第460話 変態も徹底すると一種のダンディズムだな

 神父達が乗ってきた高級馬車は乗合馬車と比べると格段に乗り心地は良く、特に俺達を運ぶ馬車馬の質の高さが際立った。荒ぶるでもなく怠けるでもなく、最小限の振動で最大限のスピードを確保。こりゃプロの仕事だ。名刺とか持ってないかな。


 そんな訳で――――帰ってきました城下町。尚、特に感動はない。一日振りですから。


「まずは鑑定ギルドへ向かう。君の言うように、この娘が怪盗メアロの変装だとしたら一刻も早く見破らねばならぬ。私の秘蔵コレクションは決して他人に見せて良い物ではないのだからして!」


 この力説っぷりからして、どうせ春画とかポルノ小説の類なんだろうな。この世界にアダルトグッズとかエロ本はないからね。


「ところで君。何故そのようなマスクを被っているのかね?」


「……ちょっと逆恨みされてる知り合いがここにいるもので」


 気休めなのはわかってるけど、今の俺が素顔のまま城下町に入るのは危険極まりない。変装くらいはしておかないとな。


 幸い、コレットの家にユニコーンの被り物があったんでそれで顔を覆い、コレット母に香水を使わせて貰って匂いも消している。何故ユニコーンの被り物があったのかは知らん。選挙の時、コレットがついバフォメットマスクを被ってしまったのは実家にこの手の物があって懐かしかったのかもしれない。今となってはどうでも良い種明かしだ。


 にしてもこの手の被り物って何で目が総じてバッキバキなんだろう。ユニコーンにこんな強面のイメージないんだけどな……


「つの」


「おう。ユニコーンだからね。そりゃ角くらい生えてるさ」


「折りたい」


「おいやめろ。個性が死ぬだろ」


 幼いコレットは何故か俺に懐いたらしく、会って二日目にして既に遠慮がない。年代が違っても簡単に打ち解けられる辺り、お互い馬が合うんだろう。ユニコーンだけに。


「鑑定ギルドが見えて来ました」


 冒険者ギルドの使者が指差す先には――――11年後と同じ場所に同じ建物が建っていた。


 この頃から既に鑑定ギルドは纏まりがないらしく、ギルマスもコロコロ変わっていると言う。恐らくパトリシエとは別の人間が代表を務めているだろう。


 No.2のジスケッドは……イマイチ年齢が掴めなかったな。20代にも見えたし40くらいでもおかしくない。仮に後者なら恐らくギルドにいるだろう。


 まあ、流石にこの時点でNo.2って事は――――



「僕はジスケッド。鑑定ギルドのNo.2といったところだ」


 ……マジかよ。こいつ何年No.2やってんだ?


 とはいえ鑑定ギルドは個人経営の寄せ集めみたいな事言ってたしサブマスターも置いてないらしいから、No.2ってのも自称かもしれない。


「僕では不満かい? そう顔に書いてあるよ。アリエナス神父」


「ほう。この私を知っているか」


「勿論だよ。貴方ほどの不良神父はレインカルナティオどころか世界各国にまで知れ渡っているさ」


 ……あれ? もしかしてこの神父って結構大物? とてもそんな感じには見えないんだけど……


「若い頃は随分無茶をしたそうじゃないか。僕もその武勇伝には胸をときめかせたクチでね」


 なんか……思ってたのと違うな。こう言っちゃなんだけど、この神父さんには最後までフザけた存在でいて欲しかった。要らないよシリアス要素とか大物要素。生臭坊主の分際で生意気な。


「ならば私の執筆した自叙伝には目を通したかね?」


「ああ。純粋に読み物として楽しませて貰ったよ。経歴を医者と詐称して口説いた女性が実は医療機器営業のプロだったって話には唸らされたもんさ」


 期待通りの意味での大物だった!


 よく切り抜けられたな……つーか神父が当たり前のように経歴詐称すんなし。


「いよぉ~し。私の自叙伝にまで目を通している君の目を信じよう。この娘を鑑定して欲しい」


 大分持ち上げられて気持ち良くなったのか、終始ニヤケ面の神父は若かりし日のジスケッドに仕事を任せるつもりらしい。


 まあ、俺が口を挟む問題じゃない。どうせこのコレットが偽物な訳ないんだし、誰が鑑定したところで結果は既に見えている。


「この娘か……」


 ジスケッドに睨まれたコレットは、特に怯えるでもなく普通に佇んでいる。こういうのは怖がらないんだよな、こいつ。


「余り情熱を感じないね。僕は生きる事に必死な人間を好んでいるんだが……もっとこう、人間讃歌を全身でしゃくり上げるようなオーラを出してくれないか」


「?」


 コレットは意味がわからずキョトンとしている。斯く言う俺も全くわからん。こういうところは11年後と変わらないんだなジスケッド。


「少し時間を貰いたい。構わないな?」


「良かろう。私も長旅で随分と疲れていてな。娼館で一発抜いて貰おうと思っていたところだ」


 ……おいちょっと待て。今到底信じられない言動があったぞ!


「ん? 何だねその顔は。まさか君、この私が娼館で気持ち良くして貰う事に不服でもあるのかね!」


「あるに決まってるだろ頭腐ってんのかアンタ!! 何処の世界に真っ昼間から『娼館で一発』とか公言する聖職者がいるんだよ!!」 


「古いな」


 ……古い?


 そりゃ外見に反して30代だけれども。この老いに老いたジジイが言うに事欠いて『古いな』……?


「聖職者が性行為を連想させる言動をする事に対し、汚らわしく感じる者が一定数いるのは理解しよう。だが所詮は過去の価値観よ。聖職者とて性欲はあるし異性とまぐわいたい夜もある。ならば隠蔽するよりも率先してこれが現実と一般市民に伝える事こそが心の清廉さに繋がると思わぬか?」


「いや、何でも正直に話すのが現代風って訳じゃないでしょうよ……そこはちゃんと聖職のイメージ守らないと。性事情についてはガチガチの保守派で良いでしょ」


「あり得なぁーーーい! 人間の役割は数あれど! 子孫を残す事はいつの時代も極めて重要でしょぉ!? ならばそれを実現させる性行為に対して我々は常にカジュアルであるべきだと思わぬか!?」


 なんでそんなにエロに対して必死なんだこのジジイは! 年寄りが真剣な顔で終始下ネタ言うのマジ気分悪いわ……朝一の女帝よりキツい。


「まさかアンタ、エロい儀式を推奨するタイプの宗教やってんじゃないでしょうね」


「異な事を。我々の宗派は酒池肉林にこそ寛容だがそれとこれとは話が別。神は万物に己のマギを分け与えるという基本理念を掲げた由緒正しきメグマギ教を広める為に日々活動に勤しんでおる」


 ……前半はともかく後半はなんかフツーだな。少し拍子抜けしてしまった俺は相当この世界に毒されてるんだろう。


「全く、勘違いも甚だしい。メグマギ教は性行為を積極的に推奨している訳ではないのだよ」


「じゃあアンタのその仕上がりは何なんだ」


「神はあらゆる者に対し平等にマギを分け与えるのだ。堕落していようと肉欲に溺れようと生涯一人としかヤラず命を終えようと何も変わらない。なれば己の性欲に対し誠実である事こそが最もクレバーな生き方に決まっておろう!」


 そういうのをクレバーとは言わんだろ。


「兎にも角にも! 私はこれから娼館へ向かうこれ決定事項であるからして口答えは許さぬぞぉー! 何しろ推している娼婦がこの時間帯にしかいないレアっ娘なのでな! グフフフフフフあり得ぇへへへへーーーーるっ!」


 アリエナス神父は上機嫌な雄叫びをあげて鑑定ギルドを出て行った。


 その奔放な姿に、冒険者ギルドの使者も若きジスケッドも当惑を禁じ得ない。そりゃそうだ。急にトチ狂ったとしか思えんだろ何だこの有様は。


「……で、結局僕に依頼するという事で宜しいんだな?」


「はい。神父の御判断である以上、我々に覆す事は出来ないので」


 あんなのがそこまでの立場にいるのか……この使者達も大変だな。


 それにしても、あんなブッ飛んだ神父が11年後全く耳に入って来なかったのは妙な話だ。まあそこそこ高齢だし、数年後に腹上死でも遂げたのかな。それならそれで伝説になってそうだけども。


「なら二日後だ。明後日のこの時間に来ると良い。それまで彼女は僕が預かっているから」


「いやダメに決まってるだろ! こんな幼い子供を二日間も拘束? 道徳心とかないんか」


 何故か俺の中にコレットに対する庇護欲のようなものが芽生えたようで、半ば無意識下でコレットを庇うような位置に立っていた。


「へぇ……良い眼をしているな」


 それは俺の眼じゃなくこのユニコーンマスクの血走った眼では?


「この僕がマスク如きに惑わされるとでも? ほら、マスクを取ってごらん。いや僕が脱がせてあげよう。ほぉら、真剣にこの娘を心配している眼だ。決してポーズじゃない。気に入ったよ」


 ……こいつ11年後にも増して気持ち悪いな。あれでもマイルドになった方だったのかよ。嫌な事知っちゃったな。


 にしても俺、過去に来てからやけに高い評価を得てるよな。ウィスにも嫌な事言う天才扱いされるし、精霊王にまで目を付けられるし。


 なんか……釈然としない。まるで俺の周囲に認められたい願望がそのまま現れてるみたいじゃないか。


 この世界が現実だったら、多少は戸惑いながらも受け入れられたかもしれない。けどここはほぼ間違いなく作り物……それも紛い物の世界。そうなってくると、このやたら俺が高評価される展開の連続には悪意すら感じる。


 自分への評価に対して、俺は客観的に判断できる自信がある。それは謙遜とか謙虚さとは全く違っていて、自分が他人にどう見られているかを正しく判定しないと自分自身が安っぽい人間になるっていう危機感に由来するもの。余り処世術ってものに関心がなかった生前にも、その手のアンテナは常に張っていたつもりだ。


 だから自信を持って言える。このジスケッドが俺を本気で高評価しているなんて事はない。


「特別だ。今すぐ鑑定してやろう。結果もすぐに出る」


 ……は?


「いや二日掛かるんだろ?」


「普通の鑑定方法ではな。だがコストやリスクを度外視して高価な補助アイテムを出し惜しみせず使えば大幅に時間短縮できる。一流の鑑定士は常に奥の手を持っているものさ」


 それをわざわざ使うってのか? けど、それだと鑑定料が……


「鑑定料は通常料金で構わない。僕は気に入った相手には常にそうしている。それが人生さ」


 ……あれ? これマジで気に入られてる? それはそれで不気味過ぎて嫌だ……


「これを使う」


 どうやら本気で鑑定するらしく、ジスケッドは自分の机から色々と道具を取り出し、その中の一つのゴーグルを翳してみせた。


「【ワッツインルーペ】と言ってね、これを掛けて対象を眺めると本来の姿が映るんだ。魔法、スキル、アイテムなどの変化全般に有効な万能アイテムさ。当然偽装も見破れる」


「そんな便利な道具があるんだな」


「ただし条件があって、対象が大きく動くと効果が現れない。暫くの間じっとして貰う必要がある」


 成程。協力関係にない相手には使えない訳か。


 変化を見破るなんて、敵対関係にない相手にはまずやらない行為。そういう意味では使い所が難しいアイテムと言えそうだ。


「この子が本物か、それとも誰かが化けているのかを鑑定すれば良いのだろう? ならばこれで十分だ」


「確かに十分だけど、だったら何で出し渋ったんだよ」


「掛けると副作用があるんだ。絶対に鼻血が出る」


 ……こりゃまた地味に嫌な副作用だな。


「万が一、事情を知らない人間に見られてしまっては体裁が悪いだろ? 特に今回のようなケースでは、まるで女児相手に服が透けて見える眼鏡を掛けてまじまじ眺めているように映ってしまう。そんな噂を流されようものなら商売あがったりさ」


 幾ら建物内でも、最悪なタイミングで訪問者がないとも限らないしな。なんつーか絶妙な嫌がらせって感じの副作用だな。


「それと根本的な問題として正体が武闘派だった場合、見破られた瞬間に攻撃されるリスクもある。今回はその心配が不要なケースだからこそ使える手段だ」


 ……ん?


 なんだろう。今のジスケッドの発言には違和感があった。けどその正体がわからない。


 幾ら武闘派だろうと、見破られて激昂する事はない……とか? うーん……なんか違うような……


「鑑定に必要な時間はどの程度でしょうか?」


「対象の情報量に比例する。例えばマギが膨大な量だった場合は相応に時間が掛かる。彼女は子供だから、そう掛からないでしょう」


 ……まただ。


 なんか引っかかる。特におかしな事を言っている訳じゃないし、ごく普通の説明としか思えないんだけど……妙にスッキリしない。


「では早速鑑定を始めよう。悪いが少しの間だけじっとしていてくれないか?」


 そう言われたコレットは、何故か俺の方に視線を向けて来た。


 もしかしたらコレットも俺と同じように――――



「邪魔するぜ」



 ……っと。


 このタイミングで他の客が来たか。案の定だったな。もし鼻血を出している時だったらヤバかったな。


「このナイフを鑑定してくれねぇか? 少々曰く付きで……お、先客か。珍しいな」


 あれ?


 この渋い声ってまさか……


「悪いねベルドラック。急ぎなら他を当たってくれないか?」


 やっぱりか! 辛気臭そうな顔は過去でも変わらないのな。


 けど11年後とは身体の厚みが違う。ヒョロガリって訳じゃないけど、この時代のベルドラックは筋骨隆々って感じでもない。


 そういえば昔はヒーラーだったって話だったな。でも結構重装備だし、剣も腰に差している。回復係の装備とは考え難い。


「急ぎっちゃ急ぎなんだが……信用できねェ所で見て貰ってもな。時間掛かるのか?」


「多少は待つ事になるよ」


「なら待たせて貰うぜ」


 ベルドラックは口の端だけ吊上げ、入り口付近の壁に寄りかかって腕を組んだ。


 にしても、ベルドラックに対して余りに素っ気ないなジスケッド。この時代のベルドラックは流石にレベル69じゃないだろうけど、雑魚って雰囲気は微塵もない。多分それなりに場数を踏んだ戦士の佇まいだ。


 なのに何故――――


「前々から言っているけど、僕は情熱のない人間は嫌いだ。そんなスカした態度でいる限り僕の気は乗らないよ?」


「構わねェよ。嫌われるのには慣れっこさ」


 何処までも己の好みに素直な奴だ。あれだな。変態も徹底すると一種のダンディズムだな。変態性低気圧が台風になるみたいな。俺何言ってんだろ。


 にしても、この言動から察するに……どうやらヒーラーの経歴自体は既に知られているらしい。11年前から嫌われ者だったのかベルドラック。大変だな。


「……一応、先に対象だけ見ておくよ。ナイフだったかい?」


「ああ。この黒いナイフなんだが」



 そう告げてベルドラックが見せたそのナイフは――――



 シキさんの愛用品だった。



 


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