどういう内容なのかはわからないけど、なんとなく表情から他人に聞き耳を立てられるのは良くなさそうなのは察する事ができた。


 となるとアンキエーテは勿論、酒場や飲食店のような人の集まる場所じゃない方が良いだろう。かといって密室で二人きりってのは流石に問題アリな気がする。突然何の脈絡もなくヤメが現れて始末される可能性を否定できない。


「なら歩きながら話そうか」


 幸いミーナはそれほど人通りが多い街じゃない。歩きながらだったら他人に聞かれる心配もないだろう。


 シキさんは特に返事はしなかったものの、嫌がる素振りもなかったから問題ないと判断。一緒にミーナの街を練り歩く事にした。


 思えば初日はすぐ宿に向かったし、その後歩いたのは夜。二日目は激動の一日だったからまともに街中なんて見れちゃいない。せっかくの旅行だし、この機会に少し思い出の情景を増やしておこう。


 ……といっても城下町と比べると店は少ないし、自然豊かって訳でもないから見所は決して多くはない。この街の一番の特色は鉱山都市で、近くにあのヴァルキルムル鉱山がある事。でも今更あの殺人未遂現場に行く気にはなれない。


 まあでも、生前の東京は余りにも雑然とし過ぎていたし、城下町の賑わいはそろそろ慣れ親しんできた頃合い。朴訥とした風景は割と新鮮だったりもするんだ。


「……」


「……」


 にしてもシキさん、一向に喋る気配がない。話があるっつっといてこの沈黙は……喋り難い話題って事なんだろうな。


 つーかシキさんとは色々ありすぎた上、どの話も気軽に聞けるタイプの内容じゃない気がする。そう考えるとちょっと緊張してくるな……


「ごめん」


「……へ?」


「昨日の戦い。足引っ張って」


 ああ、その件でしたか。ある意味一番無難というか、こっちが気を遣わずに済む話だから少しホッとした。


「仕方ないよ。相手の攻め方が嫌らしかったもん。街中でモンスターと戦うってのも普段と勝手が違うし、フューリーの影響で気配も察知できなかったし」


「……相変わらず、そういうフォローは上手だね。隊長」


 とても褒められた気にはなれないシキさんの言葉がチクリと刺してくる。まあ痛くはないけど。


「でもシキさんはこういう時、叱責された方が気が楽になるタイプでしょ?」


「そういう、わかったような口を利く所は嫌い」


 ああそうですか。でも中身は大分年上なんでそこは御容赦くださいよ。自分で言うのもなんだけど割と説教おじさんタイプなんだよね俺。


「……今更、隊長には隠す必要もないけど」


 え、何その前置き。ドキドキすんじゃん。


 こんな昼間から何を言い出す気――――


「私はアインシュレイル城下町ギルドが好き」


 ……ですよねー。


 でもまさかシキさんの口からこんなハッキリと『好き』って言葉が出て来るとは思わなかった。


「その中心にいるのが隊長だから、隊長が危ない時には絶対守らなきゃいけないのに……あんな醜態晒して。なんか自分が情けなくて滅入ってくる」


 これまた珍しい。自虐はともかく弱音は滅多に吐かない人なのに。それだけ屈辱的だったって事か。


「もしあの場にコレットがいなかったら危なかったかもね」


「……」


 あれ、なんか地雷踏んだ? 凄い目で睨んでくるじゃん。


「それで隊長に相談なんだけど」


「相談?」


「コレットって何が好きか知ってるでしょ? 教えて」


 ああ、成程ね。助けて貰ったお礼がしたかったのか。


 まあこういう事は絶対慣れてないだろうしな。さっきも睨んでたんじゃなくて、どう切り出すか苦悩している顔だったのか。


「そうだな……お礼の言葉が一番喜ぶんじゃないか?」


「そういうの今いらないから」


「いや、テキトー言ってる訳じゃなくてマジで。逆に物とかあげると気疲れするタイプだから。何かお返ししなきゃみたいな」


「お礼にお返しっていらないでしょ?」


「そういういらない所に気を遣って勝手に消耗する奴なんだよ。だからお礼を言うだけに留めるのが一番嬉しいと思う。さり気なく褒めるとか」


 なんて偉そうな事を言っちゃったけど、俺だって別にコレットの全てを知り尽くしている訳じゃない。ただ、俺とコレットは結構似てる所があるから、自分に当てはめてみれば結構正解だったりもする。


 斯く言う俺も、自分が助けた相手に物を貰うと戸惑ってしまう。ユマを助けたお礼にと武器屋を丸々貰った時は『ああ、やめた後の扱いに困ってたんだな』って受け入れられたけど。


「どうしてもそれだけじゃ気が収まらないって言うのなら、アヤメルに何かしてやれば良いんじゃないの」


「……そっか。そうすればコレットの顔が立つか」


 アヤメルは冒険者ギルドからウチに派遣されている。それもコレットの肝入りで。そんなアヤメルに親切にすれば、コレットに対しての敬意にも繋がる。


「だったらアヤメルが好きな物を教えて」


「俺は知らないよ。ヤメの方が知ってるでしょ」


「でも隊長、アヤメルをもてなしてるんでしょ?」 


 ……もてなすってのもまた微妙な表現だな。そりゃ客人なんだからもてなしてはいるけど。


「まあ……そうだね。あいつゴシップ好きだから、そういう情報あげれば喜ぶんじゃないの」


「出来れば物品が良いんだけど」


「……金で簡単に済まそうとしてる?」


「してる」


 臆面もなく……まあ確かにその方が気は楽だけど。そもそもシキさんとゴシップが相容れないか。


「じゃあベタだけど甘い物で良いんじゃない? 菓子パンとか」


「だったら今から買いに行こ」


 ……っと。


 急に袖を摘んで引っ張って来るじゃん。相変わらずスキンシップに抵抗なくてビビる。


 過去世界でお祖父さんに会って、おじいちゃんっ子シキさんが復活したんだろうか。なんとなく今のシキさんは少し普段より子供っぽく見える。


「ちょい待ち。この街ってパン屋は確かなかった筈」


「……隊長、もしかして見落としてる?」


 は?


 俺がパンに関して見落としていると……そう仰いますか?


 何をフザけた事を。この俺だよ?


「向こうに店が見えるでしょ? 雑貨屋。あそこでパンも売ってるんだけど」

 

「嘘だー。雑貨屋でパンは売らないでしょー。そんなミエミエのには騙されないよ」


「近くなんだから行けばわかるでしょ。ほら早く」


 やたら自信ありげにシキさんが引っ張ってくる。嘘をついている気配はない。


 雑貨屋にパンだぁ? 流石に想像できない。パン屋に雑貨を置いている店なら生前見た事あるけど……


「ホラここ」


「雑貨屋【ラプチャーズ】か……」


 この世界の雑貨屋は道から商品が見えるオープンタイプの所が多いけど、ここはドアを閉めてしっかりクローズドにしている。『パンあります』みたいな張り紙もないし、中に入らないと売っている物はわからない。


 俺、冷やかしってできないんだよな。店に入ったら必ず何か買わないと気後れするというか、申し訳なく思ってしまう。何も買わずに出ていく時の店員の目がちょっと怖い。


 まあ……最悪何か土産品でも買えば良いか。旅行の思い出だ。


「じゃ、入って……あ」


 シキさんは既に入店していた。行動が早い。こういう所は俺と正反対だよな。危うくもあるし頼もしくもある。


 実際、店の前でボーッとしていても始まらない。俺も入るか。


「いらっしゃいませ」


 ほう。


 この穏やかで落ち着いた店内の空気、そして声を張らず柔らかい感じのお出迎えの声。素晴らしい。素晴らしく入りやすい。


 確かにこれはパン屋の感じとちょっと似ている。勿論世界全部のパン屋がそうとは言わないけど、大半のパン屋は無駄に大声を出さないし変な装飾はしていない。


 パンこそが主役。そしてパンの見た目と香りを存分に味わって貰う為に店の全てを集約させる。それがパン屋のあるべき姿。そういう感じのお店が多い。城下町のパン屋も90%以上はそうだ。


 これなら――――


「ほら、こっち」


 シキさんの声に促されて奧の方に目を向けると、そこには確かにパンのコーナーが設けられていた。


 これは……穴場だ!


 雑貨の中に紛れてパンを売っているのならゴチャゴチャしてイマイチな雰囲気になるけど、完全に独立しているコーナーで販売する分には問題ない。事実、テーブルの上に置かれているだけの質素なレイアウトが安心感を与えてくる。


 それにしても、敢えて奧に置くとは。パン屋の一番の売りである香りを店の前に漂わせないこの拘り。それでいてパンのラインナップは驚くほど充実している。決して数は多くないのに。


 この小さな売り場で、ギュウギュウ詰めにもせず豊富な品揃え。儲けを度外視しているとしか思えない。


 雑貨屋ラプチャーズ……! できる……!


「隊長パン好きなんでしょ? 選んでよ」

 

 この出来る店に圧倒されていた俺は、シキさんのその要求が挑戦のようにも聞こえた。





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