第461話 透明

 何故ベルドラックがシキさんのナイフを……?


 野郎、まさかシキさんを――――


 いや待て落ち着け先走るな。まだ何も確定しちゃいない。そもそも俺の力でこの人類最強クラスの男に殴りかかっても意味がないんだ。


 今は……耐えろ。


「君にしちゃ随分小振りな得物じゃないか。心境の変化でもあったのかい?」


「こいつは俺のじゃねェんだよ。まァあり得ねェとは思うがな、なんでも未来から来たって奴の持ってたモンさ。念の為、その信憑性を探って貰おうかと思ってな」


 ……そうだ。冷静になればこの状況の背景も見えてくる。これは決して悪い事態じゃないんだ。


 ウィスの仲間が本当にシキさんの身柄を拘束していたのなら、その仲間ってのはこのベルドラックで間違いない。元グランドパーティの仲間で、ヒーラー温泉を調べに行く時にも一緒にいたんだ。普段から行動を共にしているんだろう。


 となると、奴がシキさんからナイフを取り上げるのも当然の流れ。そしてそのナイフをわざわざ鑑定に持って来たって事は、シキさんが未来人だって事を聞かされ、それを鵜呑みにしてはいないが門前払いにもしていない証だ。ならシキさんに危害を加えている事は万に一つもないだろう。


 シキさんは無事だ。それがわかっただけでも大収穫。


 だから……慌てるな。


 このベルドラックにどうにか取り入って同行する事が出来れば、自ずとシキさんと再会できる。11年後の奴はかなり取っ付き難い感じだったから簡単なミッションじゃないが……やるしかない。


 ただし、上手く行った場合でも高確率でウィスとも出くわす事になる。奴と遭遇する前に術式の定義破壊を実現できればベストなんだけど、そう都合良くいく訳ないもんな……


「随分とメルヘンチックな依頼だ。僕の趣味から大きく逸脱してるねえ」


「まァそう言うな。俺はこの型のナイフを一度も見た事がねェんだ。一応、この国に流通してる武器は一通り把握してるつもりなんだがな」


「元ヒーラーが冒険者になる為の努力、ってやつか。ヒーラー連中の暴走で君まで悪く言われている現状だけは素直に同情するよ」


 嘆息交じりにジスケッドは心のこもらない言葉を紡ぎ、受け取ったナイフをコレットの足下に放り投げた。幾ら鞘に収まっているとは言え刃物を子供の前に投げるなよ……ここに子供好きのメリンヌがいたら修羅場だったぞ。


「面倒だから纏めて鑑定してやるよ。そうすれば鼻血を出すのも一回で済むしな」


 若干頭に上った血を首ストレッチで循環させている間に、ジスケッドはさっさと鑑定を始めていた。No.2を自称するだけあって仕事が早い。


「……」


 コレットは大人達の言っている言葉の意味を理解はしていたらしく、黙ったまま微動だにしない。総じて子供の頃の方が飲み込みが早いですよね君。


 果たして鑑定結果は!


「ナイフの方は特に変化はない……みたいだ。改造した形跡はない」


「おいおいマジかよ。だったら本当に未来の武器の可能性は消せねェな」


 苦笑しながら床に置いてあったシキさんのナイフを拾い、ベルドラックは武器屋から去ろうと背を向ける。



 そこで――――恐らく何かが起こった。



「……」


 明らかにジスケッドの様子がおかしい。ワッツインルーペの後遺症で鼻血を滴らせているが、おかしいのはそれじゃない。


 さっきまでの余裕綽々の態度が一変し、常に困惑した表情を浮かべている。その視線の先にいるのは――――コレットだ。つまりコレットの方には何らかの変化が見られたんだろう。


 とはいえ怪盗メアロが化けていたって可能性はゼロだ。俺なら奴の変装はある程度見抜けるし、何より本当に怪盗メアロがこのチビコレットの正体だったら鑑定を受ける前にとっとと逃げ出しているだろう。鑑定士から正体を見抜かれるなんて屈辱、奴が甘んじて受けるとは思えない。


「おい」


「……ん? 俺?」


「そりゃ君だよ。悪いけど暫くそこに留まって貰おうか」


 急になんだよ。ここをキャンプ地としろってか? 冗談じゃないよ。


「冒険者のお二人もそのままで……はい、その姿勢で暫く待っていて下さい。怪しい動きをしないようお願いします」


 急に丁寧な言葉遣いになったジスケッドから、真剣さと事の重大さが伝わって来る。本当に冗談ではなさそうだ。 


「本来なら、責任者のアリエナス神父に問いかけなければならないところだが彼は不在だ。だから代理として君達に問う」


 ゴーグルの奧にあるジスケッドの目が一瞬――――獰猛な光を宿したように見えた。



「君達は一体ここに"何を"連れて来た?」



「……?」


 なんだその質問は。まるでコレットが人間じゃないような言い草じゃないか。


 奴の目に一体何が映ったってんだ……?


「随分と神妙だな。らしくないんじゃねェか?」


「歓迎しなかった事を謝罪するよベルドラック。君がいてくれて良かった。是非意見を聞きたい」


 ベルドラックが眉を顰める。余程珍しい事態なんだろう。更に緊迫感が増してきた。


 果たして――――



「彼女の正体が『透明』だった場合、君ならどう判断する?」



 透明……?


 全く想定していなかった答えだ。透明って要するに……


「そのゴーグルで覗いたら、このガキの姿が消えたってか?」


「ああ、その通りさ。影も形もない。ワッツインルーペは本来の姿を映し出す。つまり"見えていない"この状態こそが彼女の本質って事になる」


 ついさっきまで透明化していたソーサラーならいた。でもそのメリンヌの透明とは意味合いが違う。彼女は魔法で姿を消していたに過ぎない。


 それに対し、この11年前のコレットは正体が透明人間……って解釈にならざるを得ない。これは余りに意味不明だ。少なくとも俺の知るコレットにそんな性質は存在しない。


「透明が真の姿、ってなァ中々シャレが効いてやがるが……要は幽鬼種のモンスターみたいなモンか?」


「確かに幽鬼種の中には人間が目視できないタイプもいるね」


 随分な言われようですねコレットさん。そりゃ将来ちょっとだけ病んだり悪魔の羊になったりするけども。モンスター扱いされるのは友達的にも心外だ。


「……?」


 まあ当の本人はなんのこっちゃわからずポケーってしてるんだけど。子供には難し過ぎる話だから仕方ない。


「けどよ。この街には聖噴水があるんだぜ? モンスターなら入り込めやしねェだろ」


「いや。人間に化けてさえいれば入り込める。聖噴水にはそういう抜け道があるんだ」


 ……おいおい。


 マジかこいつ。


 確かにその抜け道は存在する。シャルフのように、城下町内で活動していたヒーラーの中に人間へと化けていたモンスターがいたのを俺はこの目で確認している。ジスケッドの言っている事は正しい。


 だが何故、11年前のこの段階でそれを知っている……?


「……おい。今の発言は無視できねェぞ」


 ベルドラックは眉間に皺を寄せ、元々辛気臭い顔を更に張り詰めさせている。奴にとって今のジスケッドの言動は寝耳に水だったらしい。


 となると尚更、ジスケッドがそれを知っている不自然さが際立つ。


 この件は言うなれば聖噴水の重大な欠陥だ。実際、11年後の世界では今も対策に追われている。あの時初めて明らかになった未知の落とし穴だったからだ。


 幾ら鑑定士とは言っても、この時点で知っているのは不自然過ぎる。しかも元ヒーラーで冒険者のベルドラックが知らなかったって事は、間違いなく五大ギルドと情報を共有していない。


 こいつ……何者だ?


「予想か? それとも確信なのか? 今の物言いじゃ後者みてェに聞こえるが……」


「嫌だなあ、ベルドラック。ただの失言さ。勿論懸念だよ。そういう抜け道があるかもしれない、と言いたかったんだ」


「試した事はねェんだな?」


「ある訳がないだろ? そんな人類への裏切り行為を」


 仮にジスケッドがこの抜け道を知っていたとすれば、それはモンスターと結託して侵入方法を模索していたとしか考えられない。モンスターの協力抜きでは決して試せない方法だからな。


 11年後ではファッキウ達が性転換の秘法を教えて貰う代わりにこの方法をモンスター側に教え、潜入の手引きをしていた。モンスター達は行方不明になっている魔王を探していて、城下町に入りたがっていたから利害の一致があった。


 けど……ファッキウ達がどうやってこの方法――――モンスターが人間に化けて侵入するって方法に辿りついたのかは不明のままだった。というか単なる閃き、思いつき程度にしか考えていなかった。


 先駆者がいた、なんて思いもしなかった。


 まさかこの男が、ファッキウ達の暴走より遥か以前からモンスターを城下町に招き入れていたっていうのか……?


「今は僕の事なんてどうでも良いだろ。それよりもこの娘の正体だ。見えない人間なんてあり得ない。そうだろ?」


「そいつは言えてるが……少なくともオレはそのガキがモンスターとは思わねェよ」


 ……今度はなんだ?


 ベルドラックの身体から光が溢れて、室内全体に広がって行く。心なしか……身体が軽くなった。


 これはまさか――――


「見ろよ。オレの回復魔法を浴びても何の反応もしやがらねェ。アンデッドならそうはいかねェぜ」


 やっぱり回復魔法か! 確かパーチって名前だったっけ。ヒーラー騒動の時に王城を囲んでたアレと同じ魔法だ。人に対して使うんじゃなく特定の空間に対して回復効果を与える、回復スポットみたいなやつだった。


 回復魔法でアンデッドかどうかを判断した訳か。元グランドパーティの一員だけあって機転が利きやがる。


「このガキを連れて来たのはテメェらだろ? 心当たりはないのか?」


 ジスケッドが何の見解も示さない為、ベルドラックはこっちに話を振ってきた。


 色々あって頭が混乱してきたけど、この機会を活かさない手はない。


「心当たりはない。けど、少なくともコレットは人間だ。それは間違いない」


「コレットってのはこのガキの名前か。で、お前さんはそのコレットの何なんだい?」


「11年後の友人だ」


 そう告げた瞬間、ベルドラックは露骨に顔を歪め、右手の親指で眉間を抑えた。彼なりに頭の中を整理したいんだろう。その気持ちはわかる。恐らくシキさんと俺を結びつけた筈だ。


「未来人を名乗る人間と同じ日に二人出会う確率はどれくらいだ?」


「天文学的数字だろうな。その二人が他人同士なら」


「……ま、そうなるわな」


 呆れ気味にそう告げたベルドラックは――――シキさんのナイフを俺に投げて寄越した。


「道理でそのナイフを見た瞬間殺気立った訳だ。お前さん、弱いんだろ? その割には迫力あったぜ」


「そいつはどうも」


 耐えたつもりだったけど抑え切れてなかったか。まあ良い方に転がったから良しとしよう。


「テメェらが未来人だろうと何人だろうと構いやしねェよ。ウィスにゃ悪いが女をいつまでも一所に匿う趣味もねェ。【エヴィデップ】って宿屋の206号室だ」


「宿屋でどうやって監禁してたんだ?」


「してねェよ。そのナイフが人質代わりさ」


 この武器を取られたからって大人しく留まってるかあ? あのシキさんだぞ?


 何か裏がありそうな気がする。シキさん、確かベルドラックと知り合いだったし。


 ……元カレって事はないと思うけど。


「さてジスケッド。少し付き合って貰うぜ。何、時間は取らせねェよ」


「はぁ……まあ良いさ。君にしちゃ珍しく情熱を感じさせる顔してるし、しっかり弁明させて貰うとするよ」


 どうやら場所を変えて詰問する様子。勿論、興味がないと言えば嘘になるけど……今はシキさん最優先だ。


「あの、我々はどうすれば……」


 使者の二人は状況が呑み込めず、ずっと困惑顔のままオロオロしている。彼等にしてみれば神父はいなくなるわ濡れ衣を着せられそうになるわ散々だったな。


「コレットの鑑定結果ですけど、神父には鑑定アイテムが故障したと伝えておいて下さい」


「はあ……しかし」


「少なくとも怪盗メアロの変装じゃなかったんですから、それで良しとしましょうよ。これ以上面倒事に巻き込まれたくはないでしょ?」


「……わかりました。では暫く自由行動という事で。以降の事はアリエナス神父と合流してから話しましょう」


 アリエナス神父と行動を共にしてきた彼等のストレスを思えば、この返答は予想通り。これで俺も自由に動ける。


 まずはシキさんと合流を――――


「どこ行くの」


 ……と。


 その前にこのコレットをどうするか考えないとな。


 勿論、幼いコレットを一人でいさせる訳にはいかない。かといって冒険者ギルドの使者達に預けるって選択肢もない。彼等をそこまでは信用できない。


 連れて行っても別に問題はないけど、万が一ウィスや精霊王とエンカウントした場合の事を考えるとな……


 適当に宿取って、そこに待機して貰うしかないか。


「この街に一緒に来た仲間がいるんだ。その人と会おうと思う」


「じゃあ手土産買う」


 ……コレットさん?


「印象よくしたい」


「いやそういう事じゃなくてね? コレットには他の所で待ってて貰おうかと」


「邪魔?」


「いや邪魔とかじゃなくてだな……俺といると危険というか」


「修羅場?」


 この子なんかアレだな! 育て方間違ってやしないかい御両親!


「そうじゃない。そうじゃないんだ。いいかコレット、よく聞くんだ。俺は特定の人物に命を狙われているから街中を移動するのは危険なんだ。コレットを巻き込みたくないんだよ」


「言い訳長い」


 まー嫌な子供だ事! なんだか少しずつ大人コレットの片鱗が見えてきましたね!


「つーか、なんで俺の仲間と会いたがってんの?」


「見てみたい」


 ただの好奇心か……そりゃそうだよな。子供だもんな。


 けど安全と引き替えにしてまで満たすものじゃない。


「わかった。後で連れて来るよ。それで良いよな?」


「手土産は?」


「俺が買っておくから!」


 子供コレットは大人コレットとは違うタイプの面倒臭さだった。


「あのね。あともう一つ」


「おう。なんじゃい」


「一緒に街をお散歩したい」


 おぉ……ンだよ。可愛いトコもちゃんとあるじゃねーの。そう言われりゃそりゃ悪い気はしないよね。愛いヤツめ。


 まあ、将来その部分がどんどん依存的になるのはどうかと思うけど。


「わかった。約束する」


 生憎、この世界に指切りげんまんはないし、それに該当する定番フレーズもない。


 だから握手だ。


「約束」


「ああ。一緒に街を見て回ろう。楽しみだな」


「……うん」


 素直に頷くコレットに少しだけ胸が痛む。


 ごめんな。出来れば俺はお前と再会しないまま元の時間軸に戻るのが望ましいと思ってる。これ以上、情が移るのも良くない気がするし。


 でもそうなると、ワッツインルーペにコレットの姿が映らなくなった理由はわからず終い。


 それだけは心残りだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る