第462話 バカの真似

 コレットの親から事前に受け取っていた路銀で最寄りの宿を取り、子供コレットにはそこで待機して貰う事にした。終盤の街とあってその宿の従業員は軒並み元冒険者。万が一何者かの襲撃があっても余裕で返り討ち出来るというセキュリティ人材の宝庫とあって不安はない。


 という訳で俺は別の宿へと向かうとしよう。勿論、目的地はシキさんのいるエヴィデップって宿屋だ。


 馬車は既にアリエナス神父が乗っていった為、移動手段は徒歩しかない。乗合馬車ではその宿の近くには留まらないし、辻馬車の待合場も近くにないからな。


 生憎何処にあるか知らない宿屋だったけど、冒険者ギルドの使者から聞いた話ではシレクス家の近くらしい。少し遠いけど、恐らく一時間と掛からないだろう。そこは問題ない。


 最大の懸念は……ウィス&精霊王。このユニコーンマスクと香水の匂いで果たしてどれだけ誤魔化せるのかはわからないけど、腹を括って行くしかない。


「お母さん! 角が生えたお馬さんが歩いてる!」


「まあ、あんなにいきり立って。きっと発情期ね。目を合わせちゃダメよ」


 しかし通行人からの評判は最悪だ!


 ま、ここでどんな悪評を立てられたところで今後へのダメージはない訳で、別に気にする必要はないんだけどね。ただしマスクの通気性がやたら悪いのは問題だ。呼吸がし辛い。息が荒くなると余計発情期っぽくなっちまうってのに……いや全然気にしてないけれども。


「まるで発情期の馬だね」


「気にしてないって言ってるでしょお!?」


 しまった、つい大声を……我ながら心に余裕がないな。


「悪い悪い。ただの冗談だから聞き流しておくれよ」


 近くには誰もいない。そもそもこんなマスクを被った奴に好きこのんで近付く住民もそうそういないだろう。


 該当するとすれば――――透明の知り合いくらいだ。


「メリンヌか。何処から見張ってた?」


「ベルドラック氏が鑑定ギルドに入って行った頃からかな。キミがこの街に戻ってきたのはすぐ感知できたからね」


「そういう魔法もあるんだな。便利なこった」


 ウィスの話では、こいつは俺とシキさんがこの過去の世界に転移した直後から監視を始めていたらしい。って事は当然、城下町に現れた異分子全般を即座に感知できるセンサー的な魔法を使えるんだろう。


「【ディテクトエリア】と言ってね。この城下町に正規の入り口以外から侵入した人間がいると報せてくれる魔法なんだ。常時発動する為にはアイテムとの併用が必須で、これがまた高くてね。ソーサラーギルドだけでは賄いきれないから、外部の人間にも協力を仰いでいるんだよ」


「ウィスやベルドラックがスポンサーって訳か」


「御名答」


 成程、そういう繋がりか。


 この城下町の自警がガバガバなのは嫌ってほど知ってる。王城からの派遣もないし。けど実際には見えないところで最低限の警備はしてたんだろう。


「一度感知した人間は要注意人物として、その後も私が警戒を解くまで対象になるんだ。それにしても驚いたよ。昨日突然いなくなったと思ったら、急に城下町からも消えちゃってさ。中々ユニークな動きをするね、キミ」


「出て行きたくて出てった訳じゃないけどな……」


 つーか透明のまま話し掛けてくんなよ。今の俺、周りからは『独り言をブツブツ言ってるいきり立った一角獣』に見える訳だろ? 幾らもうすぐグッバイ世界するとは言ってもさあ……


「私の事はウィスから聞いているんだろう? 悪いけれどもう暫く付き合って貰うよ」


「ま、問答無用で襲って来ないだけマシか。それで俺に何して欲しいんだ?」


「何もせず、このまま城下町から出ていって欲しい」


 ……意外な答えが返ってきたな。そりゃ友好的な感じでもなかったが。


「特にティシエラとは再会しないまま出て行って貰えると助かるんだけどね」


「別にティシエラに何かしようって思っちゃいないぞ?」


「キミ自身はそうでも、ティシエラの方がキミから良くない影響を受けそうでね。初めてなんだよ。彼女が異性に興味を示したのは」


 ……そうなの?


「昨日話したように、私は子供が大好きでね。特に子供の純粋無垢な精神性には毎日『ごちそうさま』と言わずにいられないくらいお世話になってるものさ」


 何の世話だよ。気色悪い会話しやがって透明風情が。


「ティシエラはその中でも特に純粋なんだ。純粋に……本当に純粋に、魔法使いとしての自分を追求し続けている。いずれ彼女も大人になって私の目の届かない所へと行ってしまうんだけれど、それまでは今のままでいて欲しい。そう切に願っているんだ」


「大人が子供に理想を押し付けるのは感心しねーな」


「わかっているさ。だから彼女には何も言わないし望まない。あくまで私個人が勝手に心の檻の中で育んでいる気持ちに過ぎない。それに、ウィスと違って私は力でねじ伏せるつもりもないよ。あくまでお願いさ」


 確かに……ウィスとは違って俺への敵意は感じない。忠告と言うよりは本当にお願いなんだろう。


 敵じゃないのなら、ここは彼女に協力を仰いだ方が良いかもしれない。一刻も早く元の世界に戻る為にも。


「わかった。もうティシエラとは会わない。その代わりウィスをどうにかしてくれ。あの野郎、力尽くで俺を制圧しようとしてんだよ」


「らしい話だ。彼も常識人面しているけれど、その実態はかなり精霊に毒されているからね」


「……随分と精霊を目の仇にしてるんだな」


「そう聞こえたかい?」


 どうやら理由を話すつもりはないらしい。なら深追いしても無駄だろう。


「ま、何にせよキミの要望に応えるとしよう。キミがここを出て行くまでの間、護衛は引き受けたよ」


「宜しく頼む」


 恐らくこのメリンヌはかなりの実力者だ。少女時代のティシエラと再会できないのは残念だけど、心強い護衛を得たメリットの方が大きい。


「俺はこれからエヴィデップって宿屋に向かうんだけど……」


「おいおい。幾ら護衛を引き受けたからっていきなり宿に連れ込むなんて随分ケダモノだね。ケダモノの顔してるだけあるよ」


 えぇぇ……そういう冗談言うタイプ? 中性的な雰囲気だからその手の話とは無縁だと思ってたのに。


「仲間がその宿に拘束されてんだよ! 今から迎えに行くの!」


「知ってるよ。さっきのベルドラック氏との会話も聞いていたからね」


 でしょうね。その時はもうギルドにいたって話だったし。


 はぁ……ホント厄介なタイプだ。苦手なんだよなあ、この手の性格。情報通っぽいし色々聞いてみたかったんだけど、なんか何を話してものらりくらり躱される気しかしない。


「ティシエラはね、私達ソーサラーギルドの宝なのさ」


 かと思えば、向こうから話を始めやがった。このフリーダムな感じも苦手だ。


「あの子の母親の話を昨日したよね。移動がてら、その続きを教えてあげよう」


「確か魔法ジャンキーだったっけ」


「そう。魔法を使う事に快楽を覚える異常者。だがこれには裏があったのさ」


 ……裏?


 そもそも魔法に快楽を見出している時点で裏街道まっしぐらって感じなんだけど……更にリバースサイドがあんのかよ。ついてけねーぞ。


「ティシエラの母親は紛れもない天才だった。恐らく歴史上でも随一の才能を持っていたし、本人も向上心の塊だった。けれどソーサラーギルドには入らなかった。何故だかわかるかい?」


「余計な回り道はしないで早く答えをくれ」


 歩行しながらブツブツ独り言を言っている俺を、さぞかし周囲の人々は気味悪がっている事だろう。そんな俺を嘲笑うかのようなメリンヌの勿体振りには苛立ちを禁じ得ない。


 ただ同時に、真実を知っても良いのかっていう罪悪感も芽生えている。親の秘密を知人に知られるなんて決してティシエラの本意じゃないだろうし……


 けどここまで聞いて続きを聞かない訳にもいかない。


「彼女の才能を妬んだ同業者に潰される。そう感じたからなんだ」


 ……けど結局、聞かなきゃ良かったと思う内容だった。同時に、やけに納得してしまう解答でもあった。


「御存知の通り、このアインシュレイル城下町には突出した才能が集う。皆が天才と持て囃された者ばかりさ。けれどもね、そんな中でもやはりランクの差は生じてしまうものさ。並の天才もいれば突出した天才もいる訳だ」


 上には上がいる。当然の話だ。


 けれど……子供の頃から周囲を圧倒し天才の称号を欲しいままにしてきた人達にとって、自分よりも遥か上の存在なんて想像も出来ないだろう。


 そんな存在を素直に受け入れられる奴も当然いる。けれど、そうでない奴も少なくない。そういう連中は総じてプライドが高く、中には自尊心を守る為に手段を選ばない者もいるだろう。簡単な話だ。


「ティシエラの母親は魔法使いとして突出し過ぎていた。だから街に来た直後の彼女はソーサラー達に煙たがれ、疎まれ、一通りの洗礼を受けた。このままでは心が壊れる。そう考えた彼女は――――」


 ソーサラーギルドから遠ざかった。そういう訳か。


 それが賢い選択なのかどうか、俺にはわからない。ただソーサラーギルドに加入しない魔法使いが歴史に名を残す事はほぼない、ってのはなんとなく想像がつく。それこそ魔王でも倒さない限り。


 ティシエラの母親はそれでも気高く生きる道を選んだんだろう。その精神は娘のティシエラにも受け継がれて――――


「バカの真似をした」


 ……ん?


「幾ら天才でもバカなら出世できない。どれだけ魔法の知識があってもバカなら見下される。嫉妬の対象にはならない。そう考えた彼女は魔法を使う事に快楽を感じるという設定を……」


「ちょちょちょちょちょ! は? 設定?」


「そう、設定。自分の心を守る為、彼女は自分が魔法ジャンキーという設定を作ったのさ」


 まーた思ってたのと違うんだよなあ! 要らないよその戦略マジ要らない。作為的な魔法快楽者は正直寒いんですわ。


「それくらいブッ飛んだ人物ならドン引きされてイジメの対象にもならないと踏んだんだろうね。けれど残念な事に、彼女の演技が余りに上手過ぎてソーサラーギルドどころか五大ギルド全部からドン引きされてしまい、ギルドから永久追放されてしまったんだ」


「あーもう大惨事じゃねーか!」


「ティシエラはそんな母親を反面教師として、真っ当な道を進むと決めた訳さ」


 そうだったのか……想像以上に苦労してたんだなティシエラ。俺だったらそんな親とてもじゃないけど直視できない。ガチの魔法ジャンキーの方がまだマシだ。


「さて。作り話はこのくらいにしておいて」


「おい!」


「宿に着いたようだよ」


 メリンヌの指摘通り、目の前にはいつの間にかエヴィデップの看板があった。


 作り話……って事はないんだろう。要は他言無用、真相という形で他人に語るなと暗に訴えていると受け取るべきだな。


「にしても随分と事情通なんだな。幾ら同業者でもソーサラーギルドに入っていない人達の情報までそんな詳しく得られるものなのか?」


「私はこの街が大好きだからね。何でも知りたいのさ。この街の事は何でも」


 そう語るメリンヌは透明のままだから当然、表情も何もわからない。


 ただ……なんとなくだけど、そのメリンヌの言葉を聞いて記録子さんを連想してしまった。顔も声も全然違うというのに。


 あの人も多分、アインシュレイル城下町が本気で好きなんだろう。じゃなきゃあそこまで調べようとはしない。


「それじゃ、約束はしっかりと守っておくれよ」


「そんな一方的に言われてもな。こっちにも簡単に出て行けない事情があるんだよ」


「心配ない。この宿がキミ達にとって最後の過去だ」


「……え」


 その不可解な言葉を最後に――――メリンヌの声は聞こえなくなった。


 ……最後までよくわからない人だったな。全てを見透かしているような、それでいて過度な干渉は控えているような……そんな感じだった。


 とはいえ考察している暇はない。206号室だったか。とっとと向かうとしよう。


 初めて入る宿だけど、今まで利用したどの宿よりも大きい。そして高級だ。ちょっとした宮殿だな。


 取り敢えず受付に話を通そう。



「ベルドラック……さんからこのナイフを預かって来ました。彼の泊まっている部屋に置いてある荷物入れにこれを直すよう頼まれまして」


「左様でございますか。部屋番号は聞いていますか?」


「206号室です」


「事情はベルドラック様から承っております。どうぞお入り下さい」


 厳格そうな宿の割に、アッサリとルームキーを手渡して貰えた。

 

 恐らく事前にベルドラックが『自分を訪ねてきた相手がいたら部屋番号を聞いて、合っていたら通して良い』とフロントに伝えていたんだろう。というか、これで通されなかったら部屋番号教えられた意味がないからな。


 206号室は……あったあった。にしても各室の扉と扉の間が随分と離れてるな。それだけ室内も広い証拠だ。


 ここを開ければシキさんがいる。それは確定事項だ。ここまで来て不在でした、は流石に滅入る。入れ違いって事もないだろう。


 ……なんか微妙に緊張してきたな。宿の一室でシキさんと落ち合うこのシチュエーションに妙な背徳感を覚えてしまう所為だろうか。いやー実際なんかいかがわしいシチュっすわ。これ言ったらシキさん本気でキレそうだから言わんけど。


 さて、そんなバカな事を考えている間に多少緊張も解れた事だし、とっとと合流しよう。


 取り敢えずノック。


「シキさん俺俺。トモだよー。いる?」


 返事は――――


「……どうぞ」


 一応あったけど声がやけに小さいな。というか殆ど聞き取れなかった。


 それでも辛うじて入室許可は確認できた。鍵を……あ、開いた。向こうが内側から開けてくれたのか。それじゃ堂々と入るとしよう。


 一日振りだというのに、とてもそうは感じられなかったシキさんとの再会。


 扉を開けると、思わず固まってしまった。



「ぼーっとしてないで、入れば?」



 ――――彼女の身体は、ビックリするほど子供だった。 






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