第459話 レベルって何の為に認定してんの?

 今更だけど、この世界における『レベル』って概念は割と曖昧だ。


 いや、定義そのものは至ってシンプルなんだ。マギソートっつー測定用の魔法の石板でマギの総量を測定して、その数値に相当するレベルを認定するってだけだから。曖昧どころかこの上なく明瞭だろう。


 ただし当然、『じゃあレベルって何の為に認定してんの? マギの総量をそのまま数値化するのと何が違うの?』って疑問は沸いてくる。実はここに、冒険者ギルドと他のギルドとの軋轢の歴史がある。


 元々レベルという概念自体は『一般市民に向けて冒険者のクオリティをわかりやすく示す為の数字』だったらしい。純粋な戦闘力だけじゃなくモンスター討伐数、冒険したフィールドの総面積や踏破したダンジョン、入手したお宝の質と量……などを総合し、冒険者ギルドのギルマスが独断で決めていた。


 けれど時代は流れ、終盤の街ことアインシュレイル城下町に最強クラスの冒険者が屯するようになって、冒険そのものが画一的かつ閉鎖的になってしまった。要するに城下町を拠点とした冒険なんてどうしても範囲は似通ってしまうから冒険者ごとの差異が余り生じなくなってしまった訳だ。


 その為、レベルを判定する要素が次第に減っていき、またギルマスの一存でレベルを決定する事にも疑問の声が挙がった事で、じゃあシンプルにしましょうという話になりマギの総量だけでレベルを認定する現在のスタイルが確立されたそうだ。


 ちなみにソーサラーギルドにもレベルの概念自体は存在しているけど、冒険者ギルドとは定義が大きく異なる。ソーサラーの場合は逆に年々複雑化の一途を辿っているそうで、以前は魔法使いとしての戦闘能力に特化していたものの、現在はレベル毎に試験を設け、試験専用の部署まで作る力の入れようだ。


 ただし、ソーサラーギルドでは自分のレベルを誇示する事は推奨していない。これはティシエラがギルマスになる前からの風潮で、何かとオープンにしがちな冒険者ギルドとは真逆の道を歩んでいる。あくまでソーサラーギルド内で共有する数値であり価値観、って事らしい。


 だから一般的に『レベル』っつーと冒険者のレベルを意味し、同時にマギの総量がどれくらいかの水準かを示す数値でもある。


 マギの総量は必ずしも冒険者の素質とイコールじゃないが、純粋な戦闘力に直結する数値だしモンスターを倒す事で増加するなど冒険者の格を示す上で都合の良い点が多い。だから現在、不満の声は全くと言って良いほど挙がっていないそうだ。


 そういった背景もあり、マギの総量が高そうな子供に対しては周りの大人がレベル測定を積極的に促し、冒険者ギルドも推奨している。冒険者は人類の悲願である魔王討伐を最終目的とした職業の為、出来れば素質のある奴になって欲しいという無言の圧力が存在するそうだ。


 特に魔の者を嫌う聖職者はかなりスカウティングに積極的で、中には冒険者ギルドと結託……もとい協力して有力な若者をスカウトして回っているという。


 今回、冒険者ギルドの使者と共に豪華な馬車でコレットの実家を訪れた聖職者のアリエナス神父もその中の一人だが――――



「きっ……君! 大人しくするのだ! 何故そんなスピードで我々から逃げ回るのだい!? あり得なぁーい!」



 俺の指示通り逃げ回るコレットに随分と手を焼いている様子。宗派とかは全くわからんけど、サンタクロースと某揚げ鳥肉爺さんを混ぜたような容姿だ。


「コレット君、一旦落ち着こう。私達は君を不幸にしたい訳じゃない。明るい未来を照らしたくてここへ来たんだ」


 冒険者ギルドからは二人が使者としてやってきた。その内の一人は今もコレットを追い掛け回しているけど一向に捉えられる気配がない。当然だ。レベル78の才能を持ったコレットがスピード特化のステータスになってるんだから。


「ご、御両親! これは一体どういう事なのですかな!? あり得なはぁーい!」


「いや……私共も何が何やら」


 コレット父も困惑を隠せずにいる。娘がここまで露骨に拒否反応を示したのは恐らく初めてなんだろう。


「しかしアリエナス神父。あの逃げ回る動き……到底一般人の子供とは思えませんぞ」


「うむ。うむうむうむ。やはり噂は本当だったのだ。あの子は神童……難攻不落の魔王を打ち倒す為の最終兵器となり得る器と見たぞ! あり得ぇーる!」


 元気だな神父。もういい歳だろうに。


「しかしこのままでは埒が明かぬ。父君よ説得してみてはくれぬか? 我が説法は子供には殆ど効果がないのだ。皆口を揃えて眠ーいだのつまんなーいだの言いおる。あり得なははぁーい!」


 この神父の場合、寧ろ人気者になりそうなもんだけどな。子供達が真似しそうな口癖持ってるし。


「わかりました。コレット! 我が愛しのコレット! 父の話を聞いてくれ!」


 親からの懇願。普段のコレットなら耳を傾ける事だろう。


 けど今のコレットは俺の話を信じ、逃げ切らないと両親が悪魔に憑かれると思い込んでいる。父親の言う事でも聞き入れはしないだろう。


「……ダメです。逃げるのに夢中で私の声すら届いていない。これはもう絶望です」


「絶望が早過ぎますな! あり得なはははぁーい!」


 極度の人見知りでネガティブ。どうやら父親のDNAは娘にしっかり受け継がれているらしい。


 対照的に母親の方はずっと静観している。この人、何考えてるのかイマイチわかんなくて怖いんだよな……


「良いですか良いですか? 我々人類は魔王を倒さねばならぬのです! 異形の気色悪いモンスター共が大地を我が物顔でのさばり空を我が物顔で舞い海を我が物顔でバシャバシャしてるのは何故か!? 魔王がいるからでしょおー! 魔王さえブッ殺してしまえば奴等は統率を失い散り散りになるのです! 我々人間がこの世界を支配できるのですよ! 魔王やっつけなきゃ! その為には活きの良い人材が一人でも多く必要なのだ! 必要なのだお!」


 ……言ってる事は間違っちゃいないんだろうけど、聖職者のイメージとは大分かけ離れてるなアリエナス神父さん。年の割に血気盛ん過ぎる。血管切れそうじゃん。


「だからホラ言うのだ! お父さんの言う事を聞きなさいと娘に言って聞かせるのだ! そうすればあの子も大人しくなろう! これあり得ぇーーる!」


「し、しかし娘の意志に反してまで……」


「わかっておるよ! 子供を無理やり戦わせるとかそんな事したら人としても親としてもダメダメ! あり得なぁーーーーい! だから言って聞かせろと君に言って聞かせているのだ! 説得は拷問から最も遠い行為! やれ! さあやれ!」


 ……成程。なんとなく未来コレットを取り巻く環境が見えてきた。


 俺の想像に反して、コレットの両親は強引にコレットを売り込もうとしていた訳じゃなかった。レベル78と判明した時点でこの押しの強いアリエナス神父に唆された……というかゴリ押しされて仕方なくコレットを冒険者にしようと仕向けたんだろう。


「御婦人。余りこのような話をすべきではないが……」


 今度は冒険者ギルドの使者が母親の方にすり寄っていく。


「仮にこの年齢でレベル30を超えているようなら、娘さんはいずれ地元の英雄となるでしょう。我々はそのお手伝いをする事が出来ます」


「あら。具体的には?」


 あっ……母親の方は打算的っぽいぞ。なんとなくその雰囲気はあったけど。


「まずこの地方を統べる領主にその旨を伝え、お墨付きを貰うのが宜しいかと。そうすれば未来の英雄に出資したがる団体や資産家が続々と名乗り出てくるでしょうな」


「貴方が領主様に口添えして下さるの?」


「娘さんのレベル次第です。我々冒険者ギルドはいついかなる時も才能豊かな若者を欲しているのですよ」


 そんな会話を娘本人のいる前でするかね。倫理観バグってんじゃねーか?


「そこの君!」


「え? 俺?」


「君からも説得してくれ給えよ。家族の者なのだろう? 兄かね? 兄なら妹の躾くらいしっかりしなければなるまいよ」


 ……躾ぇ?


 このジジイ、今確かにそう言ったな。バグってるどころじゃねーぞ。倫理観が崩壊してやがる。


「あの子の才能が我々に認められれば、君の生活水準も大幅に上がるのだよ。我々が保証しようではないか。その輝かしい未来を。英雄を生み出した家にはそれに相応しい冨と格が備わると」


 どうやら冒険者ギルドはこのクズ聖職者と組んで、甘言で親を釣り各国・各地域から才能ある子供達を集めていたらしい。冒険者ギルドの闇……と言うほどじゃないけど健全とは言い難いな。


 コレット自身、そういう事をされた自覚がある。だからギルマスになって以降はこの手の悪しき慣習をどうにかしようと内々で戦っていたんだろうな。


「どうだね?」


 ……どんな世界にだってゲスい悪人はいるし、俺もこれまで何人も見てきた。斯く言う俺自身、とても褒められた人格じゃない自覚はある。


 だけど、このジジイはダメだ。聖職者失格どころか人間失格。コレットをペットみたいな扱いしやがって……


 何にせよ、コレットに反抗を促した犯人が俺とは思ってもいない様子。だったら話は早い。せいぜいこいつらを利用させて貰おう。良心も傷まないしな。


「神父。この彼は我々の身内では……」


「兄ではありませんが一つ妙案があります」


「妙案? ほぉ?」


 神父や使者だけじゃなく、コレットの両親も前のめりで食いついてきた。悪人じゃないにしても成り上がるチャンスを前にすれば目の色も変わるか……あんま良い気はしないけど今回は寧ろ都合が良い。


「現状を整理しましょう。コレットのあの身体能力、明らかに常軌を逸しています。御両親は知っていたんですか?」


「いや……恥ずかしながら今日初めて知った」


「遁走し過ぎて足腰が鍛えられたのかしら」


 ……コレット母、さっきからちょくちょく畜生だよな。コレットの心の闇って大半がこの人の所為なのでは?


「それがどうかしたの?」


「あ、はい。両親さえ知らなかったって事は、純粋にレベルが高いからとは限りません。例えば……怪盗メアロが変装している可能性もあります」


 その俺の指摘に――――アリエナス神父の顔色が変わった。


「怪盗メアロ……だと? 何故、奴がこの家の娘に化ける必要がある」


「貴方を欺く為ですよ神父。そのまま付いて行って、貴方が大事にしている宝物をこっそり盗む算段なんでしょう」


「何ィ!? 私の秘蔵コレクションを狙っていると言うのか!? あり得なははははぁーーーい!」


 ……聖職者が一体何を秘蔵してるんだよ。テキトーにカマ掛けてみたけど、完全になまぐさ坊主の類だなこのジジイ。


「待ってくれ! 娘が怪盗メアロだと言うのかい!? じゃあ本物のコレットは一体何処に……!」


「落ち着いて下さい。あくまで可能性の話です。だけどあり得なぁーい訳じゃない」


「むう……確かに」


 困惑するコレット父は思案顔のまま固まってしまった。一方、使者の人は力の入った顔で何度も頷いている。俺の話に食いついたらしい。


「神父、彼の言う事は一理ありますぞ。怪盗メアロは聖職者に一泡吹かせるのが大好きとの噂も聞き及んでいますので」


「知っておる! ぐぬぬ……あのガキなんぞに秘蔵コレクションを渡してなるものか。あれを集めるのにどれだけ苦労した事か」


 こっちとしては少しでも疑心暗鬼になってくれれば……くらいの狙いだったんだけど、完全に信じ込んじゃってるな。なまじ怪盗メアロに関する知識があるだけに、今のコレットの尋常じゃないスピードも怪盗メアロならあり得ぇーると思っているんだろう。


 コレットをスピード特化型にしたのはその為でもある。この話に説得力を持たせる為だ。


 怪盗メアロが聖職者を目の仇にしていたのは予想外だったけど、これは嬉しい誤算だ。


「君。妙案とやらの続きを」


「はい。今説明したように、コレットの現状は単にレベル測定を行っただけでは正しく把握できない恐れがあります。そこで……城下町まで彼女を連れて行くのはどうでしょう。あそこなら怪盗メアロの変身を見破る方法もあるでしょう。鑑定ギルドに依頼するとか」


 実際に鑑定ギルドにそこまでの力があるかどうかは知らん。重要なのはそこじゃない。彼等のホームグラウンドに対する信頼を擽るのが目的だ。


 何しろ終盤の街。人類の叡智が詰まった街だ。色んな規格外のアイテムや魔法、スキルが揃っている。それは彼等の方が俺より良く知ってるだろう。


「コレットを城下町へ連れて行くと言うのか……?」


 父親は不満げだ。娘が都会に染まるのを怖がっているのかもしれない。


「私は賛成よ」


「クレア……! なんて事を!」


 コレットの母親クレアって言うんだ。へー。


「もしあの子が彼の言うように怪盗メアロだったらどうするの? 一刻も早く真相を明らかにすべきよ。それにコレットが本当に高レベルだったら、城下町でも有名な子になるじゃない。今後を思えば良い事尽くめよ」


「いや……しかし……」


「誤解しないで頂戴ね。私はコレットを利用して金儲けしようとか、地位を得たいとか、お高めの化粧品一式を揃えたいとか言っている訳じゃないの」


 おい本音漏れてるぞ厚化粧の母。


「才能を持つ者は、それに相応しい人生を送るべきよ。もし私達の娘に特別な才能があるのなら、多くの人達に期待を寄せられる人生であるべきでしょう?」


「確かに……」


 娘が素晴らしい才能を持っているのなら、それが正当に評価されて欲しい。より良い人生を歩んで欲しい。


 おーおーおーおーおーなるほどなるほどー。なるほどー。んー良い事言うじゃないかおーい! クレア君! えー!? てめぇ気持ち良い事言うなあ! おーい!


 その綺麗事が未来のコレットを今も苦しめている。何となくそう思った。


「ひぃー……ひぃー……早ぇ……早過ぎる……触れる事すら……出来……ない……とは」


 ずっとコレットを追い掛け回していた冒険者がついにダウン。これで大勢は決した。


「しかしだクレア、今のコレットが大人しく我等の言う事を聞くとは……」


「コレット! 城下町にはキラキラした綺麗な石が沢山あるぞ!」


「いく」


「そういう訳で俺も同行します」


「なんだかよくわからぬがあり得ぇーーーーる!!」


 特に示し合わせていた訳じゃなかったが、俺とコレットは阿吽の呼吸で城下町へ向かう事になった。


 史実ではこの時代のコレットが城下町に来る事はなかっただろう。本来なら術式の定義破壊が起こりそうだけど、それに関してはこのレプリカ世界が既に改変済みの可能性大の為、余り期待できそうにない。


 何にしても、城下町に戻れる算段がついたのは朗報だ。


「よくやったぞコレット」


「……ん」


 ちびコレットは俺に少しだけはにかんだ顔を向けた。


 



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